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本編
44話 殿下が来た その3
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裏山の天辺広場に至った一行を振り返り、
「こちらです殿下」
ソフィアが精霊の木を指し示した、一行は裏山に至るまでイフナースのゆっくりとした歩みに歩調を合わせていた、上り坂のちょっとした石くれにも足を取られかけるイフナースであったが、従者が手を貸そうとするのを弱弱しくも強引に押し退けつつ顔を上げて歩を進め、その様子にエフェリーンは何とも心配そうに落ち着きがなかったが口を挟む事は無く、国王もまた従者達も言葉少なく見守った、杖代わりの木剣がザクリザクリと特異な音を立てている、しかし、そんな一行を尻目にミナだけが前に走ったりウルジュラの下へと戻ったりと騒がしい、イフナースはそんなミナを微笑ましく眺めながら額に汗を浮かべて一歩一歩を刻んで辿り着いた、
「これか・・・なるほど、あの絵の通りだな・・・」
一行の心配そうな視線の中、イフナースはゆっくりと精霊の木へ近付く、そこへ、
「おう、イフナース、鍛錬道具は揃えたぞ」
クロノスが天幕からのそりと顔を出す、
「クロノス兄、あなたも人が悪い」
イフナースは足を止めて何とか笑顔を見せる、
「ほう、ここまで自力で来たのか、無理はするなよ、呪いを払えても身体を壊したのでは意味がないぞ」
「確かに、でも、こうして外を歩ける事、これもまた楽しいものです」
「そうか、うん、そうだな」
クロノスは頷いてイフナースの側に立つ、
「で、ソフィア、どうすればいいのだ」
二人は大きく張り出した根の前で立ち止まり精霊の木を見上げた、
「あ、はい、ではそうですね、殿下、精霊の木に触れてみて下さい」
「触れれば良いのか?」
「はい、取り敢えず」
ソフィアは以前聞いたレインの話を思い出しつつ答えた、確か触れる事によって闇の精霊を吸わせるとかなんとか、そういえば具体的にどうするかを聞いてなかったなと詰めの甘さに冷や汗をかきつつ、レインへと視線を送る、レインは特に何も言わず他の木々を見上げていた、
「では」
イフナースが弱弱しく左手で精霊の木に触れる、しかし特に大きな変化は無い、イフナースはこんなものかと口を開き掛けた瞬間、ガクリと両足から力が抜けて崩れ落ち、前のめりに倒れ込んだ、手から離れた木剣が倒れて転がる、
「イフナース」
クロノスが慌てて抱きかかえるが、イフナースは眠っているのかまるで反応が無い、一行も何事かと駆け寄った、
「イフナース」
クロノスが再度呼びかけるが反応は無い、皆がオロオロとイフナースの周りに集まり、流石のソフィアもこれはまずいかと近付こうとした瞬間、
「待て、あれで良い、暫くあのまま木にもたせかけろ、すぐに目が覚める、あの様子だと、そうだな・・・半月も通えば精霊は抜ける、強い男じゃな大したものだ」
レインがソフィアの手を引いて強引に屈めさせるとそう耳打ちした、エッとソフィアは驚いてレインを見つめるが、レインはソフィアの手を離し先程と同様に無関心を装っている、
「ありがとう」
ソフィアは小さく礼を言って、
「クロノス、そのまま、精霊の木に触れたままにして」
「なに?」
「いいから、幹にもたせかけるように、大丈夫、上手く行っているから」
ソフィアは側仕えと王族を押し退けてクロノスを手伝いイフナースを横臥させる、
「これでいいわ、すぐに目を覚ますはずよ」
「本当だな?」
クロノスがキツイ視線をソフィアへ向ける、
「勿論よ、恐らくだけど一気に抜け出ているから意識を取られただけよ、精霊の移動が済めば目を覚ますわ、だから皆さん落ち着いて、息はあるし、脈もあります」
ソフィアは一行を見渡して力強く断言する、皆、突然の事に言葉も無く不安気な顔であった、
「そうか・・・なら良いが・・・」
クロノスが吐息を吐く、イフナースを見下ろす視線は厳しくも優しい、
「そうね、ここはソフィアさんを信じましょう」
エフェリーンが何とか言葉を絞り出し、
「そうだな、うん、慌てる事は無い」
続いて国王も自身に言い聞かせるように呟いた、
「ビックリしたー、ねー」
ウルジュラはなんとも緊張感の薄い声音である、意識してそうしているのであろう、作り笑いで皆を見渡すが、それに答える者は無い、
「むー、大丈夫だよー、ソフィアさんがそう言ってるしー、兄様は強い人だしー」
口を尖らせるウルジュラであるが、マルルースがキッと睨みつけると渋い顔で静かになった、
「・・・どういう状況か説明できるか?」
クロノスがイフナースを見下ろしながらソフィアへ問う、誰も口を開く事が出来ず、静かにイフナースを見守っている、従者達は祈るように、家族は暗く苦しそうな顔である、
「・・・あー・・・あくまで恐らくだけど・・・」
ソフィアは暫し考えそう前置きすると、
「えっと、精霊が一気に移動したものと思います、元々呪いとして無理矢理憑いていた精霊がより心地良いほうへ移った、それが目的であったのですが、少しばかり急すぎたのでしょう、魔力欠乏と似たような状態になったんだと思います、昔引っかかった魔族の罠を思い出しますね、あんな感じだと思われます、こう一気に魔力が吸われ尽くして、意識が飛んだ状態・・・全身の力も抜けて・・・」
「お前、こうなる事が分かっていたんじゃないだろうな」
クロノスはギリッとソフィアを睨む、
「分からないわよ、恐らくだけどって言ってるでしょ、予想は出来た事だけど、倒れるほどとは思ってなかったわ、もう少し緩やかな感じかと思ったのよ、何にしろ私だって初めての事なんだから、精霊に関してはこっちの人達では扱いきれないし、知識もないんだから、睨まれれようが責められようがどうする事も出来なかったわよ、それにやってみなければわからないって事は言ってあるはずよ」
ソフィアは睨み返しつつ言い訳に終始する、ソフィア自身も理解していない事象なのである、その事は先刻説明済みであるし、それでもと藁にも縋る思いで今日この場があるのである、全てが気持ちよく安全に進む方が稀だと言って良い、ある意味で賭けなのであった、ソフィアとしてはレインの言葉を信じ、王家はソフィアの言葉を信じた、しかし、事ここに至って上手くいきませんでしたではソフィアの首が飛びかねない、そうとはならずとも折角築いた王家との縁もここまでとなるであろう、ソフィアとしてはそれでも構わないのであるが、エレインや学園関係者としてはたまったものではないであろうし、なにより王家としてもそれはまるで望んでいない事である、少々能天気過ぎたかなとソフィアは軽く身震いするが、レインは一人一行から離れて傍観していた、何も心配している様子は無い、ソフィアはその姿を視界の端に捉えて、先程の助言を信じる事にした、
「そうだな、その点は理解していた、慌てる事はない」
国王が二人をとりなし、
「それに、何の変化も見えなかったとしたらそれはそれで問題であった、薬は苦いものだし、手術には痛みが伴う、少し強烈ではあったが反応があっただけ有効であったとも考えられるであろう」
冷静で現実的な意見である、しかし、その顔には苦悩が滲んでいた、もっとやりようがあったかもしれぬと国王自身も考えを巡らせ、それは幾度か堂々巡りを繰り返し、この状況が最良とは言えずとも、取れる算段の内の最も賢い選択であったと自身に言い聞かせる、強い自制心と自尊心であった、
「陛下がそう仰るのであれば、私からは何も・・・それに・・・顔に赤味が差してきております、如何でしょう?」
クロノスはイフナースを見下ろしつつその様子を口にし、心配そうに見下ろすエフェリーンとその場を代わった、
「・・・そうね、そう見えるわね・・・うん、顔色が少しだけど良くなっているような、気のせいかしら?」
「いいえ、その通りですよ姉様」
涙声で呟くエフェリーンをマルルースが優しく慰める、
「そうよね、うん、もう、この子はいつまでも世話を焼かせるんだから」
エフェリーンはイフナースの手を両手で包み込む、それから暫く一行の心配そうな顔がイフナースを見下ろし、ソフィアがそろそろかしらとイフナースの額に手を当てると、ピクリとその瞼が動いた、
「あら」
パトリシアがそれに気付き、と同時にイフナースの空いた腕がゆっくりと上に伸びる、
「まぁ、これは?」
「なんでしょう、夢でも見ているのかしら」
何かを求めるような掴むようなそんな動きを見せ、パッとイフナースの両目が開く、そして、
「・・・腹が減ったな・・・」
覚醒した王子の最初の一言であった。
「こちらです殿下」
ソフィアが精霊の木を指し示した、一行は裏山に至るまでイフナースのゆっくりとした歩みに歩調を合わせていた、上り坂のちょっとした石くれにも足を取られかけるイフナースであったが、従者が手を貸そうとするのを弱弱しくも強引に押し退けつつ顔を上げて歩を進め、その様子にエフェリーンは何とも心配そうに落ち着きがなかったが口を挟む事は無く、国王もまた従者達も言葉少なく見守った、杖代わりの木剣がザクリザクリと特異な音を立てている、しかし、そんな一行を尻目にミナだけが前に走ったりウルジュラの下へと戻ったりと騒がしい、イフナースはそんなミナを微笑ましく眺めながら額に汗を浮かべて一歩一歩を刻んで辿り着いた、
「これか・・・なるほど、あの絵の通りだな・・・」
一行の心配そうな視線の中、イフナースはゆっくりと精霊の木へ近付く、そこへ、
「おう、イフナース、鍛錬道具は揃えたぞ」
クロノスが天幕からのそりと顔を出す、
「クロノス兄、あなたも人が悪い」
イフナースは足を止めて何とか笑顔を見せる、
「ほう、ここまで自力で来たのか、無理はするなよ、呪いを払えても身体を壊したのでは意味がないぞ」
「確かに、でも、こうして外を歩ける事、これもまた楽しいものです」
「そうか、うん、そうだな」
クロノスは頷いてイフナースの側に立つ、
「で、ソフィア、どうすればいいのだ」
二人は大きく張り出した根の前で立ち止まり精霊の木を見上げた、
「あ、はい、ではそうですね、殿下、精霊の木に触れてみて下さい」
「触れれば良いのか?」
「はい、取り敢えず」
ソフィアは以前聞いたレインの話を思い出しつつ答えた、確か触れる事によって闇の精霊を吸わせるとかなんとか、そういえば具体的にどうするかを聞いてなかったなと詰めの甘さに冷や汗をかきつつ、レインへと視線を送る、レインは特に何も言わず他の木々を見上げていた、
「では」
イフナースが弱弱しく左手で精霊の木に触れる、しかし特に大きな変化は無い、イフナースはこんなものかと口を開き掛けた瞬間、ガクリと両足から力が抜けて崩れ落ち、前のめりに倒れ込んだ、手から離れた木剣が倒れて転がる、
「イフナース」
クロノスが慌てて抱きかかえるが、イフナースは眠っているのかまるで反応が無い、一行も何事かと駆け寄った、
「イフナース」
クロノスが再度呼びかけるが反応は無い、皆がオロオロとイフナースの周りに集まり、流石のソフィアもこれはまずいかと近付こうとした瞬間、
「待て、あれで良い、暫くあのまま木にもたせかけろ、すぐに目が覚める、あの様子だと、そうだな・・・半月も通えば精霊は抜ける、強い男じゃな大したものだ」
レインがソフィアの手を引いて強引に屈めさせるとそう耳打ちした、エッとソフィアは驚いてレインを見つめるが、レインはソフィアの手を離し先程と同様に無関心を装っている、
「ありがとう」
ソフィアは小さく礼を言って、
「クロノス、そのまま、精霊の木に触れたままにして」
「なに?」
「いいから、幹にもたせかけるように、大丈夫、上手く行っているから」
ソフィアは側仕えと王族を押し退けてクロノスを手伝いイフナースを横臥させる、
「これでいいわ、すぐに目を覚ますはずよ」
「本当だな?」
クロノスがキツイ視線をソフィアへ向ける、
「勿論よ、恐らくだけど一気に抜け出ているから意識を取られただけよ、精霊の移動が済めば目を覚ますわ、だから皆さん落ち着いて、息はあるし、脈もあります」
ソフィアは一行を見渡して力強く断言する、皆、突然の事に言葉も無く不安気な顔であった、
「そうか・・・なら良いが・・・」
クロノスが吐息を吐く、イフナースを見下ろす視線は厳しくも優しい、
「そうね、ここはソフィアさんを信じましょう」
エフェリーンが何とか言葉を絞り出し、
「そうだな、うん、慌てる事は無い」
続いて国王も自身に言い聞かせるように呟いた、
「ビックリしたー、ねー」
ウルジュラはなんとも緊張感の薄い声音である、意識してそうしているのであろう、作り笑いで皆を見渡すが、それに答える者は無い、
「むー、大丈夫だよー、ソフィアさんがそう言ってるしー、兄様は強い人だしー」
口を尖らせるウルジュラであるが、マルルースがキッと睨みつけると渋い顔で静かになった、
「・・・どういう状況か説明できるか?」
クロノスがイフナースを見下ろしながらソフィアへ問う、誰も口を開く事が出来ず、静かにイフナースを見守っている、従者達は祈るように、家族は暗く苦しそうな顔である、
「・・・あー・・・あくまで恐らくだけど・・・」
ソフィアは暫し考えそう前置きすると、
「えっと、精霊が一気に移動したものと思います、元々呪いとして無理矢理憑いていた精霊がより心地良いほうへ移った、それが目的であったのですが、少しばかり急すぎたのでしょう、魔力欠乏と似たような状態になったんだと思います、昔引っかかった魔族の罠を思い出しますね、あんな感じだと思われます、こう一気に魔力が吸われ尽くして、意識が飛んだ状態・・・全身の力も抜けて・・・」
「お前、こうなる事が分かっていたんじゃないだろうな」
クロノスはギリッとソフィアを睨む、
「分からないわよ、恐らくだけどって言ってるでしょ、予想は出来た事だけど、倒れるほどとは思ってなかったわ、もう少し緩やかな感じかと思ったのよ、何にしろ私だって初めての事なんだから、精霊に関してはこっちの人達では扱いきれないし、知識もないんだから、睨まれれようが責められようがどうする事も出来なかったわよ、それにやってみなければわからないって事は言ってあるはずよ」
ソフィアは睨み返しつつ言い訳に終始する、ソフィア自身も理解していない事象なのである、その事は先刻説明済みであるし、それでもと藁にも縋る思いで今日この場があるのである、全てが気持ちよく安全に進む方が稀だと言って良い、ある意味で賭けなのであった、ソフィアとしてはレインの言葉を信じ、王家はソフィアの言葉を信じた、しかし、事ここに至って上手くいきませんでしたではソフィアの首が飛びかねない、そうとはならずとも折角築いた王家との縁もここまでとなるであろう、ソフィアとしてはそれでも構わないのであるが、エレインや学園関係者としてはたまったものではないであろうし、なにより王家としてもそれはまるで望んでいない事である、少々能天気過ぎたかなとソフィアは軽く身震いするが、レインは一人一行から離れて傍観していた、何も心配している様子は無い、ソフィアはその姿を視界の端に捉えて、先程の助言を信じる事にした、
「そうだな、その点は理解していた、慌てる事はない」
国王が二人をとりなし、
「それに、何の変化も見えなかったとしたらそれはそれで問題であった、薬は苦いものだし、手術には痛みが伴う、少し強烈ではあったが反応があっただけ有効であったとも考えられるであろう」
冷静で現実的な意見である、しかし、その顔には苦悩が滲んでいた、もっとやりようがあったかもしれぬと国王自身も考えを巡らせ、それは幾度か堂々巡りを繰り返し、この状況が最良とは言えずとも、取れる算段の内の最も賢い選択であったと自身に言い聞かせる、強い自制心と自尊心であった、
「陛下がそう仰るのであれば、私からは何も・・・それに・・・顔に赤味が差してきております、如何でしょう?」
クロノスはイフナースを見下ろしつつその様子を口にし、心配そうに見下ろすエフェリーンとその場を代わった、
「・・・そうね、そう見えるわね・・・うん、顔色が少しだけど良くなっているような、気のせいかしら?」
「いいえ、その通りですよ姉様」
涙声で呟くエフェリーンをマルルースが優しく慰める、
「そうよね、うん、もう、この子はいつまでも世話を焼かせるんだから」
エフェリーンはイフナースの手を両手で包み込む、それから暫く一行の心配そうな顔がイフナースを見下ろし、ソフィアがそろそろかしらとイフナースの額に手を当てると、ピクリとその瞼が動いた、
「あら」
パトリシアがそれに気付き、と同時にイフナースの空いた腕がゆっくりと上に伸びる、
「まぁ、これは?」
「なんでしょう、夢でも見ているのかしら」
何かを求めるような掴むようなそんな動きを見せ、パッとイフナースの両目が開く、そして、
「・・・腹が減ったな・・・」
覚醒した王子の最初の一言であった。
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