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本編
41話 家門祭りは泥遊び その8
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所変わって街の中心部、4つの主要神殿が立ち並び、役場の仰々しくも古臭く味気ない建物が多い区画にレアン一行の姿があった、普段であればその広い中央広場と大通りを行き交うのは、神殿関係者と一目で分る白いフードに身を包んだ神官と巫女、さらに黒いフードに身を包んだ役人と一目で分るお堅い人々である、神殿を詣でる平民もいるにはいるが、それほど熱心ではない信者は祭事でもなければ寄り付かない、そんな場所でもある、
「もうしばらくかのう・・・」
レアンは中央広場を見下ろす官舎の2階にミナとレインを連れ込んだ、レアンの為に用意された部屋のようで、ミナは気付きもしなかったが何気にレアンは強権を振ったようである、レアンやライニールはまだしもミナやレインのような無関係の子供が入ってよい場所ではないのは確実である、
「ここで見るの?」
ミナはタタッと開け放たれた木窓に駆け寄る、木窓の側には水の入った大きな樽が用意されていた、さらに手桶が数個重ねて置かれている、レインは何に使うのだろうと訝しげにこの部屋には似つかわしくない樽を睨む、
「そうじゃぞ、わざわざ用意させたのじゃ、感謝せい」
レアンは踏ん反り返るが、ミナは木窓から街路を覗き込み、
「わ、人がいっぱいだー、えへへ、楽しいねー」
街路を行き交う人波を眺めて御満悦である、
「もー、よいか、今日の祭りはの、家門の神である、シルベウトフォスクッロー様のお祭りなのじゃ」
レアンが腕を組んで居丈高に講釈を垂れ始めた、ミナは振り向くと、
「えっと、シルバウロフォッスクロー?」
「うむ、シルベウトフォスクッロー様じゃ」
「シルベウロフォッスクロー?」
「ちゃう、シルベウロフォスクッロー様じゃ」
「シルベウロフォスクッロー?」
「違うわ、シルベウロフォスクッロー・・・違う、シ・ル・ベ・ウ・ト・フォス・クッロー・様」
舌を噛みそうな名前である、ミナが聞き返す度に微妙に間違い、レアンもそれに引きずられそうになって、かみ砕くように一語一語を区切って話す、
「えっと、シルベウトフォスクッロー様」
「うむそれでよい」
レアンがフンスと鼻息を荒くして、
「での、女神様なのじゃがな、家門の神様なのじゃぞ、偉い神様なのじゃ」
「家門ってなーにー?」
「何故・・・家門?」
ミナは素直に問い返し、レインは大きく首を捻った、
「うむ、家門とは一族の事じゃな、ミナはどうかしらんが、古い家系はの、一族を大事にするものじゃ、当家もそうだがの、主家があって、分家がある、いうなればクレオノート一族というものじゃな、さらにそれらが集まって暮らしている場合に家門と呼ばれる集団になるのじゃ」
「へーへー、そうなんだー」
「そうなのじゃ、での、今日のお祭りはの、家門迎えと呼ばれておっての、6歳から7歳の子供を正式に家門の一員として迎え入れるお祭りなのじゃ」
「へーへー、凄いんだねー」
どうやらミナは良く分かっていないらしい、それでも、分かったように頷いた、
「うむ、それでの」
レアンは得意気に祭りの概要を語る、祭りの起源からその変化、さらにモニケンダムで祭事として盛り上げるために行った施策等である、それによると元々は家門ではなく家族単位の祭りであったらしい、7歳前後の子供を両親のどちらかが抱えて街中を練り歩く行事であったという、それがやがて家門単位で行われる行事に変化し、さらに祭りとして街全体で行われるようになったとの事である、しかしやはりというべきかその過程に於いて一つ厄介かつ奇妙な風習が追加された、この祭りが別名泥祭りと呼ばれる由縁である、
「とある高名な家門の長がの、練り歩いている最中に馬糞の上で転んだのじゃ」
「馬糞?」
「うむ、馬の糞じゃ」
「えー、きたなーい」
「うむ、しかしのそこはほれ高名な家門だからの、恥をかかせてはならんとなってな、従者が泥をまるめてぶつけたのじゃ」
「それはまた・・・奇異な事をするのう」
レインが何とも嫌そうな顔となる、
「まったくじゃな、しかし、それが面白いとなっての、それからは家門迎えの一行には泥と水を投げつけるようになったのじゃ」
「・・・変なの・・・」
「・・・まったくじゃな」
ミナとレインの素直な感想である、
「でも、面白いぞ」
ニヤリと微笑むレアンである、
「そうなの?」
「うむ、汚れれば汚れるほど御利益があると、神官も言っておるからの、じゃからな・・・」
レアンは大量に用意された手桶と並々と水の入った樽へ視線を向ける、
「もしかして・・・ここからそれをぶっかけるのか?」
「そうなのじゃ」
レインの問いにレアンがフフンと答える、
「これはまた、なんとも・・・」
レインはいよいよ首を傾げる、家門の神としてシルベウトフォスクッローが祀られる理由もよく分らなかったが、この祭事に関してもレインの理解を超えるものであった、まずレインは何故あの偏屈な女が家門の神なのかが理解できず、さらに、汚れれば汚れるほど御利益があるとしたその理屈にもまるで頭が追いつかない、起源を考えれば子供を成人として迎え入れる事を意図している事は明らかである、なにせ子供は死にやすい、7歳程度まで成長してやっと丈夫な一人の人間として家族として迎え入れるという理屈であろうとレインは考える、さらにその行事が家族単位から家門単位へと変化したのも分らないではない、それを祭りとして楽しもうと考えた点も理解できる、であれば、素直に子供を抱いて街を練り歩き、祝福の言葉でもかければ良いであろうと思うのだが、どうやらそれだけでは面白くないらしい、もしかしたら、その馬糞にまみれた高名な家門とやらは、高名故に嫌われてでもいたのであろうか、その前にまずはあの偏屈な女が家族や一族の守り神扱いされている事に納得できない、生み捨てるばかりで誰一人まともに育てる事が無く、それ故に地上に落とされた女なのである、悪いやつではないのだが、それは端に他者に害が無いだけという意味であり、神とはいえ自分の息子や娘にはまるで興味の無い女なのである、とても良いやつとは言えない、レインはどうでもいいと思っているのであるが、平野人の常識からしたらとてもとても崇める事などできようも無いではずである、故に、家門の神ひいては家族の神とするにはややその人選には納得しかねた、ま、その観点に立つとレイン自身も他人の事を言えたものではないことを、神様らしく棚の上に上げていたのであるが、
「奇妙じゃな・・・」
レインはポツリと呟く、
「まぁの、でも楽しいのじゃぞ」
「そうなの?」
「ふふ、まぁ見ておれ、そろそろじゃろう」
レアンが木窓から街路を見下ろす、ミナはレアンの下から潜り込むように同じ木窓から顔を出し、レインは隣りの木窓から見下ろした、さらにライニールもその隣りの窓から顔を出す、
「お、ほれ、始まったようじゃ」
レアンが指差した方向は件の神様の神殿である、やたら仰々しい衣装の神官が勿体ぶって特設の舞台へ上がる、
「神官長じゃな」
「へーへー、えらそーねー」
「偉いのじゃ」
「えっと、お嬢様より?」
「む、うむ・・・同じくらいじゃな」
「そうなんだー」
ミナは何とも心のない受け答えである、やがて、巫女であろうか数人の女性が神官長の周囲を囲み祈りを捧げ、神官長は厳かに開催を宣言する、すると神殿から一般の神官であろう男達が荒縄を引いて現れ、見物人を街路の両端へと押しやる、みるみるうちに街路の中央には広い空間が作られ、それは中央広場へと続いていった、
「わー、なんかかっこいー」
「うむ、あの道を参加者が歩くのじゃ、それでの、あれじゃ」
今度は別の神官が大きな樽を一定間隔で置いていく、
「なにあれー?」
「泥じゃ」
「あれをぶつけるの?」
「そうじゃぞ、観光客が多いからのう、わざわざ泥を用意して来る物好きもすくないであろう?」
「・・・周到なものじゃな・・・」
レインは何とも呆れ顔である、
「あの泥はちゃんとお祈りされているんですよ」
ライニールがレインに微笑む、
「そうは言うが泥は泥じゃろ?」
「泥ですよ」
端的に答えるライニールにレインの呆れ顔は変わらない、やがて、中央広場で大きな銅鑼の音が響いた、
「始まったぞ、ライニール、準備じゃ」
「はい」
ライニールは素早く手桶の一つを手にして樽から水を汲みだすとレアンへ手渡す、レアンは木窓から半身を乗り出して手桶を構えた、
「うー、あぶなそー」
「じゃな、こっちに避けておれ」
ミナがレインの元に避難し、レインとライニールはいまかいまかと舌なめずりの音まで聞こえそうなほどである、おもむろに神官長が家門名と名前を二つ読み上げる、
「最初の名前が抱えて歩く代表者の名前、次のが迎えられる子供の名前です」
ライニールが律儀に説明する、
「ほら、来たぞ」
中央広場の方から喝采と笑い声が波となって響いてきた、広く開けられた街路をかなり大柄な男児を抱えた老人が歩いて来る、そしてその二人に対して遠慮なく泥がぶつけられ街路に面する建物の2階からは大量の水が浴びせかけられていた、
「わ、ホントだ、痛そー」
「むぅ、でも笑っておるの、変な祭りじゃな」
二人の感想はまさにその通りであった、歩きながら泥を受け、高所からは水が降り注ぐのである、本来であれば何の刑罰かと目を背ける事態であるが、当の二人は笑いながら歩を進めている、老人は家長であろうか、年齢を考えると実子よりも孫と呼んだほうが正解に近いように思える、時折足を止めては重そうに抱え直し、その度にいくつもの泥が彼等を襲い、高所からの水を浴びる、しかし、その顔は楽しそうであり、誇らしげでさえあった、その上、抱えられた子供は手を振る余裕すらある、見物客の中に知り合いがいたのであろうか、大きく両手を振り、老人が慌てて抱え直したりもしている、
「やるぞ、ライニール」
「はい、今です」
レアンが勢いよく手桶の水を振りかけた、
「どうじゃ?」
「お嬢様お見事です」
「そうか、よし次じゃ」
ミナが見る限り、レアンが投げかけた水は直撃とは言えず老人の裾を濡らした程度である、しかし、同じ建物の他の部屋からも勢い良く水が飛び交っており、どれがどれやらといった様相であった、さらに神官長の読み上げは一定間隔で続いている、家門迎えの参加者は10歩程度であろうか一定の距離を保って長い列を形成していた、
「次々くるぞ、ミナもやるか?」
ムフーと鼻息の荒いレアンである、
「えー、見てるだけでいいかなー、でも、楽しそうねー」
「まぁの、本人達が笑っているのであればまぁ良いか」
ミナとレインは今一つ乗り気ではない、
「そうなのじゃ、父上に抱き着いてのう、祝福の言葉と泥に汚れるのは楽しいのじゃぞ」
「へー、お嬢様も歩いたの?」
「勿論じゃ、父上は顔に泥がぶつかっての、酷い顔であった」
楽しそうに微笑むレアンである、ミナの良く分かっていない顔とレインの理解しようとするがまるでそうできずに困惑する顔が上下に並んでいる下で、祭りは人よりも街路を泥まみれにして最高潮を迎えるのであった。
「もうしばらくかのう・・・」
レアンは中央広場を見下ろす官舎の2階にミナとレインを連れ込んだ、レアンの為に用意された部屋のようで、ミナは気付きもしなかったが何気にレアンは強権を振ったようである、レアンやライニールはまだしもミナやレインのような無関係の子供が入ってよい場所ではないのは確実である、
「ここで見るの?」
ミナはタタッと開け放たれた木窓に駆け寄る、木窓の側には水の入った大きな樽が用意されていた、さらに手桶が数個重ねて置かれている、レインは何に使うのだろうと訝しげにこの部屋には似つかわしくない樽を睨む、
「そうじゃぞ、わざわざ用意させたのじゃ、感謝せい」
レアンは踏ん反り返るが、ミナは木窓から街路を覗き込み、
「わ、人がいっぱいだー、えへへ、楽しいねー」
街路を行き交う人波を眺めて御満悦である、
「もー、よいか、今日の祭りはの、家門の神である、シルベウトフォスクッロー様のお祭りなのじゃ」
レアンが腕を組んで居丈高に講釈を垂れ始めた、ミナは振り向くと、
「えっと、シルバウロフォッスクロー?」
「うむ、シルベウトフォスクッロー様じゃ」
「シルベウロフォッスクロー?」
「ちゃう、シルベウロフォスクッロー様じゃ」
「シルベウロフォスクッロー?」
「違うわ、シルベウロフォスクッロー・・・違う、シ・ル・ベ・ウ・ト・フォス・クッロー・様」
舌を噛みそうな名前である、ミナが聞き返す度に微妙に間違い、レアンもそれに引きずられそうになって、かみ砕くように一語一語を区切って話す、
「えっと、シルベウトフォスクッロー様」
「うむそれでよい」
レアンがフンスと鼻息を荒くして、
「での、女神様なのじゃがな、家門の神様なのじゃぞ、偉い神様なのじゃ」
「家門ってなーにー?」
「何故・・・家門?」
ミナは素直に問い返し、レインは大きく首を捻った、
「うむ、家門とは一族の事じゃな、ミナはどうかしらんが、古い家系はの、一族を大事にするものじゃ、当家もそうだがの、主家があって、分家がある、いうなればクレオノート一族というものじゃな、さらにそれらが集まって暮らしている場合に家門と呼ばれる集団になるのじゃ」
「へーへー、そうなんだー」
「そうなのじゃ、での、今日のお祭りはの、家門迎えと呼ばれておっての、6歳から7歳の子供を正式に家門の一員として迎え入れるお祭りなのじゃ」
「へーへー、凄いんだねー」
どうやらミナは良く分かっていないらしい、それでも、分かったように頷いた、
「うむ、それでの」
レアンは得意気に祭りの概要を語る、祭りの起源からその変化、さらにモニケンダムで祭事として盛り上げるために行った施策等である、それによると元々は家門ではなく家族単位の祭りであったらしい、7歳前後の子供を両親のどちらかが抱えて街中を練り歩く行事であったという、それがやがて家門単位で行われる行事に変化し、さらに祭りとして街全体で行われるようになったとの事である、しかしやはりというべきかその過程に於いて一つ厄介かつ奇妙な風習が追加された、この祭りが別名泥祭りと呼ばれる由縁である、
「とある高名な家門の長がの、練り歩いている最中に馬糞の上で転んだのじゃ」
「馬糞?」
「うむ、馬の糞じゃ」
「えー、きたなーい」
「うむ、しかしのそこはほれ高名な家門だからの、恥をかかせてはならんとなってな、従者が泥をまるめてぶつけたのじゃ」
「それはまた・・・奇異な事をするのう」
レインが何とも嫌そうな顔となる、
「まったくじゃな、しかし、それが面白いとなっての、それからは家門迎えの一行には泥と水を投げつけるようになったのじゃ」
「・・・変なの・・・」
「・・・まったくじゃな」
ミナとレインの素直な感想である、
「でも、面白いぞ」
ニヤリと微笑むレアンである、
「そうなの?」
「うむ、汚れれば汚れるほど御利益があると、神官も言っておるからの、じゃからな・・・」
レアンは大量に用意された手桶と並々と水の入った樽へ視線を向ける、
「もしかして・・・ここからそれをぶっかけるのか?」
「そうなのじゃ」
レインの問いにレアンがフフンと答える、
「これはまた、なんとも・・・」
レインはいよいよ首を傾げる、家門の神としてシルベウトフォスクッローが祀られる理由もよく分らなかったが、この祭事に関してもレインの理解を超えるものであった、まずレインは何故あの偏屈な女が家門の神なのかが理解できず、さらに、汚れれば汚れるほど御利益があるとしたその理屈にもまるで頭が追いつかない、起源を考えれば子供を成人として迎え入れる事を意図している事は明らかである、なにせ子供は死にやすい、7歳程度まで成長してやっと丈夫な一人の人間として家族として迎え入れるという理屈であろうとレインは考える、さらにその行事が家族単位から家門単位へと変化したのも分らないではない、それを祭りとして楽しもうと考えた点も理解できる、であれば、素直に子供を抱いて街を練り歩き、祝福の言葉でもかければ良いであろうと思うのだが、どうやらそれだけでは面白くないらしい、もしかしたら、その馬糞にまみれた高名な家門とやらは、高名故に嫌われてでもいたのであろうか、その前にまずはあの偏屈な女が家族や一族の守り神扱いされている事に納得できない、生み捨てるばかりで誰一人まともに育てる事が無く、それ故に地上に落とされた女なのである、悪いやつではないのだが、それは端に他者に害が無いだけという意味であり、神とはいえ自分の息子や娘にはまるで興味の無い女なのである、とても良いやつとは言えない、レインはどうでもいいと思っているのであるが、平野人の常識からしたらとてもとても崇める事などできようも無いではずである、故に、家門の神ひいては家族の神とするにはややその人選には納得しかねた、ま、その観点に立つとレイン自身も他人の事を言えたものではないことを、神様らしく棚の上に上げていたのであるが、
「奇妙じゃな・・・」
レインはポツリと呟く、
「まぁの、でも楽しいのじゃぞ」
「そうなの?」
「ふふ、まぁ見ておれ、そろそろじゃろう」
レアンが木窓から街路を見下ろす、ミナはレアンの下から潜り込むように同じ木窓から顔を出し、レインは隣りの木窓から見下ろした、さらにライニールもその隣りの窓から顔を出す、
「お、ほれ、始まったようじゃ」
レアンが指差した方向は件の神様の神殿である、やたら仰々しい衣装の神官が勿体ぶって特設の舞台へ上がる、
「神官長じゃな」
「へーへー、えらそーねー」
「偉いのじゃ」
「えっと、お嬢様より?」
「む、うむ・・・同じくらいじゃな」
「そうなんだー」
ミナは何とも心のない受け答えである、やがて、巫女であろうか数人の女性が神官長の周囲を囲み祈りを捧げ、神官長は厳かに開催を宣言する、すると神殿から一般の神官であろう男達が荒縄を引いて現れ、見物人を街路の両端へと押しやる、みるみるうちに街路の中央には広い空間が作られ、それは中央広場へと続いていった、
「わー、なんかかっこいー」
「うむ、あの道を参加者が歩くのじゃ、それでの、あれじゃ」
今度は別の神官が大きな樽を一定間隔で置いていく、
「なにあれー?」
「泥じゃ」
「あれをぶつけるの?」
「そうじゃぞ、観光客が多いからのう、わざわざ泥を用意して来る物好きもすくないであろう?」
「・・・周到なものじゃな・・・」
レインは何とも呆れ顔である、
「あの泥はちゃんとお祈りされているんですよ」
ライニールがレインに微笑む、
「そうは言うが泥は泥じゃろ?」
「泥ですよ」
端的に答えるライニールにレインの呆れ顔は変わらない、やがて、中央広場で大きな銅鑼の音が響いた、
「始まったぞ、ライニール、準備じゃ」
「はい」
ライニールは素早く手桶の一つを手にして樽から水を汲みだすとレアンへ手渡す、レアンは木窓から半身を乗り出して手桶を構えた、
「うー、あぶなそー」
「じゃな、こっちに避けておれ」
ミナがレインの元に避難し、レインとライニールはいまかいまかと舌なめずりの音まで聞こえそうなほどである、おもむろに神官長が家門名と名前を二つ読み上げる、
「最初の名前が抱えて歩く代表者の名前、次のが迎えられる子供の名前です」
ライニールが律儀に説明する、
「ほら、来たぞ」
中央広場の方から喝采と笑い声が波となって響いてきた、広く開けられた街路をかなり大柄な男児を抱えた老人が歩いて来る、そしてその二人に対して遠慮なく泥がぶつけられ街路に面する建物の2階からは大量の水が浴びせかけられていた、
「わ、ホントだ、痛そー」
「むぅ、でも笑っておるの、変な祭りじゃな」
二人の感想はまさにその通りであった、歩きながら泥を受け、高所からは水が降り注ぐのである、本来であれば何の刑罰かと目を背ける事態であるが、当の二人は笑いながら歩を進めている、老人は家長であろうか、年齢を考えると実子よりも孫と呼んだほうが正解に近いように思える、時折足を止めては重そうに抱え直し、その度にいくつもの泥が彼等を襲い、高所からの水を浴びる、しかし、その顔は楽しそうであり、誇らしげでさえあった、その上、抱えられた子供は手を振る余裕すらある、見物客の中に知り合いがいたのであろうか、大きく両手を振り、老人が慌てて抱え直したりもしている、
「やるぞ、ライニール」
「はい、今です」
レアンが勢いよく手桶の水を振りかけた、
「どうじゃ?」
「お嬢様お見事です」
「そうか、よし次じゃ」
ミナが見る限り、レアンが投げかけた水は直撃とは言えず老人の裾を濡らした程度である、しかし、同じ建物の他の部屋からも勢い良く水が飛び交っており、どれがどれやらといった様相であった、さらに神官長の読み上げは一定間隔で続いている、家門迎えの参加者は10歩程度であろうか一定の距離を保って長い列を形成していた、
「次々くるぞ、ミナもやるか?」
ムフーと鼻息の荒いレアンである、
「えー、見てるだけでいいかなー、でも、楽しそうねー」
「まぁの、本人達が笑っているのであればまぁ良いか」
ミナとレインは今一つ乗り気ではない、
「そうなのじゃ、父上に抱き着いてのう、祝福の言葉と泥に汚れるのは楽しいのじゃぞ」
「へー、お嬢様も歩いたの?」
「勿論じゃ、父上は顔に泥がぶつかっての、酷い顔であった」
楽しそうに微笑むレアンである、ミナの良く分かっていない顔とレインの理解しようとするがまるでそうできずに困惑する顔が上下に並んでいる下で、祭りは人よりも街路を泥まみれにして最高潮を迎えるのであった。
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