セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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52話 小さな出会いはアケビと共に その6

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それからジャネットが大雑把に新入生を紹介した、イフナースはルルとは面識が有ったが一人一人と優雅に挨拶を交わし、やや大袈裟に感じるその対応に新入生達は呆けた顔でギクシャクと返礼した、それなりに形になっていたのはグルジアだけである、そして、当然の成り行きでアケビを共に楽しむ事となった、

「ほう、これは美味い、初めて食べました」

イフナースは物静かな従者と共に食べ方を指導されて口に入れた途端快哉を上げ、

「でしょー、美味しいよねー」

ミナが楽しそうにその隣りで種を飛ばし、

「ほう、種飛ばしか」

イフナースもそれを真似て種を飛ばしている、

「イース様、ヘター」

「下手って君な、上手いも下手もあるものかよ」

「あるよー、遠くに飛ばすのが上手くて上品なのよー」

「そうなのか・・・上品?」

「上品なのー」

「そうか・・・」

ミナを楽しそうに相手している様子は何とも優しく気のいいあんちゃん風である、先程の気取った様相とはまるで異なり、そのうえ子供を相手に明るく微笑む姿はそれはそれで絵になっている、その姿にユスティーナも安心したのか再びアケビを口にし、レアンもどこか羨まし気に横目で二人を睨みながらアケビを楽しみ始めた、

「えっと・・・いいんだよね」

ジャネットがどうやら丸く収まったようだとホッと一息吐いた、ジャネットですら王家とヘルデルとの不仲は聞き及んでいる、まさか街中で会った瞬間に切り結ぶような事はしないであろうが、ジャネットには貴族の思考など想像も出来ない、偶然の邂逅とはいえ双方に何かあっては歴史的にも政治的にも大問題となるであろう、

「そうね、多分、大丈夫」

ケイスも警戒しつつも腰を下ろした、この場でイフナースの正体を知るのはジャネットとケイス、ソフィアであり、ルルは知ってはいるが理解はしていない様子である、であればソフィアがしっかりしなければならないのであるが、ソフィアは蹲って動かず、かと言って動いたとしても特に貴族としての扱いはしなかったであろう、ソフィアはそういう意味では実に自由な性格であった、それは悪く言えば頼りなく不敬であるという事である、

「ふー、で、何だっけ」

ジャネットが額に掻いた汗を拭って振り返ると生徒達の視線はイフナースに向かっており、なにやらボケッとしているようで、

「こらこら、失礼でしょ」

ジャネットが困り顔で注意すると慌てて視線を逸らせてアケビを口にする、年若い娘達にすれば突然現れた本当の意味での王子様なのである、御叮嚀な事にその出自を隠している点でもおとぎ話のそれであり、幼心に夢見た状況が降って湧いたようなものである、クロノスも王子様と呼ばれる立場ではあるが、あちらは寮生達から見れば立派なオジサンであった、見目麗しく若い上に気さくなイフナースから視線を外せなくなるのは致し方無いというものである、

「もー、あっ、で、ソフィアさんだ、ソフィアさん元気出してくださいよー」

「そうでした、ほら、イース様も来ましたし、ね」

ジャネットとケイスは未だ心ここにあらずといったソフィアへ微笑みかける、

「・・・そうね、殿下が来たとなればもう昼だしね・・・折角今日は御馳走にしようと思っていたし・・・」

ソフィアは俯いたままブツブツと呟いている様子で、おっ、とジャネットがその微妙な変化に気付いた瞬間、

「うん、アケビは甘くて美味しいものって事で、前向きに生きるか」

何やら重苦しい言葉を吐いて勢いよく立ち上がるソフィアである、

「そこまで重大ですかー」

グルジアが呆れたように苦笑いを浮かべると、

「アケビが重大じゃないの、婆さんと母さんに騙されていたのが重大なの、どっちももういないからね、文句を言う相手もいないんだわ、あいつら子供をからかってニヤついてたのよきっと、ムカツクわー」

フンスと鼻息を荒げるソフィアに、

「あー、そういうもんですか・・・」

グルジアは苦笑いを崩さず、皆も笑っていいものかどうか困った顔となる、

「そういうものよ、まったく、恥ずかしいったらありゃしない、もー、じゃ、どうしようかな、アケビ料理食べる?」

と一同を見渡し、一同は明るく賛同の意で答えた、

「そっか、じゃ、皮は取っておいて、今日は無理だけど明日の夕飯かしらね」

「む、それでは我等が食べれんじゃないですか」

レアンが不満を表明する、

「あっ、それもそうですね、うーん、じゃ、明日もいらっしゃいます?」

「そんな簡単に言われても」

レアンは顔を曇らせるが、

「アケビの皮は下処理が大事なんです、なので、一晩置きたいんですよね、そうしないと苦いというか渋すぎて」

「そうなのか・・・」

レアンが寂しそうにユスティーナを見上げると、

「はいはい、ソフィアさん、レアンだけでも御招待頂けるかしら、失礼な上にあさましい感じがしますけど」

「勿論ですよ、歓迎致します、ユスティーナ様も是非」

「嬉しいですが、明日は会食の予定が入っておりますからね、レアンが不在でも格好は付きますが、私は外せないわね」

「それは残念です、では、そうですね、下処理したアケビをお渡し出来たらと思います、調理方法はレアン様から伺って下さい」

「あら、御配慮感謝しますわ」

「ん、じゃ、そういう事で、私は先に戻るわね、スイランズ様も来るだろうから邪魔しないようにねー」

ソフィアは完全に切り替えたのか普段の調子を取り戻し、

「ミナー、食べ過ぎちゃ駄目よ」

「うー、分かったー」

見ればミナの側には実が割れていないアケビが数個並んでおり、どうやらイフナースに皮むきをさせているらしい、ナイフとアケビを手にしたイフナースは、

「元気になったようですな」

ニヤリと微笑む、イフナースは視界の端にソフィアは捉えていたが下手に関わると火傷するなと控えていたようである、流石に母親が3人と女姉妹に鍛えられただけの事はある、素の女性の扱い方を良く知っているのであろう、

「ふふん、はい、イース様もミナの相手は程々にお願いします」

「そうか、そうしよう」

苦笑いを浮かべるイフナースにソフィアは微笑みさっさと下山の途についた、

「あー、ほっとけば良かったんだね」

「そだねー」

その背を見送りつつジャネットとケイスは呟き、

「そのようですねー」

コミン達もホッと一息吐くのであった。



ソフィアが寮に戻ると、食堂ではクロノスが暖炉の前に敷いたばかりの毛皮に寝っ転がって書を開いていた、

「わっ、あんた何してるの?」

ソフィアは当然であるが大声を上げてしまう、

「おう、何って?あぁ、留守番だ」

「えっ、オリビアさんは?」

「ん、事務所に行ったぞ」

「そんな、あんたを置いて?」

「すぐ戻るらしい」

「あら、申し訳ない事をしたかしら?」

ソフィアは仕事が忙しかったかなと首を捻るが、

「あれだ、湯沸し器の納品日を知りたくてな、俺がせっついたんだ」

とクロノスは半身を起こす、

「あっ、そういう事・・・」

「そういう事だ、気にするな」

「そっ、じゃ、気にしない」

「ん」

気心の知れた者同士の気軽なやりとりであった、

「あっ、殿下来てたわよ、裏山に」

「ん、そうか、じゃ、どうするかな、留守番はもういいんだろ?」

「いいけど、ユスティーナ様とレアン様も広場にいるけどどうする?」

「ユスティーナ・・・クレオノートの細君か」

「そうよー、レアン様とは会ったことあるでしょ」

「そうだな、あの小生意気なちっこいのだろ?」

「・・・そうね」

「止めとくか・・・」

クロノスは少し考えて面倒だなと結論を口にし、

「ん、イフナースもいるのか?」

「そうよ、バッタリ会っちゃってね、ジャネットさんが紹介したみたい」

ソフィアは蹲っていながらも状況はしっかりと把握していたようである、結局あの有様はソフィアの遊びであったのであろう、精神的な衝撃は確かにあったが大したものではない、祖母と母に対する恨みつらみはあるがそれも口に出してしまえばその程度の事である、怒りや憤りというものはその根源を分析すればなんだそんなものかと鼻で笑えるようなものなのである、さらにそれを口にすれば不思議と悪心は大気に拡散してしまう、理解し発散させる、それが怒りを制御する賢い手法なのである、

「そうか・・・俺が行ったら余計に混乱するか・・・」

「そうねー、逃げといた方が良いかもね、そろそろ下りてくるだろうし・・・あっ、あんた、アケビ食べる?」

「アケビか、嫌いではないな」

クロノスは好きともよこせとも表現しない、アケビそのものは大変に美味しい果物なのであるが、実としての可食部は非常に少なく、種が多く食べにくい、さらに見た目も良いものではなく、口当たりも褒められたものではない、故に好き嫌いが大きく別れる果物なのである、恐らくクロノスはさして好きではないのであろう、ソフィアはそう受け取って、

「無理して食べるものでもないしね、裏山で採れたんだけど、殿下は喜んでたわよ」

「そうか、ま、好きにするさ」

「そうね」

とソフィアが厨房に戻りかけるとテラとオリビアが食堂へ入ってきた、ソフィアはオリビアに留守番の礼を言いつつ厨房から内庭へ出ると、

「まずは洗髪の準備、それから宴の用意だわねー」

と自身が昨日、調子良く思いついた事を少しばかり後悔しつつ井戸から魔法石を引き上げると樽へ水を溜めるのであった。
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