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本編

46話 秋の味覚と修練と その2

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翌日、厚い雲の為に陽射しは少なく寒くなって来たかなと感じられる朝である、

「ジャネット、起きろー」

「うごぉッ」

早朝とは思えない悲鳴を上げたジャネットは寝ぼけ眼で自分の上に跨る何者かを見上げた、学園の短い秋休みが始まりジャネットは当然のように惰眠を貪った、しかし、それを邪魔する者が現われ、今それはジャネットの腹の上で厳しい顔でジャネットを見下ろしている、

「ミナっちか・・・んー、重いー」

「重くないー、ジャネット、起きろー」

「やだー、もうちょっとー」

ジャネットは上掛けを引き上げて顔を隠し、ミナは、

「ブー」

と唸ると、

「起きろー」

上掛けを力ずくで引っ張りつつ寝台から飛び降りた、

「うー、ミナっち、酷いなー」

「酷くない、起きるの」

腰に手を当て怒り顔のミナである、

「うー、起きるのー?」

「起きるの!」

「もうちょっと・・・」

「駄目!」

「うー、厳しいなー、ミナっち・・・うー」

ジャネットは半身を起こし伸びをする、しかし、ゆっくりと背を向けて再び寝台に寝転んだ、

「こらー」

ミナが大声を上げて寝台に飛び乗る、

「かかったな」

瞬間ジャネットの両腕がカマキリのようにミナを捕え、あっという間にその胸の中に抱き込むと、

「うーん、ミナっちもうちょっとだけー」

「ギャー、ジャネット、離せー」

「やだー」

「やめろー、離せー」

「離さないー」

「ヤー、ジャネット、キライー」

「うそうそ、大好きでしょー」

「キライー、ヤメロー」

「もう、ミナっちは素直じゃないんだからー」

「知るかー、離せー」

ジャネットの腕の中、ミナは暴れまくるがジャネットの拘束からは一切逃れられない、ミナの本気の力一杯の抵抗でもその腕から逃れる事はできなかった、ジャネットも女であるとはいえ一端に身体を鍛えている上級兵士志望である、その拘束はミナが泣きそうになってようやく解かれ、ミナはお返しとばかリにジャネットの背と言わず頭と言わずポカポカと殴り付けた、それさえジャネットにすれば心地良い戯れに過ぎなかったが。



「ありゃ、おはよー、ケイスー」

ミナと共に食堂へ下りて来たジャネットがこちらもゆっくりとした朝食を楽しんでいる様子のケイスを見付けて、穏やかに朝の挨拶を口にした、

「おはようございます、ミナちゃんお疲れー」

ケイスも爽やかに微笑みつつ挨拶を返し、ミナへと労いの声をかける、

「うー、疲れたー、ジャネット嫌いー」

対してミナはプンスカと不機嫌そうである、

「えー、何だよー、愛し合った仲じゃないのさー」

ジャネットがニヤニヤとミナの頭を撫でると、

「うー、ヤメロー、ジャネット嫌いー」

脱兎の如く厨房へ駆け出すミナである、

「ありゃ、嫌われちゃった・・・」

ニヤニヤと微笑みながら寂しそうな声音のジャネットである、暖炉の前で書を片手にしているレインがフンと鼻で笑った、

「何やったの?」

ケイスが問うと、

「べつにー、抱き締めただけー」

ジャネットはあっさりと答えつつ配膳台に一つ残ったトレーを手にする、

「ありゃ、最後?」

「そうみたいですよ」

「エレインさんは?」

「仕事だそうです」

「ユーリ先生は?」

「仕事だそうです」

ケイスは2度同じ文言を答える、

「ありゃ・・・」

ジャネットはそういう事もあるかとケイスの斜め向かいの席に座り、

「なんにも予定の無い休みは久しぶりだよねー」

やれやれと溜息を吐いた、

「そうですね、祭りの時は忙しいですしね」

「うん、いろいろと忙しかったし、なんていうかゆっくり寝られるって思ったらさ、なんかあれだよね心の余裕ってやつが違うよね」

オートミールを一口舐めて塩の壺に手を伸ばすジャネットである、

「また、そんな年寄りみたいな事言ってー」

「なんだよー、ケイスもだって今日はゆっくりししてるじゃないさー」

「そうですけど、普通に起きましたよ、私はミナちゃんに起こされてないですからね」

「そうなの?その割にはゆっくりじゃない?」

「たまにはゆっくりしたいなーって思って、お茶を淹れたんです」

ケイスが湯呑を手にして微笑んだ、

「あら、朝から?優雅な奥様ですわね」

「うふふ、そうでございましょう?奥様?」

ニヤニヤと微笑み合う二人である、

「実家だと忙しくない日はお茶に山羊乳を入れてゆっくり頂くんですよ、のんびりしてていいんですよね、落ち着きますし」

ケイスが懐かしそうに微笑む、

「へー、そうなんだ、山羊乳ねー」

オートミールを口に運びつつ適当に答えるジャネットである、

「冬とか特に、温まるんですよ、茹でた山羊乳に茶葉を入れるんですけどね」

「あっ、そうだよね、逆を連想してた、冷たくなりそうだなーって」

「それもあります、暖かいというか暑い日はそれですね」

「うちの田舎だとなんだろう、母さんが蜂蜜入りのお茶を淹れてくれたなー」

「うちもです、美味しいですよねー」

「うん、甘くてねー」

のんびりとした朝食を二人が楽しんでいると、

「おはよう、ジャネットさん」

厨房からソフィアがヒョイと顔を出す、その足にはミナが縋り付いており、ジャネットを睨み付けていた、

「おはよーございます」

「休みだからって寝坊しちゃ駄目でしょー」

「はーい、でも、久しぶりなんですよー、油断して寝ていられるのはー」

似たような事を繰り返すジャネットである、

「そっかー、休みって言っても屋台だなんだで忙しいからねー、ま、そういう事なら少しは許してあげようかしら」

「えへへ、御容赦頂き感謝です」

ジャネットはだらしない笑みを浮かべる、

「でも、そっか、冬支度をするようにってダナさんから言われてるのよね、前にも聞いたけど具体的にどうするの?」

「あっ、はい、あれです、冬用の寝具を配って、薪を溜め込んで・・・」

「うん、あとはあれです、床に毛皮を敷いたり、あと、各階に薪を用意したり・・・」

ジャネットとケイスが首を傾げながら答える、

「そんなもん?」

「そうですね、暖炉の煤落としは春先にやったはずですし、後はあれです個々人で必要な物を相談して用意してもらってますね」

「うん、去年は毛布を4枚くらい借りました、寒くて」

「へー、やっぱり寒い?」

「そりゃ寒いですよ、そうだ、修繕っていつ入ります?」

修繕とは寮の修繕の事であろう、以前にブラスに見て貰っただけで実際の作業は入っていない状態である、

「増築と一緒にやってもらう予定だから、来月の始め頃かしら?」

「来月かー、なら大丈夫かな?」

「そうね、本格的に寒くなるのは来月半ば以降だと思うしね、あ、漬物とかは作ってた?」

「どうだろう?私は分かんないかな?」

ジャネットがケイスへ顔を向け、ケイスは、

「うーんと、去年はやらなかったと思います、その前は作ってました、違う寮母さんでしたので」

「へー、そうなんだ、ほら、それ用の立派な甕があるしね、やっぱり塩漬け?」

「はい、カブとか冬キャベツとかですね」

「冬キャベツか・・・美味しそうね・・・」

「はい、酢漬けもあったと思います、でも酸っぱすぎて不評でした」

「そっかー、冬キャベツの酢漬けは塩梅が難しいわよね、分かる気がするな、レイン、冬キャベツって市場に出てる?」

ソフィアが問うと、

「もう暫く先じゃのう、出てはいたがまだ高いな、小玉だしのう」

書から顔を上げずに答えるレインである、

「まだ先か・・・でも、準備しておいていいわよね、どうしようかしら、今日から冬支度にかかりたかったんだけど、毛布も毛皮も虫干しは済んだし、薪は手配済みだし、寝藁か・・・新入生用の分あったかしら?」

ソフィアがうーんと腕を組みつつ、作業場へと視線を飛ばす、

「その前にやる事があるじゃろう」

レインが顔を上げた、

「え、なんかあった?」

「葡萄の収穫じゃ、丁度良い頃合いじゃぞ」

「そうなの?」

「うむ、一気にやってしまおうかと思っておったのじゃがな」

「葡萄か・・・」

「レインちゃんの作った葡萄って・・・」

「うん、美味しそうだよね・・・」

ジャネットとケイスが目配せし合い、ジャネットはゆっくりと手を上げると、

「えっと、手伝います」

「はい、私も」

ケイスも振り返って笑みを浮かべる、

「ふふん、その言葉を待っておったのじゃ」

レインは書を閉じるとスクッと立ち上がり、

「よいな、ソフィア」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべるレインである、

「はいはい、もう、二人共レインに乗せられたの分かってる?」

仕方がないかと口の端を上げるソフィアである、

「そりゃもう」

「はい、えっと、ご相伴できるのよね」

「ふふん、そうじゃのう、飽きるほど実っておるぞ」

「えっ、そんなに?」

「うむ、ミナが一生懸命世話したからのう」

レインがソフィアに纏わりついているミナへと微笑みかける、

「うー、お世話はしたけどー、ジャネットにはあげない」

フンとそっぽを向くミナである、

「えー、ミナッチそれないよー」

「なくない、あげない」

再び別方向にそっぽを向くミナである、

「御免てばー、謝るからさー」

「ふん、知らない」

不貞腐れたミナと慌てて謝罪の言葉を並べ始めるジャネットである、ソフィアはどうしたものかとミナを見下ろし、ケイスはあちゃーと困惑しつつも、へそを曲げたミナの膨れた頬の可愛らしさに思わず笑みを浮かべるのであった。
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