上 下
510 / 1,062
本編

51話 宴の始末 その10

しおりを挟む
事務所の厨房ではクレオの一時の調理が一段落し、事務室へ焼き立てのそれらを持ち込むと、ルルの土産用にと藁箱3つにギッシリと詰められた、

「こんなにいいんですか?」

「いいんじゃない?実家とおばさん用でしょ、それと御近所さん用として・・・うん、足りないくらいださ」

ジャネットが遠慮するなと微笑み、調理を手伝った一同もニコヤカに微笑んでいる、皆、最初は羨ましいとの声が多かったが、それは妬みの思いからではない、純粋に羨ましかったのである、特に日持ちのしない菓子を実家に送る事など難しいどころかほぼ無理であることは、それぞれがモニケンダムに来る道中で嫌というほど思い知った、最も交通の便が整っているグルジアでさえ実家のあるヘルデルへ荷物を送るとなると3日は見なければならず、さらに運送業者の気分と天候次第で長くなる事はあっても短くなる事はない、特別な輸送隊を組む事も出来るのであるが、土産程度それを仕立てるなど現実的とは言えなかった、

「じゃ、すいません、ありがとうございます、遠慮なく送ります」

ルルははにかんだ笑顔で皆を見渡し、皆はニコリと微笑み返す、

「ん、そうだね、そうするとあのおっきい伯父さんが来るの?」

「その予定です、昼過ぎくらいに来ると思うよってソフィアさんが今朝教えてくれました、アフラさんも」

「そっか、じゃそろそろだね、うーん、そうすると、あれか研究所に届けてしまおう、それが終わったらお茶会にしましょうか」

ジャネットが段取りを口にするが、クレオの一時を山と盛った大皿を前にしても、新入生達は鏡の方にチラチラと視線を奪われている、箱詰め作業中もそうであったがやはり巨大な鏡はその存在感を無視できるものではなく、まして年若い娘達である、色気より食い気と言うが、この場にあっては色気が勝ってしまっているようだ、

「ありゃ、そっちかー」

ジャネットはすぐに察して微笑むと、

「ま、気持ちは分かるな、うん、じゃ、どうしようかマフダっちと私とルルさんで運んじゃうか、リーニーさんは上に報告お願いしていいですか?」

「はい」

リーニーがサッと席を立ち、マフダとルルが3つの籠に別けられたロールケーキへ手を伸ばす、

「じゃ、あれだ、みんなはゆっくり鏡見てていいよー、ミナっち教えて上げてねー」

ジャネットも籠へ手を伸ばす、ミナが不思議そうにジャネットを見上げ、

「えー、なにをー?」

と純粋な疑問を口にする、

「なにを・・・って、そりゃそうか、うーんとあれだ、鏡の遊び方とか?」

「遊び方?」

「うん、ミナっち得意ださ」

「うん、分かったー」

ミナはピョンと飛び跳ねると鏡の前で物珍しそうにしている一同をかき分け、

「ほら、こうするのー」

と姿見に取り付いて、

「変な顔ー、どうどう?」

「わっ、凄い」

「うん、変な顔だー」

「キャー、可愛いー」

「でしょー、ほらほら、目が3つー」

「おお、そんな遊び方があるなんて・・・」

「ミナちゃん、天才だ・・・」

あっという間にキャッキャッと黄色い歓声が響き渡る、その声を背中に受けながらジャネット達は寮へと向かい、

「あー、留守番お疲れー」

食堂で書を開いているケイスに声を掛けた、

「あら、終わり?」

「うん、こっちはねー、手が多いからあっという間だったよー、ソフィアさんは?」

「まだですね、あっ、クロ・・・じゃなかったスイランズ様が来ましたよ」

「へっ、どうしたんだろう?」

「ソフィアさんを探してましたけど、寝てますっていったら、そうかって、戻りました」

「そっか、うん、わかった」

軽い報告を交わしつつ3階へ向かい、分かりやすい場所に籠を下ろす、すると、

「おや、なんだそりゃ?」

山と積まれた木簡の間からクロノスがヌッと顔を出し、

「わっ、スイランズ様、お疲れ様です」

条件反射でジャネットは直立不動で背筋を伸ばす、

「ん、お疲れさん」

クロノスは柔らかく微笑みつつ3人へ近寄ると、

「ほう、甘い匂いだな、菓子か?」

「はい、ユーリ先生から注文頂いたロールケーキでございます」

「ユーリか・・・これは下手に手を付けると痛い目を見るな」

ニヤリと微笑むクロノスである、ユーリの名が出なければ手を伸ばしていたのであろうか、やや意地悪そうに微笑むその顔はその懸念を見事に裏打ちしている、

「えっと、御所望であれば用意致しますが?」

ジャネットが察して問いかけるが、

「いらん、いらん、気にするな、それよりソフィアはまだ起きてこないのか?」

「はい、まだのようです」

「そうか、じゃ、まぁ、いいか・・・ジャネット、大荷物があるから持って来る、全て食い物だ、食糧庫に頼めるか?」

「はい、わかりました」

ジャネットはビシリと背筋を伸ばし、

「それと、ルル、ゲインも連れてくるからちょっと待ってろ」

「あっ、はい、ありがとうございます」

ルルもつられて姿勢を正す、クロノスはニコリと口の端を上げて奥へと向かった、

「?・・・あの・・・どこに行かれるんですか?」

マフダがその背を不思議そうに見つめてそっと二人に問いかける、ジャネットとルルはエッと驚いて顔を見合わせると、

「あー、正しい疑問だ・・・」

「そうですよね、私もびっくりしました・・・」

「あっ、そっか、ルルっちは通った事あるのかー」

「はい、こっちに来る時に・・・」

「へー、いいなー、羨ましー、私はソフィアさんに聞いただけなんだよなー」

「そうなんですか?何か皆さん普通に使っているのかと・・・だって、伯父さんとか先生とか涼しい顔ですし、こっちでは当たり前なのかなって・・・」

「それはないよ、だって・・・うん、あー、マフダっち、あれだ、研究所の秘密ってやつなんだわ」

マフダが不思議そうな顔のままジャネットの答えに小首を傾げた、

「ほら、ユーリ先生の研究?なもんで、なんか色々と凄いらしいのよ」

なんとも惚けた上に適当な説明である、マフダははぁーと気の抜けた声を発し、

「なもんで、うん、そういうもんだって事にしておいて、それと他言しちゃ駄目だよ」

とマフダの顔を不安そうに見下ろす、

「はい、その・・・良く分かりませんが、そういうのであれば」

「ルルっちもね」

ジャネットはルルへも確認し、

「はい、勿論です」

ルルは大きく頷いた、

「よし・・・そうだな、二人共あれだ、幸せになりたかったら絶対に黙っておくこと、変な噂とかも駄目だかんね、マフダっちは仕事続けられないし、ルルっちは追い出されるかもだし、最悪の場合は、ホントの本気で命の危険が危険になって家族にも迷惑かかるからね」

ジャネットの真剣な瞳と常とは異なる真面目な上にきな臭い忠告が二人に送られる、マフダとルルはゴクリと喉を鳴らして神妙に頷いた、

「よし、じゃ、マフダっちは事務所に戻ってもらって、少し遅れるって連絡お願いね」

「はい」

マフダは神妙な顔のまま背筋を伸ばし、サッと回れ右をして階段を下り、

「じゃ、どうしようか、下で待つのが良いのかな?」

「そうですね、はい」

ジャネットとルルも食堂へと下りた、すると、

「あ、ソフィアさん大丈夫ですか?」

食堂ではマフダが玄関へ向かう所で、ソフィアとケイスがニコヤカにおしゃべりしていた、ソフィアは大分体調は良さそうに見受けられ、その顔は緊張感の無いいつもの柔和なそれであり、ソフィアはジャネットとルルに視線を移すと、

「あー、ごめんねー、やっぱ歳ねー」

と柔らかく申し訳なさそうな笑顔を浮かべる、

「そんなー、ソフィアさんはまだまだ若いですよー」

「そうですよー、あれですユーリ先生が変なんです」

「寝るのは大事ですよー」

口々に優しく労わる言葉が浴びせかけられた、

「ふふ、ありがとう、たまに暴れるとこれだからね、普段から暴れてればいいのかしら?ユーリみたいに」

「あー、それはどうかと思います」

「うん、ユーリ先生が二人になったら私らが死んじゃいますよ」

「ユーリ先生ってそんなに凄いんですか?」

「そりゃもう凄いの凄くないのって・・・む、居ないよね?」

ジャネットはサッと階段を振り返る、

「あっはっは、ジャネットそれは酷いよー」

「いや、ユーリ先生の事だから、ほら、他人事言ったら茶を点てろって言うじゃん」

「そうだけどー」

「それにユーリ先生だよー」

「こらこら、あまり言ってるとホントに来るわよ」

ソフィアも笑いつつ場を納めると、

「さて、ミナとレインは?」

「事務所でお茶してます、お菓子作りを手伝って貰いました」

「あや、子守りもさせちゃったか、ごめんなさいね」

「全然です、それと、クロノス様が来ます、何か大荷物があるって言ってました」

「えっ、なんだろう?」

「食料がどうのって・・・」

「あー、それはありがたいわねー」

「はい、なので、どうしようかな?ルルさんは伯父さん待ちだよね?」

「はい、そうですね」

「じゃ、任せていいですか?私とケイスはむこうに合流した方が良いかなって?」

「ん、分かった、ありがとね」

ジャネットとケイスはソフィアの様子に安堵したようで、二人並んで玄関へ向かいつつ、

「ミナちゃんも安心だねー」

「そうだねー、でも、お菓子作りで機嫌良くなったよ」

「そうなんだー、ミナちゃんも現金だなー」

「ねー」

と二人もそれなりにソフィアの事を心配していたのであろう、足取りも軽く事務所へ向かった、

「じゃ、少し待つか、あっ、お土産は大丈夫?」

「うふふ、これがあれば完璧です、美味しく出来ましたから、絶対です」

ルルは大事そうに小脇に抱えていた藁箱をテーブルにそっと置いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

悪行貴族のはずれ息子【第1部 魔法講師編】

白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン! ★第2部はこちら↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/450916603 「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」 幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。 東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。 本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。 容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。 悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。 さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。 自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。 やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。 アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。 そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…? ◇過去最高ランキング ・アルファポリス 男性HOTランキング:10位 ・カクヨム 週間ランキング(総合):80位台 週間ランキング(異世界ファンタジー):43位

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...