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50話 光柱は陽光よりも眩しくて その11

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「すると、昨日話していた四角の結界というのはどうしたのじゃ」

「はい、それはこれの外側になります」

ソフィアが六芒星の外に四角を書き加えたと同時に、

「あっ、いらっしゃいました」

サビナが校舎からユーリを先頭にして王族の一団が歩いてくるのに気付き、

「おっ、これはいかん」

学園長と事務長はサッと姿勢を正し恭しく頭を下げ、ソフィア達もその背後に並び二人に倣った、

「学園長、邪魔をするぞ」

畏まる一同に朗らかな国王の声が掛けられ、

「御機嫌麗しゅう、陛下」

学園長が代表して定型の挨拶である、

「うむ、皆表を上げよ、畏まる事は無い」

国王の鷹揚な声が響きソフィア達はそれでもゆっくりと頭を上げる、国王は紫色のローブを纏っていた、本日は市井には下りないとの判断からであろう、その隣りにはイフナースがおり、クロノスはその背後、さらにウルジュラがニコニコと楽しそうに笑顔を浮かべている、さらにリンドとアフラ、ヨリックとブレフトら従者の姿もある、他にも数人ソフィアにとって馴染みの無い顔が並び、近衛の騎士の姿も当然のように在る、王国の訪問団として相応しい陣容と言えよう、さらに一行の最後列にはゲインの姿も在った、クロノスの側仕えとしてついて来たのであろうか、皆王の手前厳めしい表情を崩さない、クロノスですら仏頂面である、ウルジュラの微笑みがまさに花のように感じられる一団であった、

「それで、見る限りでは何もないように見えるが、どういう事かな?」

国王は修練場を睥睨し学園長に問いかける、

「はい、確かに、正直な所私にも今そこにある魔法の叡智は視認できておりません」

学園長も修練場を見渡して残念そうに答える、

「ほう・・・どういう事だ?」

「はい、私はそちらの技術に関してはまるで足りておりません、先程迄ソフィアさんに講釈頂いておりまして、それでも疑問が尽きないほどで、お恥ずかしい・・・」

「魔法学園の学園長としてそれはいかんな」

突然一団の中からしわがれた声が響く、

「なに?」

学園長がこの声はと驚いて振り向き、国王はニヤリと微笑む、

「陛下、お言葉を遮りまして申し訳ございません」

濃紺のローブを纏い厚いフードで顔を隠した小柄な男性が静々と歩み寄る、

「構わん」

国王は簡単に容赦し、

「ありがとうございます、陛下」

男は国王の隣りに立つと、

「ふむ、これはまた大層な・・・ふふん大したものだ・・・のう?」

深く被ったフードの為に視野が極端に狭くなっているその男は、大きく背を反らして修練場を一望している様子である、学園長はまったくと毒づいて、

「なんの真似だ、ロキュス、お前、ローブなんぞ陰気で好かんと言っておったろうが」

ジロリとローブの男を睨み、ソフィアは、あーロキュスさんかー懐かしいわねー等と他人事のように眺めていた、

「ほっほっほ、そう言うなこっちは寒いと聞いたもんでな、側にあったから羽織っただけじゃ」

男はフードをあっさりと脱ぐとその輝く頭と深い皺の刻まれた顔を表し、

「久しぶりじゃのう、壮健であったか?」

「ふん、お前さんまで来るとは聞いておらんぞ」

「陛下のお付きの者を申告する義務はなかろう」

「むう、しかしだな」

「しかしも何も無いわ」

「あるわい、こっちにだって心づもりというものがあろう」

「何じゃ、儂が来たら逃げ出すのか?」

「逃げるとはなんじゃ」

「逃げるは逃げるじゃ、昔のようにのう」

「むう、いつ逃げたー」

老人二人が急に子供じみた言い合いを始め、国王以外は皆渋い顔となる、止めようにも止められるのはこの場にあっては立場上国王しかいないのであるが、国王その人は何とも楽しそうに二人の諍いを眺めている、

「なんだ、忘れたか、もう呆けたのか?」

「呆けたのはお前の方じゃろ、儂は逃げた事などないわ」

「ほう、フィロメナが帰ってこないとブー垂れてじゃぞ」

「むっ、あいつは関係ないであろう」

「お・お・あ・り・じゃ、幾らこっちが忙しいと言ってもな、帰ってこない、招きもしないではいい加減愛想つかされるぞ」

「文は送っておる」

「生存確認に丁度良いと笑っていたがのう」

「むー、じゃから」

どうやら口論は身内の話しになってきた様子で、国王は流石に呆れ顔となり、

「その辺にしておけ」

呟くように二人を諫めた、老人二人はムウと唸って畏まり、

「でだ、お前さんから見たらどうだ?」

国王はロキュスに改めて問う、ロキュス・ボックは王都にある魔法学園の創設者であり最高責任者である、ボック魔法学園とその名を関した学園は新興ながらも魔術に関して特化した学園として王国に名を轟かせており、先の大戦時に於いても自らが魔術師を率いて前線に立った、その功もあって現在は王国の魔術指南役としての席を与えられ国王含め騎士団からの信任も厚い人物である、さらに、アウグスタ学園長とは同じ師匠に師事した兄弟弟子でもある、ほぼ同期の二人は互いに切磋琢磨したが、ロキュスは魔術に傾倒し、アウグスタは学問に傾倒する事となる、さらに厄介な事に二人の妻は姉妹であった、つまり、公的には義兄弟の間柄である、さらに困った事にこの姉妹はとても仲が良い、3日と開けず顔を突き合わせている姉妹であるが、そうなるとどうしても、アウグスタの妻の愚痴はそのままロキュスの耳に入る事になる、その逆もまた然りなのであるが、アウグスタは言わば単身赴任の身である、家庭の事を話題に出されてはまるで太刀打ちが出来ないし、ロキュスの醜聞を新しく耳に入れる事も出来ない、先程の口論を続けていたならばやがて最近の話題から若い頃の悪戯へと激化していった事であろう、それはそれで面白そうではあるが、人前どころか国王の前でやる事ではない、

「はい」

ロキュスはわざとらしく咳払いをすると、

「私から見ますと、幾本もの魔力による柱が感じられます、しかし、これはそう意図して築かれたものではなく、障壁または隔壁のような魔力と魔力の接合点における現象であると推察します、あの棒ですか?あれを中心として構築されておりますが、あの幼児、あの二人のいる位置までが陣として機能していると思われます、さらに言えば、これを数倍大きくした結界陣をかつて見た事がありますな、その際には戦術としては無駄に終わりましたが、魔術を抑え込むという役割は十全に果たしたと記憶しております」

そこでロキュスはニヤリと微笑みつつ、

「であろう、ユーリさん、ソフィアさん」

急に名を呼ばれた二人はビクリと背筋を伸ばし、

「そうですね、お久しぶりですボック団長」

「まったく・・・人が悪いのは変わらないですね」

ソフィアはかつての名を呼び、ユーリは軽く憤慨して見せる、

「うむ、久しぶりじゃのう二人とも、いや、陛下からお話しを伺ってな、元気そうでなによりじゃ、するとあれか、もしかしてあそこに見えるのはあの時の幼児かな?」

「はい、ミナです」

「ほう、あやそうとしても泣くばかりであったがな、うん、流石に引っ付いてばかりもいられんか」

ミナがタロウの胸から離れなかった事を言っているのであろう、大戦時のロキュスは最前線である事と一指揮官としての重責もあってかタロウやソフィアらには一線を引いた対応であった、実際魔術師を率いるに辺り多大な心労もあったのであろう、参戦時には豊かであった白髪がすっかり抜け落ちる程であった、そこに冒険者風情が素っ頓狂な案を持ち出しては鼻白むのも無理はない、当時のソフィアやユーリは勿論、クロノスでさえその対応の粗雑さに腹を立てたものだが、タロウの、ならやって見せれば良いのだ、との実にあっさりとした一言でソフィアとユーリとタロウはどうせ見えないのだからと戦場を覆う程の結界を構築し、それを感知できたロキュスを含む数人の魔術師はその桁違いの魔力を前にしてクロノス一派に一目置かざるを得なくなった、しかし、ロキュスの言にある通り、魔術に関しては魔族の方が数歩先を行っている、故にタロウの目論む結果に繋がる事は少なかったが、魔法による被害は大きく減少する事となる、結果、戦場は組織された兵と組織されていない兵とのぶつかり合いになる事が多くなり、そうなれば規律ある軍として動いている王国軍が有利になる、劣勢であった王国軍はじりじりとその戦線を押し上げる事が出来たのであった、その後、クロノス一派の活躍により魔王打倒の悲願が叶い、クロノスが英雄として祀り上げられる事となる、その段階でやっとロキュスの肩の荷が下りたのであろう、ユーリとソフィアとタロウを自分の学園に講師として招きたいと誘う程に関係は良好な物となった、しかし、ユーリは王都はゴミゴミしていて嫌だと言ってクロノスの下で復興作業を手伝う事になり、ソフィアとタロウはミナを連れて放浪の旅に出る、ユーリはその後アウグスタの草廬三顧とクロノスらの勧めもあってバーク魔法学園で教鞭と研究職に就くが、ロキュスはその報を知って悔し涙を流したらしいとアウグスタづてに耳に入った、アウグスタはしてやったりと嫌らしい笑みを浮かべていたが、ユーリは何の事やらと他人事であったのを憶えている、

「もうすっかり離れてますよ、あれからもう3年ですもの」

「そうだな・・・で、ユーリさんがいるのは分かるがソフィアさんまでもとなると・・・陛下、このお二人は丁重に王都にお連れしませんと、王国の損失ですぞ」

過大とは言えない正当な評価である、

「分かっておる、しかし、今はなクロノスが上手い事付き合っているのじゃそれで良しとしよう、今はな・・・」

国王は含みのある笑みを見せ、ロキュスも意味ありげに微笑む、国王はそうは言っているが現状維持が得策であると認識していた、権威に魅力を感じない者は制御しようが無いと国王は経験的に学んでおり、特にソフィアに関しては権威に対して執着どころかどこか嫌っている感さえある、ユーリはそれほどでは無いが掴みどころの無い人物である事に変わりなく、権威を立てる事は出来るのであるがやはり拘泥する事は無い、よってクロノス一派に関してはクロノスをこちら側に付けておけば気紛れに益を齎しつつ反逆する事はないであろうとの判断である、実際にイフナースの件では親身になっており、王妃達とも仲良くやっているのである、それを徒に壊す必要は無い、レインの件もある、これが最も頭の痛い所であるが、国王であっても対処のしようが無い問題である、しかし国王としてはロキュスの手前含みが有るように見せている、そうでもしておかないとロキュスやその取り巻きに要らぬ噂を立てられかねない、統治者としての権謀術の一つである、考えがあるように見せて明言しない、これは上手くいけばそれで良く、そうでない時は雑言を口にした者を叱責できる実に便利な手管である、

「では、そうだな、ユーリ先生、説明を頼めるかな?」

国王に名指しされたユーリは小さく頷き進み出る、

「失礼致します、私から今回設置した結界について説明致します」

余所行きの声音でユーリが解説を始めた。
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