上 下
541 / 1,062
本編

53話 新学期 その16

しおりを挟む
その夜、ソフィアはそっとミナとレインの寝室に足を運ぶ、ミナは当然寝台で熟睡しているようであったがレインは木窓を開けて内庭を見下ろしていた、

「下に行くか?」

レインはソフィアが口を開く前に腰を上げる、どうやらソフィアを待っていたようである、

「そうね」

ソフィアは短く答え、二人は階下へ下りた、以前のように本来であれば食卓になるであろうテーブルに着く、室内に灯りは無い漆黒の息の詰まりそうな闇である、それでも二人は当たり前のように向き合った、

「で・・・」

「すまんな、浮かれ過ぎていた」

ソフィアが口火を切ると同時にレインが謝罪する、頭を下げるような事は無かったが、静かで落ち着いた口調であった、

「・・・分かってくれればいいんだけど」

「そうだな、言い訳させて貰えれば、こちらに来てからずっと探していたものがポロっと目の前に出て来てな・・・思わず、その、はしゃいでしまった、恥ずかしい事だ、要らぬ迷惑もかけたしな、全面的に儂の間違いだ」

どうにも偉そうな口振りであるが真摯な言葉でもある、

「そっか、ならいいわ、私の事はいいんだけど、カトカさんは本当に大丈夫なんでしょうね」

ソフィアは必要以上に責める気は無かった、しかし確認するべき事はするべきだし、始末が必要な事もあるであろう、

「勿論だ、何も心配する必要は無い、それどころか、あれの違和感が分かったからな、治療もしておいた、明日目を覚ませばいつも以上に好調なはずだ、まったく、それと知らずに毒物を吸い込んでいたようだからな、だいぶ前にも危険性は伝えたはずなのだが、忘れたらしい・・・入れ替わっているからな仕方の無い事かもしれん」

「そっか、それは信じるしかないけど・・・毒ってあれ?水銀の事?」

「そうだな」

「私はあんまり知らないんだけど、そんなに問題なの?」

「大問題だよ、あれは何かにつけ便利な物質でな、水のような金属なんだが・・・うん、便利であるのはよくわかるし、儂から見ても不思議で興味深い物質でな、これを使って何か出来ないかと誰もが思うのは仕方が無いと感じるだのだが・・・実際に研究対象になっているようだし、実用化もされているのだろうな、メッキに使うらしいが一番やってはならぬ工法のようだ・・・うん、ほら、他の物質とよく交わるし、便利は便利なんだよ、でもな、それは動物の身体とも交わるという事だ、それで良い結果になれば薬ともなろうが、あれは悪しき影響が強すぎて、過ぎれば命に係わる、形式を違えば薬ともなるらしいが、その方法はまだ知らんだろう、故に今はまだ使うべきではないであろうな」

「そう・・・なんだ、カトカさんにも影響があったの?」

「少しばかりな、サビナやユーリはそれほどでも無かったが、カトカの中には幾らか蓄積していた、話しを聞く限り学園の実習で使うらしい、あまりにも平然と口にしていたからな、当たり前の事なのだろう、聞けば聞くほど呆れてしまってな、興奮していたのもあって・・・ま、そういう事だ」

「そう、ならいいわ・・・正直私では判断できないし、その言葉を信じる事にするわよ」

「そうか・・・ありがたい」

レインは暗闇の中腕を組んで軽く頷いた、ソフィアはその姿にどうやらレインも初心を思い出したようだと安心する、警戒するに越したことはないが、最近のレインは若干浮かれた様子であった事もまた事実である、一緒に暮らすようになった頃は冷静沈着どころか居るのか居ないのかも分からないほどに空気のような存在であった、それから半年以上経過して彼女なりに慣れが生まれ、恐らくこの環境をも楽しんでいるのであろう、それは良い事とも思うが、やはり存在が存在である以上、常に緊張感は必要であるとソフィアは思い直し、しかし楽しんで欲しいとも思う、折角同じ時間を共有しているのであるから、

「うん、あれね、お互い初心を思い出すべきね、それと約束事も・・・私は忘れちゃうからだけど、あんたはそういうの忘れないのかと思ってたわ」

「ふん、忘れはしないが・・・いや、忘れるな、時々こう、すっぽりと抜けている事がある」

「もう、それが忘れるって事でしょ」

「だから忘れると認めているであろう」

「じゃ、忘れないで」

「そうしよう」

二人は暗闇の中で微笑みあったようである、そして、

「で、もう一つね、ミスリルってそんなに凄いの?」

「なんじゃ、興味があるのか?」

「そりゃだって、あんたが我を忘れる程の代物なんでしょ、知りたくもなるわよ」

「そうじゃのう・・・細かい話しをすればいくらでも出来るのだが・・・」

レインは意地の悪い笑みを浮かべながら小首を傾げ、

「うむ、見るのが早いじゃろ」

と懐から件の岩石を取り出した、

「持ち歩いてるの?」

「うむ、求めていた代物じゃからな、肌身離さずとはこの事じゃろ」

「そうだけど・・・」

ソフィアは苦笑いを浮かべる、ソフィアはレインは物に執着する性格では無いと思い込んでいた、事実、ソフィアから見たら高価な代物や貴重な代物にはまるで無関心であった、しかし、ちょっとした小物は集めている様子で、宝箱と呼んでいる木箱にそれらは納められているようである、その癖はミナも真似しているようで、恐らく二人の宝箱の中には折角作った猫の髪留めを始め、いつぞや自慢していた虫入りの琥珀、無色の魔法石の欠片等、他人から見ればガラクタと呼ばれる類の物ばかりが納まっているであろう、物を大事にするのは良い事だとソフィアは思って特に口出しはしていないし、子供独特の収集癖なのであろうと微笑ましく見てもいる、

「まぁ、見ておれ」

レインは岩石をテーブルに置いて、両手で包み込む、途端に岩石はレインの細く小さな指の間から緑色の光を周囲にばら撒き始めた、

「?魔力?」

「そうじゃ、慣れれば主でも簡単だぞ」

「私でも?」

「うむ、主やらタロウやらユーリであればな、クロノスには難しかろう、イフナースは修業不足だな」

「それはまた・・・厳つい名前ばかりだして」

自分も含まれているのであるが、ソフィアは眉根を寄せて不快な顔となる、レインの上げた名はどれも一般人とは程遠い理を得た名前であった、

「ふふん、ま、あれだな、リンドやアフラでも修業を積めば可能じゃろう」

「あら、じゃ、普通の人でも何とかなるのかしら?」

「何とかなるであろうな、ま、鍛冶屋に任せるのが早いぞ」

「えっ、鍛冶屋でもいいの?」

「そりゃそうじゃ、結局鉄だからな」

レインは笑みすると同時に光は収束し、室内は再び闇に支配された、

「まぁ、こうなるのじゃ」

レインが両手を除けるとそこには美しい短刀があった、闇の中である為金属独特のヌメリ輝く質感は感じられないが、ソフィアの目から見てもその造作は見事な一品で、刃は薄く切れ味は良さそうである、しかし、刀身のみで柄は付いていない、

「えっ、これ・・・へー」

ソフィアは理解しないまでも素直に感心して小さな歓声を上げる、あっという間の出来事である、普通の人間であれば卒倒するような技術なのであるが、歓声を上げる程度にしか驚かないソフィアはやはり尋常ではない感性なのであろう、

「細かい話しをするとな」

結局レインは得意そうに彼女がミスリルと呼ぶ鉱石の特性を話しだした、組成は鉄とクロム鉱、それとソフィア達が口にする無色の魔法石、それから幾つかの鉱物が混ざった合金なのだという、上の世界では開発されてからは大変に便利な素材として活用されており、鉄と言えばこれとなる程に重用されているのだとか、さらに類似する物質としてミスリル銀とミスリルプラチナがあり、こちらは宝飾品と魔導器に使用されているという、

「あー、ごめんね、レイン、それ私が聞いても良い事なの?」

ソフィアはまた暴走し始めたのかしらと怪訝そうに問う、

「構わんだろ、その内何処かの誰かが発見する事だ、明日かもしれん、千年先かもしれん、遅いか速いかの違いだろ、お主がよく似たような事を言っているだろう」

レインは何を今更と平然と言い放ち、

「何よりな」

とミスリルの話しに戻る始末である、曰く、地上でも存在するとは言われていたが見つける事が出来ず、こちらに来てからずっと探していた事、ミスリル鉄と借りに呼ばないと他の合金と名が被るであろう事、銀とプラチナに関してはそもそも鉄のように量が無い為、自然界で精製される事はまずないであろう事、プラチナに関しては少なくとも王国内では出土すら難しい事、立て板に水のごとくレインの言葉は止まらず、相手が研究所の3人であれば歓喜するような内容である、しかし、相手はソフィアである、ソフィアはうーんと額を押さえ、

「分かった、うん」

とレインの言葉を遮り、

「何じゃ、良いのか?」

レインは不満そうに口をへの字に曲げた、

「私では理解できないわ、そうね、タロウさんが戻ったら相手させるから」

あまりの情報量に理解が追い付かない、何より得意とする分野でもない、魔法そのものの活用であればまだ理解は早いのであるが、鉱物やらその組成となれば専門外もいいところであった、ここは素直に逃げの一手とタロウの名を出し誤魔化そうとするが、

「むぅ、なんじゃ、勉強が足りんぞ」

レインは実に残念そうである、

「しょうがないでしょ、得意分野に掠りもしない大外れの山を越えた遥か彼方よ」

「そこまで言うか・・・あのな、よいか・・・努力を知らん天才は凡才にも劣るのじゃ、下手に回転が良いだけで小賢しく口うるさいだけの足引っ張りじゃ、今のお主がその典型じゃ」

「まっ、失礼ね・・・って失礼か?・・・いや、足は引っ張ってないでしょ」

「かもしれんが、お主の才は理解しておる、故にだ、グズグズしておると脳が腐るぞ」

「いいのよ、私は主婦なんだから、今は」

「それは逃避というものじゃ」

「失礼ね、大事な仕事よ」

「しかしな」

「しかしもかかしも無いの、いい、子供を育てるのは大切な仕事なの、おざなりには出来ないし、遊びでも無いの、勉強も大事なのは分かるけど、私は今、主婦業に専念してるの、あんたもその対象なんだからね」

「それは結構だ・・・しかし、のう」

レインはニヤニヤとミスリルの話題へ戻そうとテーブルのナイフへ手を伸ばすが、

「分かった、分かったから、タロウさんに言って、私はもう十分」

ソフィアはそこで負けを認めて腰を上げ、

「むぅ、ここからが本題なのじゃが・・・」

レインは寂しそうに自作のナイフに視線を落とした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

悪行貴族のはずれ息子【第1部 魔法講師編】

白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン! ★第2部はこちら↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/450916603 「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」 幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。 東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。 本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。 容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。 悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。 さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。 自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。 やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。 アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。 そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…? ◇過去最高ランキング ・アルファポリス 男性HOTランキング:10位 ・カクヨム 週間ランキング(総合):80位台 週間ランキング(異世界ファンタジー):43位

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

処理中です...