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本編

59話 お披露目会 その28

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「なるほど、この壁画は良いな、とても気持ちが良い」

「ありがとうございます、ニコリーネさんの力作なのです」

エレインは学園長を応接テーブルに誘うと自身も席に着いた、茶を用意させようとするが、学園長は十分と言って断ると、壁画を見上げてフムーと大きく鼻息を吐き出す、

「そうか・・・うん、先日伺いましたな、下絵はパ・・・リシア様達と考案されたとか・・・」

「はい、それを元に描いたのですわ」

「なるほど・・・どおりで独特の気品があるな、それに新しい、線だけで奥行きが生まれるとは・・・いや、風景画ではよく見る手法なのだが、こうもあからさまに描いたのは初めて見るな・・・うん、これは文化財としても貴重なのではないかな・・・」

「それほどですか?」

「うむ、いや、儂もその方面は得意ではないからな・・・王都の専門家に見て貰わなければなんとも言えんが・・・あいつらは口が悪くてな、何度口論になったか、まったく、権威を守る為に貶すのを良しとする専門家ばかりなのだ、挙句貴族なものだから余計に質が悪い・・・うむ、これは正大に広めたいとも思うが、あいつらがしゃしゃり出るとするなら・・・暫くは黙しておいたほうが平穏というものだな・・・」

学園長は実に嫌そうに眉を顰めた、

「そうですね、私としましてもここはあくまでお店ですので、この壁画は一つの・・・なんというか清涼・・・と感じて頂ければと思っております」

「ほう、珍しい言葉を使うな、清涼とはまた・・・ふふん、あれかなエレイン会長もカトカさんの影響を受けているのかな?」

「であれば嬉しいですが、私などでは太刀打ちできません、カトカさんもですがユーリ先生は勿論、サビナさんやゾーイさん・・・そうですね、当商会の従業員達も皆素晴らしい人材です、それぞれにそれぞれの魅力があります、大変に有難いことです」

エレインは実に素直にその心情を口にしてしまう、

「・・・そうですか、それは良いことです、世の中どうにも素直に認める事を良しとしない人物が多くてな、さっきの専門家もそうですが、今日もな・・・うん、急な話しなのは分るが、何ともいらない意地というか無駄な矜持を手放せない者が多い・・・寂しいところじゃな・・・」

学園長はヤレヤレと店内を見渡す、店内では学園の事務員や教師達が思い思いにガラス鏡を堪能している様子で、メイド3人衆も加わり実に楽しそうな嬌声が響いている、

「・・・何かありましたのですか?」

エレインは小さく小首を傾げた、

「まぁな、ほれ、教師達にも声をかけたのだがな、忙しいだの予定に無いだのとつれない有様でな・・・」

「あら・・・」

エレインも改めて室内を見渡す、確かに事務員はエレインの記憶する限り全員が参加している様子であった、20名程であろうか、全員女性であり、それも結婚前の娘達である、全身鏡の前に集まっている者もあれば、手鏡に触れる程に顔を近づけている者、3面鏡台に座って動かない事務長へ黄色い非難の声を上げている者など思い思いに楽しんでいる様子で、しかし学園長の言葉通りに教師の姿は少ない、メイド科と呼ばれる生活科の教師と工学科と建築学科の教師の姿はある、エレインが知る限りであったが、

「ま、あれじゃ、何事もな・・・いや、人が3人以上集まれば派閥が生まれる、これは人の摂理じゃな、ここにいる教師はその派閥には無関心な者じゃな・・・あー、一応まだ学園生のエレイン会長に愚痴ってはならんな」

学園長はいかんいかんと首を振ると、

「そうじゃ、話しを変えよう、ニコリーネさんはどうかな?」

「あっ、はい、実は一番最初のお客様がレアンお嬢様なのです」

エレインは嬉々として午前中の出来事を報告する、

「それは、良かった、領主様に認められたとなれば本物じゃな」

「はい、それに、徐々にですがお客様もついておりました、皆さん何をやっているのかまるで分らなかったみたいで、恐らく商売としてあそこにいると誰も認識してなかったのですね」

「それは仕方なかろうな、ニコリーネさんは商売上手には見えんかったからな、口もそれほど達者ではなさそうだったし、積極的に人と関わる性格にも見えなかった、ま、これもそれも修行と思って口出しはせなんだが・・・」

「あら、意地が悪いですわね」

「ふふん、それもまた人を知るという事じゃよ、儂が知っている絵師や彫刻師な、まぁ、芸術家と呼ばれている連中じゃがな、あれらは極端に人との関わりを知らんのだ、良い後援者・・・出資者か、それを得れば食うに困らん、無論良い作品を作り続けている間はな、しかし、それではつまらんだろうなと儂は思っておってな、うん、まぁ良い、ニコリーネさんの作品が楽しみじゃな」

「そうですね」

学園長とエレインはニコヤカに微笑み合う、何気にこうして二人だけで話し込むのは初めての事かもしれない、学園にあっては学園長は最も高位の責任者であり、エレインは貴族科とはいえ一生徒に過ぎない、特別な事情でも無い限り面と向かって話す事は無いし、その話題も難しいであろう、エレインはこれもまた嬉しい関係であるなと心底思うのであった、そこへ、

「お邪魔してもいいかしら?」

一回りしたユーリが二人に歩み寄る、

「勿論です、さ、どうぞ」

エレインは腰を上げてユーリを迎え、他の方々はと店内を見渡す、研究所組は3人揃って何故か額縁を物色しており、ミナとレインはダナとネスケーと一緒に姿見で遊んでいた、

「ニコリーネさん、良い感じねー」

ユーリは席に着くなり口を開いた、

「ほう、そうか?」

「はい、先ほど上から見ましたら行列になってました」

「えっ、そうなんですか?」

「そうよー、お店ほどじゃないけどね、なんかあれ、イフ・・・じゃなかったイース様の従者さんがそっちにも立ってたわよ」

「それは・・・申し訳ないですね」

「あー、大丈夫でしょ、あの人らも楽しんでるんじゃないの?偉い人達の護衛とは違って気楽でしょうしね、何より若い娘さん達に囲まれてるしねー、お客さんも若い女性が多いじゃない?息抜きとしてはいいんじゃないの?」

「イース様の従者か・・・となるとかなりの実力者であろうが・・・そういう事もあろうな」

「そういうものですか?・・・」

適当に答えるユーリに学園長は微笑し、エレインは何とも困った顔になってしまう、

「そうだ、商談は無しなのよね?」

ユーリがグイっと前のめりになる、

「はい、そのつもりですが、ユーリ先生であれば、大丈夫です」

エレインはニコリと微笑む、

「そう?ならさ、あー、どうしようかな、手鏡と壁鏡・・・お幾らなの?」

「はい、少々お待ちを」

エレインはサッと腰を上げて書棚から上質紙を一枚取り出すとユーリの前に置いた、料金表兼注文書である、ユーリは覗き込み、学園長も当然額を寄せる、

「なるほど・・・うーん、そっかー、どうしようかな・・・」

「ほう、しかし、思ったよりかは安いのだな・・・」

反応は見事に別れた、ユーリは悩みだし、学園長は想定していたであろう値段との差に目をむいている、その言葉は本心なのであろう、貴族向けの品として考えた場合破格と感じられるほどに安い、

「はい、なので、この場にいる人達でも壁鏡と合わせ鏡、手鏡もですが手が届く品であると・・・思っております」

「確かにな、少し頑張れば・・・いや、貯め込んでいる者もいるだろうからな、買おうと思えば買えるのじゃな」

「そうなのです、ですが、生産体制の問題もありまして、私としては寮の店舗でも取り扱えるようにと思うのですが、まだまだ、難しいですね」

「そうか、生産か・・・確かに、なるほど、エレイン会長もすっかり商売人じゃな」

「そんな・・・まだまだです」

恐縮するエレインに、

「ん、じゃあれだ、手鏡を5枚と・・・木軸のガラスペンかな?これを・・・どうしようかな・・・これ好みがあるんだよね・・・」

ユーリが注文書を示しながらも再び悩み始める、

「はい、木軸のガラスペンは実際に手にして頂いてお好みのものをお渡ししようと思っておりました」

「だよね、じゃ、これは後でがいいか・・・うん、手鏡を5枚・・・うん、5枚注文出来る?」

「はい、ありがとうございます、えっと、少々お待ちを・・・」

エレインはサッと腰を上げてテラを呼びに行き、

「なんじゃ、弟子への労いかな」

学園長はニヤリとユーリを伺う、学園長もカトカ達への顕彰の件は聞いている、それの祝いの為であろうとすぐに察した、

「そうですね、あっ、黙ってて下さいよ」

ユーリはニヤリと応え、

「勿論じゃ、そうなると学園からも何か贈りたくなるが・・・一番良い品をとられてしまったかもな・・・」

「ふふん、そう思って壁鏡とか3面鏡台は残してあるのですが・・・」

「なんじゃ、そういう事か・・・まったく抜け目のない事だ・・・しかし、うーん、流石にこれは難しかろう・・・」

学園長は3面鏡台の値段を確認して大きく首を捻る、先ほどは安いと思ったが、実際に自分が支払うとなると躊躇し、学園が支払うとなるとややめんどくさい額であった、

「であれば、姿見でもガラスペンでも宜しいかと・・・ガラスの爪ヤスリも手頃ですわね」

ニヤリと微笑み粘るユーリである、

「あー、わかった、わかった、別で考える、分っておる、分っておるからな」

ここは退散の一手以外に無いと話題を切り上げる学園長であった。
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