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47話 沈黙の巨漢 その3

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午後になりユスティーナとレアンが事務所を訪れた、今日はライニールが同行している、エレインとテラが出迎え、早速と全身鏡と3面鏡がお披露目されると、二人は勿論であるがライニールも歓声をあげた、

「なるほどのう、この3面鏡は素晴らしいですね」

「そうね、側面が見えるというのは面白いですわね、なるほど・・・でも、後ろ頭はやっぱり合わせ鏡が無いと駄目なのね」

ユスティーナが鏡台に座り、レアンがその背に回り込んで二人仲良く3面鏡に見入っており、ライニールはこそこそと全身鏡の前で様々に姿勢を正しては眉間に皺を寄せている、

「こちらの品は、3面鏡のみの販売もしております、別途机を作成頂ければお気に入りの鏡台を作る事もできるかと思います」

テラが昨日に引き続き商品説明をそつなくこなす、2度目の説明という事もありだいぶ慣れた感じである、実際の販売の際にもテラが暫くは顧客対応をする事になるのは確実である為、率先してその役目を果たしていた、

「机の作成・・・あ、職人に頼めという事か?」

「はい、お抱えの家具職人がいらっしゃると思います、私共でより細かい御注文に応えられれば良いとも思いますが、皆様の拘りを形にするとなるとどうしても一点物になってしまいます、であれば、当商会としては3面鏡の部分のみの販売もできるという形にするのが皆様の御要望に適う方策かと考えました」

「ほう・・・上手い事逃げた感じじゃな、でも・・・」

「えぇ、良い販売手法ですね、ガラス鏡を専門にするとなれば家具は二の次でも構わないし、何より貴族相手であればこそ成り立ちますわね」

ユスティーナがなるほどと納得しつつ、

「でも、この鏡台を購入する事も出来るのよね?」

テラへと鏡越しに視線を送る、

「はい、勿論です」

「私としてはこれで十分かと思いますが・・・」

「母上、これは作らせるべきです」

「そうはいいますけど、こちらの品はこちらの品で良い出来ではないですか」

ユスティーナが鏡台の天面を優しく撫でる、その指には絹のような滑らかさが感じられているであろう、

「確かに、ですが、折角の機会です、お抱えの職人達も仕事が無いでは可哀そうというものです」

レアンはフンスと鼻息を荒くしている、どうやら親しくなったお抱えの職人達に心情的に傾倒している様子である、

「そうですね、でしたら、こちらの品を購入頂いて職人に改良させるという手もありますわよ」

エレインが折衷案を口にした、

「なるほど、それも良いですね」

「はい、こちらの品もあちらにある試作品を経て形になった製品です、実際に目にして、触れて、使ってみないと分からない事が多いと思います」

エレインの視線の先には既にうらびれて見える試作品の3面鏡台がある、製品化された品とは比べる事も難しいほど薄汚れて見えるが、それがあったればこそ、鏡台が完成したともいえる、

「確かにの、エレイン会長の言う通りじゃな」

「そうなんです、なので、私としては一台購入頂いて、それを元に鏡台を工夫・・・と言いますか、お客様のお好みで作成して頂いて、そちらに3面鏡のみを取り付ける、そのような手法が良いのかなと考えます」

「そうね・・・それであれば作らせている間も鏡台は使えますしね」

ユスティーナとレアンは納得したようである、二人共になるほどと頷きつつ、さてどうするかと考え始める、

「ですが、先程もお話ししましたが、今日はあくまでお披露目です、御注文を承りまして、納品は後日になります」

「うむ、それは理解しておる、まったく、次から次へと楽しませおって」

「そうね、ここに来る度に新鮮な驚きがあるわね」

母娘揃って笑顔になる、それは3面鏡の中の6つの顔に綺麗に映し出されなんとも幸せな光景となっている、

「ありがとうございます、これほどの誉め言葉はありませんわ」

エレインもテラも嬉しそうに微笑む、

「そうなると、全身鏡か、あれもそうなのよな、父上に贈りたいと思ったのだが・・・先になるか?」

レアンが全身鏡へ視線を向けた、ライニールは慌てて姿勢を正しつつサッと壁際に退避する、

「む、ライニールもお気に入りか?」

意地悪くニヤつくレアンである、

「・・・お恥ずかしい・・・」

ライニールは視線を逸らして赤面した、

「そうですね、本日御注文頂いた分はガラス鏡の店舗が開店するまでにはお届けできると思います」

「あら、そちらも目途が立ちましたの?」

「はい、来月の半ばを予定しております、開店の際には是非、御領主様も御足労頂ければと思いますが、正式な日取りが確定次第御連絡したいと考えておりました」

「そうか、それは良かったのう、いよいよか」

レアンがエレインに向き直る、

「はい、いよいよです」

レアンの期待に満ちた嬉しそうな視線をエレインは正面から受け止める、

「そうなると・・・うん、銀食器の方も段取りたいと思うがどうであろう?」

レアンは腕を組みエレインを見上げた、

「はい、私共の店で取扱いをお認め下さるのであれば喜んでと思っておりました」

「それは勿論だ、あれはソフィアさんの発案から出来た品だからな、現状は様々な意匠を作らせている段階でな、量産も考えなければだな・・・うん、ライニールどう思う」

「はい、意匠に関してはお嬢様が認めた作が4種類それとお嬢様肝いりの品が1種、どれも素晴らしい品です、職人達も量産については前向きであります」

「まぁ、そんなに・・・」

エレインがやや大袈裟に目を剥いた、

「ふふ、こちらもこちらでしっかり動いていたからのう、そうだな・・・明日にも実際の品を持ってこようか、時間はとれるか?」

「勿論です、レアン様がお越し頂けるのであれば他の予定等二の次でございます」

エレインが恭しく答えるが、

「ん?それはいかん、それではそちらの仕事の邪魔になる、それは私の思うところではない」

突然貴族とは思えない遠慮深い言葉である、エレインは、はてレアンはこれほど奥ゆかしい人物であったかと驚嘆し、ユスティーナとライニールはレアンの言葉にどこか満足気である、

「まったく、エレイン会長、あなたの仕事はこの商会のみにはとどまらない大仕事なのだぞ、どの品を見てもモニケンダムどころか王国内でも唯一の品ばかりなのだ、果ては他国への輸出も視野に入る大事業である事を心得るべきだ」

レアンは居丈高に高説を垂れる、説教臭く聞こえるが、エレインとその仕事を褒め称える言葉であった、

「それほど評価して頂けているとは・・・恐縮です」

エレインは面喰いつつも卒なく答える、

「故にだ、私よりもまずは会長の仕事を優先すべきなのだ、私としては協力者として側で見ているだけでも得難い経験だと思っているのだぞ」

「・・・レアン様、それは褒め過ぎです」

エレインはあまりの賛辞にユスティーナとレアンへ助けを求めるように視線を投げるが、二人共にレアンに同意のようである、うんうんと静かに頷いていた、

「褒め過ぎなものか、父上とも話すがの、全く新しい産業が生まれる場に立ち会えるのは生涯に於いてあるか無しかの貴重なものだぞ、さらにじゃ、その品が、誰にでもその価値が理解でき欲しがるものとなるとじゃな、稀有を通り越して奇跡としてさえ言える・・・奇妙な縁・・・いや、私が子供であったからこその縁じゃな、それがあったればこそと思うが、そう言ったらの、父上は困った顔になっておったぞ」

ニコニコと嬉しそうなレアンである、

「そうですね、ふふ、失礼ながらレアン様もこの短い間に随分と成長されたようですね」

エレインは思わず本音を口にした、口にした後でこれは失礼過ぎたかと背筋が冷たくなるが、

「その通りじゃな、ふん、ライニールにも母上にも父上にも言われるわ、まったく、人をなんだと思っておるのやら」

不愉快そうに鼻を鳴らすレアンであるが、やはりどこか嬉しそうである、その様子にユスティーナとライニールは顔を逸らして笑いを隠した、

「む、笑うなライニール」

レアンはキッとライニールを睨み、ライニールは、

「失礼しました」

サッと背筋を伸ばして正面を見るが、その口元には笑みが貼り付いていた、

「まったく、どうやらライニールの教育が足りてないようですな、母上」

「あら、それは大変ね」

ユスティーナも笑顔を隠して韜晦する、

「むっ、母上までなんですか?」

「なんでもないですよ、それで、どうします?3面鏡台は2台欲しいですわね」

微笑みながら華麗に話題を変えるユスティーナである、

「はい、お館様には鏡台は不要と思いますが、確認致します、全身鏡はどうしましょう、お館様のお部屋にも欲しいと思います」

ライニールがこれ幸いと話しに乗った、

「そうね、うーん、全身鏡はカラミッド様にこそ必要よね、あの人服装は無精ですから・・・そうだ、額縁も素晴らしいと思いますのよね」

「はい、ですので、ユスティーナ様とレアン様のお部屋にある壁鏡ですか、そちらを玄関先に置かれるのはどうでしょう?」

「あら、それいいわね」

「はい、それと姿見も、この大きさであれば邪魔になる事もありません、お出かけの際にも、お客様にも有用であると思います」

「確かに、あなた達の部屋にも欲しいんじゃない?姿見も壁鏡も、合わせ鏡も欲しいのかしら?」

「宜しいのですか?」

「それはだって、あなた達の身形も格を示す大事な要素ですよ、全身鏡は贅沢かと思いますが、この際です、壁鏡と姿見ですか、それをメイドと従者の控えに設置しましょう、合わせ鏡も欲しいかしら・・・手鏡は個人で購入するように言いましょう」

「ありがとうございます、そうなりますと」

ライニールは必要数を指折り始め、レアンは、

「まったく、二人して・・・待て、玄関の額縁は私が決めるぞ」

憤慨しながらも口を挟まずにはいられないのであった。
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