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本編

55話 5本の光柱 その11

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公務時間終了の鐘が聞こえ、ほぼ同時に学園には授業の終了を知らせる鐘が響いた、もうそんな時間かと講堂内の面々は顔を上げ、道理で疲れるわけだと一息吐く、

「あー、今日はこれくらいでいいかしら?」

「いいと思うわよ、あ、あれはそのままにしとく?」

「そのつもり、私がちょくちょく見に来るわよ」

「そうね、宜しく」

「じゃ、すいません、私は先に」

「おう、ご苦労様じゃったな」

ソフィアは取り敢えずと側にいた学園長に声を掛け、離れていたロキュスや事務長には軽く会釈し、

「ミナー、レイン、帰るわよー」

とはしゃぎ疲れたのか広い講堂のど真ん中でゴロゴロと寝そべっている二人を呼びつけた、そのままさっさと講堂を辞して寮に戻ると、バタバタと階段を駆け下り、

「ごめんねー、思った以上に時間かかっちゃってさー」

と食堂で木簡を広げていたサビナへ声を掛ける、

「あ、お帰りなさい」

サビナはニコリと顔を上げ、

「お疲れ様です」

その対面に座っていたマフダがわざわざ腰を上げてピョコンと頭を下げた、

「あー、マフダだー、どうしたのー」

ミナが早速駆け寄り、

「んー、お仕事だよー、打ち合わせ中なのよー」

マフダがニコニコとミナの頭に手を置いた、

「あら、邪魔しちゃった?」

「いえいえ、始める所でした」

「そうなの、生徒達は?」

「あっ、商会のお手伝いをお願いしましたです」

「あらっ、お仕事?」

「はい、藁箱とか木簡の作成をお願いしまして」

「あー、昨日言ってたねー、そっかー、あっ、お客さんとか大丈夫だった?」

「アフラさんとニコリーネさん?が来ました、もう戻りましたけど、あとブラスさんも今日は終了って事で帰りましたね、それとクロノス様がいつも通りに」

「えっ、ブラスさんとクロノスはいいけど、アフラさんは何しに来たの?」

「裏の木を見たいって事でした、ニコリーネさんが」

「あー、そういう事、アフラさんも大変ねー」

と簡単に情報交換を済ませる、サビナは今日留守番であった、来客を理由にソフィアが外出を嫌がった為で、それでは現場が大変であろうとサビナが買って出たのである、サビナは魔法技術に関してはそれほど興味は無い、いや普通の人よりも遥かに興味はあるのであるが、今は学園長の資料をまとめる事に頭がいっぱいでさらに美容服飾研究会もある、ユーリからは自分の仕事を優先するようにと厳命されてもいた、故に今日は木簡を食堂に持ち込んで作業に集中し、さらにこれから研究会の打ち合わせをと思っていたのである、その為マフダが同席していたのであるが、リーニーも加えたいとマフダが言い出し、であれば商会の準備が終わる迄待つとするかとなった所に、ソフィアが帰寮したのであった、そのソフィアはさてどうするかと厨房へ視線を向けた、掃除と洗濯は今日はもう諦めている、買い出しも同じで、夕食に取り掛かるには若干早かった、これは一服できるかなと思い立ち、

「お茶入れるわね、疲れちゃってねー」

と厨房へ向かう、

「あら、じゃ、私やりますよ」

サビナが腰を上げるが、

「気にしないでー、摘まむもの何かあったかなー」

とソフィアはサッサと厨房へ入り、ガチャガチャと何やら物音が響いて茶道具を手にして戻って来る、

「ありゃ、ミナはおねむかしら?」

見ると暖炉の前の毛皮の上でミナが丸くなっていた、妙に静かだなと思ったが流石に疲れたかとソフィアは微笑む、

「あっ、ホントだ」

「珍しいですね」

マフダとサビナが振り返る、レインは机上にあった木簡を手にして眉根に皺を寄せて難しい顔となっていた、

「そりゃねー、ずーっと走り回ってはしゃいでたからね、そりゃ疲れるわ」

「そうなんですか?」

「そうよー、講堂だっけ、広くて良い場所よねー、人も多かったしね、ま、寝かせときましょ」

「そうですか、ミナちゃんでも疲れるんだ」

「うん、いつも元気ですからね」

ソフィアはテキパキと茶を立てると腰を下ろし、

「はい、お茶請け」

と皿を置いた、レインの漬物であった、

「あら、嬉しいです」

サビナは手にしたガラスペンを置き、マフダも恐縮しつつ茶を手にして漬物に手を伸ばす、

「わっ、美味しい・・・」

「でしょー」

「こっちも美味しいのよ、大人の味だけど」

「そうなんですか?」

「レインが漬けたのよー」

「えっ、レインちゃん凄い」

「じゃろう?」

4人がまったりと漬物を楽しみ茶でのどを潤していると、

「失礼します」

リーニーがキョロキョロと覗きながら入って来た、

「あら、いらっしゃい」

「あ、すいません、あの・・・」

リーニーはどこかぎこちない、学園は卒業している為寮とは無関係になった身分であった、さらに寮の話しは学友から聞いてはいるが足を踏み入れた事は無く、こうなっているんだなと興味の方が先に立っていた、故に呼ばれたとはいえ入っていいものかどうかと不安になりつつ好奇心も抑えられない、

「どうぞ、座んなさい」

ソフィアは側の椅子を引き、

「はい、すいません」

リーニーは誘われるまま腰を下ろす、ソフィアは茶を立てリーニーに供すると、

「で、どうしたの3人で?」

「美容服飾研究会の打ち合わせですね、明日研究会なので」

「あら、どんな感じになってるの?」

「はい、明日はうるおいクリームの発表会の予定です、こちらですね」

サビナがソフィアの前に木簡を置いた、秋休み前に作られた資料である、

「へー、なるほどねー」

ソフィアは一瞥して微笑む、

「如何でしょう、明日の発表では各班毎に適正と思われる分量を発表して貰うつもりです」

「なるほど、面白そうね」

「はい、それと爪の手入れですね、こっちにも手をつけたいかなって思ってて」

サビナは右手の爪に視線を落とす、休みの間にニスは落として色も着いていない、しかし形は整えていた、どうにも爪が伸びてきたなと思うと気になってしまうのである、

「それもやるの?」

「はい、所長とはこっちの方もメイドさんには大事だろうなって話してまして、ま、どちらも美容の観点に立てば重要なんですけどね」

「ふーん、大変ねー」

ソフィアは完全に他人事と苦笑いである、

「そんなー、どっちもソフィアさんが言い出したんですよー」

「そりゃそうだけど、それをどうこうするのは私じゃないわよ」

「そんな言い方されると、反論もできませんよ」

「だって、好きにしていいって言ってるじゃない」

「そうですけどー」

ブーブーとサビナは不満顔となる、

「あっ、そうだソフィアさんあのお知恵を借りたいんですが」

マフダがゴクンと漬物を飲み込んで口を挟む、

「なに?」

「あの、やわらかクリームの商品開発を進めたいと思ってまして、で、お洒落にするにはどうすればいいかなって・・・」

「あー、前も言われたわねそれ」

「そうなんですか?」

「そうよー、忘れたふりしてたけど・・・マフダさんは何かこうしたいってのはある?」

「えっ、その、エレイン会長と話してたのは・・・」

マフダはリーニーと顔を見合わせながら構想を説明した、専用のガラス容器を作ったこと、香油で香りを着ける事、明日の発表会を待って油と蜜蝋の配分を参考にしたい事、クリームの色にも拘りたい事、

「それと生産体制も必要なんです」

リーニーがおずおずと付け足した、

「そこまで考えていれば十分じゃないの?」

ソフィアはニコリと微笑む、どうやら若者達はしっかりと目標を持って取り組んでいる様子であった、今さら私の意見なんか必要無いのではないかと思う、

「そうでしょうか・・・その、まだ作ってないので・・・」

「うん、不安な感じです」

二人は肩を窄めて小さくなった、その様子に、

「あら」

「ん?」

ソフィアとサビナは同時に口をへの字に曲げる、マフダとリーニーは共にそれほど気の強い方では無い、まして押しに弱く自分から動くという事は出来ない性分であろう、しかし、先程の説明を聞く限り目的は明確でその手段も着々と進められている、リーニーの言う生産体制も恐らくであるがエレインは何らかの構想を持っていそうであった、彼女達が不安に感じる要素は少ないと思われる、単に自信がないのかしらとソフィアは首を傾げ、サビナを伺うとサビナもまた不思議そうに二人を見つめていた、ソフィアはどうやらサビナと同じ意見らしいわねと察し、こういう場合はどうするかと一考すると、

「そうねー、二人はあれ使ってみた?」

「はい、勿論です」

「はい、私も」

「そっか、じゃ、こうしたいとかっていう意見もあるんじゃない?」

「えっと・・・はい、こうなれば使い安いかなって・・・」

「そうですね、私は香りが着くだけで全然違う物になるだろうなって・・・」

「そうよねー、うん、じゃ大丈夫よ」

ソフィアはあっけらかんと言い放ち、エッと二人はソフィアを見つめる、

「いい?あなたが欲しいものは皆が欲しいものなの、で、あなたがこうしたいなって思う事は他の人もこうしたいなって事なの、つまりね、やわらかクリームを使って、ここはこうなれば良いとか、こうしたいって思うのであればまずそれをやってみるの、で、さらにこうなれば良い、こうしたらカッコイイ、こうしたら可愛くなるって思うのであればやってみる事ね、それが商品開発の基本じゃないの?知らんけど」

「知らんけどって」

サビナが思わず薄目で睨む、

「だって、私は別に今のままでも十分だもん、私にとってはあれは薬だからね、薬は苦いもので、無粋なものだもの、それをお洒落にしてって・・・ねぇ、それ以上を求めていない人に求めちゃ駄目よー」

「また、そんな・・・身も蓋も無い」

「そう言われてもねー、ただ、あなた達はあれでは足りないんでしょ」

「えっと」

マフダとリーニーを顔を見合わせ、

「そうですね・・・」

「はい、もっとこう何とかなるのかなって思ってます」

「そうよね、じゃ、その何とかってのが何かを分析して、それで地道に改良していくしかないわね、エレインさんは何らか考えていそうだけどね、ほら、ジャネットさんもケイスさんもかな、あとアニタさんもパウラさんも、あの子たちは贅沢な性格なのよ、自分の欲望に忠実って言うのかな?」

「あー、それ分かりますね」

サビナがニヤリと微笑んだ、

「でしょー、少し教えたらあっという間に自分の物にしちゃうんだもん、その上で美味しくしたいとかこっちの方が簡単に作れるとか売れるとか、あれは才能というか野生というか・・・」

「本能ですね」

「うん、他には・・・そうだ、したたかっていうのは」

「あっ、それです」

ソフィアとサビナは軽く笑って、

「で、多分だけど、マフダさんもリーニーさんもある程度出来上がった組織に後から入ったから遠慮してるんだと思うわよ・・・そうね、うん、その遠慮しちゃうのは仕方無いし私にはどうしようないけど、少しばかり我儘で欲望に忠実になってみるのが良いと思うわよ、その為には・・・そうね、取り敢えず自分の欲しい物を作る、ここから始めなさい、さっきも言ったけど、それは絶対どっかの誰かも望んでいて、商品として目の前にあれば絶対に売れるから、値段次第だろうけどね、そして幸運な事にエレインさんからはそれを望まれているんでしょ、自信を持って自分が欲しい物を作ってみましたってやってみなさいな、そうすれば何らかの反応が絶対に生まれるし、実践しない事には良いも悪いも出てこないからね、恐らく何かに気付くし・・・うん、そうやって動いていれば、組織の中のね自分の動き方っていうのかなそういうのが確立されていくと思うわよ、で、そうなれば多分だけど動きやすくなっていくんじゃないかな?」

ニヤリと微笑むソフィアに、マフダとリーニーはそういうものかと静かに、しかし力強く頷いた。
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