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本編

58話 胎動再び その12

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翌日、エレインの姿は学園に在った、早朝からという事もあり大変に珍しい事であったりする、さらに、例の正装ではないがそれなりに小ざっぱりとした服装のユーリと学園長はもとより事務長、事務員としてダナの姿もあるが、さらに珍しい事にイグレシア魔法学部長も渋い顔であったがその場に集っている、

「そろそろかな?」

学園長がソワソワと大きく開かれた表門を覗き、

「そんなに慌てなくても」

と事務長が軽く諫める、

「そうですよ、いらっしゃいましたら呼びに行きますよ」

ダナが気を利かせるが、

「いやいや、失礼があってはならんからな」

と学園長は鼻息を荒くした、学園内は既に授業が始まっており、学園の玄関口にはこの一行が在るだけで閑散としている、時折修練場から響く低い叫び声や怒号、各教室からは講師の低い声が風に乗って運び込まれている、

「しかし、早すぎませんかな?」

学部長が流石に片眉を上げた、

「早すぎて悪い事はなかろう」

学園長はさらにフンスと鼻を鳴らし、学部長は口をへの字に曲げて答えとした、最近はすっかりと領主との力関係を逆転されてしまい、学部長は内心で非常に焦っている。

学園長が学園に講師として就任した頃からあまり仲の良くない二人であった、学園長は魔法学園であるにも関わらず、魔法学にはあまり詳しくなく、さらに貴族の傍流との事であったが、平民により近い立場であり、学部長としてはその程度と甘く見てまともに相手をする事は無く、学園長もまた社交的と言える人物ではない、学園長が一講師であればそれでも何の支障も無かったのであるが、王国からの命により学園長となった頃から、その仲は急速に悪化しかつ表面化する、会議の席にしろ打ち合わせの場にしろ面と向かって対立する事が多くなったのであった、それも致し方無いと言える、本来であれば学園長の席に座るのは学部長であった筈なのである、経験にしろ年齢にしろ、さらに出自にしろそれは学園内では既定路線とまで考えられていた、しかし、学園長を拝命したのは学園での歴は短いアウグスタであった、王国側はその為にアウグスタを学園に送り込んだのであろう事はその時期になって漸く明白なものとなり、学部長は学園内はおろか距離を近しくしていた領主の手前、面子を潰された形になってしまう、さらに学園長は講師としてユーリを招き、あろうことか学部長の下に置いた、これには学部長も間者か回し者かとユーリを警戒し、学園長に対するよりもキツイ当たり方をしてしまう、ところがユーリは恐ろしい程肝の座った女傑であった、嫌がらせにしか見えない様々な陰険な障害も何処吹く風とまるで意に介さずに講師としてその立場を盤石なものにし、さらに研究でも学部長ではとてもなしえない業績を見せつける事になる、その上ここ数か月で領主との間を急速に近いものとしている、つまりこれは学部長にとっては学園長とユーリによってあらゆる面で負けた状態に追い込まれていると言える、誇り高い学部長としては何とも憎々しく鬱屈した状態となっていたとしても不思議では無く、実際にそうなってしまっていた。

「すいません、学園長、しかし、これは・・・その、やり過ぎではないでしょうか」

エレインが一行に背を向けて何とも困った声音となる、その視線の先にあるのは今日わざわざ集まった原因であるオリビアの手記が堂々と掲示されていた、学園に入り最も目立ち且つ広々とした空間の壁である、エレインは話しには聞いたがこのような掲示であったかと軽い眩暈を覚えるほどに羞恥の感が強くなる、

「そうかな?見やすいし、分かりやすかろう」

学園長は一転、機嫌の良い声でホッホッホと笑う、

「そうですが・・・やはり・・・その・・・」

「恥ずかしいわよねー」

エレインの渋い顔にユーリは端的にその心情を代弁した、

「そうかな、しかし、うん、こうするのが一番だと思ったのだがな、お陰でポツポツとだが手記が集まってきておるぞ」

「そうなんですか?」

「うむ、やはり女生徒からのものが多いし、妙にその・・・かっこつけたがるのが見え見えなのじゃがな、しかし、面白いぞ、うん、中々に面白い、少々儂の意図からはズレた感じもあるが、それはそれで悪くなくてな、ある程度溜まったら同じように掲示しようかと思っておったのだ」

「それは・・・であれば、まぁ」

エレインはもう済んだ事でもあるし、今更どうこう言うのも無駄だと理解してはいるが、やはり恥ずかしさはある、しかし成果として結果が見えてきているのであればこれはこれで納得するしかないかしらと小首を傾げ、

「うむ、しかし、やはりというか推敲は必要でな、これはオリビアさんとカトカさんの共作じゃからな、そう見るとやはり文章力に関してはカトカさんは一流と言えるな」

「それはもう、私の自慢の一番弟子ですからね」

ユーリがムフンと胸を張る、

「そうですね、あっ、後程見て欲しいのですが、カトカさんと、うちの従業員の作がありますよ」

エレインが肩から下げた荷へ視線を落とす、

「ほう、それはどういう?」

「えーと、先にユスティーナ様に御確認頂きたいので、その席で」

「それは楽しみじゃな」

「昨日のあれ?」

「はい、昨日のあれです」

「良い感じだってカトカは笑ってたけどね」

「はい、良い感じだと思います」

エレインとユーリはほくそ笑み、また何かやっているのかとダナや事務長も目を細くする、そこへ、

「いらっしゃいましたな」

一人若干距離を取っていた学部長が呟いた、見れば敷地内に領主の家門が入った馬車が入って来ている、

「おう、ではお迎えしなければな」

一同は整列し、迎えの体制を整えた。



「なるほどなぁ・・・」

「ふふ、これがレアンの事ね」

「ムッ、どれですか?」

「大丈夫よゆっくり読みなさい」

「母上は読むのが早いのです」

「そう?ならレアンの勉強が足りないのね」

「なっ、なんですと?」

「ふふっ、聞いていたけど、これは確かにやり過ぎね」

「むー、どこですか?」

エレインの手記を見上げてユスティーナはレアンをからかい、レアンは慌てて視線を彷徨わせる、二人は実に楽しそうにその手記を読み込んでいる様子で、その背後ではライニールが黙して真剣な眼差しを掲示板に向けている、さらに事務官であろうか従者よりも役人風の男が二人付いて来ており、その二人も掲示板を注視している、

「ほら、やっぱり面白いのよ」

ユーリがエレインにニヤリと微笑みかけ、エレインは口を尖らせるもニコリと微笑んで見せる、一行が対応しているのは祭りの折に約束された学園への視察を口実にしたユスティーナとレアンの訪問であった、ユスティーナからは大事にするなと言われているが学園としてはそうもいかず、昨日の領主を交えた打合せの最後に大雑把な段取りを済ませて今日を迎えている、どうやらカラミッドも興味があったようだが、別の仕事が入っている為、その姿は無い、その為ユスティーナもレアンも緊張感が薄く、知った顔に迎えられたという事もあり正式な仕事ではあるが、普段通りの穏やかな様子で掲示板に釘付けとなっている、学園側はその五人を嬉しそうに眺め、学部長の渋面は変わりないが、それでも静かに様子を伺っている、

「なるほど・・・学園長、これは確かに興味深いですわね」

読み終えたのであろうユスティーナが振り返った、

「はい、エレインさんの協力の賜物です、エレインさんの数奇な・・・と言っては失礼ですな、珍しい・・・はもっと失礼ですな・・・何と言うべきか」

「学園長、好きに言って頂いていいですよ」

むむっと言葉を探して悩む学園長にエレインはもうなんでもいいやと投げやりな様子で、

「そうかな、では、やはり、珍奇・・・、いや、やはり数奇が良いな、うん、少々上品であろう?」

「あまり変わらないかと思います」

「そうかな?」

「ふふ、でも面白いものですね、人の半生というのかしら?手紙という形も報告書という形も珍しいような気がしますね、でもだからでしょうか、妙にこう、端的で分かりやすくなっている気がします、とても面白いですわ、読み物としても物語としても良く出来ているように思います、そうだ・・・これは歴史の人物でもこのような形をとれるものなのかしら」

「と言いますと?」

「例えば、この街の開祖とされるアサー・モニケンダムとか、クレオノート家の開祖とか、記録として残っていればよりこう、面白い読み物に、娯楽的な・・・と言っては不敬かもですが、物語として楽しめる形になるものなのかしら」

「それはあるでしょうな、アサーに関する文献は幾つか残っております、クレオノート伯家に関しては申し訳ない、目にした事は無いですが、確かに、文献が残っているとすれば創作する事は可能でしょうね、それと・・・」

「演劇ですね、あと、吟遊詩人の詩物語も良い事例になるでしょう」

ユーリがそう言えば演劇暫く言ってないなと口を挟む、

「いや、あれは創作部分が多すぎるであろう」

「そうですか?その創作部分が楽しいのですよ」

「そうであったとしてもだ、こう、事実に沿ってこそ、何と言うか隣りにあるというか、側にある感覚、臨場感というものだな、それが大事なのではないかな?」

「それもそうですが、あまりにこう現実的にし過ぎても血生臭いだけかと」

「いや、それこそが歴史のな」

「まぁまぁ」

学園長とユーリの討論を何故かユスティーナが押し留め、その様に学部長は渋面をさらに険しくする、リシャルトからユーリやその友人であるソフィアとユスティーナの仲を聞いてはいたが、まるで友人のそれである、実際に目にすると呆気にとられ、嫉妬する気も起きない、

「うむ、読み終えました」

レアンがクルリと振り返り、

「エレイン会長、これは面白いな、ゆっくり読みたいぞ、写本はいつできる?」

「いつと言われても・・・」

「はい、そこにも書いてありますが、ゆくゆくは他の手記も集めてまとめる予定でおります」

「そうなのか、いつになる?」

「暫く先としか・・・」

「むぅ、であれば、これだけで良いぞ」

「こら、レアン」

「それと私の名前は好きに出すのじゃ、許す」

「レアン、それはカラミッド様に伺わないと駄目ですよ」

「私の名前です、好きにしても良いでしょう」

「駄目です」

「むー」

子供らしくむくれるレアンに、

「そうですな、では、複写を後程お届けする事を約束しましょう」

学園長は嬉しそうに微笑み、

「そうか、楽しみにしている、では次だ、植物園であったか?それはどこにある?」

「お嬢様、それは最後に」

ユーリが興奮気味のレアンを嗜めるように告げると、

「そうなのか?ミナが自慢しておるからな、是非拝見したいのだ」

「それは勿論です、しかし、他にも見て頂きたい所はありますので、そちらから、植物園は最奥でしてな、しっかりと順路の計画はしております、申し訳ないのですがお付き合い頂ければ幸いです」

「そうね、ここは皆さんに任せましょう」

ユスティーナの優雅な笑顔にレアンは仕方ないとその高揚を治め、

「分かった、では、参ろう、どっちだ?」

ダナが打ち合わせ通りに先を示して一礼すると歩き出し、学園視察が本格的に始まった。
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