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本編

60話 光と影の季節 その8

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翌朝、

「おはようございます」

朝日が立ち上がる中オリビアが食堂の木戸を開けて厨房へ入る、一応と朝の挨拶を口にするがソフィアの姿は無かった、オリビアはまぁそうだよねと思いつつ内庭へ向かう、最近は新入生達もすっかりこちらの生活に慣れたのか朝は遅いように感じる、親元を離れ一人暮らしとなり環境が変わればそういうものなのであろう、結局朝一番で動き出すのはオリビアであり、ソフィアが来てからはミナとレインが加わるが、その二人にしても内庭の菜園で何やらゴソゴソやっているのが毎朝の光景である、

「あっ、おはようございます」

オリビアがそのまま内庭に入ると、気持ちの良い朝日の中でタロウが井戸端で髭を剃っており、その胸にはミナがしがみ付いていた、レインは菜園に蹲って何やらやっている、

「おはよー」

「おう、おはようさん」

バッチリとオリビアと目が合ったミナがニマニマと笑顔で答え、タロウが泡だらけの顔で振り向くと、ミナの顔が当然であるがそっぽを向く、

「えっと、今日もそれですか?」

オリビアは思わず苦笑いとなる、

「そうらしい、ほら、おねーちゃんが笑ってるぞ」

タロウが作業に戻ると、ミナとオリビアは向かい合う、ミナは楽しそうに微笑みつつ、

「いいの、離すとどっか行くから捕まえてるの」

「そうなんですか?」

「そうなの」

昨日の有様と比べればまだましかなとオリビアは首を傾げた、一晩経って落ち着いたのかギャンギャン泣き喚く事は無いようであるし、若干の余裕も感じられる、しかしニコニコと嬉しそうにしがみ付くその姿を見るに、子供だなーとしか言いようがない、実際に子供なのではあるが、

「だから、どこにも行かないからさ、安心していいんだぞー」

「ウソー」

「嘘じゃないよ」

「絶対ウソー」

「まったく」

少々歪に見える光景であるが会話そのものは仲の良い親子のそれである、そこへ、

「おはよー」

ソフィアが宿舎から出てきた、オリビアはおはようございますと返し、

「今日もこれですか?」

とソフィアにも問い質す、

「まぁね、無理にはがすと騒ぎになるからね、そのうち飽きるでしょ」

ソフィアは呆れたように呟いて井戸の手桶を手にした、

「ソフィアさんがいいならいいですけど・・・」

オリビアも困惑しつつ井戸に近寄り、

「ミナがいいならいいのー」

ミナが大声を上げて両手をバタつかせる、

「こりゃ、危ない」

これには流石のタロウも怒声を上げた、その手にはナイフがあり、今まさに頬に当てる寸前であった、

「危なくないー」

「危ないの、髭剃る時は暴れるな、刃物を持っているときもだ、教えただろ」

続いたタロウの怒鳴り声に、

「うー、分かった」

渋々と大人しくなるミナである、

「あれ、その手鏡って・・・」

オリビアがタロウの手元に気付いて覗き込む、

「ん、あー、ガラス鏡の手鏡だよ」

タロウが当然のように答え、

「そうよー、あんたらに教えたやつの元?って感じ?」

ソフィアが手桶からタライに水を汲みながら答える、

「えっ、あっ、そっか、そうですよね、ありますよね、そのどこだかで教えてもらったんですもんね」

オリビアはガラス鏡に関する事を思い出して、それもそうだと納得する、

「そうよー、あっ、そうだ、タロウさん、私の出してくれる」

「ん、ちょっと待ってな」

タロウは右頬を軽く剃り上げて手元のタライにナイフを立てかけると、左目を閉じて懐に手を差し入れ、

「ん、どうぞ」

とソフィアに銀色に輝く手鏡を突き出した、

「ありがとう、ほら、これ、綺麗でしょ、構造的には同じなんでしょうけどね、やっぱりガラスが違うのかしら・・・それともやっぱり下地?ま、私には判断できないけどねー」

とソフィアは受け取った手鏡の裏表を確認し、首を傾げながらオリビアに手渡す、オリビアは貴重な物なのではと思いながら受け取った、

「わっ・・・確かにそうですね、なんかガラスの輝きが違うような・・・それにズシリと重いです、細工も凄いな・・・」

「でしょー、そのうちそれくらいの物が作れればと思うわよねー」

ソフィアはのんびりとしたもので、タロウは、

「あっ、あれだ、昨日ちょっと聞いただけであれだが構造変えないとまずいかもだぞ」

と突然怖い事を言い出す、

「えっ、そうなんですか?」

「うん、俺が知る限りの話しだけどなー、こっちでは大丈夫かと思うけど、南の方で使うときには要注意かな?対策されてればいいんだけどさ」

「すいません、詳しくお願いします」

オリビアは朝の洗顔を忘れた上に顔面を青くしてタロウに詰め寄るのであった。



「なるほど・・・確かにそうですね・・・」

朝食を済ませ学生達は学園へ向かい、エレインとテラも今日がガラス鏡店を開いて初めての客である事もあって落ち着かない様子であったが仕事に向かった、食堂ではガラス鏡とソフィアの手鏡を前にしてブラスとタロウが向かい合っている、勿論であるがミナがしがみ付いていた、器用にもその体勢で書を開いており、ブラスはいいのかなと思いながらも席に着いた、

「うん、だから、オリビアさん?エレインさんにも言ったんだが、対策されてればいいんじゃない?」

タロウは何とも気さくに答える、その顔は何故か嬉しそうであった、単純にため口で気楽に話せる男性がいた事を喜んでいるのである、

「対策・・・ですよね、背割りとか?」

「多分ね、それはだって君らの専門だろう?」

タロウはニヤリと微笑む、ソフィアからは大工であり洗濯ばさみを作った張本人であり、ガラス鏡の製作者であると紹介されていた、

「そうですね・・・はい、すいません、対策必要ですね、いや、一応ですがその歪みとか割れとかが出にくい材を使ってますが・・・それだけでは駄目ですかね?」

「んー、だからその材に関しては何ともな、絶対に歪まないと言うならそれでいいんだけどね、俺が懸念するのは使う場所かな・・・俺の国・・・じゃないな、その、これが作られた国だと、水場にもガラス鏡が置いてあってね、こっちではそうではないだろうけど、いずれそうなるんじゃないかな?分らんけど」

タロウは軽く首を傾げる、タロウがまずいだろうなと口を滑らせ忠告したのはガラス鏡の下地に使っている木に関してだった、木を下地にし銀を貼った現状のガラス鏡は湿気に異常に弱いだろうなと一目で気付いたのである、少なくともタロウの知識にある限りではガラス鏡の裏打ちは銅か鉄であった、それはガラスの高温に耐える為であったり、研磨の為でもある、木に銀を張ってガラスを乗っけた現状の品はそれはそれで素晴らしい技術だと思うが、やはり木の性質上湿気を吸って歪む可能性が大きい、そうなると恐らくガラス面は簡単に割れてしまうかそのまま歪んでしまうであろう、そして一度歪んでしまったら二度と戻せない、ガラスが張り付いていることもあって、修復はまず不可能であろう、

「なるほど・・・そういう事もあるかもしれません」

ブラスも何とも難しい顔で首を傾げる、今朝いつもの通りにソフィアへ一声掛けて仕事を始めようとした所で、旦那を紹介するわと言われ、いつの間にやらこの深刻な状況である、しかし、タロウの言うことは至極理にかなった事であり、その懸念も理解できた、

「ん、ま、もう量産してるんだろ?」

「あっ、はい、そうですね」

「じゃ、今後対応するって事でいいんじゃないか?」

「えっ、そんな・・・」

ブラスは何を気楽に言うのかと眉根を寄せる、

「だって、昨日今日作り始めたものが完璧であるわけがないだろ」

「そりゃ・・・そうですね」

「うん、この鏡だってな、その国で何十年も試行錯誤されてこの形になったんだ、それを土台にしているとはいえ、これだけの品が作れて、それを量産できるってだけで現時点では及第点だよ」

「・・・そうですか・・・」

ブラスは褒められているんだか非難されているんだかと、軽く混乱してしまう、この場にエレインかテラが居ればまた別の観点で意見も出されたであろうが、ブラスは一職人としてこの場にいる、その範疇でしか答えられないが、その範疇でさえタロウというこの男は容易に飛び越えているのではないかと思ってしまう、

「だろ?だから・・・エレインさんにも言ったが、使う場所を限定するように説明すれば十分だろ、さっきも言ったが水場でなければ持つはずだしな・・・こっちって湿度とか気になるか?」

「シツド・・・ですか?」

「あっ・・・あー・・・湿気?とか?」

「シッケ?」

「・・・悪い、あー・・・なんていうか、こんな感じで空気って乾燥してるか、夏でも?」

タロウはこんな感じと二度口にして右手人差し指をクルクルと宙で回転させる、

「えっと・・・すいません、俺はこの街から出たことないので・・・その・・・乾燥って言われても、こんなもんかなって思ってます、でも、夏は暑いですし、冬は寒いです」

ブラスはしどろもどろに答えるしかない、湿度とやらも湿気とやらも耳慣れない単語であり、乾燥と言われてもそのような事を気にして生活はしていない、精々暑いか寒いか、その間の丁度良いか程度である、

「そっか、だと・・・うん、来年の夏あたりに気を付けたほうが良いかもな、一般的には気温が上がれば湿度も上がるから、そこで耐えられれば問題無いと思うぞ」

「そう・・・ですか、はい、気を付けます・・・あっ、そうなるとやはり金属を土台にしないと駄目って事ですよね」

ブラスは俯いて答えるとハッと顔を上げる、

「うん、俺はそう思う、ブラスさんとしては仕事が減るだろうから嫌かもだけど、銅か鉄を磨いて、銀を挟み込むのがいいんじゃないかな?これみたく重くなっちゃうけど、品質は上がるし、なにより耐久力が上がると思う、錆には注意しなきゃだけどな」

タロウが手鏡を手にする、その鏡こそがソフィアの言うとある国で生産された鏡であるらしい、実際にそれを目にしてブラスはガラスの質は勿論としてその細かな細工、滑らかな手触りに度肝を抜かれた、

「すいません、それ借りてもいいですか?あの、もしあれでしたらお金は幾らでも払います、今日午後から関係者全員集まりますので、その場でちゃんと説明できればと思います」

「ん、いいぞ、何枚かあるから、好きに使え」

タロウはなんとも簡単にポンとブラスの手に握らせる、

「えっ、だって、大事な物でしょ・・・」

「構わんよ、第一ソフィアが言いだしっぺなんだろ、妻の後始末は旦那の仕事だ」

タロウはニヤリと微笑む、何とも男らしい言い分であった、ブラスは思わずホヘーっとタロウを見つめてしまう、

「あっ・・・そうだな、一つ約束してくれ」

「約束ですか?」

「うん、そのうちでいいから、これを超えるガラス鏡を作って見せろ、俺が満足するのが条件だ、それまでは預けるよ、いや、構造を知りたいだろうからな壊してもかまわん、くれてやる」

フンと鼻で笑うタロウであった、ブラスは何とも男気に溢れるその言葉に再びホヘーと見つめてしまった、

「じゃ、これはこんなところで、現場を見せてくれ」

「はっ、はい」

ブラスは思わず手鏡を両手で包むように胸に当てた、乙女のような仕草である、そしてタロウが勢いよく腰を上げると、

「こらー、いきなり動くなー」

ミナの怒声が響いた、

「わっ、なんだよ、うるさいなー」

「いきなり動くなー、本が破けるー」

「はいはい、悪かったよ」

「えっと・・・」

タロウは何とも困った顔ですぐ隣にあるミナの顔を見つめ、ブラスは娘には敵わないんだろうなこの人もと何となく嬉しくなってしまったのであった。
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