上 下
646 / 1,062
本編

59話 お披露目会 その18

しおりを挟む
それから学園長はまずは実践じゃなと、ニコリーネに画材を用意させると、紙を四つ切にする、曰く、

「紙は高価じゃからな、商売としてはちゃんと考えるのだぞ」

という事らしい、さらに、実際に描く必要があると食堂の面々を見渡すが、

「ふむ、王族の方々は肖像画で慣れておりますでしょうな・・・ここは・・・」

と3階へ上がってカトカを引っ張ってくると強引に椅子に座らせ、

「ニコリーネさん、ほれ、お客様じゃ」

とニンマリと笑顔を浮かべる、事情を知らないカトカは何の事やらと学園長を見上げ、しかし、王妃達の手前もあって取り敢えず不満そうな顔はすぐに消した、ニコリーネはフンスと鼻息を荒くし、四つ切の紙を画板に紐で括ると石墨を手にする、

「での、儂が広場に立った時はな、石墨のみの絵と色を乗せた絵を別にしたのじゃ、色を乗せた方は金額も倍にしたな、無論、それだけ手間も画材もかかるからじゃがな、で、そうなると、実は描き方が変わるのは分かるじゃろ」

学園長はニコリーネの隣りに立ち細かい助言を口にする、ニコリーネは鼻息を荒くしながらコクコクと頷き、当のカトカはだからなんなのかしらと困惑するばかりである、王妃達はなるほどと思いつつその様を静かに見物している、ここは学園長に一任するのが賢いであろうとの判断であり、単純に見ものだわねと興味もあった、やはりミナは落ち着きがなく、ソフィアは仕方ないとミナへ黒板を預けて、

「隣りで描いてみなさい、ミナも得意でしょ」

「うん、わかったー」

喜々としてニコリーネの隣りに座るミナであった、そして、作業が進むにつれ学園長の助言は少なくなるが、暫くして、

「うむ、ここまでじゃな」

学園長は唐突に口を挟んだ、何かあったかと一同の視線が学園長に向かう、

「ニコリーネさん、カトカさんの様子をよく見なさい」

ニコリーネは素直に頷いてカトカを伺い、カトカも何か失礼があったかしらと背筋を伸ばす、

「あっ・・・わかりました」

ニコリーネはすぐに気付いたらしい、カトカはエッと何か変わったかしらと口元を強張らせる、

「うむ、カトカさんを連れて来たのはな、そういう事なのじゃ、王族の皆様であれば肖像画に慣れている・・・ほどでもないでしょうが、肖像画を描かせる?ですな・・・うん、肖像画を描かせるにあたって辛抱が必要と・・・身に染みておられるのではないですかな?」

「・・・確かに・・・」

「そうかもしれませんわね」

「だねー」

エフェリーンとマルルースが頷き、ウルジュラも賛同する、

「うむ、しかしですな、平民ではそのような常識も経験もないのですな、まっ、その常識があったとしても何もせずにじっとしている事は何気に難しいのです」

「あらっ・・・」

「そう言われればそうかもね」

「カトカさんには何も説明せずに座って貰いましたが、王妃様達がいらっしゃるこの場に置いても段々と緊張感が抜けたであろう?どうかな?」

学園長はカトカに問いかけ、カトカは、

「えっと、はい、確かに」

「ですな、なので、ゆっくりとその背は丸くなり、手や足が静かに動き始める・・・うん、丸くなるのは致し方無いが、手足に落ち着きがなくなるのは飽きている証拠なのだな、あっこれはカトカさんを悪く言ってはいないぞ、皆そうなるしそういうものなのだ、気を悪くせんでくれ」

言い訳がましい学園長であるが、カトカはあからさまにムッとする、実に魅力的なその表情に、

「あっ、その顔良いです」

思わずニコリーネが腕を動かそうとするが、四つ折りの紙には描く空間は既に無かった、

「こりゃ、それはそれじゃ」

学園長がすぐに窘めると、

「つまりじゃ、今の描き始めから儂が止めるまでの間の時間でな、描き上げる必要があるということなのだな」

「へー、そういうもんですか」

ソフィアが感心して呟くと、

「かなり短い時間ですね、でも、そうかもしれませんわね」

「うん、言う通りだと思いますわ」

「そだねー、肖像画の時とかは休み休みだからね、その間くらいの時間かな?」

「そうですわね」

とエレインと王妃達もそれぞれに納得したらしい、

「御理解頂き嬉しいですぞ、で、ここまでの間に描けたのは・・・」

学園長がヒョイとニコリーネの手元を覗く、そこにはまごうとないカトカの肖像画があった、しかし、描きかけと言われればそうかもしれないという完成度である、

「うむ、惜しいのう・・・ま、何の説明もしなかったからな、うむ、次は時間を意識して描いてみるのだ、あー、カトカさん、ゾーイさんを呼んでくれるかな?理由は話さなくて良いぞ、それでは畏まってしまうからな」

カトカはやっと事情の半分程度は飲み込めた、まったくと学園長に非難の視線を向け、しかし、

「はい、良ければ私も拝見させて頂いて宜しいですか?大変興味深いです」

「うむ、カトカさん程の才媛を巻き込めると楽しいのう」

思惑通りと学園長はニヤリと微笑み、カトカは3階へ向かうとすぐにゾーイと共に下りてくる、こうして新しい生贄が着座し、

「ニコリーネさん、時間じゃぞ、時間を意識するのじゃ、特に子供を描く時とかはな、適当に話しながらでないとじっとしていてはくれないぞ、ミナちゃんが良い例じゃな、ま、それは追々じゃな」

学園長が更なる助言を口にし、ニコリーネは再び鼻息を荒くして画板に向かった。



「そうだ、エレイン会長、昨日はお邪魔できず失礼しましたな」

学園長はふいにエレインへ頭を下げた、生贄はサビナに代わり、カトカは数枚の黒板を手にして何やら書き付けている、その隣りではゾーイがその黒板を覗き込んでおり、アフラが時折注釈を口にしていた、ミナは既に飽きたのか好き勝手になにやら黒板に書き込んでいた、王妃達はカトカとゾーイの肖像画を手にして何やら頷いており、パトリシアは実に楽しそうにそれらを眺めている、

「そんな、お忙しいのは分かっておりますわ、こちらこそ不躾であったかと思います」

エレインも慌てて頭を下げる、昨日のお披露目会には学園関係者にも招待状を送っていた、しかし、学園長も事務長も忙しかったのであろうその姿を現す事は無く、そういう事もあろうとエレインはのんびりと考えており、こうして正式に謝罪されるとは思ってもいなかったのである、

「いや、そういう訳にはいかん、エレイン会長には御協力頂いておりますからな、手記の公開に関しても上の研究所への協力も聞いております、昨日の件で気を悪くしてもらっては私が困ります」

何とも腰の低い学園長である、エレインは何もそんなに上に置かれても困るかしらと首を傾げ、アフラがピクリと眉を上げた、

「それは当然です、私はまだ学園生なのですから、学園長に協力するのも研究所への協力も、あっ、すいません、ユーリ先生とは協力というよりも私共の恩恵の方が大きいですから、協力等とおっしゃられては私共が困ります」

「そうですか、そうでしたな、確かにまだ学園生でした、すっかり失念しておりましたわ」

学園長がガッハッハと笑い、もーとエレインは小さく一息吐く、

「いや、ダナやら事務員達が是非行くべきだと騒いでおりましたが、儂も事務長もバタバタしておりましてな、事務員だけでも向かわせようかと思ったのですが、それはそれでと思いまして・・・お詫びが必要と思っておった所でした」

「まぁ・・・であれば・・・そうですね、テラとも打ち合わせをしたいと思いますが、学園の皆様にゆっくりと見て頂く機会を作る事は可能かと思います、但し、商売は抜きで、あくまで見物と思って頂ければ・・・昨日もそうなのですが商談が可能となると収拾がつかなくなりますから」

「それは嬉しい、お忙しくなるでしょうに、良いのですか?」

「それはもう、私は学園生ですよ、学園に寄与できるのであればそれもまた嬉しい事と思います」

エレインはニコリと微笑む、昨日の関係者へのお披露目会には学園関係者へも招待状を出しており、ユーリやソフィアは招待状ではなく口頭で招待した、しかし、ユーリは学園長と一緒で忙しいらしく、ユーリがそうなのであるから研究所の三人も参加は難しいとの事であった、また、ソフィアに関しては人が集まる所にわざわざ出向く趣味は無いとツレナイ有様で、絵も見たしガラス鏡も十分知っているのだから、うるさい子供を増やす必要は無いわよと、どうやらミナの事を言ってるのであろう、子供を言い訳にして遠慮した形である、しかし、どうせなんだかんだで顔を出すこともあるだろうしね、と笑って言い添えるソフィアにエレインはその独特の思いやりを感じた、

「つきましては・・・どうでしょう、御都合の良い日があればと思いますが・・・私共としては、直近ですと、明日の午後又は明後日の午後・・・事務員さんも来たいでしょうからね、午後の方が良いと思います、明日は午前中に領主様をお招き致しますので、その後になります、場合によっては私は立ち会えないかもですが・・・その機会を逃すと・・・正式に開店してしまいますから・・・難しくなるかと思うのですが」

「なるほど、確か20日開店でしたか・・・」

「はい、なので、実は空いているのが明日と明後日、明後日がその20日ですが、この日は予約を受け付ける日となります、なので、ある程度手は空いている確実な日ですね」

「わかりました、儂としては・・・いや、事務長と確認します、明日か明後日ですな」

「はい、御連絡お待ちしております」

二人はニコニコと嬉しそうに微笑み合う、さらに、

「そうじゃ、手記の複写も済んでおる、明日領主様とお会いするのであれば今日にも届けるが?」

「ありがとうございます、頂ければ嬉しいですね、お邪魔しましょうか?」

「うむ、そうだな、いや、儂が動こう、今日はそういう気分じゃ」

学園長が機嫌良く微笑む、しかし、

「失礼、学園長、手記とは何の事でしょう」

アフラが若干冷えた視線を二人へ送り、学園長はオウと明るく答えるが、エレインはシマッタ・・・とゾクリと背筋を凍らせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...