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本編

38話 エレイン様は忙しい その10

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「では、こちらの準備はパトリシアに任せる、事務方はブレフトを、エフェリーンへの相談も忘れるな」

ボニファースはエレインを交えた打ち合わせをそう締め括った、パトリシアは満足そうに微笑み、エレインは何が何やらといった感じで目を回している様子である、

「そういうわけだからエレインさん、ふふ、暫くはお付き合い頂きますわよ」

パトリシアはニヤニヤとエレインへ視線を送り、

「は、はい、その・・・恐悦至極に存じます?」

エレインは混乱しつつも何とか言葉を返す、

「うむ、以上だな、エレイン嬢、何かと面倒をかけるが・・・うん、よしなにな」

ボニファースは優しい微笑みをエレインへ向けるが、エレインの様子に若干の不安を感じている顔である、

「・・・もったいないお言葉です、その、全身全霊をもって・・・はい」

エレインはしどろもどろに返答し、その様にパトリシアはあらあらと心配そうな顔になった、

「そうだな、アフラも付いてくるから安心しろ、リンドもいるしな」

クロノスがその胸中を察して優しく声をかけるが、エレインはハイハイと頷くばかりである、

「ま、それでは、私がまるで役立たずのような言い方ですわね」

パトリシアがキッとクロノスを睨むが、

「お前さんは身重である事を忘れるなよ、調子に乗って身体に触る事が無いようにな」

「そ・・・それは、当然でしょう」

「いいや、暴走し過ぎないようにアフラには言い含めておく、リンドもその点重々気を使ってくれ」

「はい、承知いたしました」

クロノスの苦言にパトリシアはムッと頬を膨らませ、リンドは静かに頷く、

「そうだな、パトリシアはどうも調子に乗り過ぎる事があるからな、エレイン嬢、その点も注意してやってくれよ」

ボニファースはニコニコと笑みを浮かべて娘夫婦のやり取りに口を出し、

「ま、陛下までそんな事を」

パトリシアの冷たい視線はボニファースへ向かう、

「・・・えっと、お身体に触らないよう注意致します」

エレインは蚊の鳴く様な声で返答する、

「ふふ、では、今回はこんなもんだな・・・うん、そうだ、ソフィア、少し話したいのだが良いかな?」

ボニファースはとんとんとテーブルを指で叩いて思考をまとめると、その視線をソフィアへ向けた、

「へ?わたしですか?」

ソフィアは気の抜けた返事をしてしまう、打ち合わせも終わってさて夕飯は何にしようかなと考えていたところであった、

「精霊の木について、ゆっくりと聞いてみたいと思ってな、皆は下がれ」

ボニファースがサッと右手で虚空を払う、その仕草を見て、リンドとヨリックはさっと席を立ち、クロノスとパトリシアも腰を上げた、エレインとユーリもつられて席を立つ、

「さ、では、事務所で具体的なお話にしましょうか」

パトリシアは楽しそうに踵を返し、

「あー、その話、俺も同席するぞ」

「ま、女二人の密談ですのよ」

「密談で済む話しではないだろう、取り敢えずその店舗の情報を見たいな、リンドも同席しろ、いや、アフラの方が良いか?」

「そうですね、では、アフラと交代しましょう、私は城へ戻ります」

「うん、頼むぞ」

「そうなりますと、ブレフトも呼びましょうか?」

「そうだな」

「では、私が対応致します」

「頼む」

席を立った一同は段取りを組みつつ退室する、そして貴賓室にはボニファースとソフィアが残された、

「さて、ソフィア、少し昔話をしたいのだが」

ボニファースは両手を組んでテーブルに肘をつくと静かに話し始める、ソフィアはまた面倒くさい事になったと眉根を寄せ、いつものように茶化す事もできず黙ってその先を待った、

「儂が王になった夜のことなのだがな・・・」

ボニファースは訥々と語りだす、

「戴冠式の後、祝宴を終えた夜にな、それなりに酔って寝台に入ったのだが、そこに来客があった」

ソフィアは何の事やらと片目を瞑る、

「ウィレムクルミド、シルベウトフォスクッロー、レンベキオレスフォ、それとレスファルトインゲリスじゃ」

その名を聞いてソフィアは背筋を凍らせた、その名は奇妙なものであるが、子供の頃から良く聞く名前である、御伽噺として、昔話として、信仰の対象として、その4つの名は度々人々の口の端に乗る、それは地上に降りてきた神々の名前であった、全知の神、家門の神、戦神、そして豊穣の神である、ボニファースはソフィアに視線を合わせ沈黙すると、その反応を伺う、やがてソフィアは口を開いた、

「名だたる神々ですね、そのような貴重な経験を私に話すとはどういう事でしょう」

ソフィアはボニファースの意図を理解し、どう誤魔化すか、誤魔化すことが最善なのか、一国の王がそれを知ったとして何を望むのか、それが、かの存在にとって良い事なのか・・・様々に思考を巡らせる、

「うむ、儂もな、あの夜の事は夢幻と思っておった、それにもう20年も前の事だ・・・しかし・・・」

ボニファースは組んだ拳に視線を落とし、

「分かるものなのだな・・・いや、そういう仕組みなのかもしれんが・・・つまり、そういう事だ、はっきりと聞くが、レイン・・・あの方は、どういう理由でここにいる、そして何を求めているのだ?」

ボニファースはゆっくりとソフィアへ視線を向けた、

「・・・理由・・・と、求めるもの・・・ですか・・・」

ソフィアはこれは誤魔化せないなと両目を閉じて首を傾げる、

「分かって置いているのであろう」

「・・・そうですね、その通りです」

「では、その目的もあるのであろう?」

「そうですね、あります・・・しかし、それは、あの方達のさらに上の問題であると・・・そう聞いております」

「・・・どういう事だ?」

「詳しくは聞いておりません、そういうものだと・・・そう仰られております」

「あれらのさらに上など・・・存在するのか?」

「わかりません、そう・・・はっきりとは聞いておりませんが、匂わされております」

「・・・そうか・・・」

ボニファースはそういうものなのかと呟いて腕を組む、彼等がそう言うのであればそうなのである、一介の人間がどう思おうがそれは揺るぎようがない、例え今、自分が使える全ての権力を振ったところで、触れる事すらできない高みの事象なのであろう、

「そうですね・・・では、私からの要望としてお聞き下さい」

ソフィアはジッとボニファースへ視線を注ぐ、ボニファースは小さく頷いた、

「彼の者達は・・・私も一柱しか知りませんが、我々より遥かに優れた存在であります・・・それは当然だとお思いでしょうが、その想像を遥かに超える力がある・・・と、そう思います、しかし、それ故に・・・それ故か・・・悪意を持って利用される事も善意を持って崇め奉られる事も同じ事である・・・ようなのです、その点は言葉として聞いた限りなのですが、その二つを含め私達が彼等に対して行う反応はすべからく彼等にとっては同列にあり、と同時にその反応に対する対応は全て遊興以上の意味は生じえない・・・と、どうやらそのように考えている様子なのです」

ソフィアは冷めた茶に手を伸ばし、喉を潤すと、

「私が現在、彼の娘の側にいて最も注意している点はそこになります、彼の娘がその気になれば、巨万の富も数十万の軍勢を持つことも難しくはないでしょう、と同時にそれらを悉く破壊しつくしす事もです、そして、それは遊びなのです、暇つぶしと言い換えても良いかと思います・・・しかし、共に数か月を過ごしましたが、彼の娘は人の娘と同じことを楽しいと感じ、そして人として人の社会にある事を楽しんでおります・・・少なくとも私から見れば、であって、本心は伺い知れませんが」

ソフィアは一度言葉を区切り考えをまとめると、

「陛下の懸念・・・というよりも考えもあるかと思います、しかし、彼の娘は現状の扱いで満足しているようなのです、そこに不満があれば、ここには居ないでしょう、そして、これ以上の扱いを求めるのであれば、簡単にそれを手にする事もできるでしょう、例えば、私の下を離れ、陛下の下へと紛れこむ・・・簡単な事ですね・・・しかし、そのような素振りは無いように思えます・・・故に・・・」

「放って置けと?」

ボニファースは呟くように問う、

「はい、私が側にいる限り・・・いえ、いてもいなくても関係無いですね、少なくとも今この瞬間には、王国に仇なすことも、平野人に敵対する事も無いと誓います・・・誰に誓うかは、笑い話にしかなりませんが」

ソフィアは鼻で笑いつつ、

「そして、その逆も無いと言い切れます、王国に必要以上に肩入れする事も、平野人を魔族やエルフ以上に優遇する事もしないでしょう・・・ただ、そうですね、普通の人と同じように、手の届く範囲、目の届く範囲においては少しばかり助力したがる様子ですが」

「そうなのか?」

「はい、報告されているかと思いますが、クレオノート家の細君の病状を看破したのは彼女です、私はその原因を伝えたに過ぎません」

「?・・・もしや・・・」

「はい、イフナース様に関しても同様です」

「そう・・・なのか、それは・・・なんと」

ボニファースは事の真相を知って言葉を無くす、

「それと、美味しいメロンやスイカ、帝国語の翻訳・・・精霊の木に関しても、同様です、あまりやり過ぎると誤魔化せないと言っているのですが、どうにも・・・困ったものです」

ソフィアはそこで優しく微笑む、ボニファースは驚いた顔のままソフィアの顔を見つめ、そして、小さく吐息を吐くと、

「分かった、うん、そうか・・・」

何事かを呟きつつ考えをまとめると、

「放っておくのが最良か・・・それを望んでいるとするならば、そうするのが下々の出来る事・・・だな」

「はい、そのように思います」

ボニファースは静かに頷き、

「なにか、贈り物やら礼やらは必要であろうか・・・」

何とも頼りなく言葉を続けた、

「特には・・・欲しいものなど、聞いた事もありません、まして、望むことなど・・・あるのでしょうか?その気になれば、全てを制御出来るのに」

「なるほど、うん、そうなのだな・・・」

「はい」

ソフィアは小さく返答する、

「分かった、では、儂は・・・そなたの娘として接しよう・・・そのぎこちないと思うが、そこは容赦せよ」

「はい、ありがたいことです」

ソフィアは微笑む、

「それと、何か礼をしたいのだが、求める物がないとなれば、せめて言葉を伝えて欲しい」

「はい、承りました」

「それと・・・いや、うん、そうか、それを知っているのは、そなたと他に誰がいる?」

「タロウが・・・私の知る限り、私とタロウ、それと陛下のみが知っております、ミナは理解していない様子です、クロノスとユーリには少々勘繰られましたが誤魔化しております、明言はしておりません」

「分かった、それが・・・良いのであろうな」

ボニファースは大きく頷き、

「うむ、今後顔を合わせる事も多くなると思う、礼と共に非礼を詫びておいて欲しい・・・そうだ、豊穣の神殿に喜捨でもすれば良いのかな?」

「あー、それはどうでしょう、本人曰く、何の影響も無いそうですが」

「えっ?そういうものなのか?」

「はい、その事だけは不愉快そうに笑っておりました、自分が神殿に祀られている事を聞いて何の意味があるんだとそう言ってましたね」

「すると、あの教団は全くの無意味・・・」

「どうでしょう、あれで生き方が良いものになるのであれば、それが一番の御利益かと・・・」

「辛辣だな」

「そうですね」

ボニファースは笑みを浮かべ、ソフィアも笑みを返す、

「うむ、最後になるが、ここでの会話は表に出すことは無い」

「はい、私としてもそれが最良と考えます」

「そうだな、ふー、いや、宴席で会った時は度肝を抜かれたぞ、まさか、存在するとは・・・」

「そうですね、私はもう少し優しくて賢い神様だと思っていたのですが、ほら、神話にあっては優しくて美しい神様ですから、何しろ豊穣の神ですからね」

ボニファースは安堵の笑みを浮かべ、ソフィアは苦笑いとなった。
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