上 下
351 / 1,050
本編

39話 チンチクリンな職人さん その7

しおりを挟む
「おはようございます」

翌朝、テラが事務所を開け、さてとと気合を入れた所に甲高く元気な声が届いた、テラは何かしらと玄関へ向かい、子供のような小さく丸っこい影を認め、

「あら、おはようございます、早いのね」

ニコリと微笑む、来客はマフダである、昨日と同様にやや表情は堅いままであるが、今日は一人で来た様子であった、

「はい、あの、こういう時は朝一で行くもんだって、親父もねーちゃんもいうもんだから、それに、朝は早いんです、修業してましたから」

マフダはやはり緊張の為か固くなっている様子である、早口でしゃべりまくりムフーと鼻息を荒くした、

「まぁ、ふふ、そうか、じゃ、どうしようかな、サビナさんはまだだし、そうね・・・どうぞ入って、面白いもの見せてあげる」

テラはマフダを迎え入れる、マフダはギクシャクと歩を進め、

「朝はね掃除しながら各部屋を見て回るのよ」

テラの柔らかい声に若干の母性が感じられるのは気のせいであろうか、自身もそうと気付かずに口元のみに薄い笑みを浮かべるテラである、

「あ、私、手伝います、やらせて下さい」

「えー、そうねー、それはほら、正式に従業員になってからでいいわよ」

マフダが慌てて掃除用具に手を伸ばすのをテラはやんわりと断り、

「今日はまだお客様よ、じゃ、地下からね」

そう言って地下室の換気を行いつつ冷凍箱を見せ、厨房へ向かい床を掃きながら回転機構の使い方や泡立て器、クッキーの型、溶岩板等を説明した、それら一つ一つに歓喜と驚愕の声を上げるマフダである、テラはその反応にそりゃそうよねと微笑みつつ廊下の掃除に移った頃合いでエレインが顔を出した、

「わ、もう来たの?」

テラの影に隠れるマフダに気付き思わず大声をあげる、

「はい、親父もねーちゃんもこういうときは朝一で行けっていうもんですから」

マフダは同じ言い訳を展開しつつ恥ずかしそうに微笑む、

「そっか、という事は家族と相談したの?」

「はい、あのねーちゃん達も親父もその・・・妙にやる気というか、面白いってはしゃいじゃって・・・」

「あら、なら、どうしましょうか・・・テラさんゆっくり話す?」

「そうですね、こちらが終わりましたらでいいですか?」

「そうしましょう、じゃ、マフダさん、ガラス鏡でも使って下さい、今日は独り占めできますよ」

その魅力的な誘いにマフダは小さく歓喜の声を上げ、エレインは微笑みつつ事務所へ入る二人であった、それからテラが掃除を終えて事務所に入ると、

「マフダさん、こちらへ」

テラがマフダに声をかけつつエレインの元へと歩み寄る、そしてエレインの事務机に向かって二人は椅子を並べると、

「さて、じゃ、どうするか結論は出たのですか?」

テラがマフダへ問う、

「はい、その、お世話になりたいです、えっと、昨日のエレイン会長の案のその・・・一番難しいので」

マフダは両膝に置いた両手拳にギュッと力を入れ、昨日以上に力の籠った視線をエレインへ向けた、

「それは嬉しいです、でも、思った以上に困難である事は理解されてます?」

エレインは内心ではそうなるであろうと高を括っていたのであるが、マフダの覚悟の程度を知る為にと、意地悪く問い返した、

「はい、あの、フィロメナねーちゃんには家の事はいいからそっちを頑張れって言われて、親父は金なら幾らでも出してやるって・・・その凄い乗り気でした、それと、他のねーちゃん達もそういう服を着てみたいってすんごい言われてしまって、なんか、逆にその・・・やらないって言えなくなっちゃった感じになっちゃって、あ、でも、私もやりたいんです、遊女用というか女性の魅力を引き出す服を作りたいです、なので、なんでもやります、やらせて下さい」

マフダは早口でしゃべりまくった、朝から元気だこととエレインは思いつつ、

「そうなると、御家族の理解は得られたのね」

ニコリと口角を上げ、

「覚悟もある様子ですわね、テラさんはどう思います?」

「はい、そうですね、御家族の支援があるとなれば、だいぶ現実的になってくるかと思います、私に異議はありません」

テラの言葉にマフダはホッとその緊張を少しばかり和らげた様子である、

「そうですか、では、そうですね、明日、改めて就業条件をお話ししましょう、その際にはフィロメナさんが居た方が良いかしら?私としてはマフダさんを一人前と認めて対応したいところなのですが・・・」

「えっと、その、その辺はあれです、最初から修業のつもりでしたから、そのお給料を頂くのは・・・」

「あら、タダ働き?」

エレインは片眉を上げる、

「それは駄目ですね、まだそういう事を言うのであればこの話しは無かった事になりますよ」

テラ迄もがキツイ口調となる、

「えっ・・・あの・・・」

マフダは二人の突然の圧にどうしたものかと冷や汗を浮かべる、

「マフダさん、昨日も言いましたが修業などと生ぬるい考えは捨てて下さい」

「そうですよ、ここではしっかりと働いて貰います、その上でしっかりと賃金を受け取る事です」

「ただし、賃金を支払う以上、責任を持って事に当たって頂きますからね」

「そうですよ、しっかりと働いて貰いますから、その点を特にしっかりと心に刻むように」

二人から早口で責め立てられマフダは身を縮こまらせ、小さくごめんなさいと呟いた、

「それで良いです、そうすると、正式にはいつから勤務できます?」

エレインは一転柔らかい口調に変わる、

「あ、はい、えっと、明日からでも大丈夫です」

「?今の修業先というのは?」

「はい、昨日の内に話しをしてきました、そういう事であればと、こころよく・・・は無いのかな?突然だったので渋い顔をしてましたが・・・認めてくれた感じです・・・」

「ならいいですが、先に走るばかりで、後を汚すのは駄目ですよ、一つ一つしっかりと始末をつけないと後々面倒な事になりかねません」

テラが神妙に助言する、

「はい、それは親父にも言われてました、その、こちらにお邪魔する前から・・・なので、しっかりと話してきました、大丈夫だと思います」

マフダの言にエレインとテラは若干不安になるが、本人がそう言う限り信じる他無いかしらと取り敢えず飲み込んだ、

「分かりました、マフダさんの言葉を信用致します、ま、フィロメナさんがいるのであればその辺もしっかりしてそうですよね」

「そうですね、そうしますと、お祭りの準備から入ってもらいましょうか・・・」

テラは黒板に描かれた予定表を確認する、

「そうね、その後は暫くは店舗の方に入って貰って、調理の方をしっかりと覚えて下さい、それと接客も・・・」

「そうですよね、接客もあるんですよね・・・」

マフダは不安そうに俯いた、

「慣れる事ですね、ま、大丈夫でしょう、何事もやってみる事です」

「はい、頑張ります」

マフダは口元を引き締めて顔を上げる、

「その意気ですよ、そうですね・・・後は・・・・」

エレインはうーんと首を傾げる、

「マフダさんから要望とか、心配事とかありますか?事前に話しておきたい事とか」

テラがエレインに変わって問う、

「あ、はい、その・・・さっき思い出したというか・・・その、あれなんですけど」

「あれ?」

「はい、私全く魔力無いんですが大丈夫でしょうか・・・」

マフダは上目づかいでエレインを伺い、エレインはあっと小さく驚きの声をあげる、

「それは・・・どうでしょう?」

エレインは眉間に皺を寄せながらテラに問う、

「そうですね・・・」

テラもうーんと首を傾げた、

「その・・・さっき、地下の冷凍箱ですか?とか、真っ黒い板のあれとか・・・使えるのかなって・・・なっちゃって」

「あー、確認していませんでしたわね・・・」

エレインが申し訳なさそうに呟く、

「でも、調理に関しては魔力の無い従業員も居りますし、そこは上手い事組めば大丈夫かと・・・でも、研究所の方は・・・」

テラがそこまで口にして、

「あっ」

と大きく声を上げた、

「なに?」

エレインが思わず問うと、

「はい、先日、3階でお酒を呑んだ時にユーリ先生が言ってましたね、魔力が全く無い人が欲しい・・・そんな感じでした」

「あらそうなの?」

「はい、学園関連の人達はほとんどが大なり小なり魔力を持っているそうで、全く無い人の方が珍しいんだとか、で、そういう人もいないと駄目なんだよ的な・・・そんな感じでした・・・すいません、酔っていたのでうろ覚えです・・・」

「まぁ・・・確かに・・・ユーリ先生はそうなんですよ、魔力の無い人を重要視しているんですよね、下手にあるよりも無い人の方が使えるんだとか、冒険者のパーティーを組む時にもそれが活かされているとかなんとか聞いた事があります・・・」

「へー、そうなんですか・・・なら・・・」

「大丈夫そうですね、でも、先に話しましょう、サビナさんに相談してみましょうか、書類仕事だけなら魔力は必要無いでしょうし」

「裁縫の仕事にもですよ」

「それを言ったら料理にだって本来は無くても良いものですからね」

「そうですね」

エレインとテラは納得したらしい、しかし、置いてけぼりとなったマフダは不安そうに二人を交互に見つめている、

「あ、ごめんなさい、お店の方は何とでもなりますから」

テラがニコリと微笑み、

「研究所の方もたぶんですが、大丈夫だと思います、ですが、先に相談しますので、安心・・・は違うかな、ま、そんな感じで」

エレインは誤魔化し笑いを浮かべる、

「は、はい、すいません、先に申し上げるべき事でした・・・ごめんなさい」

マフダは小さな肩をより小さくして俯いた、

「いいえ、こちらこそちゃんと聞くべきでしたね、ごめんなさいね」

「そうですね、ま、冷凍箱とか溶岩板とか見たらそりゃ・・・ね、不安にもなるわよね」

テラは謝り、エレインは理解を示す、エレインは続けて他にはありますかと尋ね、今のところは・・・とマフダは小さく答えた、

「そっか、じゃ、取り合えず今日はお客様だけど、朝の仕込みをやってみます?そうね、まずは調理の腕前を確認したいですしね、適当に作ってみて、完成品はお土産にしていいですよ」

「えっ、いいんですか?」

マフダはパッと顔を上げる、

「お土産にしていいのは今日だけですからね、テラさん、サビナさんが来る迄はそれでお願いできますか?」

「はい、では、早速、サビナさんが来たら、講習会の準備ですから、あまり時間が無いかもですね」

テラはサッと腰を上げ、マフダもピョンと席を立つ、

「はい、では、宜しくね」

ニコリと二人を見送るエレインであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。

KBT
ファンタジー
 神の気まぐれで異世界転移した荻野遼ことリョウ。  神がお詫びにどんな能力もくれると言う中で、リョウが選んだのは戦闘能力皆無の探索能力と生活魔法だった。      現代日本の荒んだ社会に疲れたリョウは、この地で素材採取の仕事をしながら第二の人生をのんびりと歩もうと決めた。  スローライフ、1人の自由な暮らしに憧れていたリョウは目立たないように、優れた能力をひた隠しにしつつ、街から少し離れた森の中でひっそりと暮らしていた。  しかし、何故か飯時になるとやって来る者達がリョウにのんびりとした生活を許してくれないのだ。    これは地味に生きたいリョウと派手に生きている者達の異世界物語です。

薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ

柚木 潤
ファンタジー
 実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。  そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。  舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。  そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。  500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。  それは舞と関係のある人物であった。  その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。  しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。  そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。  ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。  そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。  そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。  その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。  戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。  舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。  何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。  舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。  そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。   *第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編  第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。  第5章 闇の遺跡編に続きます。

身バレしないように奴隷少女を買ってダンジョン配信させるが全部バレて俺がバズる

ぐうのすけ
ファンタジー
呪いを受けて冒険者を休業した俺は閃いた。 安い少女奴隷を購入し冒険者としてダンジョンに送り込みその様子を配信する。 そう、数年で美女になるであろう奴隷は配信で人気が出るはずだ。 もしそうならなくともダンジョンで魔物を狩らせれば稼ぎになる。 俺は偽装の仮面を持っている。 この魔道具があれば顔の認識を阻害し更に女の声に変える事が出来る。 身バレ対策しつつ収入を得られる。 だが現実は違った。 「ご主人様は男の人の匂いがします」 「こいつ面倒見良すぎじゃねwwwお母さんかよwwww」 俺の性別がバレ、身バレし、更には俺が金に困っていない事もバレて元英雄な事もバレた。 面倒見が良いためお母さんと呼ばれてネタにされるようになった。 おかしい、俺はそこまで配信していないのに奴隷より登録者数が伸びている。 思っていたのと違う! 俺の計画は破綻しバズっていく。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...