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本編

59話 お披露目会 その20

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それからあっという間に時は過ぎ、公務時間終了の鐘が響いた、もうそんな時間かしらとエレインが一応と街路を覗くと店舗にはしっかりと行列が出来ており、掲示板にも人だかりが出来ている、店舗の行列は嬉しい限りなのであるが、掲示板に関しては設置してからもう数日を経過している、いまだに人を集めるものなのかと不思議に思うが、

「あー、あれじゃない?やっぱり文字があると思わず見ちゃうのよ、文字を読める人はね」

ユーリが何とも適当に私見を述べた、それは大した考えでは無かったのであろうが的を射ているのであろうなとエレインは考える、文字を読める者は都会であるからかこの街では多いほうである、しかし、文章そのものが街中には少ない、役所で使われる広報掲示板と時折壁に殴り書きされる悪戯書き程度のもので、他にあるとすれば店の名前や商品名なのであった、街中にあるのはその程度で、役所や仕事場であれば大量に大して面白くない書類が並んでいるのであろうが、それを暇だからと捲る者はそれこそ変人であるだろう、つまり設置した掲示板のように読ませる文章というのは稀なのである、それを宣伝目的とはいえ無料でいつでも読めるのであるから衆目を集めるのは当然の事であった、さらに言えば書物も一般的では無い、書物を扱う店はある事はあるが貴族向けであるのが大半で、それは書物そのものが高価である為と、装丁を楽しむという書物本来の在り方とは大きく異なる嗜みの為である、学園の図書館やホルダー研究所に並んでいる書物に関しては簡素で質実剛健とも言える装丁なのであるが、貴族の家に並んでいるそれは細かい装飾と金箔やら銀箔やらを使用した派手な見た目の装丁が当たり前であり、それは知識を得る為のものではなく、単なる富を示す室内装飾に堕しているのであった、

「うーん、そういう事なら・・・どうでしょう・・・皆が書を読める場所を作るというのも面白いかもですね・・・」

エレインはうーんと首を傾げる、以前から考えていた従業員の子供の世話をする場から発展して、市民の為の教育の場というものに領主や学園長は傾倒している様子である、そこから一歩踏み出して、人々がこれほどに文字を求めているのであれば、自由に書を読める場所があっても良いのではないか等と考えてしまう、

「あら・・・また何か思い付いたのかしら?」

席に戻ったエレインにパトリシアはニヤリと微笑みかける、取り敢えずオリビアの手記の騒動は鎮静化している、先程学園長が戻ってきてレアンに依頼されていた手記の複写を置いていき、さらに明日にも学園関係者でガラス店舗に伺いたいと、何とも忙しない様子であった、エレインはその二つともを笑顔で受け取り、パトリシアらは早速とその写しを一読したのである、王妃達は仲良く順番に目を通した、カトカが言うようにそれは創作3割であった為、なるほどこれほど変わるのかと感心し、かつ、読み物として昇華されたそれに絶賛の声を上げた、カトカはなんとも恥ずかしそうに小さくなっていたが嬉しそうでもある、

「思い付き・・・そうですね、思い付きです・・・そうだ、先にこれもお話ししておきたいのですが」

とエレインは領主と学園で取り沙汰されている市民学園の件を話題に出す、

「それは聞いてますわね、クロノスも面白そうだと前向きでしたわ」

「そうね、陛下も効果の程を知りたいと仰ってましたわね」

「そうなのですか、嬉しいです」

エレインはニコリと微笑み、

「で、それと同じ考え方で、あのように皆さん文字に飢えている?のかしら・・・文字というよりも文章に興味があるのでしょうね、であれば、市民向けの図書館・・・うん、学園にある図書館ですね、あのような感じで大量の書を自由に読める場があっても面白いのではないかなと思いまして・・・」

「まぁ・・・」

「また難しい事を・・・」

王妃達は突然の学術的な話題に目を丸くし、

「それいいですね、私通いますよ」

「あんた、読んでない本無いでしょ」

「それは言い過ぎですー」

「いや、あんたがそう言って自慢したんだよ」

「そうだっけ?」

「言ったじゃない、学園の図書館で私が触れてない本は無いんだからねーってさ」

「・・・覚えてない」

「適当ねー」

カトカとかサビナはいつもの事とはしゃぎだす、ゾーイも話しに加わりたかったようだが、二度目の生贄としてニコリーネの前であった、ソフィアはミーンとティルを連れて厨房でゴソゴソと始めており、ミナはお絵描きには飽きたらしく暖炉前の毛皮に寝転がりレインと共に読書中である、

「ま・・・何より・・・うん、商売にはならないでしょうね、やるなら・・・あんな感じで無償とするのが良いのかと・・・そうなると一商会ではなく、それこそ行政かギルドか・・・そうなると、やはり私の手には余りますね・・・」

「あら、そこまで考える?」

「はい、私はあくまで商会の会長ですから、それを逸脱しないようにと心掛けてます、どうしてもその、自分の領分を超えた事に口出しする事になります、それは不敬にあたるでしょうし、歯痒い思いもありますが、所詮思い付きの域を出ませんしね、何より私は商会長ですから従業員はもとより私も生活の為に頑張っているのですから」

これはテラからもお忘れなきようにと厳重に言われていた事である、テラから見るにどうしてもエレインの周りには公的な権力者が多すぎる、それは現実権力として実に頼もしい限りなのであるが、エレイン自身の勘違いや越権行為を招きかねないという微妙な状況であるとも言えた、故にテラはあくまで商会としての立場を堅持し、商いという一事に拘泥する事で、現状を維持するようにと助言していたのである、それは見る者が違えば権力者を利用したがめついやり方とか汚い商売だと言われるかもしれないが、商いを続ける限りどのような手法を取ろうがどこかで誰かが必ず口にする事である、気にする事は無いし、逆に誇りにするべきだとテラはさらに言い添えた、エレインはそういうものなのかしらとそこでは適当に理解を示したが、よくよく考えるに、陰口は置いておいても公的な部分に関しては求められたら発言する程度に留めるのが、現状賢い方策なのであろうと納得している、

「・・・まったく・・・ウルジュラ、こういう事ですよ」

マルルースがじっとりとウルジュラを睨みつけ、ウルジュラは、

「えっ、どうかした?」

と顔を上げる、手記を熟読して聞いていなかったのであろう、

「そうね、まったくあの子も目が曇っているのかしら・・・」

エフェリーンは溜息を吐き、斜め上を見上げる、

「ふふっ、そうね、今のエレインさんではやりたい事は増えても出来る事は限られるわね、でも、そうなるとあれね、エレインさんを2・3人に増やさないと回らないわね」

「そんな怖い事を・・・」

「そんな魔法・・・無いかしら?」

パトリシアが意地悪そうにユーリを伺う、すると、

「あー、どうでしょう、一時的なものならありますねー」

ユーリはのんびりと茶を口にして答える、もうすっかり寛ぎ状態であった、今日は仕事は休みかなーなどとも考えている、

「あるんですか?」

「あるんですの?」

「えっ、聞いた事無いですよ」

「どういう事ですか?」

パトリシア達は色めき立ち、発言を我慢していたゾーイでさえ思わず振り返る、

「えっ・・・あー」

とユーリはその反応の方に驚き、少し考え、

「えっとね、本当に一時的よ、タロウさんはブンシンノジュツとか言ってたかな?ふざけてるわよねー、こう・・・なんというか、影じゃないな、ほんとにそのまんまの姿でね、分裂するのよ、身体が、で、別々に動けるの・・・私は出来なかったけど、ソフィアなら出来るんじゃないかな?」

ユーリはここはソフィアに押し付ける事とした、事実自分には使えなかった魔法の一つである、ソフィアが使えるかどうかは把握していない、

「えっ、それすごくないですか?」

「はい、ユーリ先生、是非教えて下さい」

「だから、私には無理だったの」

「・・・なんか嘘臭いなー、ホントは使えるんでしょー」

「なっ、カトカさんってばお言葉がお汚いですわよ」

「誤魔化しても駄目ですよ」

「誤魔化してなんかおりませんですわよ」

「誤魔化してるね」

「ユーリ先生こそふざけているのではなくて?」

「大変興味がありますわね」

「ねー」

ワイワイと明るく騒がしくなる食堂である、そこへ、

「わっ、皆さんどうしたんですか?」

ジャネットが食堂に駆け込んできてピタリと足を止めた、

「あら、お帰り、早いわね」

エレインがニコリと出迎える、

「はい、だって、そのつもりでしたし、えっと、あっ、御機嫌麗しゅう皆様」

ジャネットが思い出した様に頭を垂れた、

「はい、ジャネットさんもお元気ね」

マルルースがニコリと微笑み、ジャネットは照れ笑いを浮かべ、すぐに、

「あっ、お店入りますね、あと、グルジアさんに藁箱頼んでます」

「そうね、宜しく」

ジャネットが戻ったとなると寮も騒がしくなりそうであった、エレインは、

「そうですね、では、どうでしょう、ニコリーネさんはこちらにお任せ頂いて、皆様は一旦屋敷の方へ、新しい湯沸し器のお披露目もあるとの事ですし」

「それもそうね」

「ふふっ、長居しましたわね、ここに来るといつもこうだから」

「居心地が良いんだよねー、狭いからかなー」

「甘い物があるからでしょ、あなたは」

「かもねー」

と王妃達はゆっくりと腰を上げる、王妃達は正直な所湯沸し器には大して興味は無いのであるが、自分達の存在が生徒達にとっては落ち着かないであろう事は理解している、今日はガラス鏡店のお披露目という題目があったにしろそれ以上に面白い時間を過ごしたと満足げであった、何気にこの寮の見えざる秘密を目にし、あまつさえそこに参加し体験できたという小さな充足感もある、

「ニコリーネ、楽しみにしてますわよ」

帰りしなパトリシアはニコリーネに微笑みかけ、ニコリーネは、

「はいっ、私は楽しいです」

とどうもズレた言葉を快活に叫び、アッと思い直して、

「すいません、頑張ります」

と小さく言い直したのであった。
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