573 / 1,050
本編
56話 三つ色の樹 その2
しおりを挟む
「ソフィアー」
内庭でソフィアとブラスが現場を見ながら駄弁っていると、勝手口からユーリが顔を出した、
「おはようございます、先生」
ブラスが笑顔で頭を下げ、職人達も気付いて会釈をする、
「あ、おはよう、どんな感じ?」
ユーリが顔だけ出して何とも適当な質問である、
「あー、難しいですね、こんな感じとしか言いようがないです」
ブラスが困り顔で微笑んだ、
「そりゃそうか、ま、しっかりお願いね」
ユーリは関心が無いのかそれだけ信頼しているのか何とも雑に答え、
「ソフィア、お湯沸かせる?」
と視線をソフィアへ向けた、
「お湯?お茶入れるの?」
「髪洗う方」
「出来るわよー」
「お願い」
さっと引っ込むユーリに、
「なんじゃありゃ?」
ソフィアは口を尖らせて、
「御免ね、じゃ、宜しく」
と慌ててブラスに声を掛けて自身も勝手口に走った、
「はい、お任せ下さい」
ブラスはこりゃまた何かあるなと勘が働き、こっちに影響が無ければそれでいいかと現場に戻る、すると、
「こらー、ブラスさんに失礼でしょー」
厨房内にソフィアの怒声が響いたようで、ブラスと職人達は苦笑いで顔を見合わせた、
「もー、で、何したいの?」
ソフィアが食堂に入ると、鏡の前にはゾーイがチョコンと座っており、サビナはミナと、カトカはレインと何やら戯れている、肝心のユーリの姿が無い、
「あら、皆さんお揃いで」
珍しい事もあるもんだと目を剥いた、ユーリの素早さにも度肝を抜かれている、何せさっきのさっきでその姿が無いのだ、隠れる場所は多いが別にそこまでして逃げる事もないしそんな子供でもない、
「おはようございます」
ゾーイが慌てて腰を上げ、カトカとサビナも何やら機嫌が良い、そこへユーリが階段から下りてきて、
「はいはい、お待たせー、あ、ソフィア宜しくねー」
「何をよ」
「お湯ー」
見ればユーリは数本のハサミを手にしている、さらに鏡の前で恐縮しているゾーイの姿と合わせて、
「あー、そういう事」
とソフィアは全てを理解した、
「そっ、そういう事、あんたも切る?」
「どうしようかな、ミナお願いできる?」
「いいわよー」
「ぶー、別にいいよー」
ミナがサッと顔を上げる、
「そう言わないの、ユーリ先生に任せて可愛くして貰いなさい、伸びるの早いんだから」
「えー、ソフィーがいいー、ユーリいやー」
「えっ、そこ?」
「どっちもやー」
「結局嫌なの?」
ミナの遠慮の無い嬌声が響き、サビナが子供らしいなーと微笑む、
「もう、切ったら切ったで御機嫌になるくせにねー」
ソフィアはニヤニヤとミナを見下ろし、
「じゃ、ちょっとまって、シーツ出すわね」
「あ、ありがとう」
鏡の前ではゾーイの髪をユーリが梳かし始めており、
「さて、ゾーイさんはどうしてあげようかしらねー」
と鼻歌混じりであった、
「えっと、その、本当にいいんですか?」
ゾーイが申し訳なさそうに鏡越しにユーリを見詰める、
「いいのよー、ここ数日忙しかったからねー、今日は息抜きだわ、神殿連中も祭りの準備で忙しいだろうしー、ロキュス大先生も王都なんでしょ、学園長も領主様の所みたいだしー、こういう時はー、王の背後でサイ転がしってやつよねー、遊ぶ時は真剣に遊びましょう、緩急ね、これ大事」
妙に機嫌の良いユーリに、ゾーイは尚不安そうにその顔を伺い、そっとサビナとカトカへ視線を送る、鏡越しにバレバレなのであるがユーリはまるで気にしていない、挙句、サビナとカトカも特に気にしていない様子でミナと一緒に本を覗き込み、レインと何やら話し込んでいる、
「はい、どうぞー」
ソフィアが清潔なシーツをユーリに手渡し、ユーリはそれをそのままゾーイにまとわせた、
「あっ、そうだ、あれ、蜂蜜のあれって用意できる?」
「あれあれって、あれ?」
「そう、あれ」
「出来るわよ、そっか、たまにはいいか」
「そうね、あっ、サビナー、今日の研究会で蜂蜜のあれ試してみたらー」
「突然なんですか?」
「ほら、蜂蜜のあれー、やわらかクリームと似たようなもんだし、大人数でも出来るでしょ」
「あー、あれですか・・・そうですね、いいかも・・・」
「爪だなんだはほら、手間かかるしね、あれなら簡単だしね、ソフィア、何か注意点ある?」
「注意点って聞かれても大して無いかしら、精々あれね、ちゃんと顔を洗ってからやる事?くらい?」
「そうなんですか?」
「そうじゃない?だって、汚れた顔に蜂蜜塗ってもね、ちゃんと肌に染み込ませるのが要点だから」
「なるほど、そうですね・・・うーん、でも鏡が欲しくなるかなー」
「あー、それもそうか・・・」
「はい、試しにやるのはいいんですけど、本人が確認出来ないとですから」
「それもそっか、じゃ無しで」
ユーリの決断の早さにゾーイは再びそれでいいのかと唖然とするが、ユーリは構わず櫛を動かしている、両肩に届く程度に伸びた髪を梳きながら、前髪と横髪、後ろ髪とその部位ごとにまとめると、
「さて、どうしたものか、ゾーイさんとしてはどう?可愛いと綺麗どっちがいい?」
何とも簡単な質問であった、しかしゾーイとしては突然のとてつもなく答えにくい質問にエッと小さく声を上げ、どうしたものかと思わず背後を振り返る、
「そんなビックリしないでよ、例えばだけどー、カトカみたいに顔も髪も綺麗な子はね、ちょっと整えてあげて髪留めをつかうだけでお洒落なのよ、でしょ」
思わずゾーイはサッと首を巡らしカトカを見つめ、カトカはその会話をしっかりと聞いていた為にニコリと微笑んでこちらもサッとソッポを向く、
「あー、カトカそれ無いわー」
「ありますー、しったこっちゃないですー、ねー、レインちゃーん」
レインに逃げたカトカにユーリはフンッと鼻で笑い、
「で、そうね、サビナみたいな感じだと少し短めにして軽くしてあげるの、すると顔全体の印象が明るくなって可愛くなるのよ」
ゾーイの視線がサビナに向かい、サビナはニヤリと微笑んだ、しかしカトカのように隠れることは無い、ゾーイはやっとここで二人共に確かにお洒落である事に気付く、よく見れば絶妙に垢抜けており王都でも中々に見ない容姿と雰囲気であった、
「・・・ほんとだ、あの・・・、お二人共違いますね・・・」
「あら、やっと気付いた?」
「はい、あの、すいません、全然そういうの気にしてなくて・・・」
「あやまんなくていいわよ、じゃ、どうしようかな、大人の綺麗方向に弄ってみますか、髪留めとか使うけどいい?」
「髪留めですか?あれですよね、こっちで売ってるとか何とか、アフラさんに聞きました」
「ありゃ、聞いてた?」
「はい、あそこに行くのであれば珍しい物が多いので先に情報だけでも聞いておきなさいって、あのガラス鏡も見せて貰って、あと、下着とか、爪の手入れとか」
「あら、アフラさんもあれね、気が利くんだか、お節介なんだか」
ユーリは苦笑いを浮かべ、
「でも、話が速いか、うん、でね、その髪留めでこう耳の上当たりで止めてあげて、前髪は別けて、横は結んでもいいと思うけど、手間ね、やっぱり髪留めが楽でいいわよ」
ユーリは優しく髪を撫で付けて完成形を説明する、
「あっ、はい、なら・・・その、お願いします」
ゾーイはなるようになれと目を瞑った、研究所でカトカとサビナが顔をだし、軽い打合せの後二人の研究について説明され、次はユーリの番となった時に、ユーリが今日は遊ぶぞと突然大声を上げ、なんのかんのでこうなっている、これはもう研究所に入所する儀式か何かかと思いゾーイは覚悟を決めた、
「むふ、その意気や良し」
ユーリはニヤーと邪悪な笑みを浮かべ、
「まずは、毛先を揃えるからねー、結構切るかもだけど任せなさい」
ハサミと櫛を構えユーリは慎重かつ大胆にその手を動かし始めた、そして、ジョキリチョキリと大きく小さく髪の切断音が響き、収まったと思うとユーリの影は前方に移動し眉を弄り始めた、これは初めての感覚である、
「抜くからねー、ちょっと痛いかもだけどー、我慢してねー」
歌うようにユーリは説明し、ゾーイは何が何やらと言われるがまま身を任せた、そして、作業は終わったのか再び髪が梳かれ両耳の上当たりに冷たい異物が突き刺さる、
「うん、こんな感じ」
思った以上に速かった、ゾーイは恐る恐ると目を開ける、
「えっ、えっ」
強く目を瞑っていた為に最初は朧気であったが、ゆるゆると鏡の中の自分の顔が像を結び始めた、そこには確かに自分がいる、しかし、自分である事を認識できるが自分ではない、いや、さっきまでの自分ではなかった、雑に眉毛まで下ろしていた髪は左右にまとめられ、後ろ髪で結ぶしかなかった髪が柔らかく両肩に掛かっている、女性らしい美しさと清潔さが感じられるスッキリとした髪型になっていた、そしてそれが自分の顔と絶妙に合っている、可愛いか綺麗かと問われた時には何のことかと不思議に思ったが、今目の前にいる自分はしっかりと綺麗な大人の女性に見えた、
「ふふん、どう?」
「えっ、あの、えっ」
ユーリの得意そうな顔と鏡の中の自分を見比べ、何が何やらと混乱するが、
「わー、綺麗になったー」
ミナがピョンと鏡の端に顔を出し、
「うん、見違えるねー、私も最初見たとき磨けば光ると思ったのよー」
ミナの上にソフィアが顔を出す、
「だよねー、私もよ」
ユーリがさらに満足そうに鼻を鳴らした、
「どんなです?」
「おお、確かに」
カトカとサビナもヒョイと鏡の中に笑顔で映り込む、
「ふふ、どうよ?」
ユーリが再びゾーイに問いかけた、
「あっ、はい、えっと、嬉しいです、なんか・・・はい」
やっとゾーイははにかんだ笑みを浮かべ、
「ふふん、ロキュス大先生に見せたら逃がして失敗したーって言うんじゃない?」
「かもねー、でもまー、ゾーイさんの魅力に気付けない男共が駄目なのよ」
「それは仕方ないですよー」
「そうですよ、なんたって美容の魔術師様ですから」
「だから、それは止めなさいって」
「ビヨーマジンでしょー」
「ミナー、それも駄目よ」
「ぶー、じゃ、やっぱりビヨーのシショー」
「それなら許す」
「じゃ、師匠、私もお願いします」
「あ、私もー」
「なら、ミナもー」
「えー、ミナちゃん嫌だって言ってたじゃない」
「言ってないー」
「あー、嘘つきだー」
「嘘じゃないー」
「はいはい、じゃ、ソフィア髪洗ってあげて」
「いいわよー、あっ、でも待って、お湯がもう少しかな、それと内庭は駄目だから、作業場になるからー」
「何処でもいいわよー」
「そうねー、もう少し待って様子見てくる」
ソフィアが厨房へ向かい、再びいいのかなと不安になるゾーイであったが、すぐに鏡の中の自分に視線を取られる、
「じゃ、ゾーイさんはミナと代わって、髪弄っちゃ駄目よ切った髪落ちちゃうから」
「あっ、はい」
ゾーイは慌てて立ち上がり、ユーリの憂さ晴らしはもう暫く続くのであった。
内庭でソフィアとブラスが現場を見ながら駄弁っていると、勝手口からユーリが顔を出した、
「おはようございます、先生」
ブラスが笑顔で頭を下げ、職人達も気付いて会釈をする、
「あ、おはよう、どんな感じ?」
ユーリが顔だけ出して何とも適当な質問である、
「あー、難しいですね、こんな感じとしか言いようがないです」
ブラスが困り顔で微笑んだ、
「そりゃそうか、ま、しっかりお願いね」
ユーリは関心が無いのかそれだけ信頼しているのか何とも雑に答え、
「ソフィア、お湯沸かせる?」
と視線をソフィアへ向けた、
「お湯?お茶入れるの?」
「髪洗う方」
「出来るわよー」
「お願い」
さっと引っ込むユーリに、
「なんじゃありゃ?」
ソフィアは口を尖らせて、
「御免ね、じゃ、宜しく」
と慌ててブラスに声を掛けて自身も勝手口に走った、
「はい、お任せ下さい」
ブラスはこりゃまた何かあるなと勘が働き、こっちに影響が無ければそれでいいかと現場に戻る、すると、
「こらー、ブラスさんに失礼でしょー」
厨房内にソフィアの怒声が響いたようで、ブラスと職人達は苦笑いで顔を見合わせた、
「もー、で、何したいの?」
ソフィアが食堂に入ると、鏡の前にはゾーイがチョコンと座っており、サビナはミナと、カトカはレインと何やら戯れている、肝心のユーリの姿が無い、
「あら、皆さんお揃いで」
珍しい事もあるもんだと目を剥いた、ユーリの素早さにも度肝を抜かれている、何せさっきのさっきでその姿が無いのだ、隠れる場所は多いが別にそこまでして逃げる事もないしそんな子供でもない、
「おはようございます」
ゾーイが慌てて腰を上げ、カトカとサビナも何やら機嫌が良い、そこへユーリが階段から下りてきて、
「はいはい、お待たせー、あ、ソフィア宜しくねー」
「何をよ」
「お湯ー」
見ればユーリは数本のハサミを手にしている、さらに鏡の前で恐縮しているゾーイの姿と合わせて、
「あー、そういう事」
とソフィアは全てを理解した、
「そっ、そういう事、あんたも切る?」
「どうしようかな、ミナお願いできる?」
「いいわよー」
「ぶー、別にいいよー」
ミナがサッと顔を上げる、
「そう言わないの、ユーリ先生に任せて可愛くして貰いなさい、伸びるの早いんだから」
「えー、ソフィーがいいー、ユーリいやー」
「えっ、そこ?」
「どっちもやー」
「結局嫌なの?」
ミナの遠慮の無い嬌声が響き、サビナが子供らしいなーと微笑む、
「もう、切ったら切ったで御機嫌になるくせにねー」
ソフィアはニヤニヤとミナを見下ろし、
「じゃ、ちょっとまって、シーツ出すわね」
「あ、ありがとう」
鏡の前ではゾーイの髪をユーリが梳かし始めており、
「さて、ゾーイさんはどうしてあげようかしらねー」
と鼻歌混じりであった、
「えっと、その、本当にいいんですか?」
ゾーイが申し訳なさそうに鏡越しにユーリを見詰める、
「いいのよー、ここ数日忙しかったからねー、今日は息抜きだわ、神殿連中も祭りの準備で忙しいだろうしー、ロキュス大先生も王都なんでしょ、学園長も領主様の所みたいだしー、こういう時はー、王の背後でサイ転がしってやつよねー、遊ぶ時は真剣に遊びましょう、緩急ね、これ大事」
妙に機嫌の良いユーリに、ゾーイは尚不安そうにその顔を伺い、そっとサビナとカトカへ視線を送る、鏡越しにバレバレなのであるがユーリはまるで気にしていない、挙句、サビナとカトカも特に気にしていない様子でミナと一緒に本を覗き込み、レインと何やら話し込んでいる、
「はい、どうぞー」
ソフィアが清潔なシーツをユーリに手渡し、ユーリはそれをそのままゾーイにまとわせた、
「あっ、そうだ、あれ、蜂蜜のあれって用意できる?」
「あれあれって、あれ?」
「そう、あれ」
「出来るわよ、そっか、たまにはいいか」
「そうね、あっ、サビナー、今日の研究会で蜂蜜のあれ試してみたらー」
「突然なんですか?」
「ほら、蜂蜜のあれー、やわらかクリームと似たようなもんだし、大人数でも出来るでしょ」
「あー、あれですか・・・そうですね、いいかも・・・」
「爪だなんだはほら、手間かかるしね、あれなら簡単だしね、ソフィア、何か注意点ある?」
「注意点って聞かれても大して無いかしら、精々あれね、ちゃんと顔を洗ってからやる事?くらい?」
「そうなんですか?」
「そうじゃない?だって、汚れた顔に蜂蜜塗ってもね、ちゃんと肌に染み込ませるのが要点だから」
「なるほど、そうですね・・・うーん、でも鏡が欲しくなるかなー」
「あー、それもそうか・・・」
「はい、試しにやるのはいいんですけど、本人が確認出来ないとですから」
「それもそっか、じゃ無しで」
ユーリの決断の早さにゾーイは再びそれでいいのかと唖然とするが、ユーリは構わず櫛を動かしている、両肩に届く程度に伸びた髪を梳きながら、前髪と横髪、後ろ髪とその部位ごとにまとめると、
「さて、どうしたものか、ゾーイさんとしてはどう?可愛いと綺麗どっちがいい?」
何とも簡単な質問であった、しかしゾーイとしては突然のとてつもなく答えにくい質問にエッと小さく声を上げ、どうしたものかと思わず背後を振り返る、
「そんなビックリしないでよ、例えばだけどー、カトカみたいに顔も髪も綺麗な子はね、ちょっと整えてあげて髪留めをつかうだけでお洒落なのよ、でしょ」
思わずゾーイはサッと首を巡らしカトカを見つめ、カトカはその会話をしっかりと聞いていた為にニコリと微笑んでこちらもサッとソッポを向く、
「あー、カトカそれ無いわー」
「ありますー、しったこっちゃないですー、ねー、レインちゃーん」
レインに逃げたカトカにユーリはフンッと鼻で笑い、
「で、そうね、サビナみたいな感じだと少し短めにして軽くしてあげるの、すると顔全体の印象が明るくなって可愛くなるのよ」
ゾーイの視線がサビナに向かい、サビナはニヤリと微笑んだ、しかしカトカのように隠れることは無い、ゾーイはやっとここで二人共に確かにお洒落である事に気付く、よく見れば絶妙に垢抜けており王都でも中々に見ない容姿と雰囲気であった、
「・・・ほんとだ、あの・・・、お二人共違いますね・・・」
「あら、やっと気付いた?」
「はい、あの、すいません、全然そういうの気にしてなくて・・・」
「あやまんなくていいわよ、じゃ、どうしようかな、大人の綺麗方向に弄ってみますか、髪留めとか使うけどいい?」
「髪留めですか?あれですよね、こっちで売ってるとか何とか、アフラさんに聞きました」
「ありゃ、聞いてた?」
「はい、あそこに行くのであれば珍しい物が多いので先に情報だけでも聞いておきなさいって、あのガラス鏡も見せて貰って、あと、下着とか、爪の手入れとか」
「あら、アフラさんもあれね、気が利くんだか、お節介なんだか」
ユーリは苦笑いを浮かべ、
「でも、話が速いか、うん、でね、その髪留めでこう耳の上当たりで止めてあげて、前髪は別けて、横は結んでもいいと思うけど、手間ね、やっぱり髪留めが楽でいいわよ」
ユーリは優しく髪を撫で付けて完成形を説明する、
「あっ、はい、なら・・・その、お願いします」
ゾーイはなるようになれと目を瞑った、研究所でカトカとサビナが顔をだし、軽い打合せの後二人の研究について説明され、次はユーリの番となった時に、ユーリが今日は遊ぶぞと突然大声を上げ、なんのかんのでこうなっている、これはもう研究所に入所する儀式か何かかと思いゾーイは覚悟を決めた、
「むふ、その意気や良し」
ユーリはニヤーと邪悪な笑みを浮かべ、
「まずは、毛先を揃えるからねー、結構切るかもだけど任せなさい」
ハサミと櫛を構えユーリは慎重かつ大胆にその手を動かし始めた、そして、ジョキリチョキリと大きく小さく髪の切断音が響き、収まったと思うとユーリの影は前方に移動し眉を弄り始めた、これは初めての感覚である、
「抜くからねー、ちょっと痛いかもだけどー、我慢してねー」
歌うようにユーリは説明し、ゾーイは何が何やらと言われるがまま身を任せた、そして、作業は終わったのか再び髪が梳かれ両耳の上当たりに冷たい異物が突き刺さる、
「うん、こんな感じ」
思った以上に速かった、ゾーイは恐る恐ると目を開ける、
「えっ、えっ」
強く目を瞑っていた為に最初は朧気であったが、ゆるゆると鏡の中の自分の顔が像を結び始めた、そこには確かに自分がいる、しかし、自分である事を認識できるが自分ではない、いや、さっきまでの自分ではなかった、雑に眉毛まで下ろしていた髪は左右にまとめられ、後ろ髪で結ぶしかなかった髪が柔らかく両肩に掛かっている、女性らしい美しさと清潔さが感じられるスッキリとした髪型になっていた、そしてそれが自分の顔と絶妙に合っている、可愛いか綺麗かと問われた時には何のことかと不思議に思ったが、今目の前にいる自分はしっかりと綺麗な大人の女性に見えた、
「ふふん、どう?」
「えっ、あの、えっ」
ユーリの得意そうな顔と鏡の中の自分を見比べ、何が何やらと混乱するが、
「わー、綺麗になったー」
ミナがピョンと鏡の端に顔を出し、
「うん、見違えるねー、私も最初見たとき磨けば光ると思ったのよー」
ミナの上にソフィアが顔を出す、
「だよねー、私もよ」
ユーリがさらに満足そうに鼻を鳴らした、
「どんなです?」
「おお、確かに」
カトカとサビナもヒョイと鏡の中に笑顔で映り込む、
「ふふ、どうよ?」
ユーリが再びゾーイに問いかけた、
「あっ、はい、えっと、嬉しいです、なんか・・・はい」
やっとゾーイははにかんだ笑みを浮かべ、
「ふふん、ロキュス大先生に見せたら逃がして失敗したーって言うんじゃない?」
「かもねー、でもまー、ゾーイさんの魅力に気付けない男共が駄目なのよ」
「それは仕方ないですよー」
「そうですよ、なんたって美容の魔術師様ですから」
「だから、それは止めなさいって」
「ビヨーマジンでしょー」
「ミナー、それも駄目よ」
「ぶー、じゃ、やっぱりビヨーのシショー」
「それなら許す」
「じゃ、師匠、私もお願いします」
「あ、私もー」
「なら、ミナもー」
「えー、ミナちゃん嫌だって言ってたじゃない」
「言ってないー」
「あー、嘘つきだー」
「嘘じゃないー」
「はいはい、じゃ、ソフィア髪洗ってあげて」
「いいわよー、あっ、でも待って、お湯がもう少しかな、それと内庭は駄目だから、作業場になるからー」
「何処でもいいわよー」
「そうねー、もう少し待って様子見てくる」
ソフィアが厨房へ向かい、再びいいのかなと不安になるゾーイであったが、すぐに鏡の中の自分に視線を取られる、
「じゃ、ゾーイさんはミナと代わって、髪弄っちゃ駄目よ切った髪落ちちゃうから」
「あっ、はい」
ゾーイは慌てて立ち上がり、ユーリの憂さ晴らしはもう暫く続くのであった。
0
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説
転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~
hisa
ファンタジー
受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。
自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。
戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?
教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!!
※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく!
※第5章に突入しました。
※小説家になろう96万PV突破!
※カクヨム68万PV突破!
※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった
今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。
しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。
それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。
一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。
しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。
加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。
レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。
異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!
ree
ファンタジー
波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。
生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。
夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。
神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。
これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。
ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。
いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!
果 一
ファンタジー
二人の勇者を主人公に、ブルガス王国のアリクレース公国の大戦を描いた超大作ノベルゲーム『国家大戦・クライシス』。ブラック企業に勤務する久我哲也は、日々の疲労が溜まっている中、そのゲームをやり込んだことにより過労死してしまう。
次に目が覚めたとき、彼はゲーム世界のカイム=ローウェンという名の少年に生まれ変わっていた。ところが、彼が生まれ変わったのは、勇者でもラスボスでもなく、本編に名前すら登場しない悪役サイドのモブキャラだった!
しかも、本編で配下達はラスボスに利用されたあげく、見限られて殺されるという運命で……?
「ちくしょう! 死んでたまるか!」
カイムは、殺されないために努力することを決める。
そんな努力の甲斐あってか、カイムは規格外の魔力と実力を手にすることとなり、さらには原作知識で次々と殺される運命だった者達を助け出して、一大勢力の頭へと駆け上る!
これは、死ぬ運命だった悪役モブが、最凶へと成り上がる物語だ。
本作は小説家になろう、カクヨムでも公開しています
他サイトでのタイトルは、『いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!~チート魔法で無双してたら、一大勢力を築き上げてしまったんだが~』となります
異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる