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本編

43話 職人達とネイルケア その8

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「こんなもんかしら?」

ソフィアは食堂に集まった面々を見渡した、

「そうですね、取り敢えずと思います」

エレインが代表してそう答えるがかなりの大人数である、ユーリを始めとした研究所組と、エレインを中心とした六花商会のテラとマフダそれとオリビア、ジャネットとケイスは当然としてアニタとパウラの姿もある、ジャネットに誘われたのであろう、勿論であるがブノワトとコッキーがソフィアの隣りに控え、さらにその隣りにはミナとレインが得意げな笑顔でチョコンと座っていた、ブラスの姿は無い、ブノワトの様子に身の危険を本能で察したのか適当な理由を付けて姿を消した、

「取り敢えずとしては大人数でしょ」

ソフィアは嫌そうに目を細めるが参加者はニコニコと楽しそうである、

「ま、いいでしょうよ、どうせ、みんな知りたがるんだから」

ユーリがやれやれと溜息を吐く、

「そうですよ、折角なんだから人は多いにこしたことはないです」

ジャネットは喜々とした笑顔である、

「はいはい、じゃ、えーとね、ブノワトさんとコッキーさんには先に教えたから、それとミナとレインも上手いもんだから、実際の作業の段階ではこちらの4人にやって貰う感じになるから」

ソフィアがめんどくさそうな顔で説明する、ブノワトとコッキーはニヤニヤとほくそ笑み、ミナはムフーと鼻息を荒くする、

「では、説明するからね、まずはそうだな、ちょっと暗いか」

ソフィアはなんとも自然に灯りの魔法を唱える、まだ外は陽が高く木戸からの採光は十分であるが、細かい作業をするには室内は薄暗い、普段の作業であれば十分なのであるが、大人数で細かい作業をするには難しいとソフィアは判断した様子である、ソフィアは灯りの魔法を食堂の中央付近の天井に安定させると、

「えーと、では、こちらを見てみて下さい、ブノワトさんとコッキーさんも見せてあげてね」

左手の甲を指先を下にして見せる、真っ直ぐに伸ばし開かれた手に皆の視線が集まり、ブノワトとコッキーもそれに倣って手技を施した手を見やすいように差し出した、

「えっと・・・」

「爪ですよね?」

「うん、あれ、あ、確かに・・・」

「はい、違いますね」

「えっと、人差し指と親指ですか?」

「輝いているね、ツヤツヤしてる」

「うん、それと形も良いわね」

「ブノワトねーさんのこれ、全部?」

「コッキーさんのもね」

予め爪を磨くという主題を聞いていた為にその視線は当然のようにそれぞれの爪に集まる、そしてその違いに気付くのも速かった、

「どう?ブノワトさんとコッキーさんのは右手は全部やってあるかな?比較用に左手には施してないから違いを見てみて」

ブノワトとコッキーが左手も添える、その違いは歴然としたものであった、

「わっ、分かり易いね」

「うん、全然違う・・・」

「これ綺麗ですね」

「美しいし、お洒落です」

「なるほど、これこそ美容ですね」

ブノワトとコッキーは恥ずかしそうにしながらどこか誇らしげであった、

「はい、こんなもんね、実際の品・・・っていうとなんか変だけど、実際の物を見れば理解は早いわよね、一応、これが爪を磨くという技術?手技?技巧?ま、いいや、そういう技です、どうする?やる?」

ソフィアは一応確認の為と意思を問う、

「勿論ですよ」

「なんでそんなに冷たいんですかー」

「やらないわけがないですよー」

「楽しみです」

口々に非難の声と参加表明が伝えられた、皆、先程迄とは目の色が違っている、心の奥底で燃える欲望と渇望の炎が両の目から溢れ出しているようであった、

「そうね、じゃ、先に知識的なところから、二人には口頭で話したんだけど、改めて、思い出した事もあるから、合わせて聞いてねー」

ソフィアは黒板に向かい白墨を手にした、そして、爪の構造から強度、理想的な形、磨くための道具、仕上げの方法等々、現時点でソフィアが自身の指とブノワトとコッキーに施した実例を合わせて説明する、ソフィアの黒板に書き付ける音と講義の声、カトカが手持ちの黒板に書き付ける音が響き、皆、真剣に耳を傾けた、

「というわけです、何か質問はある?」

「はい、あの、綺麗になるのはいいんですが、これはどのような利点があるんでしょう?」

アニタが手を上げる、

「利点ですか・・・そうですね、うーん、これは人によるのかな?どうだろう、えっとね、最近ほら、リシア様とか領主様とか、ま、いろいろあってお茶を頂く事があったのね、で、その時にメイドさん達がお茶を出してくれるんだけど、その時とかどうしてもお茶ではなくて、そのメイドさんの手に視線がいっちゃうのよね、どうだろう?私だけかしら?」

逆に問いかけるソフィアである、

「それ、分かります」

「はい、そうですね」

エレインとテラが同意の声を上げる、

「だよねー、メイドさんの顔を見上げる事は無いんだけど、どうしてもね、たぶんだけどそういうもんだと思うのよ、で、その時に、メイドさんの爪とか指先とかが綺麗だとどうだろう?印象が良くならない?」

「はい、その点に関しては気をつけるように指導はされています、ですが、難しい事でもあると、そう教育されてます」

オリビアがそれは自分の職分だと口を開いた、

「でしょー、なんだっけ、家具と同じなんだっけか?メイドさんも大変よね、静かに立ってるだけでも難しいのに、何かあれば気を使わなければならないし、さらに見た目もしっかりしてないといけないって、私には無理だわ」

ソフィアが明るく笑い、

「そんな、それが仕事ですから」

オリビアは真面目に答える、

「そうね、仕事よね、で、実は指先とか手から与えられる印象って大きいのよね、清潔感っていうのかな?爪が伸びているとどうしても汚い印象があるでしょ、どんな綺麗な人でも、同時に手が荒れていると生活感が出ちゃう、それはしようがないとも思うんだけどね、でも、ちょっとした手入れ?で、綺麗に見せる事も出来るっていう事、すると相手に良い印象を与える事ができるでしょ、悪い印象と良い印象、相手が誰であれ良い印象を与えて損は無いわよね」

「なるほど、確かに、はい、理解しました」

質問の主であるアニタが頷いた、

「確かに、クリームもそうですが、これはメイドには必須の技術ですね」

オリビアも納得した様子である、

「メイドだけじゃないわよ、メイドを雇っている側にとっても利点だと思いますわ、メイドの指先まで管理が徹底している雇い主となると、それだけで格が一つ上がると思っていいですわ」

エレインが付け加える、

「なるほど、格・・・ねー・・・私には何とも実感しにくい価値観だけど、雇い主としても利点があるのね、確かにそうかもね」

ソフィアがなるほどと頷く、

「勿論ですが、貴族にも大変有効だと思いますわ、リシア様が聞いたら小躍りしそうです」

エレインがさらに付け加える、

「そうよねー、そっちはそっちでもう一手間あるんだけど、それはまた、別の機会にしましょう、今日は基本的な部分をしっかり身に着けて下さい、うるおいクリームと一緒ね、より洗練された状態にしてリシア様とかレアンお嬢様に伝えないとね」

ソフィアがさらに気になる事を言い出した、

「またそれですか・・・」

サビナが呆れたように呟く、

「そんな言い方されてもねー、だって、私だって物があればこれをこう使えって言えるのよ、それが無くて、どうやってある物で再現しようか、これでも知恵を使ってるんだから」

「すいません、あの非難してるんじゃないんです、その・・・御免なさい」

サビナは慌てて謝罪する、

「ま、気持ちは分かるけどね、最初に言ったじゃない、色々やってみてからゆっくりとって、言わなかったかしら?最初から完璧を求めちゃ駄目よー」

ソフィアは悠揚に微笑んだ、

「道具類はどうなの?さっきの話しだと、難しいような事を言ってたけど」

ユーリが手を上げた、今日のユーリは落ち着いている、感情的になる事を諦めたのであろうか、静かにかつ真面目に講義に集中している、

「はい、難しいですね、今あるのはサビナさんに用意して貰ったかなやすりなんだけど、正直なところもっと細かいやすりが欲しいです、その点は・・・」

ソフィアがブノワトとコッキーへ視線を送る、

「はい、もっと簡単に出来るようなやすりを探します、もしくは自作するか、コツは掴んだので、うふふ」

ブノワトがニヤリと笑い、

「私はガラスやすりを作ってみます、簡単ではないですが、やります」

コッキーも力強く宣言する、

「ガラスやすり?」

「はい、ガラスで作ったやすりなんだそうです、かなやすりよりも細かいやすりだそうで、取り敢えず作ります、できるかどうか難しいですが」

「へー、凄いね・・・」

ユーリが呆れたように呟いた、

「と言う事なので、これもあれね、うるおいクリームと一緒で今後の技術的な発展の余地が多分にあるわね、ま、そういう事で、実際にやりますか」

ソフィアは一旦切り上げて実技に移る事とした、皆、ウズウズと落ち着きが無い様子であった、

「はい、やります、どうすればいいですか?」

パウラが勢い良く席を立つ、

「そうね、道具も少ないから、取り敢えずブノワトさんとコッキーさんにやって貰って、で、仕上げはミナとレインがやってくれるから」

「うふふー、任せてー」

「うむ、任せるのじゃ」

ミナとレインがやっと出番かと背筋を伸ばし、

「さ、じゃ、パウラさんからね、他の人達はどんなもんだか見ていて下さい、あ、もう一人出来るわね、誰かやる人?」

サッと腰を上げたのはオリビアである、そして、被験者二人はブノワトとコッキーの前に座り、実技が始まるのであった。
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