上 下
415 / 1,050
本編

44話 殿下が来た その6

しおりを挟む
「あー、何の騒ぎ?」

ユーリが食堂へ顔を出すとそこでは昨日に引き続き今度は絵具と紙を使ってなにやら熱心に作業している様子であった、パトリシアの指揮の下、エレインとアフラが絵筆を動かし、巻き込まれたのであろうサビナとカトカもそれを手伝っている、なんと珍しい事にソフィアまでもがパタパタと歩き回っていた、ユーリは取り敢えずカトカに近付いて問いかける、すると、

「リシア様の絵画教室?図面教室でしょうか、とても興味深いです、面白いですよ」

カトカはニヤリと微笑み、

「リシア様、助っ人です」

さらに邪悪な笑みを浮かべてパトリシアを見上げる、

「ほっほっほっ、ユーリ先生ですわね、素晴らしい助っ人ですわ」

パトリシアがフンスと胸を張り、ユーリをしっかりとその視線に捉えた、

「これはリシア様、御機嫌麗しゅう・・・」

傍若無人なユーリであるがクロノス以外の王族には謙虚である、弱弱しく挨拶すると、

「御機嫌よう、先生、さっ、先生も一つ知恵を貸していただけないかしら?」

パトリシアはニヤニヤとユーリを見下ろす、

「えっと・・・どういう事なんでしょう?」

「こちらをご覧下さる?壁に描く模様を考えてましたの」

数枚の上質紙をユーリの前に並べるパトリシアである、そこには単純な格子模様や、円を組み合わせたもの、波のような文様や、線を悪戯に引いただけのようなものなど様々である、唯一共通しているのはその色である、全てが薄い赤色であった、

「ほう・・・これは・・・なるほど、興味深い・・・ふんふん」

ユーリは一目でそれらに魅了されたようである、

「所長好きそうですよねこういうの」

その様子にサビナが微笑み、

「ふふ、如何です先生?」

パトリシアもどうだと言わんばかりである、

「はい、これは良いですね、うん、なるほど、これを壁の模様ですか・・・面白い・・・」

ユーリがその内の一枚を手にして壁に向かって掲げ、

「そっか・・・壁に刻んでしまうのも面白いのか・・・できるかな?素材が問題か・・・いや、それは・・・」

ブツブツと別の事を考え始めた様子である、

「転送陣は隠す必要があったけど・・・そうなると、あれは隠すよりも表に出す方がいいのよね・・・そっか・・・そうなると、室内よりも外かな・・・規模が大きくなる・・・それは計算によるわよね・・・式を組み替えて・・・前に使ったあれを活かせば・・・」

呟きながらフラフラと黒板へ向かうと、何やら式を書き始めた、左手にもつ紙をチラリチラリと見つつ、右手は忙しく動いている、

「えっと・・・どうしたんですの・・・」

取り残されてしまったパトシリアが不安そうにカトカへ顔を近づける、

「あー、久しぶりに始まったみたいですね・・・」

「そうね、ほっときましょう」

カトカとサビナは慣れたもののようである、しかし、エレインとアフラも顔を上げて不思議そうな顔となり、

「えっと・・・」

パトリシアは困惑しきって黒板に向かうユーリの背を見つめる、

「ほっといていいわよー、ユーリはああいう人なのよ」

そこでやっとソフィアが口を出した、

「ああいう人?」

「そうなの、魔法陣とか式とかそういう事考え出すとね、自分の世界に入っちゃうのよ、あたしらが何を言おうが無視されるのがオチだからほうっておいて、それよりこれ良い感じじゃない?」

エレインの描いた紙を摘まみ上げるソフィアである、パトリシアはソフィアがそう言うのであればと視線を戻し、

「あら、可愛いですわね、なるほど、菱形ですか・・・」

「そうですね、四角の形を変えると面白いかなと思いまして」

「いいですよね、これ、単純だけどそれだけじゃない感じです」

「こう、色を塗る箇所を増やしたいですわね・・・交互にこう塗れないかしら」

「やってみますね」

エレインが絵筆を構え直すと、

「もどったー」

ミナの声が玄関に響いた。



「ユラ様、ヘター」

「えっ、何という事を言うのかしらこの娘は」

「えー、ワンコに見えないよー」

「だって、馬ですもの」

「えー、お馬さん?」

「そうですよ」

「そうなの?でも・・・えー、お馬さん?」

「見えないかしら・・・」

深刻そうに悩みだすウルジュラと困惑しているミナである、買い物から帰った二人は当然のように作業に参加した、しかし、二人共にその主旨を完全に無視して自由に絵画を楽しんでいる様子である、尚、寮へと帰ってきたのはミナとレイン、ウルジュラとその従者のみである、王妃達は屋敷へ戻り、従者の大半も大荷物を抱えてそちらへ追随したとの事である、その隣りでは、

「これは凄いですね、奥行が感じられます、吸い込まれるような感じですね・・・」

「本当だ、えっ、どう書けばいいんですの?」

パトリシアとアフラがレインの描いた文様に釘付けとなっていた、エレインも言葉を無くして見入っている、

「そうじゃのう、まずは中心線を引くのじゃ、そこから斜めに線を引き下ろす、で、横線は平行で良いぞ、それを基準にして下を広く、中心線に近い部分を狭く線を引く、で、斜線を等間隔で描くそれだけじゃな」

そう高説を垂れるレインであった、なんとも得意気である、

「まぁ、なるほど・・・確かにそれだけなんですね・・・」

「はい、言われてみれば・・・これは素晴らしいですよ・・・」

「ふふん、それでの、この中心線にの」

レインは絵筆ではなく石墨を手にすると、さっと書き加えた、

「木ですか・・・」

「まぁ、なんと言うか・・・これだけで絵になりますわね・・・」

「はい、とても詩的に感じられます・・・何でしょう、楽しいような懐かしいような、何とも言えない感覚ですね」

「じゃろう、コツとしてはあれじゃな、あまり大きく描かない事じゃな、それとゴチャゴチャ書き込むのも興が削がれるというものじゃ、そうじゃのう、この木に対して、こんな感じで人を書く程度で良いと思うぞ」

レインが木の側に人形の影を描写し、その足元に猫であろうか小動物を書き入れる、

「可愛いですね・・・」

「素晴らしい・・・」

「エレインさん、これにしましょう、色々と書きましたが、これが一番良いですわ」

「はい、リシア様・・・レインちゃん、この絵をお店の壁に描きたいのですが、良いでしょうか」

エレインが興奮しつつレインに許可を求める、

「構わんぞ、ふふん、なんじゃ、皆、見る目があるのう」

さらに得意そうににやつくレインである、さらに黒板の前では、

「ここの文様は省略できるかと思いますが」

「それは、必要でしょ、こっちからの流れを増幅したいのよ」

「ですと、別系統でもう一本流れを入れないとですよ」

「・・・そうね、そうなるとこっちから引っ張ってきて・・・」

研究所組の3人はユーリが勢いのままに書いた魔法陣の前で喧々諤々とやり始めている、

「組み直した方がいいですね、私ならこっちから伸ばします」

「でも、あれですよね、全体に光を受けるのであれば、単独で増幅可能なのではないですか?」

「あー、どうだろう・・・そっか、そこだけ積層構造にしてみようかしら・・・裏面も使えるかなって思っているんだけど」

「裏面ですか・・・いいですね、それ、そうしますと、この反応部分を大きくできますよ」

「そうね、そっか、じゃ、あれか、ここからここまでは裏面で、こっちからこっちを表面」

「繋ぎ部分はどうします?」

「えっと、例の蜘蛛糸でいいでしょ」

「であれば、冷凍箱みたいに操作部分を別にも出来ますが」

「それもあったわね・・・そっか、操作部分か・・・」

「大きすぎるとそれが問題になりますよね」

「そうね、これにしてもどこまでの大きさですか?」

「2階建ての建物の壁・・・のつもり」

「デカイですね」

「うん、大きすぎません?」

「だって、大きければ大きい程光を受けれるじゃない」

「雨とか風とか問題ですよ」

「それは・・・そうね、そうなるとせめてあれか、扉を潜れるくらいか・・・」

「折りたたみにしてみたらどうです?」

「連結部分の接続が不安でしょ、それ」

「あ、そっか・・・」

「そうね、うん、取り敢えずはこれでいいわ、カトカは一旦これ記録しておいて、サビナは材料の計算、私は組み直してみるわ」

どうやらユーリが強引に切り上げたようである、机上での設計だけでは煮詰まるだけである事を彼女は嫌と言うほど経験している、その為見切りをつけるのが異様に早いのであった、最終的になんらかの結論に至ったようであったが、何が出来上がるにしろ組み直すとユーリが口にしている以上、その完成はまだ先と思っていいであろう、カトカとサビナはユーリの号令の下3階へ走り、ユーリ自身は腕を組んで黒板を睨む、

「そうなると・・・ガラスのあれを使ってみたいよね・・・そうなるかな・・・それよりも、魔法石足りるかしら・・・取ってくるか・・・」

さらにブツブツと呟き続けるユーリである、

「うわ、またなんか始めたのか?」

そこへクロノスとイフナースが厨房から顔を出した、

「あら、お帰り、問題無い?」

ソフィアが二人をニコヤカに出迎える、

「問題は無いが・・・あ、手拭いをくれるか汗を拭きたい、井戸使うぞ」

「いいわよー、お好きにどうぞ、それともお湯沸かす?」

「そこまではいいよ」

「でも、殿下は身体洗った方がいいんじゃない、ついでに髪も洗いなさいな」

「あー、あれか・・・イフナース、どうする」

クロノスが振り向いて問う、

「どうとは?」

「髪・・・洗った方がいいな、折角の美形が台無しだ・・・うん、ソフィア頼む」

「はいはい、じゃ、あれだ、水汲みお願いね」

「あん、そうなるか・・・はいはい・・・って、あれだ、お前さんの魔法石の水は使えないのか?」

「・・・そうね、あれを使えば早いわね」

「だろう、お前の発案だろうが、忘れるなよ」

「そうね、ほら、基本的には秘密なのよね、若いのも多いから」

ソフィアは誤魔化し笑いを浮かべつつ内庭へ向かい、

「石鹸あるかな、お前、身体も洗え」

「そうですね、湯浴みなど何年ぶりでしょう・・・」

「そうだろうな、ま、無理するなよ」

「ふっ、お優しいお義兄様ですな」

「言ってろ」

二人も食堂の喧噪を背にして内庭へ向かうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!

ree
ファンタジー
 波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。  生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。  夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。  神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。  これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。  ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!

ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません? せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」 不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。 実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。 あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね? なのに周りの反応は正反対! なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。 勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...