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47話 沈黙の巨漢 その5

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その後ミナとテラに見送られレアン一行が事務所を辞した、明日も来るぞと名残惜しそうなレアンにミナは飛び跳ねながら待ってるーと大声を街路に響かせ、テラは一行の馬車を見送り、ミナとレインは満足そうに寮へと戻った、

「どんな感じ?」

テラが店舗を覗く、研修中の二人に加え店番の生徒部が3人、明るく接客に従事している、

「いつも通りです」

にこやかに答える年若い女性の甲高い声が返ってきた、その言葉の通りである、店舗は行列こそ出来ないが注文は続けざまに入っている様子で、調理を担当しているリーニーも接客を担当しているカチャーも忙しそうである、腰掛けには数組の家族連れが席を占め、美味しそうにベールパンにかじり付く幼子を、ソーダ水を片手に優しい瞳で見下ろす母親の姿が何とも微笑ましく見える、学園が休みである為生徒達の来客は望めなくなるであろうとテラは危惧していたのだが、どうやらそのような事も無さそうで、学生と一目で分かる集団が店先でブロンパンを片手にたむろしつつ、髪留めにご執心のようであり、その隣りではやや場違いな感もあるが、職人風の男が泡立て器を手にして何やら悩んでいる様子であった、疲れた顔で帰宅の途に就く影が増えてきた街路において店舗の周りだけが活気に満ちていた、まさにいつも通りの光景である、

「そのようね、リーニーさんとカチャーさんに上がって貰ってもいい?」

「はい、大丈夫と思います」

「じゃ、事務所に来るようにお願い」

「はい、リーニーさん、カチャーさん、今日は上がりですって、後は事務所にお願いします」

会計を担当していた従業員が二人に声をかけ、それと同時に従業員へと仕事は引き継がれたようである、テラはその様子を確認しつつ事務所へと戻り、

「リーニーさんとカチャーさんを呼びました」

木簡へ視線を落とすエレインへ報告する、

「ありがとう、お店はどう?」

「いつも通りですね、生徒さんが来ない分暇になるかと思ったのですが杞憂のようです」

「そっか、それは嬉しいわね、お二人はどんな感じ?」

「まずまずではないですか?店舗に関しては仲良くやるのが一番と思いますし、現状のように忙しければ喧嘩等している暇も無いと思いますし」

「確かにね、忙しいとそうよね、暇は何にも勝る害悪よね」

「全くです、暇は毒ですから、さて、では、お茶を淹れましょうか?」

「オリビアに頼んだからいいわよ、それよりも、昨日と今日で思った以上の注文なのよね、対応できるかしら?」

エレインが手にした木簡は2枚、それは所謂注文伝票である、商品名と数量、単価と合計金額が記され、昨日分にはアフラの記名、本日分にはライニールの記名がある、

「確かに予想以上ではありますね」

テラはエレインの対面に座ると、

「ブノワトさんと打ち合わせた感じですと3面鏡以外は順調に製作されている様子ですよね」

「そうね、ヘッケルさんとメーデルさんで完結できる品はそうなのよね、鏡台に関しては多めに発注してありますが、この調子だとあっという間に在庫が無くなる可能性がありますわね」

「やはり、3面鏡台こそ売れる品であったのでしょうか、見積が甘かったかもですね」

「実際の所一番使い勝手があるように見えますからね、それに自分だけの居場所を確保できるのも良いのですよ、王妃様達は家具職人に依頼するかなと胸算用でしたけど、考え過ぎたかしら?」

「恐らくですが、それは次の次くらいで良かったかもですね、対応可能である事は明言しつつ・・・そうですね、額縁のように机だけを作っておいて選んで頂くのはどうでしょう?」

「・・・なるほど、それもいいわね」

「はい、3面鏡の部分はブラスさん曰く簡単に外せるように細工してあるとの事ですし、であれば机も何種類か作っておいてお好みの品を選んで頂くような・・・こうなるとあれですね、3面鏡の方にも種類が欲しくなりますね」

「3面鏡の種類・・・なるほど、そちらも選べれば面白いわね、額縁のような装飾のあるものとか、簡素なもの、それからそうね、色も選べたら面白いし、それこそ、大振りの壁鏡でもいいのですし」

「はい、そこはお好みといった感じで、でも、貴族様達は3面鏡を選ぶでしょうね」

「それはそうよ、基本的に見栄っ張りな人達ですから、でも、ユスティーナ様もマルルース様も側仕え用に壁鏡と姿見をお求め頂いてますから、そちら向けの鏡台もあっても良いかもですね」

「壁鏡で十分かとも思いますが、既に壁鏡を生活に組み込んでいる方々でも新規で購入されている事を考えますと・・・うん、一度の商談で想定以上の注文を頂く可能性がありますね、屋敷の至る所に壁鏡が設置されるのでしょうか・・・これも見積が甘かったかもですね」

「そうね、それと、注文数が日産の数を超えたら問題になるわね、対応しきれないわ、ブラスさんとバーレントさんに報告して、改めて生産数を上げてもらうようにお願いする必要があるわね」

「確かに、そうなると、怖いのは注文倒れですね、商売としては注文倒れが最も信用を無くす行為です、注文を受けておいて納品できないのであれば受けるなと耳が痛くなるほど言われましたね」

「注文倒れ・・・初めて聞く単語ですわね」

「あら、そうですか?実家ではそう呼んでましたね、ずっと使っていたので皆さん使っているものかと」

「ふふ、それはだって、テラさんは生まれついての商売人でしょうから、私が知らないだけかもですね・・・でも、注文倒れですか・・・なるほど・・・言い得て妙ですわね、対策は可能ですか?」

「はい、一日の受注数を制御する事と、在庫をしっかりと抱える事ですね、小売りであればこの2点に注意すればまず大丈夫かなと、腐る商品でも無いですし、ただ、どちらもあれです、問題は発生します、在庫を抱えるという事はそのまま経営の負担になります、注文の先取といえる行為ですから、売り切る事を念頭に置いて仕入れてもそうならない場合があります、こちらの商材を考えた場合、現状であればあっという間に掃けるでしょうけど、それでもいつかは売れなくなります、その時が問題ですね、ま、その時はその時で対策のしようもありますが、それは経営全体を考えながら調整する必要があります、で、受注数を制御する場合は当然なんですが、お客様の不興を買う場合があります、幾らでも金は出すと言われる場合もありますが、そこは商倫理に則ってあくまでこちら側で制御しないと・・・特に貴族様相手だとどうしても威光にあやかる方が多くて、貴族様達が皆紳士であればと思う事がありますね」

「・・・耳が痛いわね」

「でも、それが現実です」

「・・・そうね、そうすると、対策としては・・・」

「はい、私の考えを申し上げれば、例えばですが、商談一度につき注文頂ける最大数を決めてしまうのです、壁鏡を例にとれば、5枚迄とかですね、で、2枚は本日持って帰る事が可能としまして、残りは一月後に納品になりますと・・・で、その場合は別途お届け致しますといった形が良いかなと思います」

「・・・なるほど・・・それであれば角が立ちにくい?」

「はい、私の経験上はそうです、但し、しっかりと説明が必要である事と、納期が確定しだい連絡する事が大事です、それもなるだけ速く、時間が空くとお客様は焦り始めてしまいますし、いついつ迄に納品できますという事を・・・そうですね・・・翌日か翌々日には書面で連絡しないと駄目ですね、調子の良い事を言ってほったらかしかと怒られてしまいます」

「ほったらかしか・・・確かにそれは駄目ね、不興を買うどころじゃないわね」

「そうなんですよ、特に貴族様達は横の繋がりが強いです、こちらの対応に御満足頂ければ知り合いの紹介等で顧客は増えます、ですが、御満足頂けなくてさらに不興を買ったとしたら確実に他の商会へ流れます、それもゴッソリと、それで失敗して立て直しが難しくなった商会は多いです、現状ガラス鏡を扱うのは当商会だけなのでそうなったとしても商売は続けられると思いますが、だからといって士族の商法等はもっての外だと思います」

「それはその通りよね、士族の商法か・・・今のところは大丈夫よね?オリビアにはそうなっていたらすぐに言うようにとは言い含めてあるんだけど・・・恐らく自分では分からない所よね」

「その点は問題無いと思います、ま、今は店舗と屋台だけですからね、これはあくまで今後の事ですから、それと・・・さらに言えばなんですが、現時点で一番怖いお客様は領主様関係のお客様ですね、国王様関連のお客様は当分見込めないと思いますが、領主様関連のお客様は続々といらっしゃると思います、奥様とお嬢様には大変良くして頂いておりますが、そちらからの紹介のお客様対応を間違えるという事は、領主様へ泥を塗る行為です、その場にお嬢様や奥様がいらっしゃればまた話しは変わりますが、特別扱い・・・とはいかないまでも何らかの優遇はあってしかるべきかもしれません」

「難しい所よね・・・こちらはお客様全てに対等であろうとしても、それでは不満が募る事もある・・・」

「そういう事です」

「であれば、ユスティーナ様にもレアン様にもその点を説明して、紹介状を頂くようにしようかしら?それも仰々しいわね、予約の時点で分かればいいのだけれど、難しいかしら?」

「・・・そうですね、紹介状は大変有難いですね、奥様やお嬢様もですが、ライニールさんですか、従者の方にお願いしても良いかと思います、特に私達からみたらどのような繋がりがあるのかは全くわかりませんから、そういう意味でも、お互いの為にも必要である事を説明すれば、聡明な方々ですから、御理解頂けるものと思います」

「お互いの為か・・・確かにね、紹介状をお願いすれば領主様の名前をみだりに振り回すような輩も排除できるわね、明日にでもその点お話しておこうかしら」

「はい、予めお話しておくのが最良と思います」

「まったく、貴族相手はこういうのが難しいのよね、私が言ったら駄目なんでしょうけど、それこそ、こういう時の為に格式が決まっているんでしょうけど、便利なんだか堅苦しいのだかって感じよね」

「格式は大事ですよ、それを守っている限りは不躾にはならないという事が明確ですからね、特に上級貴族様相手となると、正直な所、格式や形式が決まっているお陰で対応できるとも言えます」

「なるほど、そう考えるのね」

「そうですよ、格式にしろ形式にしろ礼儀にしろ、決まっている事が大事な上に分かりやすいのです、それを身に着けるのが難しいとは思いますが、でも、修得してしまえば、平民でも貴族様相手に商売は可能です、商売に貴賤は無いと言いますが、お客様にも貴賤はないです、相手が誰であれ売らない事には生活ができません」

「ふふ、そうね、まったくだわ」

エレインが柔らかく微笑んだ所にリーニーとカチャーが事務所へと入って来る、テラが二人を出迎え席に着かせると、

「どう?上手くやれてる?」

エレインの気さくな問いかけに二人はやや緊張した顔を綻ばせるのであった。
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