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本編

46話 秋の味覚と修練と その5

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それから暫くして裏山である、天辺広場にてクロノスとイフナースの修練という名の減量と筋力増強を目的とした軽い運動が一段落し、一旦休憩しようとなった所に裏山を登って来る一団があった、

「おう、どうした」

クロノスがいち早く気付き声をかける、一行の先頭に立つのはブレフトである、

「お疲れ様です、スイランズ様」

ブレフトは恭しく頭を下げ、

「御機嫌麗しゅう」

そのすぐ後ろに立つエレインが頭を下げると、それと同時にその背後の女性達も頭を下げる、

「うむ、なんだ、見目麗しき女人を侍らすとはブレフトも隅にはおけんな」

嫌らしく笑みするクロノスである、

「御冗談を、我が主に面通しをと思いまして」

ブレフトは慇懃な言葉使いはそのままにクロノスの側で大の字に寝そべるイフナースへと視線を移す、

「・・・何だ・・・笑い・・・に・・・来たのか・・・か・・・」

イフナースは息も絶え絶えと皮肉を言ったつもりであるが、クロノスと比較してその疲労の度合いは凄まじいらしい、半身を起こすことも難しいと大の字のまま天を仰いでハーハーと息が荒い、

「少しばかりやり過ぎではないですか」

ブレフトが主の姿を一目見て顔を顰める、

「ふん、この・・・程度・・・病に・・・比べたら・・・屁でもない・・・わ」

イフナースはさらに強気な物言いである、しかし、あまりにも説得力が無い、

「まあな、しかし、身体を目覚めさせるにはこれくらいは必要であろう」

対してクロノスは冷ややかなものである、顔に手拭いを当てていたが軽く流した汗はもう落ち着いたようで、手拭いを肩に掛けのほほんとイフナースを見下ろしている、

「お二人がそう言うのであれば、では、イース様、紹介したいと思うのですが良いですかな」

イースとはイフナースの子供時代の綽名である、本人は女みたいな呼び名だと嫌っていたが、子供の頃から端正な顔立ちであったイフナースには似合いの名だとエフェリーンは好んでそう呼び、家族も勿論それが当たり前の事としていた、そしてその名はそのままこちらでの偽名として使われる事となった、パトリシアのリシアやウルジュラのユラと同じである、

「紹介?・・・おう、分かった・・・フー、フッ」

大きく呼吸をして、やっと息を整えたイフナースが半身を起こし、

「で、なんだ?」

地べたに座ったまま一行を見上げる、

「屋敷の者の件です、手が足りておりませんと相談したのは覚えておいでですな?」

「うむ、そうだったな」

「はい、で、先程エレイン会長に相談しまして、実務経験は無いですが若く将来有望との事で3名の紹介を頂きました」

ブレフトが半身を避けると背後に視線を向ける、

「話しが早いな」

イフナースは若干呆れたように呟いて、エレインの背後に控える面々に視線を向ける、

「はい、いづれも現地出身の者との事です、こちらでの生活に役立つものと思います」

「ブレフトが良いのであれば構わん、どれ」

イフナースはこのままでは失礼かと腰を上げ、

「イースだ、療養を兼ねて世話になっている」

2歩程歩み寄る、

「御丁寧にありがとうございます、こちら、コーバ、ベーチェ、ミーンでございます、先日学園の生活科を卒業したばかリの者達です、学園での成績も良く立ち居振る舞いもしっかりと教育されております、イース様の御滞在の一助になるものと思います、宜しくお願い致します」

エレインがブレフトに代わって3人を紹介し、3人もまた自分の名が出た順番で綺麗なお辞儀を見せた、

「そうか・・・しかし、都合が良すぎないか?今日の今日だろう?また、無理をさせたのではないだろうな?」

イフナースは笑顔でお辞儀を受けつつもブレフトへ懐疑の視線を送る、

「都合が良すぎるのは確かです、実は、この3人はガラス鏡の店の店員として雇う予定の者達です、本日から研修という事で事務所にて作業に付いておりました」

エレインが微笑みつつ答える、

「ほう・・・いいのか?」

「はい、ガラス鏡の店についてはブレフトさんと打ち合せの上来月半ば以降の開店を目標とする事にしました、ですので、その間・・・勿論、その後もですが、メイドとしての業務に就きながら、店舗の方も手伝うという形になるかと思います」

「・・・なるほど・・・エレイン会長が良いと言うのであれば良し、ただ・・・」

イフナースは右手で左頬を軽く掻き、

「その3人も納得の上での事であろうな?」

「それは勿論です、元々メイドの仕事の為に自ら教育を受けた面々です、私としても従業員として仕事を始めるよりもメイドの仕事が出来るのであればそちらを活かすのが良いのではないかと考えておりました、まして、イース様の従者となるのであれば学ぶべき事も多いと思います」

エレインが静かに答え、3人へと視線を巡らせる、3人は3人共に黙して小さく頷いた、

「そうか・・・そうであれば良い、無理もしていないし、本人達も望んでいるとなれば断る理由は無いな」

「はい、何よりもこの街に精通した者達です、私としてもメイド長も料理長も助けになると思います」

ブレフトがニコリと微笑み、

「だから言ったろうに、現地の人間は必要だと」

クロノスが口を挟んだ、

「そのようだな、スイランズ殿」

殊更に偽名を強調するイフナースである、

「であろう?イース殿」

クロノスもニヤーと嫌らしい笑みで答えた、

「ふん、了解した、給金はしっかりと払えよ、無理を通したのはこちらなのだからな」

「勿論です、では、私達は早速屋敷の方へ、勤務は明日からとなります」

「うむ、よしなにな、それと先に言っておく」

イフナースは3人に視線を合わせると、

「俺は何かと秘密が多い、それを知る事もあるかと思うが口外はしてくれるな、それ以外であれば皿を割ろうが寝坊しようがどうでも良い、何か問題があれば直接俺かブレフトに言うようにな、こっちにいるメイド長は厳しい上に口喧しい、泣きたくなったらいつでも胸を貸すからな」

フンスと胸を張るイフナースである、しかし、その胸はいまだ薄く病人のそれである、3人は小さく驚き顔を見合わせると笑顔で頭を垂れた、

「ふふ、そうね、愚痴があったら私も聞きますから、そうね、イース様の愚痴は私に来るように」

エレインがさらに怖い事を言う、

「おいおい・・・あっ、そうか、姉上にチクルつもりか・・・」

「・・・チクルなんてそんな人聞きの悪い、そういえば、妹君と母上様も・・・明日いらっしゃる予定・・・でしたかしら・・・」

エレインが表情の無い笑みを見せる、

「あっはっは、なんだ、お前完全に包囲されてるぞ」

クロノスが大笑し、

「・・・まったく、これだから女共は・・・」

イフナースは頬を引きつらせる、

「だろう、だから言っているのだ」

さらに大笑するクロノスであった、そして、来た時と同じようにブレフトが先に立ち一行は下山する、しかし、そこに一人残る者がいた、ジャネットである、

「ん、どうした?」

クロノスが若干驚いて声をかけると、

「はい、えっと、お二人が修練をしていると伺いまして、その、私も参加させて頂ければと思った次第です」

ジャネットは直立不動で大声で答えた、やや震えているような声であったが、その声は天辺広場の隅々まで綺麗に染み渡る、

「ほう・・・ジャネットだったな、勇ましいな」

クロノスが嬉しそうに微笑むが、イフナースは怪訝そうな顔である、

「えっと、上級兵士を志望しております、ですので、是非お二人の薫陶を頂きたいと思っております」

全身に込めた強張りはそのままに天を見上げる始末である、

「そういう事か・・・また、姉上の謀かと思ったぞ」

「いや、やりかねん、ま、別にさぼっているわけでも遊んでいるわけでもないが・・・ふむ・・」

クロノスは無遠慮にジャネットの身体を上から下まで観察する、女性としては長身であり、簡素で使い古された感のある革鎧に身を包んでいるが、贅肉が少なく引き締まった肢体である事は見てとれた、

「面白そうだな、よし、得物はなんだ?」

「はい、兵士準拠です」

「そうか、なら、天幕から好きな物を持ってこい」

「はい、ありがとうございます」

ジャネットは嬉々として天幕に走り、ゴソゴソと中を漁ると一般兵の使う長方盾とこれも一般兵士に支給される型の短めで幅広の木剣を手にする、そして、二人の前に走り寄ると、

「こちらを使わせて下さい」

再び直立不動で背筋を伸ばす、

「うむ、賢い選択だな・・・使い慣れているのか?」

「学園で基本装備として習得しております」

「なるほど・・・では、そうだな」

クロノスはニヤニヤとジャネットとイフナースを見比べると、

「二人同時に来い、正直、手加減しすぎで飽きていた所だ」

地面に刺した2本の木剣に手を伸ばす、

「なぬ、それは聞き捨てなりませんな」

イフナースも流石にカチンと来たらしい、こちらは地面に投げ出された木剣と円盾を拾い上げると、

「ジャネットであったな?」

右手に木剣、左手に円盾を構えつつ、

「二人がかりでもきつい相手だ、遠慮なくいくぞ、俺は右から、お前は左だ、まずは体勢を崩す、始めはこちらに、以後呼吸を合わせるぞ」

「はい」

ジャネットは歓喜交りに大声を上げると、長方盾を教科書通りに構えた、それは盾を全面に構え盾の内側に全身を入れる型で、自身の姿をすっぽりと隠し、相手の狙いどころを無くす、常套の防御の構えである、

「あっはっは、イフナース、お前、少し間違っているぞ」

クロノスは両手に木剣を構え呆れたように笑い、

「俺を倒したければ万の兵を持ってこい、それでなければ千の美女だ」

「ぬかせー」

イフナースは開口一番一気に距離を詰め遠慮の無い一撃をクロノスの頭部へ見舞う、あまりの勢いにジャネットは一瞬たじろぐがもう始まっている事に気付き、

「行きます」

大声を張り上げつつ盾を前面に立てクロノスを狙って体当たりをかます、

「遅い、弱い」

クロノスはイフナースの木剣を左手の木剣で易々と受け流し、ジャネットの盾に対しては自ら左肩をぶち当てる、イフナースは勢いを逸らされ足を縺れさせ、ジャネットは岩にでもぶつかったような衝撃で数歩後退った、

「どうした」

足が止まった二人を大声で叱咤するクロノスである、

「おうさ」

「まだまだ」

イフナースとジャネットは大地を踏み締め気炎を上げつつクロノスへと突撃するのであった。
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