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本編

57話 異名土鍋祭り その7

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ユーリが先に舞台から下り、レアンは改めて観衆の視線に気付き笑顔を見せて軽く手を振ると、歓声と拍手の音はさらにもう一段大きなものとなった、何を言っているのかは判別できないが、下品な口笛の音も混じっている、どうやら観衆には受けたらしいとレアンは安堵して笑顔のままに舞台から降りる、

「良くやった」

カラミッドがすっと近寄りレアンを抱き上げ、レアンはエッと驚いて実父の顔を見つめた、カラミッドは初めて見る程の明るく朗らかで誇らしげな笑顔を浮かべている、レアンは突然の事に言葉も無くただ驚いていた、実父は普通の父親ではないとレアンはずっと思い込んでいた、伯爵というどうやら偉い立場にあり、これまたこの街で最も偉い人らしい、物心ついた頃よりそのように認識し、常にカラミッドとレアンの周りには彼等を気にする人達に溢れている、そのような家庭環境において実母であるユスティナーナは病床にあった、中々に複雑な関係と言える、故に自然とレアンはカラミッドとの距離を空けるようになり、その手にすら直接触れた記憶は無い、そうあるのが当たり前で、そうであるべきと思い込んでいた、病床の母親にも同じである、ユスティーナも優しい言葉は掛けてくれるが自分を抱き締めるような事は出来なかった、それがユスティーナの快癒に伴って徐々にであるが、親子らしい関係を構築し始めていると感じていた、レアンはそれが自身が認識しないまでも嬉しく感じており、そしてこの突然の抱擁である、

「はっ、はい」

レアンは目を剥いて甲高い声を発する、何と答えるべきか、どう答えるのが伯爵令嬢である自分の正しい言葉になるのであろうかと思考を巡らせるがまるで思い付かなかった、

「大したものだ、とても美しかったぞ、見事だ、本当に素晴らしい」

笑顔のままにカラミッドはレアンを讃え、レアンは少しばかり逡巡し、

「ユーリ先生のお陰です、私は何も」

と謙遜の言葉を選んだ、それが恐らく賢い者の答えなのであろうと判断する、

「そうか、それでもだ、ほら皆を見よ」

レアンを胸に抱いたままカラミッドは観衆へと視線を移す、レアンもその視線の先を追った、様々な笑顔が溢れていた、祝福と歓喜と驚嘆に溢れ一つとして嘲笑のそれは無い、皆、実に気持ち良く楽しんでいるのが熱気となって伝わって来る、

「大成功でしょうか?」

レアンはニコリと微笑む、

「勿論だ、ふふ、祭りの始まりとしてこれ以上のものはないであろう、モニケンダムの、王国の新しい文化が生まれたのだ」

カラミッドは一度ギュッとレアンを抱き締め、そしてゆっくりとその身を下ろした、

「しかし、重くなったな」

ここでいらない事を言うのが中年男性という存在である、レアンは何をと赤面してカラミッドを睨み付け、カラミッドはアッハッハと大きく笑い声を上げると、レアンの手を引いて列に戻った、広報官はそれを確認すると、

「光柱の儀式は以上となります、市民の皆様、あちらを御覧下さい」

一歩進み出て歓声の中でも通る大声が広場に響く、そして大きく腕で天を指した、そちらは街の中心部に当たる方向で、4つの神殿がドシリと居を構えている地域でもある、

「おおー」

「わー、あっちも凄いんじゃない?」

「確かに、これは見物にいかんとな」

そちらには建物の間隙から4つの光柱が覗いていた、遠目ではあるがどうやらそれぞれに色も雰囲気も異なるようである、5本の光柱は競い合うように天を穿って街に複雑な光の祝福を振り撒いていた、

「こちらの中央の光柱以外にも各神殿においてそれぞれに素晴らしい光柱が屹立致しました、本日は神々の生誕を祝う祭りであります、皆、神々に感謝し、日々の雑事を忘れ今日一日を楽しむ事をここに命令する」

以上であると広報官は締め括り自ら大きく手を叩く、それに合わせて来賓者も拍手を始め観衆も歓声の声を上げて手を打ち鳴らし祭りが本格的に始まった。



締めの言葉もあってか観衆は少しずつばらけ始め、それにつれて屋台の客引きの声が取って代わって広場に響き始めた、来賓客達はギルドの担当者の先導に従い天幕に戻る、するとユスティーナが嬉しそうにレアンに駆け寄りその肩を抱き締め、

「お疲れ様、美しかったですよ」

ユスティーナの珍しい程に上擦ったねぎらいの言葉に、レアンは心底嬉しそうな笑顔で、しかし、

「はい、段取り通りでした、上手くいったようで安堵しております」

冷静かつ大人な言葉を返す、天幕に戻るまでに落ち着きを取り戻し、これはどう考えてもギルドの担当者とユーリの段取りが素晴らしかったからだなと考え始めていたのであった、どこまでも真面目な娘である、

「ふふ、そうね、でも緊張しないでやり遂げたのが素晴らしいのです、最後の杖を振り回すのも様になっていましたよ」

「そうですね、とても上品でした、あのような杖の使い方は初めて見ました」

ユスティーナに続いてエレインも楽しそうに微笑む、

「あれは、ユーリ先生の指導のお陰です、何事も大きく優雅に見せる事、そうすれば様にはなると・・・」

レアンはユスティーナからゆっくりと身体を離してユーリを探す、ユーリはやれやれと三角帽子をテーブルに置いて、水差しに手を伸ばしており、どうやら一仕事終わったとすっかり弛緩している様子で、

「ユーリ先生」

レアンが大声で呼び掛けると、ビクリと肩を揺らして振り返る、

「なに?なんかあった?」

と自身の業績にはまるで無関心な反応である、

「何かもなにも、ありがとうございます先生、素晴らしい儀式でしたわ」

ユスティーナの嬉しそうな誉め言葉にユーリはアーとかウーとか答えつつ、カップを傾けて喉を潤すと、

「レアンお嬢様が落ち着いていらっしゃいましたから、事故も無く終われたのですよ、私は大した事は何も」

とニコリと微笑む、そこへ、

「何を言っておる想像以上じゃった」

こちらも笑顔の学園長が事務長と共に天幕に入って来る、

「そうだな、いや、正直これほどとは思わなかった」

さらにカラミッドもリシャルトとライニールを連れて入って来た、

「そんな、レアンお嬢様とギルドの皆さんの努力の賜物ですよ、お褒めの言葉はそちらに、私は協力しただけですから」

ユーリは困った顔を崩さない、本心からそう思っているのである、

「まぁ、そういう事にしておきましょう」

「そうだな、レアン、疲れていないか?」

学園長は微笑み、カラミッドも微笑みつつ娘の様子を気に掛ける、

「はい、私は全然」

とレアンが慌てて答えた瞬間、

「お嬢様ー、カッコヨカッター」

ミナが当然のように駆け込んできて、今度はグルジアが慌ててその背を追いかけている、

「む、そうか?」

これにはやっとレアンはどんなもんだと胸を張った、

「うん、バーって、ボーって、バーっと、んで、フワーって」

ミナはその場で儀式の真似を披露する、その姿は口にする擬音と相まってあまりにも愛くるしい、

「むふふ、ミナはもー、最後はこうじゃ、優雅にな優雅に杖を振るのじゃぞ」

やっといつもの調子に戻って偉そうな口調で講釈を垂れ始めるレアンに、大人達はまったくと笑顔になった、

「さて、ではじゃ、ユーリ先生、各神殿を回って来ようと思うのじゃが同行願えるかな?」

学園長が口を開く、

「あっはい、そうですね、ですが、現時点で何もなければ大丈夫かと思いますが・・・」

「それも含めてじゃ、一応監督役じゃからのう、一度は顔を見せんと各神殿にも示しがつかん」

「確かにそうですね、では、こちらは・・・」

「私が残ります、恐らく何も無いかと思いますが念のため」

事務長が留守役を買って出た、彼の言葉の通り発動さえしてしまえば放っておいて安全な部類の魔法である、かと言って誰も居ないとなっては体面が非常に宜しくない、

「分かりました、では、一通り回りますか」

ユーリは再びやれやれと溜息混じりで三角帽子を手にして学園長と共に天幕を離れ、

「そうだ、ミナ、あれに乗れるのじゃ、乗るか?」

とレアンは昨日の打合せを思い出す、

「そうなの?」

「うむ、担当者はいるか?」

ライニールがサッと動いて担当者を捕まえ連れてくると、

「はい、では、第二部といきますか」

担当者はニヤリと微笑み他の担当者を集める、そして舞台の周辺を人払いしつつ縄を引き、受付を作ると、

「はい、こちら子供と女性のみ舞台に上がれます、光柱の根本を見上げてゆっくりと楽しめますよー、お代は無料です」

と屋台の客引き並みの大声である、ワッと子供と女性の歓声が上がった、そして、まずはどのようなものかとレアンとミナとレイン、さらに、エレイン達が舞台に上がる、舞台上の緑の魔力による霞はとうに晴れていた、恐らく大気に拡散したか風に流されるかしたのであろう、故に舞台からはより間近で七色の天幕と光柱を目にする事が出来た、

「へー、真下から見るとまた違ってますねー」

「うん、すんごい綺麗ー、凄いなー」

「七色が美しいですねー」

「上の金の輝きが凄いんだよー」

ルルやサレバとコミンがキャッキャッと楽しそうにはしゃぎ、レスタはボーッと言葉も無く見上げている、グルジアはいいのかしらとどこか遠慮がちで、エレインとオリビアも静かに見上げている、

「さ、動かしますよー、皆さん申し訳ないですがしゃがむかペタンと座ってしまって下さい、危ないのでー」

担当者が舞台上へ声をかけた、何のことかと思いつつ、舞台上の女性陣はそろそろと指示に従いしゃがみ込む、それを確認した担当者は、

「はい、では動きます」

大きな声で宣言する、それが合図となってグッと舞台が動き出し、

「おおっ」

「そっか、こうなるんだ、わっ、楽しい」

「ねー」

儀式でも動いていたのである、そりゃ確かにこうなるよなと歓声が上がった、そして舞台の動きに身体が慣れて光柱を見上げると、どうやら中央の台座は舞台とは逆方向に回るらしく、相対的な高速度で光柱と七色の天幕が回転しており、

「わっ、綺麗、すごーい」

「えー、でも目が回るー」

「あはは、楽しー、これー」

「キャーこわーい」

「ワー、ワッ、ワッ、わーー」

しゃがみ込みあるいは腰を下ろして子供のようにはしゃぐ面々と、子供然として歓声を上げ続けるミナである、その様子に観衆はオオッと驚きの声を上げ、我も我もとあっという間に行列が出来始めた、

「はい、ここまでです、止めますからね、倒れないように注意して下さい」

再び担当者の声が響き、舞台はゆっくりと停止した、

「面白かった・・・」

「うん、初めてだ・・・びっくりしたね」

「ちょっと、気持ち悪いかも」

「・・・確かに・・・」

「えー、面白かったー、もっとやりたいー」

「駄目じゃ、交代じゃ」

「えー、そうなのー?」

「そうなの、ほら、降りるぞ」

レアンに先導させれて皆若干ふら付きながら地面に降り立つ、すぐさまに担当者によって次の子供達が舞台に上がった、

「うふふ、楽しかったー、綺麗だったー、グワーって、ピカピカーって」

ミナは楽しそうに腕を広げてクルクル回る、

「じゃろう?」

「うん、で、どうする?次は何する?」

すぐにピタリと止まると今にもどこかに駆け出しそうな勢いでレアンにせっついた、

「まったく・・・そうじゃのう、取り敢えず、少し休むか、ソーダ水が飲みたいのう」

「そういう事であれば」

レアンの言葉にエレインは笑顔となって一行は屋台へと足を向けるのであった。
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