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57話 異名土鍋祭り その2

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「打ち合わせどおりですね」

円形の中央広場のど真ん中、ユーリは組み上げられた舞台を見難そうに見上げる、今日のユーリは正装であった、それはあくまで俗にという冠は付くが、魔法使いや魔術師と呼ばれる職にある者には王国が定めた礼装がある、それは巨大なつばの付いた三角帽子、身長と同程度の高さの杖、フード付きの外套となる、ロキュス等はこれに勲章をジャラジャラと付けていたりするがロキュス自身はフード付きの外套は好みでは無いと公言しており、ユーリもその意見には大変に賛同している、何しろ重くてうざったく機能性の欠片も無いのである、勿論であるが現場では糞の役にも立たない、このような格好では戦場はおろか冒険者の仕事等出来ようも無かった、礼装とはそういうものであると言われればそうなのかもしれない、しかし一体誰がどのような目的でこの礼装を規定したのかと文句の一つも言いたくなるのである、ただし二つだけ良いと思える点があった、巨大なつばによって顔を隠せる事と、取り敢えずこれを着ておけば文句は言われない事である、今日は催事の脇役とは言え公式な場に立つ身であった、となれば女性としてそれなりに着飾る必要も発生する、そしてそれは大変にめんどくさい、ユーリは、であればと引っ越しの際に木箱に突っ込んであったままの外套を引っ張り出し、ついでに置物になっていた杖を軽く磨き、これまた埃を被っていた三角帽子を清掃して支度を終わらせた、そしてそれらを適当に羽織る、するとそれだけで対面を保てる事に気付いた、ユーリはあらっと思わず一声上げてしまう、実に楽である、外套は重くて動きは鈍重になり、三角帽子は視界が悪い、杖は正直邪魔である、しかしこれで礼装として形になるのであれば、驚くほどに簡便ではある、ソフィアを迎えに行った際にはわざわざこれ見よがしに身に付けて行ったのであるが、その際には不便さのみが印象に強く残り、以降敬遠していた、こうして改めて身に付けてみれば、もしかしたらこの礼装を既定した者は魔法使いの性根を良く理解していたのかもしれない等とユーリは思う、恐らくそうなのだろう、しかし朝だし出かけなきゃだしと深く考える事は止めてこの場に赴いた、ちなみにソフィアも同じ衣装を持っているはずが、どこにやったか忘れたらしい、つまりその程度の品であったりする、ソフィアが特別に頓着しない性格なのもあるが、

「はい、昨晩は突貫でした」

疲れた顔の担当者がそれでもニコニコと嬉しそうに答えた、

「例の装置は?」

「はい、万全です、動かしてみます?」

「そうね」

担当者がその辺にいた職員に声をかけ、舞台の下部に突き出た巨大な角材に手をかける、そして、

「行くぞー」

と何とも締まらない掛け声の下、ゆっくりと押し始めた、

「へー、こうなるのか・・・」

ユーリは舞台上を確認し、なるほどとその仕掛けの動きを理解する、

「終了ー」

再び担当者の締まらない掛け声が響き、舞台はピタリとその動作を止め、

「どうですか?」

担当者がユーリの下へと確認に来る、

「良いと思うわね、うん、面白いじゃない」

「ありがとうございます、一応馬にも引かせるようにはしてあります、ただ、人が集まると馬が落ち着かないかもなので、そっちは様子を見ながらですね」

「そのようね、でも、舞台に乗せるのは子供達だけがいいかもねー」

「それもその通りです、子供と女性ですかね、男は下で労働力になりましょう、納得しない連中も多いでしょうが、ま、仕方ないかなと思います、何しろ突貫ですから」

アッハッハと担当者は鷹揚に笑った、

「そうね、来年に期待?かしら?」

「あー、毎月出してもいいですよ、折角作りましたから、大工達ももっと時間があれば面白くなったのによーってブーブー言ってましたからね、次回以降が楽しみです」

「えー、でもそうなると光柱も毎月出すの?」

「先生さえ良ければ」

担当者はニヤリと微笑む、

「別に私じゃなくても使えるようになるわよ、いつになるかは分からないけど」

「じゃ、それまではギルドの専属と言う事でお願いします」

「容赦無いわねー、ま、私も勤め人だから学園に依頼して頂戴、その時々で対応も変わるだろうしね」

「はい、了解です」

ニコリと満足そうに微笑む担当者に、ユーリはまったくと苦笑いで答える、そしてユーリはうざったそうに三角帽子と杖を舞台の片隅に置いて、よいせと舞台に上がると一応と各部を点検し始めた、安全面等には自分の責任は無いのであるが関わった以上気になってしまう、何とも損な性分である、舞台装置そのものの機構にも興味があったが、それは恐らくブラスに聞けば簡単に判明すると思われるし、それほど複雑な事はしていない、何より人が乗っても大丈夫なのであれば、それだけ単純で強固な作りになっているのであろう、

「ま、頑丈よねー」

ユーリがやれやれと腰を伸ばした頃合いで、学園長と事務長も顔を出したようで、さらにギルド長も姿を表した、朝も早いというのに勤勉な事である、

「またこれはゴツイ物を作ったな」

事務長が舞台を見上げ、

「若い連中が元気でしてな、なら好きなようにやって見せろと言ったらこれですわ」

ギルド長が呆れたようにしかし嬉しそうに微笑む、

「良い事じゃな、祭りは若い者が楽しめないとつまらない、老人が楽しむ祭りなぞ祭りとは呼べんわ」

学園長も舞台を見上げてしみじみと呟く、

「全くです、こうなんというか活気がなければ祭りとは言えませんしね、説教臭いのも考えものです、派手に楽しく騒がないと、祭りですからな」

「至言ですなー」

アッハッハと三人は声を上げて笑い合い、舞台上のユーリはいい気なもんだわと一人呆れるしかない、その間広場には屋台が続々と運び込まれ、それにつれて人影も増えてきた、皆、中央にデンと置かれた舞台に興味津々な様子で、しかし、屋台の準備もある、それぞれに細かく動きながら何だあれはと噂をしているようで、その視線に晒されているユーリはここはもう十分かなとそそくさと舞台を下りた、実際の所光柱の基部に当たる部分は打ち合わせ通りの設えとなっており、巨大な土鍋も既に設置されている、昨日の打ち合わせ通りと考えて問題いは無さそうで、後は儀式をしっかりとやり終えれば取り敢えずユーリの仕事は終える事が出来るであろう、

「ユーリ先生、お疲れ様です」

舞台から下りた所で聞いた声である、ブノワトであった、

「あら、おはよう、ブノワトさんも屋台?」

「はい、エレインさんとこで一緒にやります」

ニコリと微笑み背後へ視線を向ける、そこには腰掛けを山と積んだ荷台の前でブラスが知り合いであろうか先程まで舞台を組み立てていた男達と談笑している様子である、さらに数人がその場に集まってきており、ブラスも中々に顔が広いのか、単に大工仲間が集っていただけなのかちょっとした人だかりになり始めていた、

「そうなんだ、元気だわねー」

「えへへ、勿論ですよー、噂で聞きましたよー、先生こそ今日は忙しいんじゃないですか?」

「あー、どんな噂かは知らないけどさ、私の担当はここだけよ、他は別の人達がやるからね、ま、やる事やったら逃げるわよ」

「そんな事言わないで祭りを楽しみましょうよー」

「そんな歳じゃないのよ、部屋で酒飲んでた方がましってものよー」

「またそんな事言ってー、まだ若いじゃないですかー」

「あー、そう言ってくれるのはブノワトさんだけだわよ、社交辞令でも嬉しいわ」

「そんな事いってると、ほんとに老けちゃいますよー、気分だけでも若々しくないとー」

「そうね、ありがとう、心掛けるわ」

いつもの傍若無人なユーリではない、ユーリは朝に弱い質であった、ギルドの担当者を前にすれば良識ある社会人としての仮面を被れるが見知った同性を相手にするとその仮面はいともたやすく剥がれ落ちる、いつも以上にだらしなく弱気な笑顔を見せるユーリにブノワトは苦笑いを浮かべるしかない、

「じゃ、後は待つだけかしら・・・でも・・・あそこはあそこでめんどくさそうなのよねー」

ユーリの視線の先にはギルドの設営した天幕があった、腰掛けが並べられ革製の屋根が掛けられた簡易なものであるが、そこには既に担当者が集い、学園長達も席を占めている、下手にそちらに加われば痛い目を見る事が確実そうであった、

「じゃ、あれです、六花商会の屋台に行きましょう、あっちであればまだ気楽でしょうし」

「近いの?」

「あれですよー」

ブノワトの指した先は中央からやや離れた場所であったが木陰もあり広々としている、既に屋台が3台並んでおり、ジャネット達がチョコマカと動いていた、

「あら、居たんだ」

「そりゃもう、あの子達の稼ぎ時ですからねー」

「それもそうね、ん、じゃ、少しだけでも激励しますか・・・」

「そうですねー」

ユーリは三角帽子と杖を手にするとあらまと驚くブノワトと一緒に屋台へと足を向けた。
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