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本編

44話 殿下が来た その11

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その日の午後である、3階ではユーリが一人研究室で数枚の黒板を前にしてうんうん唸っていた、そこへ、

「戻りました」

サビナがゆらりと顔を出す、やや疲れたような顔であったが、前回のような気疲れでは無いようであった、

「お疲れ様どうだった?」

ユーリはいつものように塩梅を問うた、

「良い感じでした、各班毎に発表させたのですがそれが良かったみたいですね、来た人は皆満足したようです、前のように賓客も居りませんでしたし」

「あー、それはねー、ま、良かったわね」

ユーリが顔を上げて振り返る、

「でも・・・」

「わかってます、あくまで研究目的ですから、今、カトカとマフダさんにまとめを作ってもらってます」

サビナは側の椅子を引いて座り込む、

「うん、宜しい、楽しむ為の研究会では無いからね、その点忘れないように、ま、つまらないよりかは断然いいんだけどね」

「そうですね、それは勿論です、で、やっぱりなんですがこっちに興味が移ったらしくて・・・」

サビナが苦笑いで左手を上げる、その爪は2本だけ光沢を受けてテラテラと光っている、

「あー、でしょうねー」

「はい、最後の方はこれの話になってしまいまして」

「そっか・・・ま、それこそ好きにやってみたらいいじゃない、ソフィアにも許可は貰ってるんだし、エレインさんも商売としてどうするかはブノワトさん次第って感じだったでしょ、あれはそうね、道具もそうだけど技術的な部分よね、ミナにやらせてるけど、研磨作業だって本来はもっと上手く出来るような気もするし・・・」

ユーリは昨日の夕食後の雑談として始まった打合せを思い出す、

「そうですね・・・そうなんです、だから、マフダさんに技術的な部分を習得して貰って、それを伝える形になるのかなと・・・それと平行する感じで、六花商会でやすりを販売してもらえば普及は早いと思うのですが・・・髪留めみたいな感じですね」

サビナの言葉の通りに学園内の女子の間ではソフィア発の髪留めが徐々に浸透しつつあった、さらに髪飾りも独自に発展しているようであり、時折オッと驚くような派手な髪飾りを着けた者がおり、講師の間ではやや問題ともなっている、

「そうね、そういう感じになるわよね、でもあれはちょっとやり過ぎかもね、その内規制されちゃうかな・・・それはそれでつまらないと思うんだけどな・・・ま、いいか、で?」

「はい、将来的にはメイド科の一科目として習得するのが良いのかなと思うのですが、それは考えすぎですかね・・・」

「良いと思うわよ、側仕えの技能として売りになるんじゃない?メイド科の先生に話してみた?」

「それはまだです、研究会にも顔を出してましたので、その内お話しできればと思います」

「そっか、じゃ、こっちに話が来るかもね、でも、あの先生も古いからな・・・どう見てるのかは分かんないかしらね」

「そうですね、やわらかクリームについては肯定的な感じでしたけど、こっちに関しては興味なさそうでしたね」

「実際にやってみれば変わるんじゃない?それに、ユスティーナ様にしろ王妃様にしろもうそうなっているんだから、そっちからお声がかりがあるかもしれないしね、あくまで実験ですで誤魔化すようにはお願いしてあるらしいけど、暇な貴族様方は食い付くでしょ」

「・・・えっと、その場合どうします?」

「どうしますと言われてもねー、どうするんだろ、うーん、ユスティーナ様や王妃様が仲の良いお友達を連れてくるのかしら?それはそれで騒ぎになるだろうしなー、あ、側仕えに教えてたわよね、向うは向こうで独自に開発していくのかな?ま、でも何かあるとしても、こっちでは無くてソフィアやエレインさんの方へ行くわよね」

「そうですよね」

「うん、で、サビナ先生が巻き込まれると」

「先生は勘弁して下さい」

「いいじゃない、もう立派な先生よ、あ、次回はどうするの?」

「はい、今回はオイルと蜜蝋の分量を指定しましたので、次回は逆に用途毎に適正と思われる配分を作ってみる様に指示しました」

「あら、そこまでやらせる?」

「えぇ、やりたいって事でしたし、でも、その後ですね、継続使用しての効果判定になってくると思うのですがそうなると使用感の報告でしかなくなるんですよね、そうなると、あ、次回は来月か・・・時間あるな・・・大丈夫かな・・・それなりに濃い内容になるかしら?でも、正直な所もう少し寒くならないと有効性がわかりづらいんですよね」

「そうよね・・・じゃ、あれだ、やっぱりその班毎にさ、中心人物はいるんでしょ、そいつら勧誘しちゃえば?」

「それも考えてました、でも、事務員さんの所はどうします?」

「あー、ダナもいるんだっけか、あれも元気よね、忙しい時期なのに」

「はい、それとこれとは別だって笑ってましたけど、でも、発表内容は一番良かったと思います、しっかりしてましたね」

「それはそうでしょ、後輩達には負けられないんだから・・・でも、事務員が研究会に参加してもいいのかしら?事務長が文句言いに来ないからいいのかな?ちょっと聞いてみるか・・・藪蛇にならなければいいけど・・・」

「あまり褒められた事ではないですかね?」

「別にー、だって、研究会自体はほら、講師が好きに研究する場なわけだからね、それに基本的には公務時間外の活動だし、仕事に支障がなければいいんじゃないの?知らんけど」

「知らんけどって」

「だって、研究会は自由開催で自由参加よ、真面目に活動してるのって、美容服飾と格闘くらいじゃないの?」

「格闘ですか?」

「そうよ、あそこはだって毎日のように修練場でなんかやってるでしょ、あれかしら活力が余っているのかしら?血の気の多い連中の血抜きにはもってこいよね」

「あ、今日はなんかクロノス様とイフナース様がそっちに顔出したみたいですよ」

「えっ、何それ?」

「えっと、見かけただけなんですが、学園長と一緒に笑いながら修練場に歩いて行きましたから、あの時間だと格闘研究会しかないですよね」

「・・・クロノスって暇なのかしら?」

「えっと、それは何とも言えないですが」

「また、リシア様にどやされなきゃいいけどねー」

「そうですね、あの後どうなったんでしょうか?」

「さあね、夫婦の戯れにくちばしを突っ込むほど下世話じゃないわー」

「戯れですか?」

「そういうもんでしょ、ま、裸で女達の前に立てばね、身重の妻としては腹を立てる以外の事は出来ないわ」

「それもそうですね」

「まぁ、そういうもんでしょ・・・で、話し戻すけど、次回の内容はいいとして、その次あたりから服飾関係を取り扱える?」

「はい、そのつもりでした、まとめ作業はまだまだですが、面白そうな所をかいつまんでいこうと思います、時間もありますし、そちらに集中したいです」

「そうよねー、私としては素材関係だけでも先に欲しいかな?」

「それは私もそうですけど、聞いた事も無い植物だの動物だのばかりですよ、一応博物学の書物と照らし合わせながら書いてますが、進みが遅いです」

「そっか・・・ま、時間はある・・・ようで無いわよね」

「そうなんですよ、あと二月程度でまとめてしまって、学園長に確認してもらって、来年の早いうちに認定を頂いて、で、複写に回して・・・」

「そうね、忘れてなければいいわよ」

「もー、厳しいなー」

「そりゃね、学園長からもしっかり頼むって言われてるしー、期待されてるんだから頑張んなさい」

「はいはい、じゃ、私はそっちへ」

「うん、あ、カトカは?」

「学園です、マフダさんに転送陣はまだ見せれないかなって思いまして、向うでまとめ作業をしてます」

「あら、別にいいのに、簡単に真似できるものではないって知ってるでしょ」

「そうですけど・・・いいんですか?」

「口留めは必要だけどね、口外したら六花商会にも居られなくなるって言えば黙るでしょ」

「そんな横暴な・・・」

「大事な事でしょ、仕事上の守秘義務は大人の常識よ、あの程度をペラペラ話しちゃうようなのは側に置けないわ、まして、ここは最先端の研究所なんだから、一般人が知らない物に溢れていても不思議じゃないんだし」

「そうですけど、マフダさんに関してはもう少し様子を見たいです、彼女が真面目で熱心なのは分かりますが、素直過ぎますから」

「あんたがそう言うならそれでいいわよ、そうね、大事な助手一号なんだから大事になさいな」

「勿論ですよ、優しくしてるじゃないですか」

「ふふん、じゃ、報告書宜しく」

サビナは当然のように答え、ユーリは鼻で笑った、

「では」

サビナはよいしょと立ち上がり、ユーリはクルリと机に向かう、やがてカトカが報告書を届けに来ると二人は本来の研究対象である魔法陣に関する事で話し込むのであった。
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