セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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54話 水銀の夢 その12

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「さ、後は任せていいですわよ」

パトリシアが優雅な余裕の笑みを見せ、アフラもその隣りに立っていつもの澄ました顔となる、

「はい、そのように」

エレインも覚悟は決まっている、何よりも信頼するパトリシアが連れて来た絵師である、嫌も応も言える事は無かった、しかしその絵師は部屋の中央にドシリと胡坐をかいて皆で仕上げた絵と足場に囲まれた壁を交互に睨みつけていた、パトリシアの前であるにも係わらずである、何とも不遜というか礼がないというかエレインはその絵師よりもパトリシアの方に気を取られてしまって何とも居心地が悪い、しかしパトリシアは、

「ふふ、あの子の父親もあんな感じで考え込むのよね、前にも言ったでしょ一枚仕上げるのに何年もかかるって」

ニヤリと微笑み、

「あぁして構想を練るんだって、それも何か月もよ、で、書き始めたと思ったら、途中でやり直してしまうの、まるで違うとか何とか言って、全く良く分からない仕事よね」

「・・・はい、確かに伺ってはおりますが・・・その今回も・・・」

エレインは不安気な視線をパトリシアに送る、

「大丈夫よ、ここに来るまでに要点は話してあるし、何よりも本人がね、やりたいって事だから」

パトリシアは自身が不安な事を言い出したわりには何とものほほんとしたものであった、任せるとなったら任せるしかない、その観点においてパトリシアは実に達観しているのであろう、

「であれば良いのですが」

エレインとテラは静かにその絵師を見守るしかなった、絵師は女性である、ニコリーネとアフラから紹介された、年齢は聞いていないが見た目から判断して学園の卒業生と同じ程度であろうか、つまり若い、幼いわけではない、女性として可愛らしさと色気が同居する年頃である、その印象は街中の平民の娘と大きな違いは無い、服は平服であるし使い古したサンダルで髪は女性らしく伸ばしているが適当に後ろ頭で結ばれている、お洒落にはあまり気を遣わない性格なのであろう、ただし、大きく違う点が一つあった、その視線である、エレインとテラは芸術家と呼ばれる類の人間とは縁が無い、その為より奇異に見えるのだろうか、ニコリーナの目は眼光鋭いと表現するよりは鈍いと表現するべき陰鬱さで、垂れ目だからそう見えるのかしらとテラは首を傾げてしまい、エレインは眠いのかしらと勘ぐってしまう、その上その視線は焦点がどこにあっているのかが不明瞭であった、真っ黒に輝くその瞳はエレインを見ているようで見ておらず、まるでエレインの背中を見透かしているような錯覚を起こさせ、もしかしたら事実としてそこに焦点を合わせているのかもしれない、何とも不自然な居心地の悪さが感じられた、しかし、口を開けばやはり街娘の声と話し方である、快活な甲高い声で嬉しそうに室内を見渡し、足場についても丁寧に礼を言われた、最低限の礼儀は備えているようである、どうにも見た目と言動と行動と所作に不一致が感じられ、パトリシアはどう感じているのかと心配してしまうが、パトリシアは平気な顔をしていた、つまり許容し認めているのであろう、エレインとテラにとっては何とも不可解で異質な存在として強く印象付けられ、挙句、パトリシアが任せるわと一言言えばこの有様である、エレインとテラが戸惑うのも無理は無い、

「それよりも、どう?学園の騒動は楽しんだ?」

パトリシアは何とも気軽に話題を変えた、目立つようになったお腹にひざ掛けを引き上げ無意識であろうか左手を置き、ニコニコとエレインを見上げる、その表情はもうすっかりと母性を蓄えており優しく温かい、

「あっ、はい、そうですね、楽しんだと言えば楽しんだと思います、毎晩みんなと見上げてました裏の空地で」

エレインは慌てて答えた、光柱の一件についてはアフラから公表できない真実を聞かされ、その後王妃主催のお茶会にも顔を出している、その場では光柱は勿論の事、ガラス店舗の件やクロノスや国王陛下の愚痴で、傍から見れば上品に、よくよく聞けばまったくの井戸端会議の在り方で静かに盛り上がったと記憶している、エレインは王族に囲まれた状態で自分程度が混ざっていいものかと恐縮していたのであるが、あなたがいないとこちらに遊びに来た感じがしませんからね、とエフェリーンの優しい言葉もあり、なんとか肩の力を抜いて微笑む事が出来た、

「そうよねー、夜が長くなったんじゃない?」

「そうみたいですね、長くなったというか無くなったというか・・・学園の前には屋台が並んでいました、昼間から、聞いたら家にも帰らず夜もそのまま商売していたらしいです」

「えっ、朝から朝まで?ずっと?」

「はい、何でも家に帰るのが面倒なくらいに忙しかったらしくて、お酒の店は特に」

「それは凄いわね、商魂逞しいというかなんというか・・・じゃ、エレインさんも商売したの?」

「私共は出しませんでした、女ばかりですし、危険の方が多いかなって」

「賢いわね、それが正しいでしょうね」

「はい、それに寮は学園への通り道ですから、あの場所でも売上は普段と比べられないくらいでした」

「まぁ、ふふ、逞しいわね」

「それはもう、あっ、不躾ですが、イフナース様はどちらに?御挨拶もしておりませんでした」

「イフナース?今王都ですわねクロノスも一緒ですのよ」

「あら?お忙しいのですね」

エレインは素直に公務か何かと思う、

「あれですわ、昨日の湯沸し器?あれの自慢に行ってますのよ」

「湯沸し器・・・えっ、自慢ですか?」

「そうなのよ、届けたついでに自慢だわね、昨日さっそく北ヘルデルの城にも設置しましてね、で、今日は王城なんだとか、二人でギャーギャー遊んでましたわ、リンドも一緒になって、本当に子供よねー」

パトリシアは母性を含んだ余裕の笑みを浮かべる、

「まぁ・・・それは嬉しいですね」

「そうね、それに・・・イフナースのあんな笑顔は何年ぶりかしらね、本当に元気になってきているのね、嬉しい事だわ・・・」

パトリシアは一瞬遠い目になり口元を綻ばせ、

「・・・そうね、あれは確かに便利な道具よね、ソフィアさんに洗髪を教えて貰ってからクロノスにせっついていたんですのよ、やっとですわね、他にも欲しい物があるけど、ま、それはそれとして・・・」

一転意地悪そうな笑みに変わり、

「昨日も早速洗髪しましたのよ、アフラ達もね?」

と続けてアフラを見上げた、

「はい」

アフラは静かに笑顔で答え、

「ねっ、あんなに手軽に沸かせるのであれば毎日でも洗いたいですわね」

パトリシアは長髪を右手で軽く梳き上げる、絹糸に似たそれはサラサラと美しく流れて見せた、

「そうですね、ソフィアさんも毎日でもいいわよーって言ってますけど、でも、毎日はちょっと難しいですね」

エレインは苦笑いで答えとした、正直な事を言えばやはり水を溜めて火を起こしてとなると手間なのである、パトリシアであれば使用人に任せる事も出来るであろうが、現在のエレインはそうもいかない、実家であっても薪がどうのこうので難しいかもしれない、薪だって無料で手に入るものでは無い、

「そう?じゃ、毎日北ヘルデルに顔を出しなさい、いつでもお湯を沸かして待っておりましてよ」

ニヤリと微笑むパトリシアにエレインは更なる苦笑いで答えるしかなく、

「パトリシア様、エレイン会長を困らせては駄目ですよ」

エレインの困惑を感じたアフラがやんわりと窘めた、あらっ、とパトリシアが口を開いた瞬間、ニコリーネが唐突に立ち上がり、

「はい、何とかなると思います」

心地良い大声を上げて満面の笑顔で振り返る、やる気と元気の漲った叫びに近い大声であった、

「出来るかしら?」

パトリシアがジッとその目を見つめた、

「はい、そこで提案があります」

更なる大声である、この部屋は店舗である為十分に広い、しかし、大声を上げるような場所ではない、それだけ興奮しているのであろう、ニコリーネは丸テーブルに駆け寄ると、原案である絵を置き、

「あの木窓です、あれを活かしたいと思います、具体的には・・・」

と壁画の方向性を早口でしゃべり出した、曰く、壁の中央からやや左にある木窓をこの絵の中央線に合わせる事、それにより、あの木窓に吸い込まれるような壁画になるであろう事、さらに左右を均等にしないことで奥行のみならず左右にも広がりを持たせられる事、さらにその木窓を絡めた物語と情景を描けるかもしれないとの事であった、

「ふふ、それは面白そうね」

夢中で話し続け、呼吸が足りなかったのか肩で息をするニコリーネにパトリシアは優雅に同意を伝え、そのまま視線でもってエレインの考えを問う、

「はい、素晴らしいと思います」

エレインは何とも落ち着かない娘だなと思いながらもその案に賛意を示した、

「ありがとうございます、そこでなんですが、こちら、こちらの木には手本のような物はあるのでしょうか?」

ニコリーネは喜々としてエレインを見上げた、指差す先にはレインの描いた木の影がある、

「はい、あるといえばあるかと思いますね、レインちゃんはせ・・・じゃなかった裏山の木を題材にしたと・・・」

「そうね、確かそんな事を言ってましたわね」

「そうなんですね、すいません、その木を拝見したいです、この絵は特にこの木の描写が素晴らしいです、優しくて重くてそれなのに明るくて、樹木としての美しさと逞しさが同居しています、こんな簡素な描写にも係わらずです、素晴らしい絵だと思います」

再び早口で捲し立てるニコリーネに、エレインはこういう娘さんなのねと理解する事にして、

「そうですね、では実際にお見せ出来ますが、宜しいですかパトリシア様」

「勿論ですわ、なら、ここはもういいの?」

「はい、こちらの木を拝見させて頂けたなら戻って材料を準備致します、明日から手掛けたいです、お任せください」

パトリシアを相手にしてもまるで怯むことの無いニコリーネである、薄い胸を張り自信の程がそのハキハキとした言葉に気持ちよく込められている、しかしエレインとしてはどうしても違和感を拭えず、ニコリーネの背中に隠れ小首を傾げてしまう、

「勿論よ、話した通り、10日までには完成させなさい、それが最低条件よ」

「はい、心得ております」

ニコリーネはピョンと飛び跳ねて背筋を伸ばした、ミナちゃんみたいねとその年齢には似つかわしくない仕草にエレインはさらに表情を硬くしてしまった。
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