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本編

42話 薔薇の香りはなめらかに その12

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取り敢えずと一同は解散した、ユーリは講義の為に学園へ、カトカとサビナは3階へ上がる、エレインとテラは当然のように事務所へ向かった、残されたのはあからさまに不満顔のミナとレイン、それに気付いて気まずそうなソフィアである、

「ソフィアー」

流石に口を出さずにはいられないらしい、レインはじっとりとした視線をソフィアへ向ける、

「ソフィー」

ミナもレインの真似をする、二人ともにどういう事かと視線で訴えかけてくる、

「あ、ごめんね、昨日いろいろあったのよ」

ソフィアが適当に謝罪する、

「それの事か?」

レインの視線の先には油の壺とガラス容器が並べられたテーブルがある、

「そうね、あー、そうだ、レインはあれ?冬場の乾燥とか気になる?」

ソフィアは精一杯の愛想笑いである、

「なるといえばなるが、気にするほどではないのう」

「そっかー、ミナはあれよね、手と足がカユカユになっちゃうもんねー」

「うー、そうだよー」

「今年は大丈夫よ、良いお薬を作ったから」

「ホントー?」

「ほんとよ、使ってみる?」

「もう?まだかゆくないよ」

「お試しで・・・えっと、上にあるかな?誰が持って行ったのやら・・・」

ソフィアは二人を連れて3階の研究室へ向かう、しかし、そこに目当ての壺は無く、ソフィアはバタバタと寮内を探すことになった、結局それは2階のホールに置かれており、二人にその壺を見せて何とか御機嫌を伺うソフィアであった。



「そうしますと、また、新商品ですか・・・」

ギルドへの道すがら事情を聞いたアフラが、呆れとも感心ともとれる曖昧な溜息交じりとなる、

「そうなんです、で、テラさんもオリビアも朝から機嫌が良くて、一番はカトカさんでしたね、冬場は心底辛かったんだそうです」

「あー、わかりますね、それ、あかぎれとか出来ると・・・うん、あれはねー、見た目もですが、実際痛いんですよね・・・治りにくいし・・・剣も槍も冷たいし、握力が入らなくなるし・・・」

「アフラさんもですか?」

「私はほら、普通にしてればそれほどでもないですね、でも、現場で水仕事とかになると、やはり駄目ですね、どうしてもほら、冬場は確かにきついです」

アフラの言う現場とは軍事活動の事であろう、エレインは詳しくは理解していないが、普通の生活でも冬場の生活は厳しいのである、軍での生活となればより過酷なのであろうと想像を巡らせる、

「でも、聞いた感じですと美容とは直接関わらない気がしますが・・・」

アフラはふと呟いた、

「・・・それもそうですね・・・」

エレインは暫し考え、それもそうだと納得してしまう、

「でも、手先が綺麗になるのであれば美容なのかしら?どうもその辺の価値基準というか定義が曖昧な感じがありますね、勉強不足と言われればそれまでなのですが」

アフラも下級貴族出身の一端のお嬢様ではある、しかし、母親以外の親族は皆騎士として王国に仕えていた、先々代にあたる授爵された開祖から続く家業と言ってよい、貴族としても若いぶるいであり、騎士関係以外での貴族との付き合いも薄い、なんとも無骨な家の出なのである、それゆえに貴族特有の美容であるとかお洒落であるとかそういうものには非常に疎かった、リンド麾下にあって、その傑出した魔法の才により目立つ存在になると、パトリシアの目に留まり直属の側仕えとして引き上げられたのであるが、その当初はあまりの田舎臭さにパトリシアには笑われたものである、

「でも、商品化となれば側仕えの皆さんには喜ばれそうですね、良い事です」

「そうですね、商品化自体は難しくないように思っています、量産も簡単と言っていいです、驚きますよ、実際の作業を見ると、あ、午後から研究所でまた作るらしいので、見学されてはいかがでしょう?」

「それはいいですね、是非・・・まずは、こっちが上手く行けばですが」

アフラは本日の重要案件へと話題を変える、

「そうですね、昨日の感じですと、御屋敷の方はすぐにでもとミースさんは言ってましたし、まずはそちらを確実にしましょう、殿下の件が優先です」

「はい、裏のお店についても了解を頂きました、伺った構想を説明したら、エフェリーン様も陛下も楽しみだとおっしゃってましたから、すっかりこちらの流儀を理解して頂いたように思います、でもあれです、御屋敷の方は安すぎるといってエフェリーン様が心配してましたよ」

「・・・あの金額で安すぎると言われますと・・・」

「陛下は苦笑いでしたけどね、ほら、エフェリーン様はそういう役回りを買って出ているのです」

「やはり、そうなのですか?」

「そうだと思います、何せ、御本人はそれほど贅沢な生活を好まれるわけではないようです、側仕えから聞きましたが、他人の目が無いところでは仕事には厳しいのですが、宝石を買いまくる事もないですし、正装も最低限の物・・・それでもかなり上質なんですが、なんというか、浪費する趣味が無いという事かもしれません」

「なるほど、しっかりした方なのですね」

「マルルース様もそうですね、下級貴族の出である事に全く引け目の無い方です、その上贅沢を好まれない性分のようです、なものですから若い頃はエフェリーン様に王族としてしっかりしろと、よく叱られていたとか、今ではすっかり仲の良いお二人なのですが、それも年月のお陰か、陛下のお人柄か、ま、王妃様として立派なお二方です」

「そうですね、お二人とも姉妹のような感じでしたね、先日はとても楽しそうでした、側仕えさん達は緊張してましたけど、でも、お茶の時は一緒になって笑ってらして・・・」

「まったくです、それに比べてパトリシア様ときたら・・・」

大きな溜息を吐くアフラである、

「・・・すいません、なんと言ってよいか・・・」

エレインは困った笑みを浮かべる、先日の城での買い物風景を思い出したのである、

「あれはあれで北ヘルデルの産業振興として有意義なものなのですが・・・やはり生粋の王女様は違うのですよ」

「そうですよね、王女様ですもんね」

「はい、生まれついてのお姫様ですから、私はそう思う事にしております、パトリシア様は生粋の王女様であって、お姫様なのです、物語の中にしか存在しない夢のような方なのだと・・・」

アフラはどこかふざけたような物言いである、

「えっと・・・」

エレインは返答に困っていると、

「あ、パトリシア様には内緒でお願いします、別に放逐されても構わないのですが、そうなると抑える人がいなくなるので」

「それは勿論です、でも・・・」

「なんでしょう?」

「アフラさんも楽しんでいらっしゃるようですね」

エレインがニヤリと微笑む、

「あら、それは勿論です、毎日が刺激的で有意義ですよ、騎士団にいる時よりかは各段に、なにしろ女性として生きられますから」

アフラはフンスと胸を張る、

「あー、やっぱり騎士団では難しいんですか?」

「それはもう・・・女性として・・・は言い過ぎですね、女性扱いはされるんですよ、でも、なんというか、正常な扱いかどうかが分らなくなるといいますか・・・女性の数が少ないですからね、男性からの扱いがなんとも・・・不器用というか、気持ち悪いというかそんな感じでした、その上、女性同士もそうなんですよ、近衛騎士団ですと、女性騎士は女性騎士の部隊があるのですが・・・女の集団が男の集団に囲まれているという構図です、上も下も横も男ばかりで・・・チヤホヤされて勘違いするバカや、嫉妬でめんどくさくなるのや、貴族の格で上下を付けたがるのとか、やはりあれです、騎士団とはいえ、不健康ですよ、それも若く元気で体力の余っている連中ですからね・・・うん、それと、これは何とも難しいところなのですが・・・戦場に・・・いや、前線にかな?女の居場所は無いですね、後方であればいくらでもあるんですが、それはそれで軍が雇っているメイド達が居りますし・・・ま、なんにしろ、戦場には女は似合いません、あれは男の領分です」

実体験からくる重い言葉である、やや要領を得ない内容であるが、それだけ思う事が多いのであろう、

「なるほど」

エレインは静かに頷くしかなかった、そして二人は商工ギルドの前に立つ、

「では、さっさと契約してしまいましょうか」

「はい」

エレインは大きく深呼吸をすると、

「大きな買い物ですからね、緊張します・・・」

「緊張は大事です、しっかりやりましょう」

気合を入れ直してギルドに入る二人であった。
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