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本編

55話 5本の光柱 その10

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正午にかかる頃合いでエレインとカチャーの姿は領主邸にあった、商工ギルドでの下着の評価に関する掲示物の説明会と打ち合わせを終えそのまま報告の為にとユスティーナを訪問したのである、勿論であるが会え無い事が当然であり、それは百も承知である、都合の良い日時に再訪する為の手続きのつもりであった、しかし、

「どうぞこちらです」

渋い顔をした見慣れない従者が二人を招き入れた、普段であればライニールが出て来る所であるが不在のようで、突然の訪問であればそれも致し方ない、そのまま二人はいつもの部屋に通されユスティーナと何度目になるか予約の無い訪問について詫びた後で本題に入った、

「そうなると、上手くいっているのですわね」

ユスティーナが嬉しそうに微笑んだ、エレインはギルドでの打ち合わせの報告として、ギルドは勿論であるが服飾協会、それから各商会もそれぞれに思惑はあれ概ね好意的であった事を説明し、掲示に実際に使用される木簡を一揃え差し出した、

「はい、商会の皆さんは最初渋っておりましたが、内容を確認頂いたらこれならばと許可を頂きました」

エレインもニコリと微笑む、掲示される商品は厳選されたニ十点になる、商会の数は十一となり、複数の商品が掲示される商会がある為で、それだけ良い品を作っている証しだと協会長とギルドマスターの力強い言葉が贈られると、該当の代表者は誇らしげに微笑み、該当しない代表者はむぅと唸って厳しい顔となった、

「そうですね、少なくとも褒める事はあっても貶してはおりませんからね、これ以外の品に関しては辛辣な物もありましたが」

ウフフとユスティーナは微笑んで木簡に手を伸ばす、何気に商品の選定にもユスティーナの意見を反映しており、パトリシアの意見も当然であるが入れている、しかし、やはりというべきか良い品は誰が見ても良い品のようで、商品選定が大きく異なる事は無かった、

「はい、そうなんです、商会の皆さんには宣伝も大きいですが高品質な品の開発の為、それから業界活性化の為と主旨を理解頂きました」

「それは良かったですね、今後が楽しみです」

ユスティーナは柔らかい笑みを浮かべる、正にユスティーナが望んでいた事がそれであった、下着そのものの発展も面白そうではあるが服飾業界そのものの発展もユスティーナの思惑としてあった、恐らくであるがパトリシア同様に領地をひいては文化そのものの隆盛を望んでの事である、下着や服装が少々変わったところで文化という大きな流れにさして影響は無いようにも思われるが、ここにエレインの考えているもう一つの施策が加われば少なくとも文化はまた一つの価値観を加えて大きく変化していくものとユスティーナは考えていた、それはまだまだ先の話となろうが、ユスティーナは朧気であるが明確になりつつあるその目標に、エレインに助力する事によって到達できるのではないかとの思惑を抱いている、

「はい、私もです、で・・・なんですが」

とエレインは悩みながら一枚の上質紙を差し出した、

「これは?」

「はい、掲示物の掲示場所ですね」

「なるほど・・・あら、5か所?こんなに?」

「はい、少々やり過ぎでしょうか?」

「いいえ、ふふ、ギルド・・・それとも服飾協会かしら、随分と気合が入ってますね」

「そうなんです、私も以前の打合せ頂いた折りに3か所も掲示できれば良いのかなと考えていたんですが」

「そうね、でもこれであれば、あれね、こちらが特別に口を利く必要は無いかしら?」

ユスティーナは前回の打合せを思い出す、街路図を示しながらライニールを交えて意見を交換したが、ギルド側で場所を確保したとなればその折にこちらから提示した掲示できそうな場所は提供する必要は無いであろう、その場所とはどうしても公的な場所になってしまっていた、ようは領主直轄の土地である、公的な機関の建物が付随する場所である為人通りは望めるのであるが主賓として想定している女性達が集まるような場所では無かった、

「はい、その・・・心配り頂いたのですが、すいません」

「何を謝る必要があるのです、私が口添えできる場所は男臭い所ばかりでしたでしょう、こちらの5か所はそんな事にはならないのよね」

「はい、一つは商工ギルドの大通り側、もう一つは私どもの屋敷の前になります、それと市場の外れですが女性達の通りの多い場所、それと商店街区に2か所になります、いずれも良い場所であると思います」

「なら結構ですね」

ユスティーナはニコリと微笑む、

「ありがとうございます、で、相談なのですが」

とエレインは居住まいを正した、ユスティーナは何を畏まる事があるのかと軽く目を細める、ここまでの報告はどれも嬉しい事ばかりであった、何か不都合でも生じたのかと怪しく思う、

「はい、現在保留としております件が一つありまして、こちらの掲示板の正式名称です」

「正式名称?・・・あー、あれですか役場掲示板とか、広報掲示板とか?」

どちらも正式な名称はもっと長いものである、役場掲示板の正式名称はモニケンダム街区管理に置ける通知掲示板であり、広報掲示板はモニケンダム行政管理広報及び裁判通知掲示板となっている、どちらも正式名称で呼ぶ者はおらず、役場の職員やカラミッドでさえその名で呼ぶ事は無い、

「はい、その名称で難儀しておりまして」

エレインはギルドでの打合せを語った、ギルドマスター、協会長共に意見を同じくして語られたのが、掲示板には多少長くても正式名称を付けるのが慣例であり、俗称は皆が生活の中に取り込んで自然発生的に生まれるものに従うべきである、従って正式名称をしっかりと名付ける事が権威にもなり、引いては長く愛される秘訣であるとの事であった、エレインとしては長く愛される事と正式名称に何の関わりがあるのかと非常に疑問に思ったが、ギルドマスターも協会長もその点だけは頑として譲らず、挙句友人のように思っていたミースまでもがそれは大事ですとエレインを諭す始末で、そういうものなのかしらと首を傾げてしまい、一旦保留にするよう願ったのである、

「あら・・・そうなの?」

ユスティーナは素直に目を剥いた、

「らしいです・・・ね?」

静かにしているカチャーにエレインが確認すると、カチャーは神妙に頷いた、

「へー・・・面白い価値観だわね、でも私は聞いた事がないわね、そんな事・・・」

「はい、私も何か・・・うーんって思うんですけど、縁起を担いでいるのか、そういう仕来りがあるのか・・・この街では若輩者なので、そういう見えない・・・というか聞こえない決まり事があるんでしょうか・・・」

「あるのかしら?」

「どうでしょう?」

二人は共に生まれはモニケンダムではない、幼少の頃に過ごした街でも無い為、何とも地方独特の風習には疎い、モニケンダムではそうであると強く言われればそうなのであろうと飲み込むしかないが、生粋のモニケンダム人であるカチャーもギルドから領主邸への道すがらあんな事は聞いた事が無いと寝耳に水と唖然としていた、ギルドの伝統なのであろうか、何とも理解が難しい、

「ま、でも、そうね、そうしたいのであればそうするしかないのではないですか」

「そうですね、で、何ですが」

ユスティーナが半分呆れて大勢順応を良しとし、エレインは本題に入る、

「どうでしょう、ユスティーナ様のお名前を冠する事は難しいでしょうか?」

「・・・そういう事ですか・・・」

エレインの真摯な瞳がユスティーナに向けられ、ユスティーナは随分と言い難そうにしていたのはこういう事かとやっとエレインの意図を理解した、

「はい、ギルドに相談した折りに、自分の発案でない事は説明しております、今日の打合せにおいてはもうその事について触れる者はいない状態です、ですが、私としてはユスティーナ様の御名前を残しておきたいと節に願います」

エレインは両手を組んで祈るような姿勢をとる有様で、ユスティーナは眉間に皺を寄せ渋い顔を見せつつも、

「・・・そうね・・・うん」

と小さく頷き、

「わかりました、では・・・案を幾つか出して頂ける?カラミッド様の了承も欲しいですしね」

「はい、ありがとうございます」

エレインは飛び上がるほどの歓喜の声を上げ、カチャーはエレインがこれほどに感情を発露したのを見たのは初めての事であり小さく驚いた、そして、従者が羊皮紙を用意すると、

「ユスティーナ・六花商会ソフティー選考掲示板はいかがでしょう」

「硬過ぎないかしら?選考掲示板・・・選考?固いわね・・・選抜・・・選り抜き?人じゃないんだから駄目ね」

「お勧めとか推奨とか?」

「お勧めがいいんじゃない?推奨だとなんかあれね、押し付けてる感があるわね」

「ユスティーナ・六花商会ソフティーお勧め掲示板ですか?」

「うーん、六花商会・ユスティーナでいいんじゃない?」

「ユスティーナ様の名前が先ですよー」

「あら、じゃ、ユスティーナ・エレイン・六花商会ソフティーお勧め掲示板ね」

「私の名前は必要無いかと・・・」

「あら、でしたら六花商会を外しましょうか」

「すいません、私としてはユスティーナ様の名前の次に大事です」

「あらそうなの?」

二人は楽しそうにあーでもないこーでもないと知恵を出し始める、カチャーはなるほどこうやって様々な人達を巻き込んでいくのも大事な事なのだなと、エレインが意識してそうしているかは置いておいて感心するしかなかった。
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