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本編

60話 光と影の季節 その21

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「それでー、それでー」

「うむ、でな、こっちの高い所に桶があったとする、で、同じようにこっちに桶を置くじゃろ、それをこうやって管で繋ぐ、この管の中は水で満たしておくのじゃ、するとな、こっちの桶から、こっちの桶に水が落ちていく、で、面白いのはこの二つの桶の水が同じ高さになると水の移動が止まるのじゃ」

「へー、それでー」

「でな、これを利用するとな、離れた場所にある水を届けるのが容易になるのじゃ、さらにな、噴水を作ることも出来る」

「噴水?」

「うむ、儂も実際に作ってみたことがないからわからんのだが、水がこう吹き出すんじゃよ、あれは実に爽快な仕掛けじゃった、魔法を使ってるのかと思ったら使ってないらしくてな、仕組みを聞いたらこういう事じゃった、実に興味深い、うん」

「へー」

「ふふん、では作ってみたいな、面白そうじゃ」

「面白そうですねー」

「うん、吹き出す水かー、どんなだろう?」

学園長が興奮した様子で地面にガリガリと図を書きながら口角泡を飛ばし、ミナとレイン、コミンとレスタのちびっこ軍団が相手をしている、その背後では、

「でだ、これを汚物と仮定するんだけど」

とタロウは先程の装置に泥を一掴み投げ入れた、

「詰まりませんか?」

グルジアの質問に、

「それ、それなのよ」

タロウはピッとグルジアを指さす、

「図面の計画だと、さっき言った匂いの問題もあるんだけど、水の勢いが足らなくてもしかしてだけど流した汚物が途中で詰まるかもなんだよね」

「えっ、そうなんですか?」

ブラスがまた新しい問題が出てきたと声を上げた、

「うん、これはやってみなきゃ分らんだろうけど、あれだ、少々汚い事を言うがケツから出たものが異様に固い事あるだろ?」

「異様にって・・・」

「それはあるだろ」

「そうですけど・・・」

「ええーい、勿体ぶるな結論を話せ」

タロウが突然口にした生理的な問題に女性陣は顔を顰め、男達はうんうんと頷く、エーリクはイライラと先を促した、この今日初めて会った奇妙な服装の男性の持つ知識はとてつもなく深く、まるで見てきたかのように詳細で具体的である、少なくとも王国においては排水管の匂いや、汚物の処理の仕方などを熟知している者など存在しようが無い、それらはまったくと言ってよい程に初めての試みなのである、エーリクは治水を目的とした大規模な工事の経験もあるし、それに伴って水車を建設した事もある、しかし、先程の寮内に配管を巡らせるとか、汚物を配管で流すといった仕組みは完全に初めての構想であった、学園長相手に憤ってしまったのも、この改築案は心の底から興味深いとその職人魂が震えた結果なのである、

「はい、こうやって便器、オマルですね、その下の方に水を貯めておきますとまず汚物の匂いをある程度押さえてくれます、こんな感じ」

タロウは黒板を取り上げて解説する、そこにはオマルに接続されたS字トラップが描かれており、水がどのように溜まるか、そして何故排水されたのか、さらに匂いに関しても説明した所であった、

「で、固いといってもクソです、水につけるとある程度柔らかくなるんですね」

「・・・なるほど・・・そうなると・・・」

「うん、何度も言う通り、この銅管は曲がりくねっているからね、いくら勢いよく流れるとはいっても流れにくい事もある、だから、俺の経験から言うと、流したと思っても戻ってくることもあったかなー」

何とも汚い事を平然と口にするタロウであった、一同はその様を思い浮かべようとするが難しい、何せ汚物を水で流した事がないのである、戻ってくると言われてもそういうものなのかと納得するしか無い、

「なんだ、使ったことがあるのか?」

エーリクが目をむいた、これには他の面々も同意せざるを得ない、

「えっ・・・あー、はい、ありますね」

「どこでだ、実際に使っているのだな?この・・・エスジトラップというのは」

「あー、はい、そうですね、使ってます、その・・・場所は勘弁して下さい、ですが、実際に使われていて、私が説明した通りに有効な仕掛けである事だけは保証します」

タロウのしどろもどろの答えに、エーリクはムフーと鼻息を荒くして答えに代えた、

「で、では、実際に流してみますね」

タロウは古ぼけた手桶に水を一気に流し込む、すると、先ほど見たそのままに水は勢いよく排出され、と同時に泥も勢いよく粉々になって吐き出された、

「おー、なるほど・・・」

「あっ、細かくなってる・・・」

「へー、なんか滑らかに出てきた」

「勢いもあるね」

「これは凄いな・・・」

「するとこれはこの銅管が続く限り勢いも変わらないのか?」

「恐らくは、銅管の中までは観察した事が無いのであれですが、この建物から浄化槽への距離であれば十分に勢いを保つものと思います、で、次に、中に水が溜まってない状態をやってみますね」

タロウはS字トラップから水を抜き、桶に同じように泥を入れて水を入れる、しかし、先程のように排出されない、やがて桶からは水が溢れる始末で、

「このように見事に詰まりました、まぁ、これは極端な例なのですが、先程のように水を貯めておく事がどれだけ大事かは何となく分かるんじゃないかな」

タロウは苦笑いを浮かべる、あまりに想定した通りに泥が詰まった為に逆に説得力が無いかもなと思ってしまう、しかし、効果は一目瞭然であった様子で、エーリクは渋面であったが納得するしかなく、生徒達もブラス達もなるほどと頷いている、

「まぁ、どうしてもね、みんなが想像する通りに、このS字トラップを使うと詰まるという現象は起きうるんだよ、でも、ま、快適に清潔に使う為にはこのちょっとした工夫がね、大事なんだよな、実際にS字トラップ無しと有りで実用実験をしてもいいかなと思うけどね、それはそれで別でやって欲しいかな、折角作るんだから、ちゃんとしたものを作った方が良いと思うな」

タロウはどうやら実験は上手くいったようだと締めに入った、タロウ自身もS字トラップの有用性やその機能は頭では理解しているが、やはりこうして実際にやってみないと再現できるかどうか不安であったのである、

「そうしますと、あれですか、この何とかトラップは短くてもいいんですよね」

ブラスが手を上げる、

「そうだね、トラップ自体の曲がりは小さくていいよ、代わりに径は太くした方がいいかな?その塩梅も研究が必要と思うけど、溜まる水の量はある程度確保しておかないと駄目だから、だから、この便器の中の水との兼ね合い?これが重要視される点だよね」

「あっ、じゃ、試作した便器を見て貰えます?持ってきてますんで」

静かにしかし熱心に傾聴していたリノルトが口を挟む、

「それもあったねー」

タロウは手にしたS字トラップをタライに立てかけ、それはすぐさまエーリクが拾い上げる、

「儂がやっても大丈夫だろうな?」

エーリクは意地悪そうにタロウを見上げた、

「勿論ですよ、存分に試してください、注意点としてはトラップは垂直に持って下さい、実際に取り付ける時もそこが大事ですね、横倒しにすると何の意味も無くなるので」

「だろうな、なるほど、グルジアさん、支えてくれ、水を入れてみる」

「はい」

グルジアを呼びつけ手伝わせるエーリクであった、そして、荷車に乗せたままのオマルの形状を元にした銅製の便器をタロウ達が囲み、事務長やユーリも興味深そうに覗き込んでいる、タロウからの評価は深さと広さが欲しいという点で、便器そのものの形状はあくまでこんな感じと曖昧に提案され黒板に図示される、その図にさらにS字トラップを書き込み断面図として示された、あくまで模式図であったがブラスとリノルトはなるほどと額を突き合わせ、さらに、

「設置の場合にね、さっき説明したこの水の溜まりを確保したいんだよ、これは便器の中に貯める感じでいいね、便器はこんな形、こっちが背中側ね、こう座って、そっちに汚物が落ちるように、するとこの溜まりに落ちるだろ・・・うん、こんな感じでいいと思う、」

タロウは他にはどうかなと首を傾げる、ブラスが設置に関する疑問点を口にし、タロウはあくまで案だけどとさらなる助言が追加された、内庭はそれぞれにワイワイと忙しく、肌寒くなってきたと思った頃合いに、

「タロウさん、お客様よー」

とソフィアが勝手口から顔を出した、

「ん?俺?」

とタロウが振り向くと、

「そうよ、急ぎなさい」

「わかった、あー、取り合えずそんな感じで」

タロウは黒板をブラスに預けて厨房へ入る、厨房では夕飯の香りが漂い始めており、そのまま食堂に顔を出すと、

「お忙しい所、申し訳ありません」

リンドが恭しく頭を垂れた、

「あら、リンドさんですか、誰かと思いましたよ、そんな頭を下げられたら困ります」

若干慌てるタロウである、どうしてもタロウとしてはリンドは格上の人間で大恩とまではいかなくても世話になった人であった、クロノスに対しては遠慮も気遣いもないのであるが、リンドに関してはその苦労を知っているし、何気に当時のタロウ達冒険者に優しく対応してくれた数少ない権力者の一人であったからである、

「ふふっ、ありがとうございます」

リンドは上品に微笑むと、午前に行われた陛下を前にした報告会について軽く説明し、

「明日にでも、陛下を交えてより詳細を伺いたいとの事なのです、その場で今後の対応を決定する事になるかと思います、御臨席を賜りますようお願い申し上げます」

リンドは柔らかい声音であったが、その言葉の意味は重い、

「そうですか・・・はい、私で良ければなんなりと」

「ありがとうございます、ついては、学園長もいらっしゃっているとか」

「あっ、はい、内庭におります、ユーリやソフィア・・・ソフィアは止した方がいいかな?」

「そうですね、クロノス様から学園長とユーリ先生、現地を知るものとして事務長にも・・・と言付かっております」

「なるほど丁度良かったユーリも事務長先生もおりますね・・・分かりました、呼んできます」

「申し訳ありません」

リンドは笑顔で会釈する、タロウはバタバタと内庭へ入り、件の三人を連れて戻る、折角面白かったのにと軽く立腹する三人であったが、リンドの顔を見てこれは何かあったかと目の色を変えた、そしてリンドから詳細を聞いた三人はどういう事かと今度はタロウを訝しく見つめる、タロウは、

「あー、詳しい話しは明日だな、場所は?」

どうせ同じ話をするのであれば明日でいいだろうと、話を先に進めた、

「はい、私が案内致します、こちらで言う公務時間開始の鐘の頃合いで伺います」

「わかりました・・・しかし、陛下もいらっしゃるのですな?」

学園長が先程までの機嫌の良い研究者の顔をかなぐり捨ててリンドを伺う、

「はい、そして、会談の内容はこちらが良しとするまでは内密にお願いします」

リンドの穏やかな口元から紡ぎだされる不穏な雰囲気に学園長と事務長は顔を見合わせ、ユーリはジロリとタロウを睨むのであった。
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