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本編

42話 薔薇の香りはなめらかに その4

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打ち合わせは4人に増えた、3枚の羊皮紙をマフダの前に並べ、異邦人達はマフダの様子を注視する、やがて、マフダはそれぞれの羊皮紙をじっくりと読み込み、時折その眉と目付きが細かく動く、やがて、

「えっと、たぶんですが、この物件は、貴族向けの街路の端っこの方ですよね」

マフダが3枚の内1枚をテーブルの中央へ置いた、気を利かせてエレインとアフラが読めるように向きを合わせる、必然的にテラとマフダからは逆向きになるがテラは気にしていない、

「そうね、最後に見た物件ですよね」

「はい、ここから最も近い屋敷ですね」

エレインとアフラが確認しながら答える、

「ですよね、うん、で、所有者の名前も合ってるし・・・ここはあれです、他の物件と比べても印象・・・というか悪い噂がないですね、なので、お薦めできると思います」

マフダが自身を納得させるように言葉を紡ぎ、エレインとアフラとテラの眉がピクリと動いた、

「悪い噂?」

アフラがやや強い言葉を放つ、

「えっと、はい、その・・・」

マフダがその剣幕に驚きつつ言っていいのかなとテラへ視線で助けを求める、テラは静かに頷いた、了承の意であろう、マフダは唾液を飲み込み、考えをまとめつつ、

「あくまで・・・その、噂なんですけど、ここの屋敷の前の住人は詳しい階級は聞いてないのですが、下級貴族の方で、もういい歳だからと商売を辞めて故郷へ帰ったんだそうです、蓄えも十分に出来たとも・・・噂ですが・・・それに、使用人の人達も円満にお別れしたそうです、その・・・前の修業先にその使用人の人がいて、良くしてくれました、愛想の良いおばさんなんですけど・・・」

「ふむ・・・普通ですわね・・・」

エレインが感想を口にして、

「そうなると、他の2軒が問題なんですの?」

先を促すように問いかける、

「はい、えっと、こちらの物件は確か借金の形に取られたと聞いてます」

マフダが別の羊皮紙をテーブルに置く、

「商売が上手くいかなかったらしくて、一時期取り立てで騒ぎになっていたと思います、責任者が皆逃げちゃって、残された使用人さん達が可哀そうな感じでした、結局、商工ギルドと金貸しが仲裁に入って何とかなったのかな?はい、そんな感じです、その後の顛末はまったく噂にも上らないんですが、商工ギルドで紹介している物件であれば、あれですね、ギルドが肩代わりしたのかな?あ、どうでもいいですね、で、こっちの物件も同じような感じなのですが・・・その・・・」

と言葉を濁しつつ、最後の一枚をテーブルに置く、

「なんですの?」

エレインが問い質すと、

「はい、たぶんですけど、親父の商売に絡んでの事だったと思います、ねーさんがグチグチ言ってたのを聞いた事があります、屋敷というよりも前の所有者の名前がそうなので・・・こちらも借金が多いとか、遊びすぎとかそんな感じで、3代目になってからそうなったとか、よく聞く事例といえばそうなんでしょうけど・・・こちらも顛末は結局どうなったのか・・・噂にもならないほどなですが、良い結末では無いと思います、親父に聞けば教えてくれるとは思いますが、正直聞いても面白い話しではないですし・・・そういう事だと思います・・・詳しくはすいません・・・」

言いにくそうに訥々と言葉にするマフダである、3人はまぁと小さく驚き、

「それは大事な情報ですわね」

「はい、さすが、地元の人」

「噂というよりも事実のようですね」

エレインとテラはなるほどと頷き、アフラは親父の商売とは・・・と疑問に思うが口には出さなかった、

「はい、なので、そのあくまで噂です、でも、確かだと思います、なので、この物件が縁起がいいのかな・・・って思いました・・・」

マフダは最初に提示した羊皮紙を一番上に置き直す、

「そうね、ケチの付いた物件を好き好んで選ぶ必要はないですよね」

「ミースさんは何も言ってなかったように思うけど・・・」

「それはだって、このような話しをしたら・・・ね、売れる物も売れないですし・・・屋敷自体には何の問題も無いわけですし・・・事情はある程度把握しているんでしょうけど、販売されている物件でこちらの提示している条件に合うものとなると数は少ないでしょうしね」

「まぁ、仕方がないことかしら・・・」

「でも、有益な情報ですね」

「ありがとう、マフダさん、他にある?」

エレインが再度問いかけると、

「はい、えっと、縁起云々もあるんですが、こちらの物件の裏手側ですね水路を挟んで反対側です、そちらは平民用の商業区になるんですが、そこにも売りに出されている店舗があったと思います、表には表示されていないのですが、閉まっている店ですね、それもギルド管轄なのかな?修業先が買うとか買わないとか相談しているのを聞いた記憶があります、最近ですね・・・ただ、どうなんだろう真裏・・・というわけではないのかな?位置的には・・・すいません、うろ覚えです」

「もしかして・・・」

エレインはサッと事務机に走り羊皮紙を数枚持って戻って来る、そしてそれらをペラペラと捲り、

「これかしら・・・所有者が同じ名前ですわね」

一枚抜き出してテーブルに置く、

「あ、たぶんこれです、住所も合っていると思います、飲食店とありますし、はい」

マフダがザッと確認する、

「なるほど・・・他にはある?」

エレインは先を促す、

「はい、そこも経営者は同じだった筈ですねっていうか所有者が同じだから同じなのかな?詳しくはすいません・・・で、そこで働いてたのが屋敷の料理人さんの奥さんかな?・・・そう聞いてます、店はあれです、食事処でした、お酒は出してなかったと聞いてます、はい、良く酒があればなーって愚痴ってる先輩がいましたから・・・それで、店自体は流行ってました、入った事は無いんですけど、毎朝、人の出入りがあったのと、職場の人もそこで朝食を摂ってから店に来る人もいたので評判は良かったと思います、で、その奥さんも経営者さんと一緒に郷里に戻ったんだとか、夫婦で一緒にかな?そんな感じです」

「まぁ・・・なるほど、悪くないですわね」

「そうですね、うん、以前に話していた事も現実味を帯びてきました、有望ですね」

「はい、どうしてもその点で足りなかったんですよね、どの物件も・・・」

エレインとアフラが頷きあう、

「確かに・・・でも、そうなると」

エレインが口に手を当てて考え込む、マフダが大丈夫だったのかなと3人の顔をキョロキョロと伺い、テラは小さくニコリと微笑み、アフラも同様に微笑んで答えに変えた、

「テラさんとしてはどう思います?」

エレインがテラへと視線を向ける、

「はい、マフダさんの話しを聞く限りではこちらの物件が最良かと思います、マフダさんが言うように縁起に関してもですが、人の噂は怖いです、特に商売を考えた場合大事な事ですね、噂で潰れる店はよくありますから、対して、他の物件はどうなんでしょう、実際に見ればまた意見は変わるかもですが、諸事情を鑑みるにあたり、居住性を優先するか商売を優先するか・・・これは私が口出ししていいものかどうか・・・」

テラはアフラへ視線を送る、アフラは、

「構いません、率直な意見を頂ければと思います」

「はい、例の件については滞在期間そのものが曖昧であると思います、ソフィアさんでも分らないとはっきり仰っておりましたから・・・なので・・・何とも難しいところですが、転送陣を置かれるとも聞いておりますし、そこまでその・・・居住する事を重要視される事は無いのかなと・・・やや不敬な意見になりますが、現実的に考えるとそのように思います」

「・・・そうね、確かにそうなのよ・・・」

アフラは否定する事なく受け入れた、実のところテラの意見は的を射ているのである、イフナースの療養の為に屋敷まで用意する必要は無い、王族であり、その身を隠す必要とエフェリーンへの配慮の為の諸々の策なのである、王自らも言っていたがこの六花商会の事務所でも十分に事足りる事ではあった、

「ですが、諸事情も伺っておりますし、こちらの目論みもありました・・・なので、商会としては渡りに船であったのは事実です、ガラス鏡の店舗に関しては正直、八方塞がりであったので」

「そのとおりね・・・」

エレインは苦い顔となる、しかし、事実であった、

「はい、アフラさんに隠し立てをしても良い事はありません」

テラはニヤリと微笑みつつ、

「ですので、商売人としての意見を言わせて貰えれば、商会の発展を考えると、この屋敷しか無いと思います、申し訳ないですがアフラさんの方の事情は差し置いて、なんですが・・・それと、もし可能であれば、こちらの物件も押さえたいと思います」

「やっぱりそう思う?」

エレインも同じ意見であったらしい、

「はい、立地条件の確認や周辺の状態を勘案した上でですが、近場にあって客層がまるで違うという点は魅力的です」

テラはそう言い切って少し考え、

「それと会長の直感が重要であると思います、不動産は縁です、所有者とのですね・・・人以上に人を選ぶような感覚があります、迷信と言われればそれまでですが、そう感じる事があります、なので、会長がこれならと思える物件が最良と思います、そういうわけで会長の直感を信じます」

テラは自身でも言うようにやや迷信染みた事を口にした、アフラはテラさんでもそういう事を気にするんだと驚き、マフダはホヘーと気の抜けた顔でテラを見上げる、

「そういうものかしら・・・でも、テラさんがそう言うなら・・・」

エレインはうーんと考え込む、アフラはどうやらこれで決まりかなとどこか安心している、実のところ王直々に急ぐようにとのお達しを受けていたのである、先日からほぼ毎日のように顔を出しているのもそれだけ重要かつ緊急であるからであった、

「うん、今から見に行きましょう、中は確認できませんが、外観と立地は確かめられます」

「そうですね」

エレインとアフラがサッと立ち上がる、マフダはエッと二人を見上げた、マフダはテラの深刻そうな物言いにこのままここに居ていいのかしらと居心地が悪そうに小さくなっていたのである、テラは、

「であれば、マフダさんも一緒に行ってあげて、詳しいでしょ」

「はっ、はい・・・わかりました」

マフダはワタワタと慌てて腰を上げる、

「会長、私はこちらで給与の準備をしておきます、ごゆっくりどうぞ」

「あっ、そうね、宜しくお願いしますわ」

エレインを先頭に3人は街路へ向かい、テラはそれを見送ると、

「さてと」

と軽く背筋を伸ばしてエレインの事務机に向かった。
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