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本編

42話 薔薇の香りはなめらかに その14

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「何よそれ、私関係ないじゃない」

「そう?」

「そうでしょが」

「いいの、ユーリが悪いの、早く来ないから駄目なの、駄目人間なのー」

「ミナ、それ言い過ぎよ」

「過ぎてない、ユーリなの、ユーリが駄目なのー」

「あー、そういう事かー」

ユーリもどうやら事情を察したらしい、ミナは振り上げた手の下ろす先が無く、かといって素直に下ろすわけにもいかなくてへそを曲げ続けた結果、機嫌を直すのが難しくなり、それが廻り回って自分に向いたのであろう、まったく面倒な事である、子供はこれだからと溜息を吐き、ユーリはさてどうしようかと考える、変にからかっても余計に拗れるだけかと大人の対応をとる事にした、

「ごめんね、ミナ、お仕事が忙しかったの、これでも急いで戻ってきたんだから、許して、ね」

素直に謝って見せるユーリである、ミナはムーと唸り、

「・・・分かった、許す」

俯いて小さく短く呟いた、

「そっか、ありがとね、優しいミナは大好きよ」

「うー、優しくないー」

「あら、そうなの」

「うん、意地悪なの、今日は意地悪なミナなの」

どうにも難しい事である、まさに感情の抑制が上手くない子供のそれであった、

「はいはい、ほら、始めるわよ、見たかったんでしょ」

昨日と同じように各種器具がテーブルに並べられ、本日はさらに小さな秤と分銅、ガラス棒等の研究所らしい品が増えている、

「あー、あれ知ってる、えっと、重さを量るやつー」

「そうね、本格的になってきたわね」

「お店にあるのはもっと大きいのよ、ちっちゃいの初めて見たー」

「そうよねー」

「何か量ってみる?」

カトカが黒板を並べつつニコリと微笑んだ、

「えっ、いいの?」

「いいわよー、小さいからね、小さい物であれば量れるわよ」

「そうなんだ、そうなんだ、えっと、えっと」

ミナはキョロキョロと食堂内を見渡す、しかし、適当な物が無い、すると、

「ほれ、これでいいじゃろ」

レインが自分の髪飾りを外してテーブルに置く、

「あ、いいね、それにする、どうやるの?」

「ん、じゃ、こっちのお皿に置いて、で、こっちの重りを反対の皿に置くのよ」

「うん、こう?」

「そうそう、で、重りを乗せるんだけど、小さいのからゆっくりね」

「わかった」

どうやら物珍しい品によってミナの機嫌は良くなったようである、機嫌の悪いふりをしていたに過ぎないのであるが、ミナとレインはカトカの指導の下、キャッキャッと楽しそうに量りに夢中となる、

「それでは、準備はこんなもんね、カトカ、お願いできる?」

「いいわよー、では、題目はどうする?」

「うーん、うるおいクリームの開発初回でいいでしょ」

「了解」

「では」

とサビナが居並ぶ聴衆に向けて実験の目的と内容について説明する、皆、静かに傾聴するが、やはり、ミナは何の事やらと不思議そうな顔となり、ユーリは上司としての厳しい視線を向けている、

「というわけで、本日は植物油は1種類です、昨日と同じこちらを使用します、オリーブオイルですね」

サビナは油壷を手にして3つ並べたガラス容器に当量を量り入れる、

「次に蜜蝋を用意します、こちらも昨日の量を参考にしますが・・・昨日は適当でしたよね」

「そうね、適当ね」

ソフィアが答える、

「はい、ですので、記憶にある大きさで基準を決めます」

こうして実験は進んでいった、内容は簡単である、植物油の量は固定し、蜜蝋の量を変えて固化後の粘度を調べる、言ってしまえばそれだけなのであるが、研究目的として行う以上、それらは厳密に計量されカトカにより記録されていく、サビナは慣れたものである為か余裕を持って指揮を執り、湯煎作業にはミナは勿論であるが、マフダやアフラも参加して、楽しそうに作業は進んでいる、それは、実験というよりも調理を学んでいるような光景であった、

「あ、ソフィアさん、確か入れたい物があるとかなんとか」

サビナが思い出してソフィアを見る、蜜蝋が良い感じに溶けだしてきている頃合いであった、

「あ、そうね、今、持って来るわ」

ソフィアがバタバタと厨房へ走った、そこからどうやら宿舎へ戻ったらしい、そして同じようにバタバタと戻ってくると、

「これね、貴重な品だから大事に使いましょう」

ソフィアは小さな木箱をテーブルに置くと蓋を開ける、

「あら?それもしかして」

アフラが気付いた、

「そうよ」

「そういう事ですか・・・なるほど、確かに有用ですね・・・しまった、リシア様呼ぶべきだったか・・・」

「なんですこれ?」

「綺麗なガラス瓶ですね、高そー」

エレインとマフダが木箱を覗く、6本のガラス製の小瓶が並んでいた、見た目だけでも高価な物であるのが分る、中身は液体のようであった、

「ふふん、なんと、リシア様から頂いた香水と香油です」

ソフィアがどうだと言わんばかりに胸を張る、

「えっ、それって・・・」

「うん、高価どころではないのではないですか?」

「ちょっと、こんな実験に使うもの?」

「香水って・・・」

「初めて見た・・・」

エレインとマフダのみならずユーリまでもが驚いている、

「だいぶ前にね、これで色々やってみてって頂いたのよ、で、しまい込んでいたんだけどね、せっかくだし」

「せっかくだしで使っていいものなのですか?」

エレインが眉根を寄せる、高価な上に貴重な品である事、さらにパトリシアから贈られた品と聞いては嫉妬の感情がそうとは自覚しないままに湧き上がる、

「所有者は私だし、リシア様にはこれで色々開発してみてって言われてるしね、ふふん、何?エレインさん、うらやましい?」

ソフィアがニヤーと微笑みかける、

「む、そうではないですが、その貴重な品ではないですか・・・私、初めて見ましたよ、それもこんなに沢山・・・だって・・・聞いてなかったし、リシア様からもですし・・・」

パトリシアとの関係においては自分が最優先されていると思い込んでいたエレインである、ゴニョゴニョとなにやら呟いている、

「もー、めんどくさい人達ばかりね、今日は」

ソフィアは微笑み、木箱からガラス瓶を摘まみだす、

「えっと、これが薔薇の香油、で、こっちが、ジャスミンの香油、アイリスの香油・・・と、香油は使いたいから」

それらをテーブルに並べると、さらに残りの3種類の香水を取り出す、どうやらそれぞれに小さな紙が張られているようである、それらには香油と香水の別と、花の名が表記されている、

「香水の方少しだけ試してみましょう、どうすればいいかな・・・」

「あっ、蓋を開けてそれを嗅いで見て下さい、それで十分と思います」

アフラが進言する、

「あ、そっか、アフラさんは使った事あるの?」

「使うの意味が違うと思いますが、その品を取扱った事はあります、リシア様は時折手首にこすり付ける程度に使ってらっしゃいますね、それもあれですね、へ・・・いや、父上にお会いする時とか、本当に特別な時、ごく少量です、その他は、香りを楽しむ程度ですね、その時にあなたもどう?って感じで一緒に・・・ですね」

「あら、そうなんだ・・・あれは?魔法石にしみこませたでしょ、あの後どうなったかわかる?」

「えっ、あんた、そんな事もやってたの?」

ユーリが魔法石の単語に敏感に反応する、

「はい、じつは、あれ、まだ、香ります、ですが、香りが強すぎるので身に着けるのは難しいと判断しました、なので、リシア様の寝室に置かれています、かなり広いお部屋なのですが、あれ一つで十分なほどに香ります」

「へー、凄いね、まだ香るんだ・・・」

「はい、そうですよね、確か6月の半ば頃でしたから・・・二月ですか・・・そんなに大量に含ませたんですか?」

「え、そんなじゃないわよ、2・3滴?」

「ですよね・・・私も見てましたし・・・それであんなに保つんですね、リシア様に確認します、本人も忘れているかもしれませんし、何かやっているかもしれません」

「そうね、宜しく」

「あー、どういうこと?」

ユーリが居ても立っても居られないと口を挟む、ソフィアが事の次第を要約して伝えると、

「ちょっと、それ重大事項じゃない」

「そうね、すっかり忘れてたのよ」

「報告書にも書いてなかったわよ」

「うん、忘れてた、リシア様とクロノスに丸投げしたし」

「ムキャー、あのヤロー」

「あっはっは、あれよ、その後たしか、皆でここで食事して、それでレアンお嬢様が来てーって感じだったと思うな」

「・・・ありましたわね・・・あの時ですか・・・」

「うん、そんな感じで、すっかり忘れてたのよ」

「それで済むかー」

「しょうがないでしょ、私はだって特に興味なかったし」

「だーかーらー」

いつものように戯れているかのように激高するユーリである、

「はいはい、取り敢えず香りを試してみましょう、えっと、蓋を香るのよね」

ソフィアは適当にユーリをあしらい薔薇の香水を手にした、

「はい、かなり強いので直接鼻につけないように気をつけて下さい」

「了解」

ソフィアは慎重に栓を抜くと若干濡れているそれを顔に近付ける、フワリとした薔薇独特の甘い香りが漂ってきた、

「あ、開けただけで十分ですね」

「うん、良い香りー」

「あー、この匂いしってるよ、お嬢様のお庭とリシア様のお庭の香りー」

「そうじゃのう、薔薇の香りじゃのう」

「すごい、ほんとに薔薇の匂いだ・・・」

「あら、開けただけで十分みたいね」

ソフィアはならいいかと蓋を閉めた、

「そのようですね、すいません」

「いいのいいの、じゃ、こっちね」

続けて順番にジャスミンとアイリスの香りを試す、それぞれが全く異なる香りであり、皆、なるほどと感心する、

「どれも良い香りね」

ソフィアはさて、と首を傾げる、

「そうね、あれでしょ、どの香りをつけるのが良いかってところよね」

落ち着いたユーリが静かに問いかける、それぞれの香水による鎮静効果は抜群のようであった、しかし、その効能に一同は気付いていない、それぞれにどう使うのかという点に思いを巡らせている、

「うーん、どうなんだろう・・・これはさっぱりだわ、エレインさん、アフラさんどう思われます?」

ソフィアは二人へ意見を求める、

「どうと言われると・・・」

「はい、どの香りも良いと思いますわ、この香りがクリームにつくと思うと・・・睡眠が楽しめそうです」

アフラは何とも難しい顔となり、エレインは渋い顔であるが実際に使った際の状況を想像できている様子である、

「そうよね、うーん」

結局皆、何とも言えず首を傾げてしまった、すると、

「あれじゃ、薔薇の香りが顔からしたら嬉しいのか?」

レインがソフィアを見上げた、

「えっ、どういう事?」

「手と顔と唇に塗るのであろう、であればじゃ、そこから薔薇の香りがするんじゃぞ、それが良いのか?」

「あっ・・・そういう事よね」

「そっか、そう考えればいいんだ・・・」

「うん、レインちゃん凄い・・・賢い」

「なるほど・・・良い匂いでも強すぎると気持ち悪くなりますよね・・・」

レインの意見が一つの突破口になった様子である、それから一同は喧々諤々と議論を交わし、結局薔薇の香油を手足用にと調整しているつもりの容器にごく少量混ぜてみる事となった、

「上手くいけば面白いけど」

ニコニコと楽しそうなソフィアである、ミナも終始なんのことやらといった感じであるが、どうなるんだろうと集中が途切れる事はなかった。
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