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本編

54話 水銀の夢 その5

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「で、次は?」

戻ってきたユーリが支払いを終えて顔を上げるとブラスが黒板の脇を指差し、

「あれですね、取ってきます」

と腰を上げ寮の改築案図面を手にして座り直した、

「何か書いてある?」

「はい、先日お邪魔した時にグルジアさんと打ち合わせしましてね」

「グルジア?あー、そっかあの子確か・・・」

「はい、建築ですね、設計とかに興味あるらしくて少しばかり話し込みました」

「ねー、若い子に珍しくもてたもんだら機嫌良くなっちゃってこの男はー」

とその時には隣りでコミンの相手をしていたブノワトが不機嫌そうにブラスを睨む、

「何言ってんだよ、めんどくせーな」

ブラスはジロリとブノワトを睨み返すと、すぐさま図面に向き直り、

「うーん、と、あれから増えたところは無さそうですね」

と図面を一通り確認してユーリとソフィアへ図面を向けた、

「何?そんなに変わった?」

「最近だと誰も気にしてなかったけどね」

二人も図面を覗き込む、

「はい、グルジアさんがこのトイレですね、ここを広げてゆったりした方が良いんじゃないかって事と、2階の余った空間、これですね、風呂場の上、これをどうにかしようと悩んでましたけどね、特に良い案が出なかったのかな?」

「あ、ほんとだ、トイレが3つから2つになってるね・・・あー、これでもいいのか・・・」

「そうだねー、全部で6つになるのか・・・ま、十分なのかな?うん」

「確かに、広くしておいた方が後から何かあった時の為に有用ではあります、ほら、何にしろ初めての造作ばかりですから、特にここいら辺は使えないと本当にきつくなりますしね」

「それもそうね、うん、いいんじゃない?」

「私も異議は無いかな、ホール部分の水場はどうする?」

「それもあると便利そうよね、3階はいらないにしても2階と1階にも欲しくなるんじゃない?」

「1階はだって場所無いわよ」

「そっか・・・じゃ、あれだ、少し考えてたんだけど・・・やっぱり風呂場の2階をそれ用の部屋にしちゃえば、ついでに洗濯も出来る空間にすればいいんだわ、で、風呂場の前の脱衣室?ここにも座れるようにして鏡を置いて・・・暗いし狭いかな?」

「確かに、でも、それいいかもですね、ちょっと待って下さい」

ブラスがインクと木軸のガラスペンを取り出して図面に書き込んでいく、

「あら、使いこなしてるのね」

ソフィアがニヤリと微笑み、

「む、何か、カッコいいわね、様になってるわ」

ユーリがブラスの手元を睨みつける、

「そんな、でも、便利ですよ、だいぶ慣れました」

「そうなんですよ、店でも工場でも使ってるんですよ、これ、お客さんにはいつ売り出すんだってせっつかれてました」

ブノワトが二人の反応を見てニマニマと口を挟む、

「へー、それは良かったわね、あっ、でも洗わないとじゃない?」

「それも改良したんです」

ブラスは待ってましたとばかりにガラスペンよりも二回りほど大きい木製の棒を取り出し、

「使った後はこれに入れてます、持ち運ぶ時もこれがあると便利なんですよ」

と、図面への書き込みを中断し、取り出した棒にガラスペンを挿入した、二つはピッタリと組み合わさり、一本の磨かれた木の棒となり、一転して小洒落て知的な姿となる、

「あら、へー」

「こりゃまたいい感じだわね」

ソフィアとユーリは素直に目を剥き、

「えへへ、ほら、謂わばガラスペン用の鞘ですね、こうすれば現場でも使えますし、持ち運びも楽です、戻ったら洗浄しなきゃですけど、今のところは懐は汚れませんし、良い感じです、逆にあれです、インクの壺の方に工夫が欲しいかななんて思ってました」

ブラスは得意そうではあるがはにかんだ笑顔を見せてガラスペンを構え直す、

「こういうのはいいわねー、やっぱりあれよ、使ってみなきゃ改良点なんて分からないものよね」

ソフィアはブラスから件の鞘を受け取ってしげしげと見つめる、見た目はなんて事はない木製の細長い筒である、

「ですよね、俺も試しに作ったら思いの外上手くいっちゃって、へへ」

「ふーん、これはいつ売るの?」

ユーリが羨ましそうに見つめる、

「絶賛作成中です、ガラス店舗の開店に間に合わせるよう数を揃えてます、やはり当日もそうですが、その後を考えると生産体制が大事なんです」

コッキーがムフーと嬉しそうに元気よく答えると、

「そっか、それは楽しみねー、ま、私らは、上にある分でも十分かな、その鞘だけ欲しいなー」

ユーリはじっとりとした目付きでブラスを伺い、

「そういう事なら、いいですよ、明日持って来ます、ただ、以前にお届けしたものとはまた径が違うので、調整しないと駄目かもですね」

図面に書き込みながらブラスは答え、あっと思い出し、

「すいません、明日、湯沸し器の納品でお邪魔したいんですがいいですか?」

と顔を上げた、

「いいわよ、出来たんだ?」

「はい、数は揃いました、今日、最終確認してます、スイランズ様もお急ぎとの事だったので、エレイン会長にはお伝えしたんですけど、スイランズ様は今日いらっしゃいます?」

「今朝来たわよ」

「うん、また来るって」

ユーリとソフィアは適当に答える、

「あ、じゃ、その時にでもお伝え頂ければと思います」

「はいはい、伝えておくわ」

ソフィアはニコリと微笑み、ブラスは嬉しそうに頷いて図面に戻った、そして、

「で、何ですが、こんな感じでいいですかね」

書き込まれた図面を再度二人に向ける、新築部分に書き込みがなされており、1階は浴室と脱衣室、その上が洗面と洗濯の部屋、その上が貯水槽と物置部屋となっている、

「こうみると1階が狭いかな?」

「そう?でも、これ以上は難しいでしょ」

「そうよね・・・浴室と脱衣室を大きくして、うーん、1階の使ってない部屋を倉庫にしてもいいのよね・・・駄目かな?」

「私はいいわよ、この寮に関しては報告すれば好きにしていいって言われてるしね」

「そんな適当な・・・」

ブラスが苦笑いである、

「ならさ、うん、階段脇のこの部屋を倉庫にしてしまって、あっ、改築は不要よ、そのまま使うから、で、今の倉庫を無くしてトイレをそっちに移動して脱衣室を拡げる感じ?・・・できるかな?」

「はい、可能ですね・・・」

ブラスは再びペンを走らせ、その旨を書き加える、ソフィアはそれを一瞥してこんなもんかしらと頷き、ユーリもソフィアが良いのであればそれで良いらしく、

「そうね、ま、あれよ、これもやってみないと分からないって事よね」

「そうねー、研究目的だしね」

二人はうんうんと頷き、

「厨房はこれでいいの?」

「これもだって使ってみないとでしょ」

「お風呂はまぁ、これこそ使ってみないと分かんないしね」

「あっ、そうだ寮の補修はどうするの?」

「はい、材を持ち込んでから対応します、調整で済む場所が多いですけど、一旦取り外したい箇所もあるんで、なので、それはあれですね、生徒さん達が居る時の方がいいかなと思います」

「そっか、それもそうね、予め言って貰えると嬉しいかな」

「はい、そのように」

「他には・・・大丈夫かな?」

「あんたが良ければいいわよ・・・あっ、裏の工事ってあれでおしまい?」

「そうですね、土木専門の部分はあれで完成です、今は乾燥中なんです」

「それで職人さん達来なくなったんだ」

「はい、後はこっちで囲いと蓋を作って仕切り板を仕込む感じです、ただ、その前に排水の確認はしたいですね」

「そっか、あのままで逃げたのかと思ってたわ」

ユーリは図面を見ながら辛辣な口調である、

「そんな、適当な事はしませんよー」

ブラスが口をへの字に曲げる、

「そう?」

ユーリがニヤリと顔を上げ、

「そりゃもう、お任せ下さい、第一逃げる場所もありませんよ」

ブラスは不満顔のままに愛想笑いで答えた、

「それもそうか・・・まっ、いいわ、そうなると・・・」

「はい、図面はこれで良ければ引き直します、それで明後日には着工できますね、新築部分は全て木ですし、材も厳選して揃えております、青銅の水道管も用意してありますし、人手も手配済みですね」

「なるほど、明後日・・・私はいいけど、あんたはどう?」

「私もいつでもいいわよー」

ユーリとソフィアは何とも適当である、それだけブラスを信頼しているのか、単になるようにしかならないと達観しているのか、できれば前者であって欲しいなとブノワトは思ってしまう、

「であれば、段取り組みますね」

ブラスはニコリと笑みを浮かべ、ブノワトもホッと一息吐いたようである、

「さて、じゃ、こんなもんかしら・・・あっ、そうだ、ブノワトさんね」

とユーリがブノワトに向き直ると、

「あれ、コンロの足っていうか鉄の部分あるじゃない、前に作って貰ったやつ」

「えっ、はい、作りましたね」

「あれ、4つ・・・いや、6つかな追加でお願いできる?」

「えっ、はい、可能です、6つですね、形はまんま一緒ですか?」

「一緒でいいわ」

「ん?何?また作るの?」

ソフィアが片眉を上げた、

「そうよ、エレインさんからね出来ればって相談されてね、さっきクロノスに言ったらさ、なら赤い魔法石多めに持って来るからこっちの分も作れってなってね」

「ありゃ、向こうで作るんじゃなかったの?」

「それはそれらしいわ、実用出来ているのが欲しいんだとか何とか、あれね、上とか横とかに贈るんじゃない?」

「あー、そういう事」

「そういう事」

「ならさ、ちょっと改良したいんだけど」

「いいけど、何?」

「あー、そうね、じゃ、どうしようか、実物見ながら相談しようか」

ソフィアは腰を上げて厨房からコンロを運び込み、今度はコンロを真ん中に置いてあーだこーだと騒がしい、さらにそういう事ならとユーリはカトカとサビナを呼び出して本格的なコンロの改良案が取り纏められる、こうして打ち合わせは新入生達が帰寮するまで喧々諤々と続いたのであった。
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