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47話 沈黙の巨漢 その9

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「可愛いー」

「じゃろう」

「ニャンコ?ニャンコでしょ?」

「そうだぞ、分かったか?」

「分かったー、かわいいねー、綺麗だねー」

レアンとライニールが寮を訪れると、レインが二人を出迎え、すぐにソフィアが顔を出す、食堂に落ち着いた2人は、まずはとミナとレインの前に小さな箱を二つ差し出した、中身は猫の意匠の銀食器である、ミナは勿論だがレインもこれは素晴らしいと息を吞む、

「銀食器ですか、美しいですねー」

ソフィアもまた素直な感嘆の声を上げた、

「ふふん、どうじゃろう、取り敢えずここまでは作れたのじゃ、エレイン会長にも認められてな、商品として取扱う事となったのじゃ」

レアンは得意満面で説明する、

「それは良かった、ふふ、これなら売れるでしょうね」

「勿論じゃ、目にした物は皆魅了されておるからのう」

「触っていい?」

「勿論じゃ、手触りも極上じゃぞ」

ミナの小さな手が銀食器に伸びる、両手で慎重に持ち上げて頭上に翳し、

「ホントだースベスベだー、ピカピカでスベスベだー、えへへー、可愛いし綺麗だなー」

ミナは極上の笑みで銀食器のスプーンを見上げ、レインもその隣りでナイフを手にすると、

「ほう、これは良いのう、適度な重さじゃな、うん、銀も良い物を使っておるの」

「分かるか?ふふん、クレオノート家で作らせた代物じゃからな、手抜きは一切許さんのじゃ」

レアンは踏ん反り返って御満悦となる、

「での、こちらもあるのじゃ」

レアンが目配せすると、ライニールは慎重に運んできた大きく平らな木箱をソフィアの前に差し出す、それは、先程エレインに披露した物と同じものであった、

「どうぞ、ご確認下さい」

ライニールはうやうやしく蓋を開け、

「まぁ、こんなに、頑張りましたねー」

ソフィアは鎮座する銀食器を見つめ、思わず幼稚とも思える誉め言葉を口にした、

「そうなのじゃ、最初にな、職人達がこの花の意匠を作ってな、であれば、と葉と蔦を作ったのじゃ、での、ガラスペンじゃな、あれを見てな、羽も良かろうとなってな、で、可愛らしいものがないなと思い立ってのう、ニャンコが出来たのじゃ」

レアンは喜々として開発の過程を語り出す、それぞれの意匠を指差しながら熱の籠った口振りであった、

「へー、なるほど、これはいよいよ食事風景が美しくなりますね」

「うむ、その点もな、母上とライニールと料理人もじゃが、皆で研究中での、驚くほど興味深いものになっておるぞ」

「そうなんですね、ふふ、素晴らしいです」

「じゃろう、そうだのう、もう暫くしてから招きたいと考えておるのだが・・・どうだ、受けてくれるかな」

レアンはジッとソフィアを見つめ、ソフィアはあらっと軽く首を傾げつつ、

「そうですね、その・・・堅苦しくなければ、ほら、ミナもレインも困るようでは困ります」

ソフィアはニコリと微笑んで答える、

「うむ、そうじゃの、その点は難しい所なのじゃが・・・うん、対処いたそう、のう、ライニール」

「はい、子供でも大人でも楽しく美しくと考えております、難しい事なのですが、食事会とは親交を深めるもの、それが第一と考えております」

ライニールが静かに答える、

「そうね、でも、貴族様同士だとどうしても形式ばったものにならない?」

「そこはそれ、その形式を尊重しつつ、料理でもてなすのが主の役目じゃ、それは今もなんら変わらんぞ」

「そういうものなんですね」

「そういうものじゃ」

レアンはフンスと鼻息を荒くし、

「で、じゃ、先程エレイン会長とも話してな、少し難しい顔であったが・・・うん、こちらの品を謝礼として受け取って欲しいと思うのだ、それと、そっちの二つは私からミナとレインへの贈り物じゃ、どうだろう?」

レアンは木箱を指しつつ不安そうに切り出した、エレインからソフィアはこの手の報酬はどういうわけだか受け取るのを嫌がると助言され、それはまたとレアンは眉間に皺を寄せたが、テラからも同様に財貨を受け取りたがらない人なのですよと説明され、そういう人もいるのかと訝しく感じたが、話せば分かる人でもあると二人の進言もあり、とりあえず、単刀直入にぶつける事とした、すると、案の定と言うべきか二人の言葉通りである、ソフィアはなんとも渋い顔となった、それは遠慮する時の申し訳ないといった顔ではない、めんどくさい事をという忌避の顔である、レアンはなるほどこういう事かと思い知り、取り敢えずとソフィアの言葉を待った、

「・・・そんな・・・こんな高級な品を・・・畏れ多いですよ」

大人らしく静かに遠慮の言葉を口にするソフィアである、しかし、レアンの見る所、遠慮ではなく嫌悪の顔である、レアンは大きく鼻息を吐き出しつつ、

「・・・そう言うと思っておった、こちらの品はソフィアさん、あなたが4本フォークを見せてくれたお陰で出来た品なのだ、これはクレオノート家は勿論、私からの謝礼の気持ちもある、快く受け取って欲しいのだが・・・」

「そんな、それこそ過大評価です、私も見た物を再現したに過ぎません、そのうちどこかの誰かが同じようなものを作った事でしょう、大した事ではないですよ」

「それも聞いておる、しかし、功績は功績じゃ、こちらの品の販売に関しては当家も利益を得る事となっている、伯爵家が功績を軽んじる事などできるわけもない、我々としてはせめてこちらの品を受け取って貰わねば面目が立たんのだ」

「それは、そちらの都合でしょう、私は高価すぎる品は相手が誰であろうと断る事と決めております」

「高価すぎるというわけではないぞ、一本辺り銀貨3枚程度の銀しか使っておらぬ」

「そういう意味ではありません、お礼というのであれば言葉と気持ちだけで結構だと申し上げているのです」

「しかしだな、そのような形にも財にもならぬものには価値がないであろう」

「いいえ、私にとっては十分です、レアン様とライニールさんの嬉しそうな顔だけで礼としては過分と思っておりますよ」

「・・・だから・・・むぅ」

頑として厳しい顔のソフィアに、流石のレアンも言葉を無くした、ライニールも口を挟むべきかどうか思案しつつ、これは火に油だなとキッと口元を引き締め、ミナは喧嘩なのかなと悲しそうにキョロキョロと二人を見比べる、

「・・・まったく、ソフィアは妙に頑固だからのう」

暫しの沈黙を破ったのはレインである、手にした銀食器を箱に戻しつつ、

「そうじゃのう、折衷案じゃな、お嬢様、これはソフィアに預ける事としたらどうだ?」

「どういう事じゃ?」

「ソフィアは預かっておいて、そうだのう、お嬢様が食事に来た時はこれを使えば良い」

「なによそれ?」

レインは二人の顔を交互に見つつ、

「じゃから、それで面目が立つであろう、お嬢様は礼としてソフィアに預ける、ソフィアは貴族の歓待にはこれを使う、それだけじゃ」

「そんな適当な事言って・・・」

ソフィアが鼻白むが、

「ソフィー、お前さんは素直に受け取っておけと言っても聞かんのであろう?しかしな、立場を考えれば断る事そのものが大変に無礼な行為じゃ、そうであろう?それにな普通であれば遠慮しながら受け取るべきものじゃ、それが人の流儀なのであろう?そう聞いておるがのう?」

「そりゃそうだろうけど、私は・・・」

「じゃから、ここはお前さんが折れる所じゃぞ、こんな事でミナの友人を失う必要もないであろう、なぁ」

レインはミナの頭を撫でつける、ミナは尚、不安そうにレアンとソフィアを見比べていた、

「・・・ミナをだしにしないでよ」

「ふん、得物と人はあるもの使えじゃ、それにな、お嬢様の顔を立てるのも友人の務めだしのう」

レインはニヤリとレアンへ微笑み、レアンは強力な援軍を得たとほくそ笑む、

「それにな、この銀細工、気に入ったぞ、これは儂らが貰って良いのであろう?」

「勿論だ、私のとお揃いだぞ」

「えー、そうなのー?」

「当然じゃ、かわいい柄が欲しくてのう、わざわざ意匠を考案したのじゃ」

「へーへー、すごーい、かわいいね、ね?」

ミナもここぞとばかりにソフィアへ訴えかけ、その若干泣きそうな顔をソフィアは見下ろして、

「・・・まったく、では、そうですね、レアン様やユスティーナ様がこちらで食事をなさるときにはこちらの食器を使わせて頂きます・・・それでいいかしら?」

やれやれと両肩から力を抜いて矛を収めた、

「うむ、それで良いぞ、レイン、手間を掛けさせたな」

レアンは漸く安堵し嬉しそうに微笑む、ライニールもホッと一息吐いた、

「ふん、ソフィアは頑固だからな、こいつに何かあれば儂に相談せい」

「レーイーン」

ソフィアの冷たい視線がレインに向けられ、レインは、

「それよりじゃ、早速、こちらの食器を使ってみたいのう」

「そうだね、ね、えっと、リンゴ、リンゴ食べたい、これ使いたい」

レインが誤魔化し、ミナも明るくはしゃぎだす、ソフィアはもーと呆れつつ、

「はいはい、じゃ、待ってなさい、お嬢様もお茶にします?」

「む、茶は先程頂いて来た所じゃ」

「じゃ、お二人も林檎でいいかしら?」

「うむ、昨日のブドウもリンゴも絶品じゃった、栗はまだじゃが」

「栗もおいしいのよー、えっとね、えっとね、ソフィーがね、焼いてくれたの、ホクホクで、甘々なのよー」

「む、焼き栗か、いいのう」

「うん、美味しかったー」

「そうか、ライニール、今夕のデザートはそれじゃな」

「料理長にお任せしてあるでしょう」

「ミナが美味いというのじゃ、試さねばならん」

「分かりました、戻りましたらそのように」

「うむ」

すっかり調子を戻した様子の一同を背に、ソフィアはまったくと微笑みつつ厨房へ向かうのであった。
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