上 下
437 / 1,052
本編

46話 秋の味覚と修練と その8

しおりを挟む
翌日、朝から事務所はバタバタと騒がしかった、

「そのテーブルと棚は上に」

「この木簡はどうします?」

「それも一緒にして下さい、一纏めにして」

テラの指揮の下、事務所から会長室への引っ越しである、リーニーとマフダが細かい品を持って往復を繰り返し、ジャネットとカチャーが大物を担当した、さらに、エレインとオリビアは寮の自室から書類関係を運び入れ、ケイスは部屋の掃除である、見事な役割分担で作業はあっという間に終わり、

「こんなもんだねー」

「そうね、じゃ、次は」

ジャネットが一息吐く間もなく次の作業である、会長室の隣りの部屋を開発室とするべく、今度はマフダとオリビアの指揮の下、使われていない調度品を運びだし、倉庫へと片付けた、そちらの作業も一段落すると、

「うー、何か畏れ多い気がしますー」

その部屋の主となるマフダは開発室を見渡して、責任感からくる重圧からか不安そうに身を震わせる、

「えへへ、何か、本格的ですね」

ケイスはのほほんと楽しそうである、掃除用具を片付けながら、

「そうなると、マフダさんはこっちに集中するの?」

「はい、昨日、テラさんからそのように言われました、えっと、お店の方は助けが欲しい時にお願いするからって」

マフダがおずおずと答える、会長室の新設もであるが、マフダをそろそろ本格的な開発業務に就けようとエレインとテラは思い至ったらしい、マフダは店舗での作業も一通り修得し、いつでも手伝い程度であれば熟せるようになってきていた、顧客対応についてはまだ慣れが必要かなという感じであるが、裏方としては十分と判断されたようである、その為、今日からはマフダに代わりリーニーとカチャーを研修という形で店舗に入れる事となったのである、

「そっかー、マフダさんも凄いなー、楽しみだねー」

「そんな、私に・・・その、出来るでしょうか」

やはりマフダは不安そうである、まだまだ新人という立場でありながら開発室との名目であるが個室を預けられたのである、不安感も大きいが、そこまで期待されているという事実にも重圧を感じていた、そこへ、

「うん、こっちも良い感じね」

テラが顔を出す、室内を見渡し、作業テーブルと椅子、中身の入っていない前の住人が置いていった棚が数個並んだだけの簡素な室内である、

「はい、でも、いいんですか、その・・・専用のお部屋なんて・・・」

マフダが申し訳なさそうにしているが、

「そうね、来月にはリーニーさんもこっちに加わってもらうし、そしたら狭く感じるかもだけど、その時はもう一部屋増やせばいいわよ」

テラはあっけらかんとしたものである、実際に部屋は余っているのである、3階の一部屋をテラが寝室として使用している以外に貴賓室と事務所を覗けば他の部屋はほぼ手付かずであった、倉庫代わりにしている部屋もある、具体的には個室として使える部屋は2階3階合わせて8部屋で、さらに、屋根裏部屋も合わせると5部屋が追加で勘定できた、元来が貴族の別宅として作られている屋敷である、実に使い手があるのであった、

「それは伺ってますけど、その・・・」

どこまでも自信なさげに俯くマフダである、テラはジッとマフダを見つめ、

「ふふ、そう思うならしっかり仕事をしましょう、マフダさんがここの門を叩いた時の事、忘れないでね」

優しく見下ろすテラをマフダは見上げ、

「はい、忘れてないです、頑張ります」

そうだったと決意を新たに口元を引き締めた、

「宜しい、なので、そうね、今日はあれだ、服飾関係で必要な道具を仕入れましょう、裁縫道具もあるにはあるけどエレイン会長やオリビアさんが使ってたものだしね、ちゃんとしたものを揃えないと」

「はい、ありがとうございます」

「でもあれか、その前に具体的な開発計画とかも必要よね・・・うん、会長と一緒に相談しましょう、今日は経営陣もいるしね」

ニコリと微笑むテラである、

「じゃ、どうしようかしら、一旦下に集まりますか」

「はい」

ケイスとマフダが明るく答え、3人は事務所へと下りた、事務所では、

「屋台もう一台欲しいと思うんだよねー」

ジャネットがエレインを前にしていつもの砕けた口調である、

「そうですわね・・・確かに・・・」

エレインはジャネットの意見を真摯に受け止めており、その横でオリビアが茶を点て、リーニーとカチャーは茶を片手に一休みしている様子であった、

「あら、今度はなんです?」

「あ、テラさん、あのね、屋台をもう一台増やしたいのさ」

ジャネットの標的がテラへと移った、

「どうしました?突然」

テラは側の椅子を引っ張ってきてエレインの隣りに腰を下ろし、マフダとケイスは茶を受け取りながらリーニー達の側に落ち着く、

「うん、ほら、店舗の方がね、髪留めとかの置き場所が無くてさ、小物類の販売を増やすのであれば売り場を拡張しないとでしょ」

「なるほど・・・そういう事ですか」

ジャネットの主張は実に正しいものであった、寮の脇にある店舗は馬小屋を改修した施設である、屋台2台分程度の広さしかない、決して広く使えるわけではないのであるが、そこに新商品として髪留めやガラス玉、調理器具としての泡立て器に焼き菓子の型、調理法を記した木簡を並べている為、なんとも手狭に感じるようになってきていた、

「上の倉庫もいっぱいになってきてるしね、なもんで、屋台をもう一台増やして、それを食品以外の商品用の屋台にすればいいんじゃないかって思ったのよ」

「・・・理にかなってますわね・・・」

エレインが静かに呟く、

「そうですね、では、一台増やしますか?」

「そうね・・・ただ、寮の倉庫にはもう入らないと思うのよ・・・」

「あっ・・・それもあったね・・・」

ジャネットの勢いが一気に沈静化した、現在、商会で利用している屋台2台は店舗の裏側半分を締める倉庫に納められている、それもかなり強引に押し込んでいる為、それ以上物を入れる空間は無いのであった、さらに言えばその倉庫は寮生活に必要なものを納める為の倉庫であり、商会は間借りしているも同然なのである、

「・・・屋台を増やすのはやぶさかではないのですが、保管場所がね・・・ソフィアさん・・・というよりも寮にはこれ以上無理は言えないと思いますしね」

溜息交りのエレインである、その言葉通りに今冬の薪は寮の外壁を背にして積もうという事になっており、実際に倉庫に入れられていた薪はその通りにされていた、雨の少ないモニケンダムでは珍しく無い光景ではあるが、雨が振らないわけでも雪が積もらないわけでもない、いざ、そうなった場合の不都合を考えると、せめて薪は屋根のある所で保管したいのである、付け加えるなら倉庫があるのに使えないのはやはり心証が良くない、エレインとしても早急に対応が必要とは考えていたが後回しになっていた案件でもある、

「うーん、なら、無理かなー、ほら、祭りの時も屋台ごと移動すれば楽だからって思ったんだけど・・・」

ジャネットが残念そうに天を仰いだ、

「・・・では、いっその事こちら側に倉庫を作りましょうか?」

テラが首を傾げつつ提案する、

「倉庫を作るの?」

「はい、ほら、屋台ですからね、基本的には外に置いておいても問題無いと思います、月に一度しか使わないですが、そうですね、雨が防げれば十分じゃないかしら?」

「・・・それもそうね・・・」

「そうだけど・・・えっ、そんな簡単に?」

若干身を引くジャネットである、彼女はそこまではまるで考えてなかった、

「そうですね、ほら、寮の改築の時にでもこっちに屋台用の雨除けを作ってもらいましょう、それまでは外で保管しておいて、盗まれないようにしなくちゃですけど」

「物の入ってない屋台を盗む人がいるのかしら?」

「そりゃ、だって、売ればそれなりになりますもの、鎖で錠をかければそれだけで十分ですよ」

「そうね、じゃ、ジャネットさん、屋台を買ってきて下さい」

エレインが簡単に言い放つ、まるで、ミナにおつかいを頼むソフィアのそれである、

「えっ、うん、わかった・・・」

ジャネットが目を剥いて頷き、ケイス達も随分あっさりしているなぁと驚いている、

「あ、じゃ、どうしましょう、専用の屋台となると、売り場というか、棚を増やせますよね、先日ブノワトさんが言ってた木工細工も取り扱えますよね」

「そうね・・・そうなると、あれね、その屋台にもちゃんとした棚とか欲しくなりますわね・・・」

「ブラスさんに相談しましょうか」

「そうね、忙しいかしら?」

「ブノワトさんに頼めば断らないと思いますよ」

「それも、そうね」

若干不穏な言動である、

「そうなると、しっかり打合せしないとですわね」

「そうですね、午前中の内に行きましょうか、午後は忙しくなりますし・・・ついでですから呼んできますか」

「そうね、あ、忙しそうだったら無理には止めておいてね、ただでさえお願いしている仕事が多いのですし、じゃ、ジャネットさん、テラさんと一緒にお願いしますね」

「うん、わかった・・・りました」

決定の速さに呆気にとられるジャネットである、

「それで、その前になんですが、マフダさんの開発業務についても打合せしておきたいのですよ」

「それもありましたね・・・マフダさんこっちへ、リーニーさんも」

エレインが二人を呼び寄せ、

「そうだ、オリビアもケイスさんも、じゃ、カチャーさんもね、って、ならこのままでいいか、意見があれば遠慮なくお願いします」

腰を上げかけたマフダとリーニーが困惑しながら座り直し、

「まずは、マフダさんの件ね、服飾関係と爪の手入れに関してになるかしら・・・」

エレインが中心となって開発業務の展望が語られ、テラとオリビアが要所要所で口を挟む、マフダも遠慮しながらであるが意見を出した、しかし、ジャネットとケイスはそこまで考えていたのかと言葉を無くし、リーニーとカチャーは唖然と呆けるばかりである、そして、マフダの開発業務が本格的に始動するのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子力の高い僕は異世界でお菓子屋さんになりました

初昔 茶ノ介
ファンタジー
昔から低身長、童顔、お料理上手、家がお菓子屋さん、etc.と女子力満載の高校2年の冬樹 幸(ふゆき ゆき)は男子なのに周りからのヒロインのような扱いに日々悩んでいた。 ある日、学校の帰りに道に悩んでいるおばあさんを助けると、そのおばあさんはただのおばあさんではなく女神様だった。 冗談半分で言ったことを叶えると言い出し、目が覚めた先は見覚えのない森の中で…。 のんびり書いていきたいと思います。 よければ感想等お願いします。

野菜士リーン

longshu
ファンタジー
北欧神話の世界を舞台に、一風変わった土魔法を使う生命力溢れた魔道士リーンが活躍します。 初出です。 拙い文章ですが、ご意見、ご感想お待ちしております。

異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!

ree
ファンタジー
 波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。  生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。  夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。  神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。  これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。  ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。

爆誕!異世界の歌姫~チートもヒロイン補正もないので、仕方がないから歌います~

ロゼーナ
ファンタジー
気づいたら異世界の森の中に転移していたアラサー会社員チヨリ。何かチートがあるかと期待したものの、装備はパジャマ、お金なし、自動翻訳機能なしでいきなり詰む。冷静かつ図太い性格(本人談)を存分に生かし、開き直って今日も楽しく歌をうたう。 *ほのぼの異世界生活、後にちょっと冒険。チートあり。血生臭い争いは起こりませんが、ケガや出血の描写は多少出てきます。ちびっ子や恋愛要素もあり。 *9/27追記:全編完結いたしました。応援ありがとうございました!

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

Cursed Heroes

コータ
ファンタジー
 高校一年生の圭太は、たまにバイトに行くだけで勉強も部活もやらず一つのゲームにハマっていた。  ゲームの名前はCursed Heroes。リアルな3Dキャラクターを操作してモンスター達を倒すことにはまっていた時、アプリから一通のお知らせが届く。 「現実世界へのアップデートを開始しました!」  意味が解らないお知らせに困惑する圭太だったが、アプリ内で戦っていたモンスター達が現実の世界にも出現しなぜか命を狙われてしまう。そんな中彼を救ってくれたのは、ゲーム世界で憧れていた女ゲーマー『ルカ』だった。  突如始まってしまったリアルイベントに強引に巻き込まれ、自身も戦う羽目になってしまった圭太は、やがてゲーム内で使っていたキャラクター「アーチャー」となり、向かってくるモンスター達を倒す力を身につけていく。  彼はルカに振り回されながらも、徐々に惹かれていくが……。  学校通ってバイトに行って、ゲームをしつつモンスター退治、それとちょっとだけ恋をするかもしれない日常。圭太の不思議な新生活が始まった。

秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話

嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。 【あらすじ】 イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。 しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。 ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。 そんな一家はむしろ互いに愛情過多。 あてられた周りだけ食傷気味。 「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」 なんて養女は言う。 今の所、魔法を使った事ないんですけどね。 ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。 僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。 一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。 生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。 でもスローなライフは無理っぽい。 __そんなお話。 ※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。 ※他サイトでも掲載中。 ※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。 ※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。 ※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

処理中です...