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本編

53話 新学期 その2

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「そうなると・・・服飾協会の方も巻き込んで・・・が良いかもですね」

エレインとオリビアは商工ギルドに赴くと、担当であるミースを捕まえ書類の提出から始まり、支払い金の確認、さらに次の祭りでの出店の申請と一通りの事務仕事を終え、こんなもんかしらと出された茶に手を伸ばす、他の商会は窓口で済ませる内容なのであるが、どうやら六花商会は特別扱いらしい、奥の応接室に通され茶を出されるほどの高待遇を受けている、エレインは最初固辞したのであるが、ミースはどうしてもと譲らない、奥に座る他の事務員達の視線もどうやら他の商会に向けられるものとは違う様で、なんかあったかなとエレインは思うが、鏡にしろ下着にしろ小さくない騒動を起こしている我が身を思えばこれは必要な処置かなと受け入れる事とした、

「こちらが実際の木簡です、内容はより簡素・・・というか、ここの対応部分は不必要かなと考えております、どうでしょう」

エレインは昨日のユスティーナの意見を受けて、これは面白いと早速雑談として話題に出した、下着に関する調査結果の開陳の件である、

「・・・なるほど・・・これ面白いですね、へー、えっ、これを全部の商品ですか?」

ミースは数枚の木簡をざっと読んで顔を上げた、

「全部とまではいかないですね、というか、うん、こちらで把握しているお店のものになります、抜けがあるとは思いますが、そこそこの数を調査しています」

「へー・・・えー・・・凄い・・・」

ミースは木簡を読み返しつつ、言葉も無い様子で、

「あの、他には?」

「今日はそれだけですね、全部となるとかなりの数です、下着3種類それぞれに作ってますので、単純にお店の数と3種類で・・・うん、100はいかないまでもそれに近いかな?」

「えっ、そんなに・・・」

目を剥いて絶句するミースである、

「で、とある方からこれは一般に開陳するのが良いのではないかと御意見を頂きまして、それで、うん、どのような・・・ほら、根回しですか、そういうのが必要になるのかなと、その辺は不得手ですから、慣れてる人に教示頂くのが良いと思いまして、それと、こういうのを気軽に見れる場所・・・構想としては壁に貼って、掲示する感じになるかなって思ってるんですが、どこか良い所があれば案として欲しいなと思いまして、理想としては、御婦人方が集まる場所で、足を止めて屯しても邪魔にならない感じの・・・さらに言えば少々騒がしくしても良いような・・・都合良すぎますかね?」

「・・・それはまた・・・そうですね・・・」

ミースは木簡を置いて腕を組むと、うーんと沈思し、

「はい、では、うん、ちょっとお待ち下さい、あっ、書類も下げますね」

と自身の書類をバタバタと片付け退室した、

「あら、大事になるかしら?」

エレインは世間話のつもりであったのにと茶を啜り、

「そのようですね、ま、いつもの事です」

オリビアも涼しい顔で茶に手を伸ばす、そこへ、

「これはエレイン会長、お元気ですかな」

満面の笑みで男性が入ってきた、ギルドマスターのヘルベンである、

「あ、これはこれは、お忙しい所、ギルド長もお元気そうで」

慌ててエレインとオリビアは腰を上げかけ、ヘルベンはそのままそのままとミースの座っていた椅子に腰掛け、ミースもまたその隣に座すると、

「こちらです」

ミースが事の次第を説明する、

「なるほど・・・確かにこれは面白いですね」

ヘルベンもフムと考え込み、

「いや、マレイン会長と呑んだ折に下着、ソフティーですか、こちらの売上が素晴らしいと報告を受けていたのです」

と続けた、マレイン会長とは服飾協会の協会長である、

「あの業界は携わる者が多い割には利益が少ない業種らしいですね、どうしても売れるのは生地が多く、それも裁断されたものとか糸とか、そういう小さい物は良く売れるのですが、製品は中々売れないらしいのですな、ですが、こちらの下着は製品そのものが売れているようです、ですので、協会長としても業界が活気付いていると嬉しそうでした」

「それは良かったです、私共としても嬉しいですね」

エレインはニコリと微笑む、

「全くです、製品としての服は平民には高価なものですからね、下着は価格も手頃のようですし、革を使った製品となると奥様達には難しい所もあります、そういう意味で良い商品であったのでしょう」

ヘルベンは嬉しそうに微笑み、

「その上で」

と木簡に視線を落とすと、

「こちらも良い発案と思います、しかし、そうですね・・・」

とやっと本題について思考を始めた、

「まず、この部分は隠すという事ですね」

ヘルベンが指差した部分は店員の対応に関する箇所である、

「はい、そのつもりです」

「それ以外はこのままですか?」

「そう考えておりました、しかし、それも含めて御相談したいと考えております、こちらは当商会でいわば勝手に調査した資料です、一般に知らしめる為に作った資料ではありません、そういう意味で学問的な価値はあるととある方からお墨付きは頂いております」

「学問的なお墨付き・・・それは凄い」

「はい、大変に興味深いと仰って頂きました、しかし、ギルド長の指摘の通り、やや下世話・・・というか、辛辣な評価も記してあります、故に、掲示するにあたってはそういう部分は排して、商品の特徴と価格、お薦めする点等を表記したいと考えます、あくまで掲示するとなればですが、その場合にもやはり根回しですわね、協会もそうですし、なによりその店舗の了承が必要と考えます」

「確かに、そうですな」

ふむとヘルベンは腕を組み、

「そこまで考えておいであれば、どうでしょう、協会長ともお話し頂けますか」

「そうですね、ですが、今日はあくまでどんなものかなと意見を頂きたくて話題に出した程度でして」

エレインはこれはこれで大事になりそうだと及び腰になる、ユスティーナの手前早急に対応したい所であるが、ガラス鏡の準備もある、はっきり言えば手が足りなくなる可能性が大きい、

「ギルド長、六花商会さんはガラス鏡の店舗も控えてらっしゃいますから」

ミースが静かに口添えした、

「そうか・・・それもそうですな、いや、うん、では・・・私から協会長に話してみましょう、これは恐らくですが、商会が取り組む事ではないように思います」

「と言いますと?」

エレインは怪訝な顔で問い質す、

「はい、商会とは利益を追及してなんぼだと私は認識しています、こちらの取り組みでは単純に利益は上がらんでしょう、利益を上げるとすれば各店舗からお金を取らねばなりませんが、そうすると正当な評価は付けられないでしょうな、しかし・・・うん、そうか、六花商会さんであれば、下着が売れれば売れるほど利益が入るか・・・なるほど、エレイン会長であればこれをやる意義がある・・・大したものです、いや、素晴らしい」

ヘルベンも頭の回転の早い男である、エレインの考えを歪んだ形ではあるが見抜いたらしい、しかし、

「そうですね・・・しかし、この資料を開陳するように薦めて頂いた方はもっと大きい事を考えているようです」

エレインは若干ムッとして答えてしまう、ユスティーナは下着のみならず服飾業界全体を盛り上げる事を意図しており、さらに衣服に関する文化的な発展も考えてもいる、そう簡単にはいかないであろうが、この取り組みは確実な一歩にはなりうる、単純に利益を上げる為と取られるとユスティーナの思いを踏みにじるようで不快に感じた、

「大きい事ですか?」

「はい、出来ればその方とお話し頂ければと思いますが、私が代弁致しますと・・・」

エレインはユスティーナから聞いた事ほぼそのままを伝える、それは先程ヘルベンが調子よく話した事とほぼ同じであるが、為政者としての視点でもって捉えた上での言葉であり、さらに、経済と文化双方をも理念としたものである、ヘルベンとミースはなるほどと頷きつつ、すっかり感心し、そして、

「・・・そこまでお考えとは・・・」

「はい、あの失礼ですが、その方は・・・」

「申し訳ありません、お名前はここでは伏せさせて下さい、その方も自分が出ると良くも悪くも影響が大きいと・・・」

ヘルベンとミースはそうは言われてもエレインの人的な繋がりを想像してしまう、どの人物の言葉であるかを勘繰り、やがて、無駄な事だなと二人は思考を停止し、

「分かりました、では、そうですね、具体的に何が必要か、それと了解を取るべき人間をまとめていきましょう、それと場所ですね、中々に難しそうですが・・・はい、それも候補地を選定しましょう、その上で、私もですが、ミースも動きます、エレイン会長には要所要所で御意見を頂きたいと思います、今の言葉をそのまま協会長にも伝えたいと思いますが、やはりエレイン会長のお力は必要と思います、御協力をお願いしたいと思いますが、如何ですかな?」

ヘルベンは真摯な瞳でエレインを見つめ、エレインは、

「有難い申し出と思います、こちらとしても協力できればと考えます、というよりも私から言い出した事ですからね、助力どころかこちらが動かねばならないと思っておりました、しかし、すいません、お仕事を増やしてしまって申し訳ないです」

エレインは心底そう思って謝意を口にする、ヘルベンはニコリと微笑み、ではと突発的ではあったが本腰を入れて打ち合わせに入るのであった。
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