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本編

53話 新学期 その1

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翌日、ここ数日ののんびりとした朝食を終え片付けをさっさとすませたソフィアが、さて、掃除かしらと食堂へ入ると、

「ソフィアー、ドーナッツだっけ、あれ大量に作れる?」

ユーリが鏡の前でミナの髪を弄りながら振り返った、

「作れるわよ、大した手間ではないしー」

ソフィは特に考え無しに答え、

「そっか、じゃ、100個くらい頼める?」

なんとも簡単に大きな数字を口にするユーリに、ソフィアは、

「はい?」

と甲高い声を上げてしまい、食堂に屯している新入生達も、えっと顔を上げた、

「なによ、作れるんでしょ?」

「そりゃ・・・まぁ・・・何?そんなにお腹空いてるの?それともそんなに気に入った?」

ソフィアは今度は一転心配そうにユーリを見つめる、

「あー、違う違う、事務員さんにね、差し入れ、ドーナッツって日持ちしそうじゃない、それに食べやすいしね、丁度いいかと思ってね」

「あー、そっか、そういう事か、あんたも気を遣うのねー・・・ん?でも、あれって今日一日保つかしら?」

あれとは光柱の事である、ソフィアとユーリが共通して3日程度はこのままだと判断したのであるが、正直な所より正確な稼働時間は不明であった、

「うーん、昨日の感じだと、今日の夜中には停まると思うけどね・・・感覚だけだけど」

ユーリは視線を戻して適当に答える、その感覚が大事なのであるが、これを共有できるのはソフィアを含めかつての仲間の内でも数人である、レインもそうなのであるが、それを知るのはまた世の中で数人である、

「そっか、うん、分かった、じゃ、用意するわ、ミナー手伝ってー」

「いいよー」

ミナの機嫌の良い声が響き、

「あっ、じゃ、私も手伝いますよー」

ルルが編み物の手を止めて腰を上げた、

「じゃ、私もー」

とグルジアがこちらは刺繍の手を止めて顔を上げる、当然のようにサレバが続き、コミンもニコニコと顔を上げ、レスタも乗り気のようである、

「いいの?明日から学校でしょ、今日やる事やらないと、明日から大変かもよ」

ソフィアが寮母らしい事を口にするが、

「あー、大丈夫、大丈夫、学園始まってもね、暫くはのんびりしたもんだから」

「そうなの?」

「そうよ、こっちの生活に慣れる期間なんだって、ま、ここの娘たちは十分慣れたみたいだけどねー」

ユーリがニヤリと新入生を見渡し、彼女らもまた笑顔で答える、

「そう・・・ならいいけど、じゃ、道具と材料持って来るから、作り方・・・」

「分かります」

「はい、任せて下さい」

自信満々に笑顔を見せる一同に、

「なら、お願いしようかしら、ユーリはそれでいい?」

「いいわよー、職員さん達への差し入れだからねー、美味しく作るのよー」

「はい、頑張ります」

ムンと胸を張る一同に、ソフィアはヤレヤレと厨房へ戻った、その頃事務所でも、

「新しいお菓子ですか?」

「そだよー」

「そんな次から次へとポンポンと・・・」

「ねー」

「油使うの?」

「凄いでしょー」

マフダとリーニーとカチャーを巻き込んでジャネットとケイスがドーナッツの商品開発に取り掛かっている、

「生地はスポンジケーキに近いから、材料は揃ってるし、難しいのはやっぱりあれかな、甘さの調節かな?」

「そだね、溶かした黒糖を用意して、蜂蜜はあるし、どうだろう、干し果物を入れても良いかなって思ったんだけど」

「おー、それいいねー、カスタードも使いたいんだよね、イチゴソースは残り少ないからな・・・アンズソースは値段がねー、ミカンソースも、冬ミカンがそろそろだから気楽に使えるかな?リーニーさんはどう思う?」

ジャネットがリーニーに問いかけるが、

「・・・すいません、取り敢えず現物を見てみない事にはなんとも・・・」

実直かつ誠実な答えである、

「そりゃそうだ」

「うん、奥さん達の意見も欲しいしね、とりあえず、黒糖と蜂蜜で基本的な形を作ろうか」

「そだね、じゃ、始めますか」

材料を並べて気合を入れるジャネットとケイスである、本日は店舗も休みである為厨房を気兼ねなく使える、普通の営業日でも気兼ねなど殆どしていないのであるが、そこは気分的に大きい所なのであった、

「油はどうするんです?」

「あっ、コンロを用意してもらって、油で揚げる料理って作った事ある?」

「・・・あー・・・」

「・・・そうですね・・・」

「うーん」

ケイスの問いに3人は何とも困った顔となってしまった、

「そうだよねー、私もあんまり使った事無い・・・っていうか、ね、うん、危ないからやるなって怒られたな・・・」

「ですよね、私もです、油を大量に使う時には近付くなって、母さんが言ってました」

「うちも・・・」

「うん、うちでもそうです、というか、家ではまずやらないと思いますね」

「だね、ソフィアさんもね、竈で油料理は止めておけって言ってたな、火力の調節が難しいんだって」

「火事になるから注意するようにって事でしたね」

「食事処とかでもやらないですからね、危なくて」

5人は何とも深刻そうにうんうんと頷きあう、油を使う料理は公然に認知されてはいるが、油が高価な事、竈での火力調整が難しい事等から調理する経験が少なく、その為経験不足により火事の原因となったり、火傷等の怪我も多い、エレインが昨晩懸念していた事が正にこれである、ソフィアはコンロを活用する事により揚げ物を気軽に調理しており、エレインはそれを売りの一つとして商売に活かす事を考えていたのであるが、その為の事前準備として揚げ物という調理手法に慣れが必要である事を認識していたのである、なかなかの深謀遠慮と評して良いであろう、

「うん、だから取り敢えず、油の扱いに慣れないとね、家ではないから気兼ねなく使えるけど、無駄には出来ないよね」

ジャネットが油の入った壺を手にする、調味料を入れた壺よりもやや大きく手にすっぽりと収まる程度の大きさであった、それが数本、寮から頂いて来た分と商会で所持していた分を作業台に並べている、中身は昨日と同じオリーブオイルである、比較的に単価が安く、場合によっては小さな樽でも購入できる、油の中では便利でかつ日常的な品種であった、

「そだね、まずは生地から、油は皆で取り組みましょう、何事も練習です」

「よし、じゃ、生地なんだけどー」

ジャネットとケイスが監督し、マフダとリーニーが作業に係る、二人共に慣れたものであり、あっという間に形成までが終わった、

「やわやわですけどいいんですか?」

「うん、こんなもんで十分」

「持ち上げると形崩れません?」

「だから、板ごと持ち上げて滑りいれるのよ、でも、あれかなこれ用のヘラとかあったら楽かな?」

「そうかもね、ブノワトさんに作って貰おうか」

「そだねー、相談しようか」

「何で真ん中抜くんです?」

幾つかの確認の後、当然の疑問があがる、

「分かんない、そういうもんなんだって」

「・・・抜かないで調理してみましょうか?無駄になるかな?」

「うん、やってみようか、どうなるか見てみたいし、面白そう」

「そうですね、じゃ、油の用意を」

そこへエレインがオリビアとテラを連れて下りて来ると、

「どう?」

何ともあっさりとして肩の力の抜けた問い掛けである、

「良い感じだよー、今から油を扱ってみるよー」

ジャネットがのほほんと答えてニヤリと微笑む、

「そう・・・気を付けてね、それと・・・そうね、リーニーさん、マフダさんもだけど、新商品開発は気楽に楽しんでね、美味しいものを作るときは楽しく、笑いながらじゃないと駄目よ」

難しそうな顔になっていた二人をエレインは気遣い、

「あっ、はい」

「そうですね」

二人はハッと気付いて何とか笑顔を見せた、ジャネットとケイスは慣れたものであったが、どうやら商品開発が初めての3人はそれなりに緊張していたようである、特にリーニーとマフダは開発業務を任せる事になるだろうとエレインから直接に言われており、その使命感が知らないうちに重圧となって顔に出ていたのであろう、

「そうそう、失敗するのは当たり前だからね、気軽にいろいろ試してみましょう」

ニコリと柔らかくエレインは微笑み、

「じゃ、カチャーさんはテラさんと支払いに行って貰って」

「はい、テラさん荷物持ちます」

「ん、お願い」

カチャーは硬貨の入ったズシリと重い革袋を受け取った、月末という事もあり今日の支払いはブノワトのヘッケル工務店と食材を仕入れているフェルフーフ商会の2か所である、

「私とオリビアは商工ギルドに行ってくるから、昼までには戻るわね」

「了解です」

ジャネットがビシリと背を正す、ケイスが大袈裟だなーと微笑みながら、

「奥様達はいつも通りでいいですか?」

「そうね、あっ、ソフティーの木簡を見て貰ってもいいかな?感想聞きたいわね」

「わかりました、ではそのように」

「ん、ま、それまでには戻ってくると思うから」

「はい、気を付けて」

4人に見送られ、それぞれに事務所を出発する、

「さて、じゃ、油なんだけど・・・」

「うん、ここからが大事よね」

ジャネットとケイスは気合を入れ直して鍋に向かうと、

「ソフィアさん曰く、油はたっぷり使うのがコツって事だから」

「うん、ここはケチケチしちゃ駄目だね」

オリーブオイルの入った壺を数本構え、

「そんなに使うんですか?」

「・・・初めてですね・・・」

マフダとリーニーにも二人の緊張がうつる、

「うん、でも昨日作った時はもっと使ってたんだよ」

「そうなんだ・・・ソフィアさん思い切りいいなー」

「ねー、じゃ、行くよ」

ドボドボと鍋に油を注ぎ入れ始めた。
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