上 下
409 / 1,050
本編

43話 職人達とネイルケア その17

しおりを挟む
「これは緋色ね」

「こちらではいかがでしょう?」

「それは朱色でしょう」

「こちらは?」

「むー、深紅・・・かしら濃い紅色ね・・・今一つだわ」

「リシア様・・・むずかしいですよ」

「もー、アフラは本当にこういう事には感が鈍いというか、どんくさいというか・・・」

「すいません」

フンスと鼻息を荒くし不満そうなパトリシアの隣りで数枚の皿を手に困り顔となるアフラである、

「もう、いいですわ、私直々に調色します」

「なら、最初からやろうよー、姉様、人任せすぎー」

ウルジュラが見かねてアフラを擁護する、

「何を言ってますの?私の筆頭従者たるもの色の調合もできないようでは勤まりません」

「また、そんな事言ってー、じゃ、アフラさんは私が貰うからー、アフラさん、私なら優しくするよー」

「あら、私からアフラを取り上げようなんて・・・ウルジュラ・・・怖いですよ・・・」

本気でウルジュラを睨むパトリシアである、その爪を磨いているコッキーも一瞬で張り詰めた空気に何事かと手を止めてしまった、

「リシア様、コッキーさんが驚いています、冗談は冗談として対応しませんと」

アフラがその場をとりなし、

「そうだよ、もう、姉様は姉様だなー、少しは丸くなったと思ったのにー」

ウルジュラがブーブーと口を尖らせる、

「なんですって」

さらに睨みつけるパトリシアである、上半身にも力が入ったのか不意に腕が動きコッキーがパッと手を離した、

「リシア様、コッキーさんが困ってます」

どこまでも冷静なアフラである、

「あ、ごめんなさいね」

パトリシアが姿勢を正し、

「なんだよー、丸くなったのはお腹だけかー」

これは面白いとニヤニヤと意地の悪いを笑みを浮かべるウルジュラである、

「ウルジュラ、後が怖いと言いましたよね・・・」

顔だけをウルジュラに向けて凄むパトリシアである、コッキーは作業を再開しながらも、王女様も姉妹喧嘩するんだなー等と思いながら、湧き上がる微笑みを必死でかみ殺した、その隣りのテーブルでは、

「なるほど、繊細な手付きですわ、これなら任せられるかしら?」

「そうですね、それとどういうわけだか安心できます、女性の手に触れているからかしら?」

「なるほど・・・男の手とは違いますからね、わかる気がしますわ」

エフェリーンの爪を磨いているのはブノワトである、彼女はコッキーと共に呼び出されたのはいいのであるが、パトリシアが来るとは聞いていたものの王妃達が来るとは聞いていなかった、パトリシアなら不敬ではあるが友達感覚に近くなっていた二人である、気楽に呼び出しに応じたものの、パトリシアと共に王妃達とウルジュラ、さらに従者達も当然のように現れた、これは嵌められたと気付いたが時すでに遅く、今、彼女は生まれて初めて感じる異常な緊張の中、繊細な作業に従事している、

「こうなりますと、あれですわね、少々爪を伸ばしますか・・・」

「そうね、先程のソフィアさんの話ですと形を整えるのも重要との事でした」

「はい、それにエレイン会長の爪はとても優雅に見えましたわ」

「確かに、でも、伸ばし過ぎるのも・・・いや、手入れをしてあるのがいいのですわね、カトカさんのも良い感じでしたわ」

「そうですね、でも、生来の爪の形も大事かと思います、改めて見れば爪の形も人それぞれですわよね」

「そうね、こうなると・・・自分に合った形を模索する必要がありますわね」

「色もですわ、エレイン会長の二色も良いですが・・・私としてはカトカさんの青が好みですわね」

「あら、マルルースは白かと思っておりましたよ」

「白ですか・・・それも良いですね」

「私はそうね、黒・・・紫・・・は駄目ね、薄い黄色とかいいかしら?」

「えっ、姉様は赤かと・・・」

「あら、それは派手過ぎますでしょ」

「そうでしょうか、抑えた色味であれば派手には見えないと思いますが・・・実際にやってみないとですわね」

「そうね・・・」

脂汗をかきながら作業に没頭するブノワトを前にして、王妃二人はなんとも優雅なものである、それはブノワトに対して、及びエレインとソフィアに対しての信頼の証なのであろう、その隣りのテーブルでは、

「軽く軽くでいいですからね、爪は堅くて柔らかいものです、力を入れすぎない事が寛容です」

ソフィアの指導の下、側仕え達が互いの爪を実験台にして練習に励んでいる、パトリシアの側仕えとして面識のある者や、初見の女性もいるが、皆、真剣な眼差しでやすりを手にしていた、さらにカトカとサビナ、それにマフダも参加している、ブノワトが持参した手製のやすりが数本ある為、その使い勝手を確認し今後の研究会に活かす為と、理由は数えあげれば切りは無いが、ま、そういう事である、

「まずは爪の形を整えます、爪先を楕円にする感じで、優雅な曲線を描くように少しずつ削って下さい、削り過ぎるのが一番問題となるので、少しずつ少しずつです、他の爪とも調整しながらですね、急がないで大丈夫ですよ」

ソフィアも講師役が板についてきたようである、先日から数度に渡って説明した事もあって、慣れたのは勿論であるが、その度に受講者から出る意見や質問がソフィアの中に蓄積されているのであろう、初めてその手技を行う時の問題点や、注意点等を先回りして解説している、ソフィアはそれを無意識で熟している様子であるが、なかなか出来る事ではない、その分かりやすい説明と卓越した指導力にサビナは改めて度肝を抜かれ、カトカは感心するほかなかった、

「表面を削る場合の問題点ですが、先程も説明しましたとおり線に見える角を落とすような感じです、爪そのものの緩やかな円弧に沿って、それに抗わないように、削り過ぎると痛い事になりますから、手と肩の力を抜いて、ヤスリの重さを指で支えるように、削っているか削ってないか不安になる程度で十分ですよ」

手を動かし続ける側仕えに対し、ソフィアは同じことを繰り返し語り聞かせている、サビナやカトカはもう聞き慣れた内容であるが、手を動かしながらであると知識として仕入れたそれらの事前情報は、集中のあまり意識の横に置かれている時がある事を実感する、ソフィアが口うるさい程に語り続ける事が大事なのであるなと、サビナは気付いた、

「はい、で、終わったら、研磨の方に移りますね、レインお願いね」

「うむ、こちらは難しくはないが繊細じゃぞ」

レインがフンスと鼻息を荒くするが、

「ブー、ミナも先生やりたいー」

その隣りでミナが不満顔である、

「ミナはそっちで仕上げでしょ、仕上げ職人の親分なんだから、しっかりやりなさい」

「うー、でも、まだだもん、ねーさんとコッキーが終わってからだもん」

「そうね、だから、しっかり待つの、職人さんは待つのも仕事よ」

「うー、わかったー」

ソフィアが優しくミナを宥めたところで、

「それでは、研磨する人はしっかりマスクをして下さい、石の粉ですから、大量に吸い込んで良いものではないです、毒物というわけではないですし、肌に触れる分にはまるで影響は無いので、そういうものと御理解下さい」

講義が研磨作業へと入っていく、レインが実際の作業を見せつつ、ソフィアが解説を加える、側仕えは当然のように、サビナやカトカ、マフダも身を乗り出してその様子を見守った、そして、

「はい、ここまでが爪を磨くという手技の作業工程になります、メイドさん達やご婦人方かな?清潔感が大事な人や、ちょっとしたお洒落をしたい人はここまででも十分な効果があると思います」

レインの手により磨かれた爪は見事に滑らかな輝きを見せている、側仕え達はホーと納得と感心の入り混じった溜息を吐いた、

「それで、これはまだまだ検証が必要かと思うのですが、爪は伸びます、当然ですね、そうなると根本の方から磨いていない状態の爪が見えてくると思うのですね、その状態の手入れをどうするかとか、色を乗せた状態だとどうなるかとかまだまだ課題の多いお洒落です・・・ま、ほら、お洒落といものは手間がかかるくせに無駄なものですから、そう思って楽しみましょうか」

ソフィアは最後の最後で身もふたもない事を口にする、まったくその通りだと笑い声が起き、

「それを言ってしまったら・・・」

「うん、ソフィアさんらしいなぁ」

サビナとカトカは苦笑いを浮かべるしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!

ree
ファンタジー
 波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。  生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。  夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。  神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。  これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。  ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。

KBT
ファンタジー
 神の気まぐれで異世界転移した荻野遼ことリョウ。  神がお詫びにどんな能力もくれると言う中で、リョウが選んだのは戦闘能力皆無の探索能力と生活魔法だった。      現代日本の荒んだ社会に疲れたリョウは、この地で素材採取の仕事をしながら第二の人生をのんびりと歩もうと決めた。  スローライフ、1人の自由な暮らしに憧れていたリョウは目立たないように、優れた能力をひた隠しにしつつ、街から少し離れた森の中でひっそりと暮らしていた。  しかし、何故か飯時になるとやって来る者達がリョウにのんびりとした生活を許してくれないのだ。    これは地味に生きたいリョウと派手に生きている者達の異世界物語です。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

処理中です...