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本編

38話 エレイン様は忙しい その6

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翌日、本日も事務所には朝から来客である、ブノワトとその実兄リノルトであった、二人は挨拶もそこそこに大荷物を二人がかりで厨房へ運び込む、ブノワトは勿論であるがリノルトも難儀している所を見るとかなりの重量物である、

「忙しいところすいません」

厨房では朝の仕込みの作業中であった、リノルトは申し訳なさそうに謝るが、御婦人方は特に気にする様子は無く、ましてや恰好の餌食が来たとばかりに、リノルトの奥様の話しから始まり、それはあっという間にリノルト自身をからかう内容へと変化する、

「はいはい、大事な提携先を虐めるものではないですよ」

テラが見兼ねて話題を断ち切り、リノルトは苦笑いを浮かべ、ブノワトは遠慮せずに笑っている、

「すいません、お待たせしましたわね」

そこへエレインが入ってきて、大荷物のお披露目となった、

「すいません、時間を頂きまして申し訳なかったです」

リノルトは律儀に謝罪しつつ、大荷物の莚を取り外す、それは、新型の回転機構であった、厨房に設置されている以前のそれよりもかなり大型であり、かつ実に仰々しい見た目である、頑丈そうな木板で囲われた外観は小柄な大人の背丈と同じくらいの大きさがあり、横幅は子供程度、装置の中程が大きく開いておりそこで作業をするらしい、調理用のボールを入れるのに十分な開口があり、下部には鉄製の堅固な踏板がついている、

「また、これはごっつくなりましたわね」

「・・・見た感じだと調理器具とは思えませんね」

エレインとテラの感想である、御婦人方もへーっと楽しそうに遠巻きに眺めている、

「そうですね、足踏み式に変更した事でより力が係るようになりました、なので、装置全体が大きく重くなってしまったのです、どうしても上部に歯車があるので、上が重いのですね、ですがそれだと踏み込んだ時に安定が無い為に危なくなってしまうのです、なので、底部に相応の荷重を入れてます、なので、見た目以上に重くなってしまいました、ですが、ま、実際に動かしますね」

リノルトは作業空間の天面にある突起に泡立て器を取り付けると、装置の周囲を確認して踏板を軽く踏み込んだ、途端、泡立て器は音を立てて回転する、

「わ、すごい音」

「それに、早い」

その作動音と回転の速さは御婦人方は勿論エレインとテラの度肝を抜くのに十分であった、従来の品の数倍の音と勢いである、

「えへへ、すごいでしょー」

ブノワトが誇らしげに微笑み、リノルトは装置の足元周辺へ視線を落とし装置と床の接地面や装置そのもののガタつき等を確認すると、

「では、いきますよ」

踏板をさらに調子良く踏み込む、泡立て器は風切り音を心地よく響かせ、と同時に上部の箱の中にある金属の歯車が立てる音も響いてくる、

「これは早いですね」

「うん、この勢いならホイップクリーム楽ですよー」

「でも、やかましいわね、それは仕方ないか」

御婦人方の評価は上々のようである、

「これは使えますね」

「はい、だいぶ楽になりますよ、見てるだけでも楽しいですね」

エレインとテラも御満悦の様子である、

「良かったです、やっぱり本職は違うでしょー」

ブノワトは自慢気に微笑む、

「動作はこんな感じです、好評のようでなによりです」

どこまでも真面目な口調のリノルトである、リノルトは微笑んで装置を止めるとテラと御婦人方を中心にして使用方法と整備の講習に移り、エレインとブノワトはその場を任せて事務所へ移った、

「あ、そうだブノワトさんちょっと聞きたい事があるんだけど」

席に着くなりエレインはそう切り出す、

「なんでしょう、私でよければ」

ブノワトがニコニコと返すと、

「グルア商会ってご存知ですか?」

「グルア商会ですか・・・」

エレインが問うと、ブノワトは途端に表情を曇らせる、

「はい、寮の人達は地方出身者が多くて、私もですが、現地の人はどう考えているのかなと」

「うーん、そうですねー」

ブノワトは腕を組んで小首を傾げる、暫く考え、

「えっと、私が子供の頃は近づくなってよく言われましたね・・・でも、大戦中あたりかな?もう一つのなんだっけ・・・」

「赤ガラス?」

「そう、それです、そこと手打ちしたとか縁ができたとか、そんな噂になって、で、表立って悪評が立つ事は無くなったみたいです、それも、子供の頃の話しなので詳しくはないですが、なので、今は噂にもならないし、悪い事?でも名前も出なくなった感じですね」

「なるほど」

エレインは小さく頷く、

「あ、でもあれですね、名前を聞くとするとお店の方が有名かな?セイレーンの羽っていう店が超有名ですね、遊女屋なんですけど、最高級な店らしくて、旦那やお義父さんも一度は行きたいって言って義母さんにぶん殴られてました」

「まぁ」

エレインは目を剥く、

「それと、青真珠って言ったかな、これも遊女屋なんですけど、セイレーンの羽よりも安いって事で、お義父さんや親父達が会合終わりに行くことがあるみたいですね、安いって言っても年に一度行ければいいほうらしいんですが、どっちにしろ私には無関係な店ですよ」

「どちらもグルア商会の店なんですか?」

「はい、というか、この街の遊女屋と売春宿の元締めがグルア商会ですね、上から下までなんらかで繋がっているって噂です、昔は人身売買とかもやってたと聞きますが、今は聞かないですね」

「そうですか、ブノワトさんの印象ってどうです?」

「印象って聞かれると困りますが・・・うん、親父とかは悪くは言わなくなったので、特に印象は無いですね、さっきも言った通り子供の頃は騒ぎが多かったので、よく名前が耳に入りましたけど・・・子供の耳に入るんだからよっぽどだったと思いますよ、今はそういう話しが皆無・・・うん、皆無ですね、精々取り立てがあってどうのこうのって事ですかね、それも店からの取り立てであって、グルア商会からの取り立てではないですし、金も無しに遊女屋は違うでしょうしね」

「なるほど」

エレインはうんうんと頷き沈思する、そこへテラとリノルトが事務所へ入ってきた、ブノワトは丁度良かったとリノルトへグルア商会の話題を預ける、

「店はいい店ですよ」

リノルトはあっさりと肯定し、

「昔の荒れてた頃は知りませんけど、青真珠はいい店です、3回くらいしか行ったことないかな?親父どもに連れられて、綺麗なおねーさんに囲まれて酒を飲むだけの店です、料理もそこそこですし、料金は高いけどそういうもんだって親父に教わりました」

その答えに、ブノワトは実に嫌そうにリノルトを横目で睨む、

「なんだよ、そういう店なんだよ、ただ、娼婦とは違うので、酒だけですね、遊女屋はそうやって遊ぶもんらしいんですが、俺としては今一つ・・・だからなんだって感じでしたね、酒呑むなら酒場でいいかなーって、そう言ったら若いなーって笑われました親父に」

リノルトは明け透けに話し、明るく笑う、

「義姉さんに言ってやる」

ブノワトの視線は変わらず、

「別にいいよ、知ってるし、親父達と一緒だったんだぜ、一人でいこうとは思わんし、結局、楽しみ方が良く分からなかったんだよ」

リノルトはそう言って睨み返した、

「まぁまぁ、では、リノルトさんから見たら健全なお店だってことよね」

テラが苦笑いで仲裁に入った、

「そうですね、グルア商会自体も落ち着いたのかな、悪い話しは無いですし、ただ、喧嘩を売る相手では無いってことは確実です・・・そっか、向こうから因縁をつけられる事が無くなったのか・・・それと、積極的に関わりたい相手では無い事も確定ですね、普通に生きていく限り直接関わる事は少ないかなって思います」

「わかりました、ありがとうございます」

エレインはなるほどと頷きながら礼を言い、

「そうだ、支払いの方法と、注文品の確認をしたいのですが」

テラが話題を実務に切り替え、泡立て器・クッキーの型・髪留め・下着の金具の製作状況と納期、それから支払い方法等の詳細を打ち合わせるのであった。
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