セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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54話 水銀の夢 その10

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それから広場では、クロノスを交えて昼間にも関わらず夜の武勇伝に盛り上がる貴族と職人達、それを一歩引いて無表情で見守る従者、そしてリンドと事務官であろうか、いかにも官僚然とした者達は湯沸し器を見物している、何とも奇妙な光景であった、しかし、主客である貴族二人が何より楽しそうに大笑しており、咎める者も無い、そこへ、

「すいません、遅れました」

テラがバタバタと駆け付けた、今回の取引は形式上商会を経由している、故に商会の代表が立ち会うのは責務である、予定ではエレインが立ち会う手筈であったが、急遽商工ギルドに呼ばれたらしい、テラはガラス店舗の改築に立ち会っていたのであるが慌てて呼びに来たカチャーから次第を聞いて急遽戻ってきたのである、故に若干慌てて息も荒い、しかし、

「おう、忙しい所悪いな」

クロノスがテラの様子にはまるで無頓着に機嫌よく微笑み、イフナースも柔らかい笑みを浮かべていた、

「あら、妙に明るいですがどうされました?」

テラが遅れた事で叱責があるかと覚悟していたのだが、その二人の有様に思わず疑問が口を吐く、

「ん?なに、ブラスが呑み過ぎてひっくり返った話しだよ」

クロノスが意地悪く微笑み、

「いや、ひっくり返ってはいないですよー」

ブラスがすかさず悲鳴にも似た声を上げた、

「そうなのか?バーレントの話しを要約すればそうなるだろう?」

「そうかもですが、そこは俺の矜持ってやつが許さんです」

「安い矜持だな」

イフナースもニヤニヤと微笑む始末で、

「いや、そこはほら、守るべき一線ってやつですよ」

「それもそうだが、事実は変わりないだろう?ブノワト嬢には何も言われなかったのか?」

「嫁さんは関係無いじゃないですかー」

「いやいや、大ありだよ、なぁ?」

「そこはほら、男の世界ってやつで」

バーレントはどちらに味方するべきかニヤニヤと状況を楽しんでいる、

「あっ、お前、それを言ったらだな、何度お前に肩を貸したか覚えているか?」

ブラスは反撃とばかりに憤慨するが、

「あん?あれは俺が貸したんだ、家の前まで行ってここで寝ると喚いたのは誰だったかな?」

「憶えてねーよ」

「何だそれはだらしない、お前、実は酒に弱いだろ」

「いや、あの時はほら、昼間疲れてたんですよー」

輪の中心の男達は快活に笑い合っているが、輪の外の連中は無表情である、従者としての任である以上致し方ない、しかしどこか本来の職務と比べれば肩に力が入っていない様子で、頬は緩まなくとも目元は優しいものであった、それと共にやはりデニスは渋い顔でどこか困ったような顔つきであり、リノルトは何とか話題に付いて行っているがこちらも若干よそよそしい、貴族を相手にしてこれほどに馴れ馴れしく下世話な馬鹿話しで盛り上がる事など本来であれば出来ようもなく、故にブラスとバーレントに合わせて笑顔を崩すことは無いが大変に居心地がよろしくなかった、

「もう、そういう事であれば、先に引き渡しを、もし宜しければその後にでも場を設けますが」

テラはそういう事かと鼻息を荒くし、一応と女性らしい気遣いを口にする、当然であるが社交辞令と呼ばれるものである、

「ほう・・・それは嬉しいがお前らが言う場となると酒も肉もないであろう?茶と菓子では満足できんぞ」

クロノスは皮肉たっぷりに片眉を上げ、

「が、やる事はやってしまうか」

とブラスへ視線を戻した、

「はい、そうですね、では、湯沸し器の取り扱い説明・・・というよりも注意点になりますね、始めさせて頂きます」

ブラスは咳払いを一つ挟んで表情を硬くすると居並ぶ面々にそう宣言する、みなそれぞれに頷きと視線でもって了承の旨を伝えた、

「では、あー、デニス、バーレント、すまないが手桶に水を」

用意した湯沸し器を一瞥して足りない物を指示し、デニスとバーレントは軽く頷いて荷車から手桶を持ち出し井戸に走った、今日の二人は完全に助手である、本日の引き渡しにはイフナースもクロノスも来るであろうからとブラスはバーレントに声を掛け、バーレントはそういう事ならとデニスに同行を指示した、突然の事であった為デニスは最初不承不承としていたが、軍の偉いさん達だというブラスの大雑把な説明に興味を示したらしい、バーレントとしては顔合わせの下心もあった、ちょっとした親心ならぬ兄心というものである、正体を明かさぬ迄も距離を詰めておくに超したことは無い、なんにしろブラスとしてはクロノスとイフナースを相手にするのであれば真の意味で信頼出来る人間意外に助力を求めるのは難しく、二人の正体を知っているバーレントはともかくとしてデニスもまた商会及びソフィアに世話になっている人間である、そう考えると口が堅く必要以上の詮索は身を滅ぼしかねないという事を理解している者となると片手で数える程度しかいない、身内であっても秘さねばならない事柄はそれに触れた者にしかその重さを理解し得ないものなのであろう、

「はい、すいません、実際に沸かす状態迄お見せしたいと思いまして、では、構造から説明致します」

それからブラスとリノルトによって湯沸し器の接続方法から使い方、それから注意点等が説明される、それらは取り扱い説明として木簡に記され別途用意されており、ほぼその内容をなぞる形であったがリンドと事務官が真面目な顔で聞き取り、従者達も興味があるのか身を乗り出して傾聴していた、

「では、実際に使用します」

説明を一通り終え、タライに水を流し込みながら、再び注意点を口にするブラスである、その周到さに、

「それほどに大事な事なのか?」

イフナースが思わず疑問を呈する、

「はい、大事です」

リノルトがブラスに代わって言い切ると、

「まずこの銅管ですが、水が循環している間はそれほど温度が上がらず危険は無いのです、そうは言っても触れれば火傷しますので注意して下さい、で、その水が無い状態で管の中が空ですと、銅管そのものが非常に熱を持ちます、そうなりますと銅管に接した部分、これで言えばこのタライの部分ですね、ここから最悪の場合は出火します、また周囲の環境にもよりますが、枯草や燃えやすい物が近くにあると発火の危険性があります、湯沸し器自体も高温になりますので当然と言えば当然なのですが」

リノルトはここが頑張りどころと各部を指しながら丁寧に答える、真面目で勤勉な性格の男である、かなり特殊な状況に置かれているのは理解しているがそれはそれとして仕事は熟そうという意地が垣間見えた、リノルトもまた発注者の詳細は聞いていない、ブラスとブノワトからは商会のお客様であるとしか聞いておらず、故にのんびりと湯沸し器に取り組んでいたのであった、ブラスが青い顔で駆け込んでくるまでは、その理由を今日やっと理解し、これはどうやって仕返ししてやろうか等と頭の片隅で考えていたりもする、

「ほう、実際にそうなったのか?」

「はい、あー、その際は出火する前に気付いたので何事もなかったのですが、銅管の接続部分は炭化しておりました、そのまま気付かなければ火事になっていたであろうと思われます、さらに湯沸し器自体も高温となってました、結局の所、これは鉄と銅ですからね、その中で火を焚いている訳ですから、はい、故に、何度も申し上げます通りに、この繋がったパイプのお湯が出る方、ここよりも上まで水を張る事を徹底して頂ければと思います、それとこれも勿論ですが消火の確認は厳にお願いしたいと思います、これは湯沸し器に限らないと思いますが」

「なるほど、それもそうだ、気をつけよう」

イフナースは大真面目に頷き、リンド達も頷いている、

「ありがとうございます、便利な道具であると思いますが、火を扱う以上相応の危険はあるとお考え頂ければ幸いです」

リノルトは満足そうに微笑み、ブラスもニヤリと微笑して、

「では、実際に火を焚きます、水の流れと焚き付け、それから空気の取り入れ等ですね御確認下さい」

と薪をくべてお湯を沸かし始めた、そして、事務官からのより細かい質問、持ち運びの注意点等々の質疑が執り行われ最後に、

「ま、あれだ、俺もイースも従者も数人だな、これとは違うが実際に使っている、同じ構造の物だな、慣れれば便利だぞ、大量に湯を沸かすのは街にいようが戦場にいようが大変な事に変わりはないが、これであれば大量の湯を用意する事はなんぼか楽になる、ただしあれだ沸騰する程の火力は無いし、調理には使えんな、それ以外の用途には使い倒せるものだと思う、道具でしかないと言えばそれまでだが、便利な代物であるのは間違いない、こちらの要望通りに注意書きも作ってくれている、注意点は注意点としてしっかり捉えて活用しよう」

クロノスがそう締め括った、そして、暫くの間湯沸し器を中心にして雑談が始まる、遠巻きにしていた従者達も沸いた湯を確認し、お湯と水が混じり合うモヤモヤとした流れを目にしてなるほどと理解を示し、事務官の一人はどうやら技術畑の担当であったらしくリノルトを捕まえより詳しく聞き取りを始めている、煙突やら接続に関する事、設置場所の問題点、手入れの仕方、灰の対処等々、説明だけではやはり足りない点は多かったようである、

「うん、こんなもんかな?」

クロノスは今度は一歩引いて状況を眺めており、

「そうだな、あっ、どうする?俺はこっちの屋敷には一台あればいいぞ」

イフナースも腕を組んで睥睨している、

「そうか、こっちは三台を予定していた、あっちにはどうする?」

「御機嫌取りを含めて五台はやった方がいいだろうな」

「そうか、残りは軍でいいな?」

「そのつもりだっただろう」

「まぁな、あっ、追加もそうだが改善要求はそっちでいいのか?」

クロノスがテラへと問いかける、

「あっ、はい、追加発注についてはいつでも承ります、ただ改善となると・・・ブラスさんかリノルトさんに直接が宜しいような感じですね」

テラは正直に答えた、テラもしっかりと傾聴していたがその仕組みやら構造やらを完全に理解した訳ではない、技術的な事となると職人に直接伝えるのが最良であろうと判断する、

「そうか、そりゃそうだな、その時は取次を頼む形にしよう」

クロノスはあっさりと受け入れ、テラは礼を口にして恭しく頭を垂れた。
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