上 下
369 / 1,062
本編

41話 家門祭りは泥遊び その7

しおりを挟む
丁度その頃、

「なるほど、確かにそうだと言われればそうだと言うしかありませんわね」

精霊の木を前にしてエフェリーンが何度か聞いた口上を呟く、

「そうですわね、立派な木である事は見ただけで分かりますし、その・・・妙な存在感はありますわね」

マルルースも精霊の木を見上げそれ以上の感想を持ちえなかった、ウルジュラと従者達もぼうっと見上げてヘーとかフーンとかと呟いている、

「あれなにー?」

ウルジュラがブランコに気付いてパトリシアに問う、一行の視線がサッとそちらへ移った、

「ミナちゃんとレインちゃんの遊び道具ですね、ブランコと呼ぶらしいですわ」

「ブランコ・・・遊び道具?」

「遊んでみます?」

ソフィアがニコニコとウルジュラに問う、

「・・・えっと・・・どうやって遊ぶのです?」

ウルジュラも子供とは言えない年齢である、少し考えて、それでも誘惑には勝てなかったようである、

「ふふ、そうですね、えっと・・・」

とソフィアは周囲を見渡してあるわけないかと呟くと、前掛けの内側から手拭を取り出しブランコの汚れを軽く払うと座面に敷いた、

「こちらに座って下さい」

ソフィアが優雅にウルジュラを誘う、

「こうですの?」

ウルジュラは恐る恐ると腰を下ろした、

「はい、では、縄をしっかり持って、足を伸ばして下さい」

ソフィアが背後からゆっくりと押し出す、

「おお、えっ」

ゆっくりと前後に揺れ出すブランコにウルジュラは自然と沸き上がる笑顔を押さえられなかった、

「そんな感じで足を前と後ろに交互に動かして下さい」

ソフィアはサッと隣りに避ける、

「こうですわね」

ウルジュラは簡単にコツを掴んだようである、足の前後運動と共に上半身も連動させて勢いをつけていった、

「まぁ、はしたない」

「えっと、良いのでしょうか?精霊の木なのですよね」

王妃二人は何とも大人らしい意見である、

「良いらしいですわ、何でも精霊の木は子供の遊んでいる時の声が好きなんだとか、なので、この場もあのように遊べる場所にしているらしいのです」

パトリシアがウルジュラの様子に微笑みつつ説明する、

「まぁ、そういう事であれば・・・」

「そうですね、我々が口を出す事ではないですわね」

エフェリーンにしてもマルルースにしてもパトリシアの説明で納得はしていない、しかし、事の中心人物であるソフィアがやっている事である、文句を付けるのも違うかしらと諸々を飲み込んだ様子であった、

「お母さま達も是非、楽しいですわよ」

「あら、パトリシアさんも遊ばれたのですか?」

「はい、少しだけ、ミナちゃんに教わりました、なかなかに気持ちよいです、ただし・・・」

「ただし?」

「あの木の板にお尻が納まればですが」

ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるパトリシアである、

「まぁ、それは確かにそうですわね」

「でも、パトリシアさんのそのお尻が入ったのであれば私でも・・・」

マルルースの言う通りにパトリシアはお腹がだいぶ大きくなっている、それにつれて腰回りも逞しくなっているように見える、

「挑戦します?」

再び意地の悪い笑みを浮かべるパトリシアである、マルルースは受けて立つとばかりに側仕えの一人を呼ぶと手拭いを受け取り、もう一つのブランコへ近付いた、

「お母さま、これ、楽しいですわ」

ウルジュラはかなりの勢いでブランコを漕いでいる、前に後ろに風を切り、折角整えた髪が乱れているのもまるで気にしていない、

「お尻が合えばね」

マルルースは娘に聞こえないように呟くと手拭いを敷いてゆっくりと腰を下ろした、

「あら、大丈夫そうね」

2度3度もぞもぞと尻を動かして座り心地を確かめる、

「はい、では、押しますよ、しっかりと縄を掴んで下さい」

いつの間にやらソフィアが背後に立っていた、

「えっと、ゆっくりお願い致しますね」

「はい、ゆっくりですね」

ソフィアは注文通りに優しく押し出す、ユラユラと動き始めるブランコとマルルースである、

「まぁ、なるほど、これは楽しいですわ」

マルルースは素直な感想を口にした、

「でしょー、ほら、母様も足と身体を使って、体重を前と後ろにかけるんです」

「こうかしら?あらあら、分かってきましたわ」

仲の良い実の親娘である、楽しそうに二人はブランコに興じており、その様子に側仕えは大丈夫かしらと不安気な顔となり、エフェリーンも、

「まったく、いつまでも若いというか幼いというか・・・」

羨ましそうであるがそれを素直に認められないエフェリーンらしい苦言を吐く、

「ふふ、若いということですよ、エフェリーン母様もやってみたらよいのです、気持ちいいですわよ」

パトリシアがやんわりとエフェリーンの背中を押した、

「そうは言いますけど・・・」

エフェリーンは渋い顔をパトリシアに向ける、

「大丈夫ですわよ、マルルース母様のお尻も入ったのですから、ね」

ニコリと微笑むパトリシアである、

「そう言うのであれば・・・」

仕方がないですわね、まったく、と、エフェリーンはあくまでパトリシアの誘いに乗るという建前で乗る気になった様子である、

「ユラ、エフェリーン母様と代わってあげて」

パトリシアがウルジュラに大声で伝え、ウルジュラもハーイと大声で返すのであった。



その後、一行は事務所へと入った、目当てはガラス鏡である、折角綺麗にまとめあげた髪が見事に乱れてしまい側仕えがあまりにもと悲しい顔であった為、エレインが事務所の鏡を使うようにと進言したのであった、そこで、3人はそれぞれに髪をまとめ直すが、3人共に朗らかで楽しそうであった、ブランコの効果であろうか、たかが子供の遊びであるとはいえ、普段の格式ばった生活からはあまりにもかけ離れた刺激である、心の奥底から湧き出て来る明るく開放的な高揚感に、堅物のエフェリーンでさえ笑顔を抑えることは出来ない様子であった、

「お城にも作りましょうよ」

「何処にです?」

「庭園はどうでしょう?」

「そうだ、東屋の梁に縄をかけましょう」

「危ないですわよ」

「えー、でも、薔薇に囲まれた中でブランコに揺られるなんて素敵じゃないですか」

「それは素敵ね・・・陛下に頼んでみましょうか?」

「そうなると大事になりません?」

「たまには甘える事も必要ですわよ」

鏡を前にして3人は実に姦しい、ウルジュラはまだしもエフェリーンとマルルースの屈託の無い笑顔に髪を直す側仕え達も自然と顔を綻ばせる、

「そうだ、是非、こちらをお試し下さい、試作品の試作品なので、見た目は悪いのですが」

エレインがあっと思い出して3面鏡台の前に積まれた木箱を片付けだした、

「会長、私が」

とテラが慌てて駆け寄ると二人で木箱を横に除ける、祭りの準備の為に3面鏡台が物置とされていたのであった、ソフィアも気を利かして椅子を持って来る、

「エフェリーン様、さ、どうぞ、こちらへ」

ここはエフェリーンからだな、と、エレインは声をかける、

「あら、今度は何かしら?」

エフェリーンがスッと腰を上げた、特に毒吐く事も無い、完全にエレインを信用したという事なのであろう、パトリシアもその様子に安心しつつ、それもあったわねとニヤリとほくそ笑む、

「こちらなのですが、中央の板が両開きになっております、開けて見て下さい」

「ここですわね」

エフェリーンの手がスッと伸び、やや重苦しい音を立てて鏡が開かれた、

「まぁ、これは凄い」

「ほんとだー、何これー」

「面白いですわねー」

三者三様の驚きの声である、

「はい、現在開発中の3面鏡台となります、こちらであれば・・・」

「エレインさん、皆迄言わないで、なるほど、顔の側面が見えますわね、なるほど、なるほど、うん、うん」

エフェリーンがエレインの言葉を遮ると右に左にと顔向け、じっくりと自身の顔を観察する、そして、

「エレインさん」

強い口調でエレインをキッと睨む、突然の大声に、

「は、はい」

エレインは調子に乗り過ぎたかしらとピンと背筋を伸ばし、テラとソフィアもあらっと顔を強張らせた、

「これはお幾らですの、すぐにでも欲しいですわ」

「あ・・・えっと・・・」

エレインはあまりの勢いに何を言われたのかが理解できず、何度か反芻し、

「あ、良かった、すいません、こちらはまだこれだけなのです、それに御覧のように試作品でして、現在職人さん達が鋭意製作中となります」

ホッとしつつ何とか状況を説明する、

「もー、母様、大声を上げてはいけませんよ、エレインさんがびっくりされていますよ」

パトリシアが笑いを堪えつつエフェリーンを窘めた、

「まぁ・・・それはごめんなさいね、でも、これは素晴らしい品ですわ、ガラス鏡もそうでしたし、あわせ鏡もですわ、さらにこのような工夫ができるとは、まったく驚きですわよ」

「勿体ないお言葉です、エフェリーン様」

エレインはゆっくりと頭を垂れた、

「エフェリーン母様、私も」

「ウルジュラ、私が先です」

「えー、早い者勝ちですよー」

「年齢順です」

「そんなの決まってないですー」

「早い者勝ちとも決まってないですよ」

マルルースとウルジュラが可愛らしい親子喧嘩を始め、

「もうちょっとだけ、いいかしら?」

エフェリーンは改めて鏡に向かう、

「やれやれ、ビックリしたわ」

「そうですね、でも、ソフィアさんでもビックリするんですね」

「そりゃあ、するわよ、相手は王妃様よ、それなりに気を使っているんだから」

「ふふ、良かったです、ソフィアさんが普通の人で・・・」

「テラさん、何気に酷い言い草よ、それ」

ソフィアとテラはコソコソと小声で笑い合った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

悪行貴族のはずれ息子【第1部 魔法講師編】

白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン! ★第2部はこちら↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/450916603 「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」 幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。 東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。 本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。 容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。 悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。 さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。 自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。 やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。 アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。 そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…? ◇過去最高ランキング ・アルファポリス 男性HOTランキング:10位 ・カクヨム 週間ランキング(総合):80位台 週間ランキング(異世界ファンタジー):43位

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...