セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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38話 エレイン様は忙しい その3

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午後になるとブノワトとブラスが寮を訪れソフィアを伴って事務所へと足を向けた、莚に包まれた大荷物を乗せた荷車をブラスが引いており、

「へへ、早速作ってきました」

ブラスはそう言って照れ笑いを浮かべて事務所へ運び込む、成人男性一人よりやや小さい程度の荷物であったが、ブラス一人でヒョイと持てるほど軽い代物のようである、エレインとソフィアが扉を押さえ、ブノワトが周囲を注意しつつその荷は事務所の一角へ設置された、

「では、お披露目ですね」

ブノワトが楽しそうに莚を取り外す、それは小型の引き出しの付いたテーブルに厚い板が衝立のように供えられた品であった、

「わ、こうなるんだ」

ソフィアは一見してその品が何であるかに気付いて目を剥き、

「存在感ありますわね」

「はい、話しで聞くのと実物とは印象が全く違いますね」

エレインとテラも想像していた品と実際の品との違いに若干の戸惑いを見せる、二人は午前中の緊張感のある雰囲気から解き放たれ、見知った顔に囲まれているのもあってか妙に浮ついてるようにも見える、

「そうですね、そういった所も含めての試作品です、やはり形にすると違いますねー」

ブラスが腕を組んで嬉しそうに頷いた、夫婦が持ち込んだのは3面鏡台の試作品である、ブラスは工場に転がっていた手ごろなテーブルに見掛け倒しの引き出しと3面鏡を取り付けて試作品として組み上げたのであった、見た目は何ともみすぼらしく埃っぽい品である、

「すいません、見た目は悪いですが、実際に3面鏡を使ってみて下さい、大事なのはそれなので」

ブノワトがニコニコと椅子を一脚、鏡台の前に据えた、

「えっと・・・」

ソフィアとエレインとテラは互いに視線を交わし合い、

「ここはソフィアさんですよ」

エレインがニヤリと微笑みソフィアの肩を押して鏡台へ座らせた、

「先に謝っておきたいのは鏡については合わせ鏡を組み合わせて使ってます、なので、実際の品とはその点大きく異なりますので御容赦下さい」

ブノワトが丁寧に説明し、

「そっか、そうよね、こんなに速く鏡を作れるわけないものね」

ソフィアは静かに頷きつつ、これでいいの?と正面にある金具に手をかけ、そっと衝立を開いていく、見た目と反した重さを両手に感じながら慎重に開ききると、正面と開いた扉の裏に鏡がはめられており、ソフィアの上半身が3方向から映し出された、

「まぁ」

「なるほど」

「わ、想像以上ね」

初見の3人は短く感嘆の吐息を漏らす、

「えへへ、どうです?恐らくですがソフィアさんの思惑通りと思いますが・・・」

ブノワトが微笑みながらも心配そうに問い、

「図面通りだとこんな感じなんですが・・・」

ブラスも不安そうに言葉を繋ぐ、

「・・・うん、確かにこんな感じだわ・・・うん、いいと思う」

ソフィアは正面の鏡を見ながら横目で左右の鏡へ視線を移し、さらに正面を伺う、ブノワトの言葉通り鏡そのものは合わせ鏡を数枚縦に並べた造作である、その為、映し出された映像は継ぎ目によって分断されたように見えた、しかし、3面鏡そのものの用途を知るには十分である、なるほどとソフィアは呟きつつ視線を左右に走らせ、テーブルに肘を置いて正面の鏡に顔を近づけたり左右の鏡の角度を変えてみたりと使用感を確認し、

「うん、いい感じだとおもう、エレインさん、テラさんもどうぞ、感想を聞きたいわね」

サッと席を立つとエレインと交代した、

「わ、なるほど、これは凄いですね、はい、なんだろう・・・なんか一人の世界って感じ・・・自分の顔に囲まれてるのって・・・何か、その・・・」

エレインはその違和感に驚きつつもやがて、口元が綻んでくる、

「うふふ、楽しいかも、そっか、こう見えるんだ・・・」

エレインは左右の鏡に手を伸ばし角度を変えながらじっくりと堪能する、

「あら、こんな所に黒子が・・・」

左耳の下、正面からは見えにくい部分の黒子に気付いてしげしげと鏡に顔を寄せ、周囲の視線に気付いて顔を赤くして立ち上がると、

「テラさんも是非」

誤魔化し笑いを浮かべながらテラと交代する、

「凄い・・・何か別世界ですね・・・背中がむず痒いです」

テラは席に着き、3面の鏡に囲まれるともぞもぞと上半身を蠢かせ、背筋を伸ばすとしっかりと座り直し、それぞれの鏡に視線を向ける、

「うん、これは良いですね、その、私なんかには高尚過ぎるというか、贅沢というか、そんな感じがしますが」

「私もですわ、何というか贅沢過ぎる感じもありますが・・・でも、これは衝撃的ですわよ、うん、なんというか攻撃的というか・・・」

「エレインさんに贅沢なんていわれると誰も使えないですよー」

ブノワトが苦笑いを浮かべ、

「ふふ、面白い事言うわね、でも要望通りね、鏡の高さもあるから一歩引いて身嗜みも見れるし」

ソフィアはテラの頭越しに自分の姿を鏡に映している、

「それもありましたわね、なるほど」

エレインもソフィアの隣りで姿勢を正し自身の姿を確認する、

「あ、でも、なるほど、全身が映るってこういうことなのね」

「・・・邪魔になりますね」

テラが微笑みつつ席を立ち、今度は全身を映す行為に移行した様子である、3面鏡の前に女性が3人で思い思いにそれぞれの姿に見入っている、

「足元まで見えないのが残念ですわね」

「あ、裾がほつれてた・・・恥ずかしいな」

「うーん、これはこれで想像と全然違いますね」

「そうね、こうもっと腰が細いかと思ってましたが・・・」

「私、顔大きいな・・・」

「あれかしら普段着も新調しようかしら?」

「なるほど、全身が見れるのは良いですね、これだと、例の壁掛け鏡も期待できますわね」

3人並んでブツクサと呟いているが、鏡が3面あるという事で上手い事使い分けている様子である、その様をブノワトは笑いをかみ殺して眺め、ブラスは真面目な顔で観察している、

「どうでしょう?一応ご要望の品になっているとは思いますが、細かい点で修正案があれば伺いたいです」

ブラスが3人の呟きが落ち着いた頃合いを見計らって問いかけた、

「そう・・・ね、うん、思った通り・・・いえ、それ以上ね・・・ふふ、大したもんだわ」

「はい、図面で見た以上の利便性が実感できましたわ、鏡の角度を調整できるのが良いのですね、ふふ、楽しい品ですわ」

「やはり、見てみないと分からないものなのですね、これは良い商品になります」

3人はまずは実感した事を端的に口にすると、

「鏡自体の重さもあると思いますが、もう少し軽くする事は出来ますか?」

ソフィアが要望を口にする、

「そうですわね、それと幅はもう少し狭くても・・・こう、一人だけの空間というのか、横幅を狭くして顔に集中できるようにしても良いかなと」

エレインが続き、

「高さももう少しあれば、足元は仕方無いとしてももう一歩近づいて全身が映る様にしたいですね、鏡との距離が開き過ぎると細かい点が見えにくい感じがします」

テラも悩みながら口にする、

「それと、あれですね、テーブルの天面と鏡の下面ですか?そこに段差というか隙間があってもいいかもですね、櫛とかブラシとか置いた状態で鏡を開くと床に落とすかも」

「あ、それ落ちますね」

「そうね、一段下げてみても・・・引き出しに入れればいいのかな・・・でも、一々片付けるのも嫌かしら?」

「引き出しも脇に避けてはどうでしょう、足を入れられるように?」

「それいいですね、足を入れられれば鏡に近づけますね、両側に引き出しを着けて小物はそこに入れてですか・・・」

「そうね、でも、引き出しは貴族様・・・エレインさんみたくメイドさんがいる場合は必要ないのかな?」

「うーん、欲しいと思いますよ、メイドさん達はそれ用の棚を別途設えてますから、そっか、あっても良いし無くても良いのかな、そこはお好みで選べるようにするべきですかね・・・」

「椅子を簡単に移動できるようにしたいですよね、こう座ったまま前後に動けるような?」

「そんな椅子聞いた事もないですわよ」

「あ、ありますよ、椅子に車輪が付いているんです、工場用なので見た目ゴツイですけど」

「へー、それ、いいんじゃない?座った状態で鏡に擦り寄ったりできるのよね、便利そう」

「顔を洗えるように水桶を置くとかは・・・やり過ぎですね」

「そうね、そこまでいくとちょっと・・・あれよね、これを置くとすると寝室の端に置く感じになると思うし」

「そうですねー」

それから三者三様に細かい点が遠慮なく指摘され、ブラスは慌てて黒板を取り出し、ブノワトもなるほどと頷きつつ取り留めの無い会話に混ざりこんでいく、

「すいません、あの、ちょっとまとめたいんですが・・・」

ブラスの控えめな声に、

「あ、ごめんなさい」

4人は誤魔化し笑いを浮かべつつ軽い謝罪を口にすると、鏡から離れて近くのテーブルに落ち着いた、

「えっと、まず一つずつ行きますね」

ブラスがヤレヤレと頬をかきつつ黒板に目を落とし、改良点を口頭で聞き取り、さらにそれをまとめていく、

「なるほど、分かりました、はい、確かに理にかなってます、さすがですね、いや、目から鱗というか、視点が違うというか、使う側からの要望こそ大事ですね」

ブラスは黒板に細かく書かれたいくつもの項目を確認しながら頷いた、

「ごめんなさいね、好き勝手言っちゃって」

ソフィアは言い過ぎたかしらと微笑み、

「大丈夫ですよ、これはだって、昨日慌てて作った品ですから、叩き台の叩き台ってなもんです、改善点を伺う為に作った品ですもの、なんの意見も出ないとしたらそちらの方が困りますよー」

ブノワトがあっけらかんと笑い、ブラスも小さく頷いて満足そうに微笑んでいる、

「でも、3面鏡はいいですね、うん、素晴らしい品ですわ」

「そうですね、自室にあったら嬉しい品ですよ、毎朝、毎晩、座り込む自信があります」

「あ、私も、なんていうか、自室の中にさらに自室があるような、こう、自分だけの空間みたいな」

「そうね、特別感がありますわね」

「どうでしょう、こうなると、手鏡の大きさとか合わせ鏡の大きさも調整したいですよね」

「あの引き出しに収まるように?」

「はい、合わせ鏡は別かな・・・でも、手鏡を引き出しに入る大きさで整えたいかなって」

「うーん、逆に手鏡の大きさを基準にしてもいいかもですよ、引き出しについては、あ、勿論、手鏡の種類を増やしていこうと思ってはいるのですが」

「それならほら、意匠の統一がいいんじゃないかしら、家具職人さんに依頼するのよね、であれば、全体的に装飾も付加される筈ですし、そうなると、それに合わせて手鏡と合わせ鏡の意匠も合わせたいですわ」

「そっか、装飾の事を考えるとそうですよね・・・」

「そうですわね、いっその事ガラス部分だけ販売してもいいかしら、高位貴族の方は家具職人とか芸術家とか専属で抱えているものですから」

「なるほど、そうですね、ガラスの大きさを統一して機構部分の造作も開示すれば可能は可能ですね」

「そういう販売方法もありますね、うん、いいかもです、利幅は少なそうですが対応出来るようになればより自由度が高くなりますし、なにより貴族様方の無理難題に答えられるようにしておく必要はありますよね」

「無理難題と言われると少しばかり心外ですわよ」

「会長の事ではないですよー」

女性陣4人はさらに取り留めも無く話が弾み、ブラスは一人どうしたものかと眉根を寄せるのであった。
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