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本編

41話 家門祭りは泥遊び その9

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「変な祭りとは聞いてましたけど・・・」

「はい、そのようにお伝えしました」

「あそこまで変だとは聞いてませんでしたよ」

「いいえ、お話し致しました」

「近くに行かないで正解でしたわね」

「まったくですわ」

「はい、御忠告を聞き入れて下さって感謝致します」

「もう、ウルジュラが絶対に楽しいからっていうもんだから・・・」

「絶対とは言ってませんよー、私だって初めて見るんですからー」

「でも、楽しそうではありましたわね」

「何が楽しいのかしら?理解に苦しみますわ」

「好き好んで汚れる必要はありませんわよね」

「それもそうですし、何かの刑罰のようにも見えましたけど」

「泥が石だったらまさにそうですわ、人死にが出ても不思議ではなくてよ」

「そうですわ、家門迎えはもっとこう何というか、厳粛に行うべきでしょうに」

「それは地方によって違いますでしょ」

「そうなのかしら、実家では家門毎に好きな時機にやってましたけどね、まとめてお祭りにするのは理解できるのですが・・・こうなると、他の土地の事情も知りたくなりますわね、あっちこっち行ってみたくなりますわ」

「またそんな事を言って、簡単に動けるものではないでしょう」

「そうは言いますが、転送陣をもっと有効活用するべきですわ、あんなものを隠しておくなんて陛下もクロノス殿下も意地が悪いですわよ、もっとあっちこっちに、それこそ友好な貴族家全てに設置すれば宜しいのにねぇ」

「あれは少しばかり便利過ぎますよ、使える人も少ないですし、魔力に長けた人でないと難しいと聞いてます」

「それは聞いておりますわ、そうなると、そういう事に特化した人材も欲しくなりますわね」

「簡単にはいかないでしょう、クロノスもその点で苦労してますもの、アフラやリンドが特別なのですよ、あれを使えるのは私が知る限りクロノス殿下とユーリさんとアフラとリンドでしょ、あ、それとソフィアさんもですわね」

「まぁ、そうなんですの?アフラさん、王城にお勤めにならない?」

「私のアフラを取らないで下さい」

「パトリシアはもー、なら、リンドが良いかしら?」

「北ヘルデルが回らなくなりますよ」

「あら、それは大変ね、ならソフィアさん?そうだ、ソフィアさんを王城へ招きましょう、こんな所に置いていてはいけない人ではないですか」

「それはクロノスも言っていたのですが、本人がまるで興味がないそうで・・・」

「まぁ、そうなんですの?」

「はい、クロノスからの授爵も断ったそうで・・・ユーリ先生もなんですが、なんとも・・・」

「そのユーリ先生というのはどのような方なのです?名前は伺ったのですが、お会いした事がありますかしら?」

「ソフィアさんの幼馴染ですね、面識に関してはどうとも分かりませんが、一緒に冒険者をやっていて、それで救国のパーティーのお一人で、ソフィアさんとはとても仲が良いというか悪いというか、姉妹のような感じです」

「まぁ」

「それとソフィアさんをこちらに連れて来たのもユーリ先生ですね、田舎で暇してたから引っ張ってきたって笑ってましたけど」

「そんな、救国のパーティーが二人も揃っているなんて・・・宝の持ち腐れとはこの事ですわ」

「そうですが、お二人はどうやら現状がお好みらしいです、ソフィアさんは娘さんが二人おりますし、ユーリ先生は講師と研究に情熱を持って取り組まれておりますし」

「そうですか・・・ま、人それぞれですわね」

「それでも・・・」

「それに、ソフィアさんが精霊の木を見付けてくれたお陰ですよ、イフナースの件は・・・」

「・・・そうね、それを言われると・・・やはり神々の思し召しと思わざるをえませんが・・・」

「恐らくですが、様々な星の巡りが良い方向にまとまったものと思います、ガラス鏡の事も、美味しい料理についても、こうして私達が歩いている事も、全ては・・・」

「そうね、ま、こうやってパトリシアとクロノスの管理下にあると思えば、面白い事があれば知らせてくれますわよね、エレインさんもおりますし」

「恐れ多い事です」

「ふふ、何せあの方達は自由ですから、現状の状態が最も良いものとも思います」

「ま、そういう事にしておきましょうか」

「そうね、ふふ、でも、こうして街中を歩くのもまた新鮮で良いですわね、気兼ねなくぶらぶらしながらおしゃべりできるのは楽しいですわ」

「王都もゆっくりと歩ければいいんですけどねー」

「全くだわね、馬車から降りられないのは窮屈ですから」

「それも貴族の嗜みなのでしょう?」

「そうね、まったく、誰が言い出したんだか・・・やり過ぎですわよ」

「エフェリーン母様でもそう思われます?」

「そりゃ・・・私としては貴族としての建前をですね、重要と思って実行しているんですわ、王族として舐められるような事があっては、王国の恥ですし、不要な諍いの元ですわ」

「それは確かにそうですけどー、平民の暮らしも楽しいと思いますよー」

「あら、それは無い物ねだりというものですわよ」

「えー、そうかもしれませんけどー、母様達とこうやってゆっくり歩くのも楽しいじゃないですかー」

「まったくその通りね・・・ま、いいですわ、そうね、エレインさん、ゆっくり出来る所はありますの?」

「事務所へどうぞ、貴賓室があります、粗末なものですが落ち着けるかと思います」

「あ、その前に、お店を覗かせて貰ってもいいかしら」

王妃様一行は事務所で御髪を直した後、意気揚々と祭り見物へと向かった、ソフィアは宴の準備という名目で帯同を辞し、テラも事務所に残った為、アフラとエレインが案内役となる、それは当初の予定通りであり、主にエレインが道案内を買って出た、しかし、問題は祭りの目玉である催し物であった、ミナでさえドン引く奇祭と呼べる代物である、アフラの事前に仕入れた情報に基づき、中央広場から若干遠い場所で泥祭りを見物したのであるが、やはりと言うべきか、当然というべきか、王妃様は言うに及ばすパトリシアとウルジュラも難色を示してしまった、不機嫌とまではならなかったのが幸いである、結局一行は親子の列が終わるのを待たずにその場を離れ屋台を眺めながら事務所へと戻って来たのであった、そのお陰もあってか足元も汚れず、上品な訪問着も無事であったのはさらなる僥倖と言えよう、

「あ、良かった、空いてますね」

一行が店舗に近付き、ウルジュラがオリビアに気付いて小さく手を振ると、オリビアはニコリと微笑み小さく礼をした、

「オリビア、どんな感じかしら?」

エレインが経営者らしく商売の様子を問うと、

「はい、先程迄はお客様も多かったです、今は落ち着いてます、祭り見物に行かれたのでしょう、祭りが落ち着けば帰宅のお客様がいらっしゃると思いますので、今は一休みといった所です」

オリビアは冷静に答えた、

「なるほど、そうですね、問題はなさそうね」

「はい」

「あら、これは何かしら?」

エレインとオリビアの事務的な会話をよそに、マルルースが調理器具の棚へ目をつける、

「そちらは本日から販売してます、泡立て器です、便利ですよー」

店舗の中からケイスがヒョイっと顔を出す、ウルジュラとは面識が有ったはずであるが、エフェリーンとマルルースとは初見である、その身分を聞けばこのように遠慮なく対応する事は出来ないと思われる、まさに言わぬが花というものであろう、

「泡立て器?」

「泡を立てるのですか?」

エフェリーンも食いついた、

「はい、えっと、こちらの木簡にもあるのですが、当店自慢のホイップクリームを作る際に便利な道具なのです」

「え、いいのですか?大事な商品なのではなくて?」

「そうですわよ、ホイップクリームってあの白くてフワフワした雲のような?」

「はい、それです、こちらの木簡通りに作れば誰でも作れますよ、その際にこの泡立て器を使用するとより楽です」

「まぁ・・・エレインさんどういう事なのです?」

エフェリーンが振り向く、かなり驚いている様子である、

「そうですね・・・どうと言われると困るのですが、ケイスさんの言う通りなのです、皆さんの家庭でも楽しんで欲しいと思いまして、このような形で販売してみようと思い立ったのです」

「それはまた・・・」

「随分と度量の大きい事ですわね・・・」

二人は呆れたような感心したような不思議な物を見る目でエレインをみつめた、

「ですが・・・」

エレインはニヤリと微笑み、

「はい、たぶんですが、難しいです」

ケイスがエレインの言葉を継ぐ、

「・・・難しいとは?」

ケイスはそこでホイップクリームを作成するにあたっての労苦を説明する、マフダも似たような事を話していたが、その点はしっかり説明しようというエレインの意向であった、勿体ぶった上に内緒話のように説明するのは、そうすると顧客はしっかりと聞いた上に理解が深くなるとのテラの助言によるものである、

「なるほど・・・」

「そんなに大変なのですか・・・」

「お店でお出ししているのはまた別の調理器具を使っております、そちらであればだいぶ楽ですね、ですが、一般に販売できるような品ではないので、難しいところなのです」

エレインが補足する、

「それ、使ってみたいなー」

隣りで静かに聞いていたウルジュラが猫撫で声を出してエレインへと擦り寄った、

「勿論、構いませんよ・・・でしたら、どうでしょう、時間もありますしベールパンを作ってお茶にしましょうか」

「それいいね、うん、そうしよう」

ウルジュラが子供のように飛び跳ねた、ミナちゃんみたいだわとエレインは顔を綻ばせる、

「あ、食べ過ぎは御注意下さい、ソフィアさんが何やら手の込んだ料理を用意していらっしゃいました」

アフラが危険を察知し注意を促す、

「むー、それも楽しみなんだよねー、ソフィアさんの料理は一味も二味も違うからなー」

「でも、歩き回りましたからね、小腹は空いてますよ」

「そうですね、折角ですもの、作り過ぎたら陛下への土産にしましょう」

「それいいねー」

「わかりました、では、皆さん事務所へ、あ、前掛けも必要ですわね、用意させます」

一行は楽しそうに事務所へと吸い込まれるのであった。
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