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本編

60話 光と影の季節 その13

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「凍るんだよ」

「港がか?海ごと?」

「うん」

「それは・・・また・・・」

クロノスは絶句する、北ヘルデルの領主になって数年であるが、港が凍るとか海が凍るなどという事は聞いた事がない、王国の中でも随一と言って良い寒さを誇る北ヘルデルでさえである、地図を見る限りそれほど遠く離れているとは思えないが、この短い海峡を挟んでクロノスの想像を超える世界になっているのであろうか、

「それでな、連中の造船技術が発達したのはまた別に理由があって、土地が痩せてるもんだからさ、海洋資源が大事な食料なんだよ、さっきも言ったが敵対しないまでもまとまりのない種族単位の集団が多い、そいつらと争うよりも、海に出た方が国単位での食料を賄えると考えたらしいな」

「なるほど・・・さもありなんですな」

「うん、俺は食えなかったが、クジラやシャチ、大王イカにアザラシやらトドなんかが大事な食料資源なんだとさ、勿論干物やらの保存食もそれが材料になっている」

「クジラってあのでかいやつだよな、イカは分かるが、アザラシにトド?」

耳慣れない名称に書記官を含めた五人は眉根を寄せる、

「動物の名前、アザラシとトドは海の獣だな、アザラシは旨いらしい、トドは好き好きらしいが、俺の知っているトドと同じであれば、食いではあるな」

「そうなのか?いや、北ヘルデルでは聞いたことがない、クジラは・・・あれか、こっちにもいるな」

「以前問題になりましたな」

「・・・そうだったな、捕る者が少なくなってクジラとイルカの数が増えてるとかなんとか、シャチも食えるのか・・・初耳だな」

北ヘルデルでは細かい問題もすぐにクロノスのところまで情報が上がるように体制を組んでいる、クジラの問題は、大戦により漁師が殺されたり他の土地に移ったりで大戦以前よりも大幅に漁師の数が減っていることが原因であった、こればかりは時間を掛けて育成するしか対処の術が無い、残った漁師達は軍を動かしてくれと要望を上げてきたが、船すらまともに運用できない軍が海の上で何ができよう、まして相手はクジラである、クロノスが視察で回った際に見かけたクジラは信じられないほどに巨大なもので、こんな生き物が存在するのかと度肝を抜かれたものである、

「あー、そういう事もあるだろうな・・・ま、話しを戻すと・・・なもんで、連中、操船にしろ造船にしろ大したもんなんだよ、建築に関してはお前さんの城を見れば一目で分るだろ?中々に見るべきところのある技術だと思うし、それなりにちゃんと動いている社会だ、立派な文化と言って良いと思う、魔法に関しても偏りはあるが大したもんだ、でも、それはどこの国もそんなもんだろう?政治体制についてもそういうものだと思うしかないな、それでまとまっているならそれが連中の性格にあっているんだろうとしか言いようがない・・・で、また話がズレたが、港だな、どれだけ技術があろうが魔法があろうが港が凍ってしまってはどうしようもないらしくてな、まず船が動かんし、港を使えないとなれば折角の獲物も陸揚げが難しい」

「そうだろうな・・・」

「うん、で、魔族の王様としてはだ、凍らない港が欲しい、食料供給は死活問題だからな、当然と言えば当然、で、こっちの土地に興味を持ったんだろうな、だいぶ前からこっちの大陸には気付いていたらしくてさ、だが、大量の人員を運ぶ船は無かった、で、お前さんも知ってるだろ、あの大量の船だ、こちらへの侵攻の為に大増産したらしい、もう何年も前の事だな・・・」

「あぁ、覚えてる、北ヘルデルの入り江がいっぱいだったな・・・確かにあの数はそれだけで脅威だった・・・」

「うん、それと、お前さんが燃やしてしまえって言ったが燃やさなくて正解だったろ」

「確かに、あれを燃やしてしまったら連中最後まで徹底抗戦しただろうな・・・」

タロウとクロノスとリンドはムフーと鼻息を吐き出し、イフナースは不満そうに口をへの字に曲げる、タロウ達が思い出しているのは魔王の要塞に攻め込むと同時に蜘蛛の子を散らすように逃げ去る船団の光景であった、もしあの時に逃げ出した魔族軍の兵士が逃げずに戦っていたらクロノス一派が魔王を討ち取ることは難しかったであろうとさえ思える、イフナースはその頃自室の寝台の上である、魔王の首を取ったとの一報はすぐにイフナースの元へも届けられたが、兄を思って悔し涙を流した記憶があった、

「でだ、こっちの土地が連中にとって魅力的である事はもう街中のゴブリンだのオークでも普通に知っていてな、でも、動けない」

「そこだ、どういうわけだ?」

「うん、大国の二つが面と向かって戦争中なんだよ」

「そういうことか・・・」

「うん、で、現況としては泥沼だな、それまで三竦みになっていたのが、差しの勝負だ、お互い譲れないし譲らない、で、嬉しい事にこっちには手が回らない・・・らしいな、ま、拮抗した二大勢力の戦争なんてそんな簡単には決着は着かんだろうさ」

「なんだ、あくまでらしいか?」

「そりゃそうだろ、伝聞でしかないからな、実際の戦場までは見てないし行く気も無いそこは勘弁してくれよ」

「それもそうか・・・」

「だろ、ま、いつ停戦するか、勝敗が決するかなんて俺には分らんし、当の本人達にも分らんだろうな、結果が出たとしてすぐにこっちに向くかも分らん、北ヘルデル以外に向かうかもしれないし・・・先の大戦で懲りる・・・事はないだろうが、賢い統治者であれば、考えて動くだろう・・・普通はな」

「そうだな・・・しかし、そうなると・・・」

クロノスはリンドを伺う、

「はい・・・やはり海軍の創設が急務でしょうな、それと監視体制も確立したいです、結局は海上戦力ですが・・・」

「俺もそう思う、連中こっちと比べると軍隊とはとても呼べない集団だったが、それでも単体は異様に強い、こっちに自生してるゴブリンと比べても格段に強いんじゃないか?」

「それは分かる、確かに強かったと思う、体格も違うし、装備もしっかりしている、得物も立派なものだった、挙句魔法を使うからな、ゴブリンと侮っていたら酷い目にあった」

イフナースがここぞとばかりに口を挟んだ、

「そうですね、そうなるとまずは上陸させないのが一番かと思います、船の上で殺すか、船を潰すか・・・以前からそのように献策しておりましたが、やはりそれが一番でしょうな」

「そうなるな・・・」

「はい、戦術的な事を考えれば船と魔法を組み合わせるのも面白いかと思いますが・・・それは向こうもやってきますでしょうし・・・魔法に関しても向こうの方が遥かに上でしたからな・・・海上での戦闘は経験がありません・・・歯痒いですな」

「それだ、魔法に関してはどうなのだ?」

「こっちと同じ感じだな、使える者は使える、使えない奴は使えない、種族を問わず、その習熟度もそれぞれ、体系的に教える事はないらしいが、覚えているか?ゴブリンやオークでさえ当たり前のように魔法を使っていた個体がいただろ、そういう個体がその集団の中心になるらしい、陣容に例えるならそれが最小部隊になるのかな?だから、こっちのように百人で一部隊という考えでは無いらしいな、ま、これはあの頃から薄々は気づいていた事だろうが」

「精霊魔法に関してはどうなのだ?」

イフナースがタロウを睨みつける、散々苦労させられた病の元がそれであると判明したのである、非常に気になるところであろう、

「はい、それも同様・・・というのは違うか、精霊魔法に関しては使える種族が限られている様子でした、魔法という大きな括りでしか調査してきませんでしたので細かい点は申し上げられないのですが、精霊魔法に精通している種族がそれを秘術としているらしいです、また、それ故に使える者も少ないとか、存在は周知されてましたが・・・すいません、その程度です」

「そうか・・・分かった、すまんな」

イフナースはその言葉とは裏腹に盛大に不満顔となる、クロノスはその気持ちは分かるとイフナースの肩に無言で手を置き、イフナースは不満顔のままクロノスと目を合わせた、タロウはタロウでイフナースの件は概要しか知らされていない、それでもその気持ちはある程度察せられた、その為、その心中を思い精霊魔法に関してはエルフの方が詳しいとタロウは口を開きかけ、それは違うなと思い直す、この場にこれ以上の厄介とは言わないまでも新しい情報を持ち出すことは止した方がいいだろうとの判断であった、挙句それはこちら側が侵略者になりかねない情報であるとタロウは考えており、ソフィアも同意見である、故にエルフに関してもソフィアは知らなかったがタロウがドワーフだと決めつけている山岳に住む小柄な種族に関しても、二人はその存在は公言しても詳細は隠すべきと示し合わせている、

「では、魔法に関してですが・・・ん?・・・」

タロウが何度目かになる話題の軌道修正を試みた、会談は二転三転と取り留めが無く終わりが見えない、それでも男達は真剣である、レインは興味なさそうにしているがしっかりと耳に入れている様子で、ミナは満腹なのであろうかメイドが持って来たチーズケーキの大皿には手を伸ばさずにテーブルに顎を乗せてつまらなそうにしている、タロウは口を開くがすぐにミナの様子に気付くと、

「ミナ、戻るか?」

優しく声を掛けた、

「うん」

ミナはタロウを見上げて瞼の上下だけで小さく頷いた、

「そうか、レイン、頼めるか?」

「むっ、儂は興味があるぞ」

ニヤリとタロウを見上げる、

「そうか、しかしなー」

「分かった、分かった、ほれ、ミナ戻るぞ」

レインがやれやれと席から飛び降りる、

「うー、分かったー、タロウー、帰ってきてねー」

「大丈夫だよ、夕飯には戻る」

「うん、待ってる、ホントだよー、ウソついちゃ駄目だからねー」

「はいはい、分ってるよ」

「うー、ホントだからねー」

ミナは泣きそうな顔でタロウを見上げる、

「では、私がお送りします」

リンドの申し出に、タロウは申し訳ないなと思いつつ、

「すいません、お願いします」

とその好意に甘えることとした、

「はい、任されました、ミナさん、レインさん、こちらです」

リンドの柔らかな応対で三人が退出すると、

「やれやれ、子守も大変だな・・・」

「まぁな、で、だ、もう一つ、こっちの方が重要なんだがな」

「魔法の続きは?」

「それもあるが、もっと重要だ、今日にも動く必要がある」

「なんだと?」

「どういうことだ?」

「リンドさんが戻ってからの方が良いだろう」

色めき立つクロノスとイフナースを制して、タロウは話し疲れたのか茶に手を伸ばし、ついでだとチーズケーキにも手を伸ばした。
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