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本編

46話 秋の味覚と修練と その1

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8月の30日である、十日毎に訪れる給料日であり、店舗は休みとなり正午頃には婦人部の面々は集まってお茶会と言う名の気兼ねの無い井戸端会議が開催される、本日はそこに生徒部の連中も合流していた、学園は半期毎の卒業式であり、通常よりも放課が早い、となれば生徒達も事務所に集まってグダグダと楽しもうとなったようである、

「これ、いいなー、いつ販売するのー?」

「聞いてないなー、昨日出来たばかりだってー」

「へー、楽でいいよねー」

「会長が開発したんだって」

「流石会長よねー」

「髪長い人にはいいよね、私も伸ばそうかなー」

「短いの似合ってるじゃない、短髪似合う子は美形なのよ」

「えー、そんなー、褒められちゃったー」

「なに調子に乗ってるのよ」

「たまにはいいでしょー」

ガラス鏡の前で、蝶の髪飾りを着けては外しを繰り返し楽しそうに談笑する生徒部の面々である、その隣りの壁の昨日設置された大鏡にはシーツが掛けられ床置き型の鏡も畳まれて裏面を表にして壁に立てかけられていた、テラの配慮である、大騒ぎになるのは目に見えているので披露するのは打ち合わせが終わった後にしようという事らしい、従業員達は皆、何かあるなと瞬時に気付いたが下手に騒ぎ立てるとエレインの不興を買いかねないと察し、見えない振りをしている、

「つまみやすくていいですね」

「うん、上品だよね」

「そっか、小さくしてもいいんだよね、うん、美味しい」

「お茶に合うなー、ベールパンだとかじりつかなきゃだからね、あれはあれでいいんだけど」

「そうね、でも、お店で出すとすると難しいのかしら?」

「確かに、藁箱に入れるとしても小さいよね、中で遊んじゃいそう」

「そうだねー、やっぱりあれかしら、貴族様用のお茶菓子かしら?」

「そうなるんじゃない?」

奥様方が囲むテーブル上にはテラとマフダが用意したクレオの一時が大皿に盛られ、さらに従業員には初見となるグランロールケーキが小皿に盛られて並べられている、それらに遠慮なく手を伸ばしながら奥様達は茶を楽しんでいる様子であった、そして、やはりというべきかグランロールケーキは好評のようである、店舗での販売は考えていなかったが来客用には最適な菓子と言えよう、エレインはその活用方法も構想の中にあったが、未だそれを公言してはいなかった、

「あれね、やっぱりここも手狭になってきたかしら・・・」

思い思いに寛ぐ従業員達を見渡してエレインは何とは無しに呟く、

「そうですね、やはり会長の事務室は別にしましょう、それだけでも広く使えるようになりますよ」

隣りに座るテラが木簡から顔を上げて進言する、

「前から言われてたわよね、確かにその方がいいのかしら?」

「はい、重要な書類も増えてきましたしね、皆が自由に出入りできる場所に置いておいて良い物ではないですし」

「そうね・・・紛失して従業員を疑うのも嫌だしね・・・」

「そうなんですよね、こちらの不注意や不用意で不和を招きかねません」

「そうよね・・・そうなると・・・2階の一部屋を会長室にして、その隣りを開発室にしましょうか・・・2階は空き部屋しか無いですし」

「利便性を考えると階段のすぐ脇の部屋がいいと思いますよ、貴賓室にも近いですし、今後は貴賓室で来客対応が望ましいかと」

「そうよね、それが普通なのよね」

「はい、ここはあくまで事務所として使用して、ほら、どうしても誰彼構わず見せる事の出来ない物も運び込まれますしね」

テラがシーツで隠された大鏡へ視線を送る、

「そうよね、うん、ま、明日以降にジャネットさん達と動きましょうか、どうせ暇するんでしょうし、やるなら一気にやってしまって、何らかの仕事があれば持て余すこともないでしょうしね」

「そうですね、明日から学園はお休みなんですよね」

「そうなのよ、短い秋休みなのよね、田舎に帰るほど長くは無くて・・・どうにも持て余す休みなのよね、特に寮生はする事が無くてね、結局学園に行ってうだうだしてたりしたわね」

「そういうものですか・・・」

「そういうものなのよ」

エレインは自嘲気味に鼻で笑うと、

「ケイランさんとマフレナさんを交えて打ち合わせが必要よね」

テラと相談していた議題へと話題を戻した、

「そうですね、4名ですか・・・こちらもお会いしてからと思いますが即戦力にはなりますよね、流石エフモントさんです」

テラが手にしている木簡はエフモントがまとめた紹介状である、本日の午前中にエフモントが事務所へ顔を出し、時間がかかった事を平謝りした後、貴族相手の商売が出来るであろう人物を推薦していったのであった、メイド経験者と接客経験者である、これに新人の3名を加えればガラス鏡の店舗は適当な人工数となるであろう、頭数が多いような感はあるが、常勤となるのはテラと新人3名であり、ケイランとマフレナは予定通りに1日事の交代勤務の予定である、

「うん・・・それよりも・・・」

「はい、警備の事ですね、すいません、私も失念していました、申し訳ないです」

テラがフルフルと頭を振る、エフモントから女ばかりの職場では対処しきれない問題が発生するのではないかとの懸念が示されたのである、特に警備の面の問題が指摘され、さらに門衛も必要であろうと意見された、エレインもテラもその通りであったと瞬時に理解するが、現時点に於いてその役割はイフナースの従者が担っている、その点をエフモントに説明する事は出来なかったが、イフナースとていつ王都に戻るかは不明である、となれば、警備関連の人員も確保しておかなければならないのであった、

「今のところはなんとかなるというか・・・私達の方があれよね、異物なのよね」

エレインはこれも自嘲気味に呟く、

「そんな、向こうはそういう風には思ってないですよ・・・たぶんですけど・・・そう願います・・・」

テラは不安そうに答える、

「であればいいんだけど・・・そっか、イフナース殿下ともお話しした方が良いのよね」

「そうなりますね、従者の方にお話ししておきましょうか?」

「お願いできる?」

「はい、お時間は先方に合わせます」

「そうね、お願い・・・そうなると、ケイランさんとマフレナさんとの打ち合わせは・・・」

「今日お願いします?」

「うーん、今日はほら、屋敷と向こうの店の下見に連れていきたいかなって思ってたけど」

「なるほど、それいいですね」

「皆さんにはそっちの現場は見せてないからね、実際に目にして貰っておけば、今後動きやすくなりそうだしね」

「分かりました、では、そのように、支払いの後でよいですね」

「そうね、あっ、新人さん達は?」

昨日面接した5人は先程揃って顔を出した、卒業式を終え5人共に晴々とした顔とこざっぱりとした服装である、恐らく卒業式の後、そのまま足を向けたのであろう、軽く話した所、皆家族の了承を得た様子であり、今日に関しても顔を出しておくのが当然と親御さんに言われたらしい、笑顔を見せているがやや緊張した顔であった面々は先に来ていた顔見知りであったオリビアや見慣れた生徒達の寛いだ姿に、安心したように肩の力を抜いたようであった、

「ジャネットさんとオリビアさんが屋敷内を案内してますよ、地下とか厨房とか」

「そっか、じゃ、戻ったら始めましょうか、全員揃ってるわよね」

「はい、そのようですね」

再び顔を上げて事務所内を見渡すエレインである、

「今日はどうしましょう、何処まで話すべきかしら・・・」

「いつものように流れで宜しいかと思います、新人さんの紹介は必要ですね、あ、壁の大鏡の名称はどうしましょう?」

「・・・そっか、決めてなかったわね・・・大鏡では味気ないですよね、ソフィアさんが確か、姿見とかなんとかと呟いていたような気がするんだけど?」

「そうでしたか?」

「たぶん・・・だって、そんな言葉が出て来るのはあの人からですからね、私の記憶にある以上、ソフィアさんがそう言ってたのを記憶しているんじゃないかと思うんですが・・・ま、いいですわ、姿見で良いと思います、大きいのと床置き用とで変える必要があるかしら?」

「変えた方が分かりやすいと思います、分かりやすいのは良い事ですよ、間違いが確実に減少します」

「そうね・・・じゃ、いっその事、大きい方は全身鏡というのはどうでしょう、全身を見る為の鏡ですからね、で、床置き用のを姿見としてちょっとお洒落な感じに・・・お洒落に聞こえるかしら?」

「なるほど、お洒落・・・は何とも分かりませんが、全身鏡と姿見ですね・・・うん、名前から想像しやすいですね、良いと思います」

「ついでに他の鏡も決めてしまいましょうか・・・そうね、大きさで分けても良いんだろうけど、大きいのはガラス鏡と呼称して標準的な感じにしたいのよね」

「なるほど・・・」

「で、手持ちの合わせ鏡はそのまま合わせ鏡でいいし、3面鏡台・・・もそのままでいいわね、手鏡もそのまま手鏡で、銅鏡と区別したい所だけど・・・ま、大丈夫よね」

「そうですね、こちらでは銅鏡は取扱いませんしね」

「うん、そうしましょう、えーと・・・」

エレインは側にあった黒板を引き寄せて簡単に書き付けると、改めて見直す、

「ガラス鏡がそのまま過ぎてあれだけど・・・そっか、3面鏡台がありますわね、対して1面鏡・・・変ね・・・」

「いっそのこと顔鏡とか?」

「それはなんか生々しいわね・・・いや、これこそ壁鏡にしましょう、何処に設置しても良いという風に捉えて欲しいですからね・・・どうかしら?」

「壁鏡ですか・・・全身鏡との区別がつくのであればそれで良いと思います」

「お洒落ではないですが・・・分かりやすいのが一番よね」

「はい、確かに」

テラがニコリと微笑む、

「そうね、じゃ、これで決定にしましょう、後でブノワトさんとコッキーさんにも連絡しなきゃね」

「はい、また、顔を出すでしょうからその時でも」

「そうね、じゃ、集めてもらっていいかしら、遊ぶ時間も欲しいでしょうからやる事をやってしまいましょう」

「はい」

テラが腰を上げて、従業員へ声をかける、こうしてやや早い時間からその日の打ち合わせが始まるのであった。
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