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本編

51話 宴の始末 その2

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「あによ、しっかりしなさいよ」

「してるわよ」

「してないわよ」

「してるでしょ」

「してないったら」

「してないよー」

「だよねー」

「もー、ミナまでなによー」

「だってー」

「ねー」

その日の朝の面子はひと味違っていた、レスタの姿が増えた事もそうであるが、あのユーリが早起き組の中に加わっている、

「徹夜ぐらいどうってことないでしょ?」

「あー、あんたと違って私は寝なきゃ駄目なの知ってるでしょー」

「そうだろうけど、冒険者の時は二晩程度は余裕だったじゃないの」

「何年前の話しよ」

「3年くらい前?」

「具体的に言わないでよ」

「正確に答えたまでよ」

「むー・・・どっちにしろ、もう若くないんだら寝るのが大事なの」

「少しは寝たんじゃないの?」

「それは少しは・・・ね」

「あー、それが駄目なのよ、下手に寝ると身体がより睡眠を欲するんだわ」

「それは分かってるけど、耐えられないの」

「耐えなさいよ」

「無理」

「簡単に言うな」

「言う」

ユーリとソフィアの遠慮の無い遣り取りにルルとオリビアは呆れ顔となり、レスタはオロオロと皆の表情を伺う、サレバとコミンは完全に他人事と無関心であり、グルジアは鏡の前で身繕いに集中しつつも耳をそばだてていた、ミナはムーと怒り顔でレインはどうでも良いと無関心である、そこへ、

「おはようございます」

テラがいつもの調子で顔を出す、食堂にいる面々と朝の挨拶を交わしつつ、

「あら、ユーリ先生早いんですね」

ニコリと微笑むと、

「そうなのよ、昨日の始末で徹夜になっちゃって」

「あら、それは大変」

「まー、私はほら、誰かと違って若いからね、3日程度は寝なくていいからさー、ほら、誰かと違ってー」

ユーリは嫌らしい瞳でソフィアを横目に睨み、

「はいはい、若い若い、偉いわねー、若いって、う・ら・や・ま・し・い・わー、若いってー」

ソフィアも売り言葉に買い言葉と睨み返す始末である、テラはアチャーと朝だというのに妙に白けた雰囲気だったのはこういう事かと苦笑いを浮かべ、

「もー、先生と寮母さんが喧嘩してたら生徒さんに良い影響は無いですよ、お二人ともお疲れなのは分かりますが良い大人なんですからしっかりして下さい」

珍しくも苦言を呈し、生徒達はおーっと歓声を上げ、ソフィアとユーリはウッと言葉を無くした、

「全くだ、テラさんは人が出来ておるのう」

レインの達観した呟きが食堂に響く、それが止めとなったのか、ソフィアは、

「そうよね、ごめんなさい」

小さく謝罪の言葉を口にして、

「・・・返す言葉もないわね、失礼したわ・・・」

ユーリも小さくなって反省した様子である、

「ふふ、あっ、皆さんは見物に行かれるんですか?」

二人の様子にテラはこれで大丈夫と微笑みつつ、話題を提供する、朝から暗い状態ではその日一日が陰鬱としてしまうものである、楽しく明るい前向きなおしゃべりは若者の朝にとって最も大事な活力源となるであろう、

「あっ、そうですね、ジャネット先輩が案内して頂けるそうです」

ルルが嬉しそうに顔を上げる、

「そうなんですか、それは良かった」

ニコニコとトレーを手にしていつもの席に座る、

「はい、学園の案内も出来ればするって言ってました」

サレバも明るい言葉で口を挟む、

「案内ですか?」

「はい、あの、初めて学園に行くと大概の人が迷うからって、なんか恒例行事らしいんですよ」

「恒例行事?」

「はい、迷子の新入生」

「あら、それは面白い、そんなに複雑なんですか?学園て?」

テラはオートミールを一口舐めて、塩の壺に手を伸ばす、

「そうですね、元々城であった所を改築して作ったらしいので、中は複雑なんですよ」

オリビアが食事を終えて静かに答える、

「えっ、お城?」

「はい、歴史の授業で習うんですけどね、なんでも・・・」

オリビアが静かに学園の歴史を口にする、それはそのままモニケンダムの歴史でもあった、モニケンダムは王国内でも比較的に新しい街である、その歴史は200年前の帝国の都市の崩壊と共に始まったと言って良い、200年前このモニケンダムと東にある巨大な都市が破壊されたと言われており、その理由は定かではなく、歴史家が様々に論じているが、正確な記録に乏しい為これが決定とされる要因は不明である、しかし、実際に都市は破壊され、その遺構は水道橋と下水道として残っているのみである、地上にあった建物は軒並み崩れ落ち、住人達もその多くが死亡したと考えられている、その俗に大破壊と呼ばれる現象の後に入植したのが現在のモニケンダム市民の祖先である、その祖先たちは現在の王国領内の様々な地域から集まったとされていた、当時は小国に別れ互いに紛争を繰り返していた為に生活の場から追いやられる者も多く、さらに野望を抱いた若者や、故郷に居れなくなったはぐれ者が入植者の多くを占めていた、故に当初は荒んだ街であったと記録にはある、しかし、入植者達は地道に立て直しを続け、20年も経つ頃には立派な街になったらしい、それはある指導者の力量ともされている、モニケンダムの開祖として名高いアサー・モニケンダムその人の事である、アサーはその卓越した人心掌握術と指導力によって荒くれ者達を束ねあげさらに法を布いて入植者達を支配すると、破壊された瓦礫を元にして城を築き、街を整備した、農地を拡げ、見事に街を作り上げる事に成功したのである、さらに自分の名前を町の名とする程に力を持った、それ程の実力者であったがアサーは戦は弱かったとされている、ほぼ無から造り上げたその街は北にあるコーレイン王国、現在のヘルデルから執拗に狙われる事となる、数度の戦の後、アサーは戦場で没し、モニケンダムはコーレイン王国の軍門に下った、その後領主として派遣されたのが現在のクレオノート伯爵家の祖先にあたる人物である、それから暫くの間はコーレイン王国の傘の下、順調に街は発展していたが、コーレイン王国とグランセドラウル王国との戦争が始まり、それはあっさりとグランセドラウル王国の勝利で終わった、その後、コーレイン王国はグランセドラウル王国傘下で公爵としての地位を与えられ、モニケンダムもまたグランセドラウル王国に支配される事となる、そしてこの戦争時の賠償としてモニケンダムの城は接収される事となった、当初、グランセドラウル国王はこの城をそのまま軍の要塞として活用する事を考えていたとされるが、東に広がる荒野とほぼ同胞としてよいヘルデル、南は山岳地帯に挟まれたその地政上、モニケンダムには軍団を置く必要が無いと考えを改めたらしい、それは代々のモニケンダム領主も同意見であったらしく、モニケンダムには当然あるべき城壁も無かった、実際にモニケンダムはヘルデルとの戦争はあったが、その他の地域から攻められた事は無く、であれば、城は城として使わずに他の施設として活用するのが良かろうと、モニケンダム領主とも相談の上、王国立の学園として生まれ変わる事となる、それが約70年前の事であった、しかし、元来城として作られ、改築され続けた建物である、見晴らしの良い小高い丘の上に建てられたその城は学び舎として使用するにはかなり無理があった、その為学舎とする為の改築には時間を要し、学園として機能し始めたのはそれから5年後の事である、

「へー、流石オリビアさんねー、ちゃんと勉強してるじゃない」

ユーリが嬉しそうに微笑む、やや長口上となってしまったが、オリビアは訥々と説明し、生徒達はおろかテラもその語り口に感心している、

「それはもう、メイドは歴史の勉強は必修ですから」

オリビアは話疲れたのかフーと吐息を吐いた、

「あー、そうだよねー、歴史と爵位と力関係と縁戚関係だっけか、メイドさんも馬鹿じゃ出来ないからねー」

「そうなんですよ、お嬢様に恥をかかせるわけにはいきませんから」

オリビアはフンスと鼻息を荒くし、

「ふふ、オリビアさん、偉いです」

テラがニコニコと微笑む、

「ねー、私もこっちに来てから勉強したのよ、ちゃんとした歴史なんて田舎じゃ教えてくれる人なんかいなくてね」

「えっ、そうなんですか?」

「そうよー、取り敢えず全部の教科書借りて片っ端から読み込んでね、魔法学の講師だからっていっても他の学問も入れておかないと示しってものがつかないじゃない?」

「へー、そういうもんなんですか?」

「そりゃそうでしょ、学生よりもの知らずな先生に教えて欲しくないじゃない」

「あー、そうかもですねー」

「だしょー」

ユーリの、自身の職業に対する真摯な向き合い方に生徒達は先程の痴態はすっかりと忘れて感心している様子である、そこへ、

「おあよー」

エレインが階段から下りて来た、遠慮なく大口を開けてあくびをし、左手でお腹を掻き毟る、

「お嬢様・・・」

オリビアはガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、皆の呆気に取られた視線がエイレンへ集中した、

「んー、どしたー」

ここ数日は朝であってもしっかりした様相であったが、今日は特別にだらしない、

「どしたじゃありません、なんですか、その有様は」

「んー、ほら、昨日は遅かったじゃん」

「じゃんじゃありません」

オリビアはノシノシとエレインに近寄りその手をむんずと掴むと、

「お顔を洗いましょう、しっかりなさって下さい」

「あー、そのつもりよー、大丈夫ー」

「だいじょばないです」

オリビアとエレインはそのまま井戸へ向かい、

「あー、エレインさん夜更かしかしら?」

「そうですねー、内庭で遊んでましたよ昨晩は・・・」

「あー、遅くまでうるさかったですしね」

「そう?」

「はい、酔っ払いの声が響いてました」

「あー、それもあったかー、いつもは静かだからねー」

「・・・オリビアさん報われるといいですね・・・」

「それは大丈夫でしょ、エレインさんはしっかりやってるから」

「そうですね、朝くらいはだらしなくてもいいと思いますよ」

テラが優しく微笑んで、テラさんがそう言うなら良いのかなと、生徒達は傾げた首を元に戻すのであった。
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