上 下
426 / 1,050
本編

45話 兵士と英雄と その6

しおりを挟む
「確かに・・・えっと、お幾らになるんでしょう?」

ブラスがやや震える手で革袋の中身を確認し、バーレントも首を伸ばしてそれを覗き込んだ、二人は同時にゴクリと生唾を飲み込み、落ち着かない手付きで袋を閉じる、

「具体的には金貨にして150ずつですね」

エレインが冷静に答えるが、

「150・・・」

「そんな・・・大金・・・」

ブラスとバーレントは言葉少なに驚愕の面相となる、

「平民からすれば恐ろしい金額よね、私のような貧乏貴族でも震える金額ですから・・・貰い過ぎな気がするんだけどね」

エレインは困った顔で溜息を吐いた、

「いや・・・そっか、うん・・・」

ブラスは震える手を革袋から離し、ブノワトに向き直る、

「・・・正直お前さんが黙っていた事には腹を立てていたんだが・・・うん、気持ち分かるな・・・こんなお金は家に持っていく事は難しいよな・・・」

「・・・解ってくれた?」

「・・・理解できたよ、クロノス様の件は実感が薄かったんだが、この金を見たらな・・・嘘じゃないんだな」

「そうね、えへへ、黙ってるのって結構大変なんだよね、でも、まぁ、そういう事だから、私達が何て言うか良い貴族様だなって思ってた人がすんごい偉い人だったって感じでね、で、その人達がもっと頑張れって事でお金を下さったって事なのよ、でも、ほら大きすぎる金額だからね、だから、黙ってるのが一番かなって・・・」

ブノワトの声が若干震えている、

「そういう事か・・・うん、俺も帰ったら説教かなって思ったけど、これは無理だな」

バーレントもコッキーを見下ろした、

「うん、分かってもらえたらそれでいいかな・・・」

コッキーもやや上擦った声である、

「うん、でも、これはあれだな・・・何とも難しい感じだな・・・金が欲しくて頑張っていたけど・・・急にこんな大金渡されても困るんだな・・・実際には・・・」

「だな・・・」

バーレントは腕を組んで俯き、デニスも同様にどうしたものかと首を傾げる、

「・・・そうですね、ですが、皆さんには変な言い方になりますが、選択肢が無数に増えたという事でもあるのですよ」

テラが静かに口を開く、

「なにをどうかっこつけようが世の中お金です、これは真理の一つだと私は思っています、お金があれば大概の事は解決できますし、出来る事は当然のように増えます、お二人が職人を辞めて農場を開く事も出来るでしょうし、大きな屋敷を買う事も可能です、日がな一日飲んだくれる事もできます、ですが、私の感覚ですとこの金額は遊んでしまったら一年持ちません、お金は使う為にあるので、それでも良いというのであればそれも良いかと思います、しかし、この金額を投資という形で有効に運用すればさらに持続的な利益が得られるでしょう、先程、お二人から聞いた仕事上の問題を解決するには恐らくですが金貨にして2・3枚あれば事足りる事です、エレイン会長がこの事を打ち明けたのはこちら側の都合も若干はありますが、なによりもお二人にはしっかりとした後ろ盾となる資産がある事を理解して欲しかったからだと解釈できます」

「・・・投資を恐れるなという事ですか・・・」

バーレントがボソリと呟く、

「はい、これは私共の商売にも直結する事なので口を出したい所ではあるのですが、それはやはり難しい所です、商会の経営と工場の経営は違いますから、以前デニス君からガラスペンの値段について相談された事があったのですが、その事を考えるとやはり経営手法、経営理念の部分で大きく隔たりがあるのであろうなと思います、それはそれで良いのです、工場がしっかりと運営され従業員が満足できる給与を受け取る事が出来れば、でも、それだけだと発展する事が難しいのですよね、営利団体とは常に成長し拡大し続けなければならない生き物です、何故なら生き物であるがうえにより発展する他者に負けるからです、弱肉強食と言えば分かりやすいですが、現状維持を続ける組織はやがて負けます、より大きく、より効率的で、より報酬の高い組織によって駆逐されるか飲み込まれるものです、それは商会の理屈と思われるでしょうが、工場でも農園でも同じです、そうでしょう?」

「・・・そうですね、全く持ってその通りかと思います」

ブラスが大きく頷く、

「故に、ここが踏ん張りどころなのです、それは経営難における崖っぷちではなく、より大きな組織へと変わる為の踏ん張りどころなのです、従業員を増やすのも、工場を広げるのも、このお金が後ろにあると思えば思いきれるでしょう、その為の産業振興奨励金なのです」

「なるほど・・・より大きくなる為の踏ん張りどころ・・・ですか・・・」

「そうですね、特にガラス鏡については王国全土に販売できる品です、それを作れるのは今現在はあなた方だけなのですよ、ここでしっかりと量産できる体制を築く事が生存の為、及び営利として必要な事なのです」

ブラスとバーレントはテラの饒舌っぷりに驚きながらもその言葉に深く感銘を受けた様子である、その瞳の奥には熱が籠り、強く奥歯を噛み締めた、

「・・・まったく、テラさんも情熱的な人だから・・・」

不意にエレインが微笑んだ、

「そんなに構えなくても良いですよ、私としては六花商会の大恩人の一人はブノワトさんだと思ってます、屋台を始める時に教わった事は今でも忘れませんもの、それにコッキーさんも大事な友人です、私が嫌われない限りは仲良くしていきたいと思ってますから」

なんとも判断に悩む事を口にするエレインである、笑うべきか非難の声を上げるべきかブノワトとコッキーは難しそうな顔になる、

「あら、笑って欲しかったのに・・・」

エレインは微笑みつつ、

「ですので、お二人には取り敢えずお金に関しては少々失敗しても大丈夫だとそう思っていただきたかったのです、勿論、このお金を今日持って帰る事もできますが、クロノス様の件があります、あの大鏡の報酬で金貨150とはとても御家族には言えないでしょう?」

「それはそうですね、150は多過ぎますね」

「150は・・・無理だな・・・」

「そうだね」

「うん、それは分かる」

4人は同時に事務所の一画へ視線を飛ばす、鏡には角度の問題で彼等の姿は映っていない、誰も座っていない事務机が寂しそうにその枠の中で佇んでいる、

「だから、今まで通りに頑張って欲しいのですね、ですが、より挑戦的にもなって欲しいのです、テラさんの言う通りなんですよ、ここが踏ん張りどころです、倒れるのではなく、先に進む為のですね、そして、それは私からもお願いしたい事でもあります」

エレインは力強く言い放ち、テラも満足そうに頷く、

「ただし、無駄遣いは駄目です、それはブノワトさんとコッキーさんがしっかりと監督しないとね」

エレインのトドメの一言である、デニスとバーレントは口をへの字に曲げて顔を見合わせ、

「そうですね」

「うん、そこはしっかり」

こちらはニヤリと笑うブノワトとコッキーである、

「少しくらいは・・・」

「うん、あの、酒の一つも・・・」

「ダメー」

コッキーが即座に否定し、

「そうだよ、何のかんのといっても、エレインさんのお陰で十分に羽振りはいいんだから、これはあくまで保険ですー」

ブノワトもここぞとばかりに大きい声である、

「そうだね、保険だよねー」

「そうそう、男共はこれだからさー」

「そうだよ、飲みに使ったらあっという間なんだから」

「そうだよ、義母さんにグチグチ言われちゃうんだから」

「いや、ほら、それは付き合いってものがあってだな・・・」

「お酒が無くても付き合えますー」

「だよねー、すぐに付き合いとか言うんだから、飲みたいだけのくせにさー」

「お茶でいいじゃないさー、ねー」

「そうだよ、お茶ならいくらでも入れてあげるのにー」

「お前らだって、甘いもの食い過ぎるだろうが」

「えー、それをエレイン会長の前で言うの?」

「ちょっと、失礼でしょ」

「あ、いや・・・ほら、食べ過ぎるって事でさ・・・」

「じゃ、やっぱり呑み過ぎも駄目じゃないさー」

「そうだよ、お金だけ考えたらお酒の方が高いんだからねー」

「・・・これは・・・なんとも旗色が悪いな・・・」

しっかりとした妻と妹に男二人はぐうの音も無く黙り込むのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!

ree
ファンタジー
 波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。  生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。  夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。  神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。  これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。  ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!

ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません? せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」 不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。 実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。 あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね? なのに周りの反応は正反対! なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。 勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...