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本編
35話 秋のはじまり その8
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「クロノス、見つけたー」
クロノスが机に向かい、リンドがその側で木簡を手にして渋い顔をしていると、勢いよく執務室の扉が開き、遠慮のない子供の声が室内に反響した、
「なんだ?」
クロノスが顔を上げ、
「こら、ミナ、駄目でしょ」
「すいません、クロノス様」
「えー、だってー」
三者三葉の慌てふためいた声が続き、
「あー、お忙しい所ごめんねー」
ソフィアの馴れ馴れしい謝罪が戸口をポカンと見つめるクロノスとリンドに届く、
「いや、別に構わんが・・・どうした?今日はエレイン嬢は呼ぶと聞いていたが、お前らまで来たのか?」
クロノスは不思議そうにこの部屋では見慣れない珍客へ視線を走らせる、
「はい、私もそう聞いておりました」
リンドも何事かと呟いた、
「申し訳ありません、そのソフィア様がクロノス様にお渡ししたいものがあると、その・・・」
ソフィアの隣りに立つメイドが縮こまってそう告げる、その刹那、
「えへへー、遊びに来たのー」
ミナがソフィアの手をスルリと抜けて室内に駆け込み、
「あ、こら、ミナ」
ソフィアの声も届かずにミナは執務室の中央、巨大な黒色の机迄走り寄ると、
「すごーい、クロノスが仕事してるー、何?何してるのー」
「んー、書類仕事だ、俺は偉いからな、決裁書類が山のようにあるんだよ」
「ケッサイショルイ?」
「そうだ、別に俺の裁可等無くても上手いことやるんだろうがな、いちいち必要なんだとさ」
クロノスは手にした羽ペンを置くと、大きく伸びをする、
「ふぅ、少し休憩するかリンド、こいつがいると仕事にならん」
「・・・そうですね、さ、ミナさん、こちらへ、お茶を入れますよ」
リンドは手にした木簡を机の端に置くとミナを応接椅子へと誘う、
「分かったー」
ミナは素直にリンドに従い、
「邪魔して御免ね、すぐ帰るからー」
ソフィアとレインが静々と執務室へ入ってくる、
「あー、かまわん、かまわん、で、どうした、お前らがこっちに来るなんてそれこそ大事じゃないか」
クロノスはよいしょと立ち上がる、
「あー、あのね、ミナがお友達にあげたいものがあるって、ね?」
流石のソフィアも心苦しいのか恐る恐るといった感じである、
「お友達?」
クロノスは首を傾げ、
「うん、お友達ー、あのね、ヘイカとー、オウヒサマとー、オウジサマー」
「えっ、お友達って、お前なー」
苦笑いを浮かべてミナの頭を撫でつつ応接用の長椅子に座るクロノス、ミナはだらしない笑顔でその対面に座を占めた、
「ま、そういう事なのよ」
「そういう事って、ま、いいか、ってお前らせめて訪問着くらいは着て来いよ」
クロノスの指摘通りにソフィア一行は普段着である、
「えー、いやー、ほら、エレインさんが急に呼ばれたからね、ついでかなーって」
「ついでで城に来るってのも・・・ま、いいか、ほれ、座れ、リンド、菓子かなんかあったか?」
「はい、用意させます」
リンドが戸口に立って様子を伺っていたメイドの側へ向かい、何事かを告げる、メイドはやっと安心した顔となり一礼して姿を消した、
「エレイン嬢は?」
「リシア様と一緒、何か急にお呼ばれしたみたいだけどどうしたの?」
「ん、ほら、お披露目会の準備金返しただろう」
「・・・そうね、そんな事もあったわね、それがどうしたの?」
「うん、普通は返さんぞ」
「え、あー、やっぱり、そういうもの?」
「そういうというか、あれだ、例え余っても懐に入れるって意味だな、そういうものらしい」
「そっかー、そういう事なのか、ほら、あまりにも金額が大きくてね、これは返した方がいいんじゃないかって、私が言い出したのよ、迷惑だったかしら・・・」
ソフィアは眉根を寄せて難しい顔となる、
「迷惑ではないが、パトリシアは妙に喜んでな、エレイン嬢の清廉さこそ貴族に最も足りないものですなんて言ってはしゃいでいたぞ」
「なら、いいけど・・・」
「ま、あれだ、今日呼び出したのはそれが発端ではあるな、買い物の仕方を御存知ないのかしらって本気で心配しだしてな」
「エレインさんだって買い物くらいは出来るでしょ」
ソフィアは首を傾げる、
「あー・・・うん、パトリシアが王女様ってのは知ってるよな」
「何を今更・・・」
「うん、後でエレイン嬢に聞け、たまげるぞ」
クロノスは鼻息を荒くした、
「・・・あら、それは楽しそうね」
「いや、深刻だ・・・な、リンド」
「すいません、私からは何とも・・・」
リンドが真面目な顔で言葉を濁す、ソフィアはリンドを見上げて、これは大事なのかしらとその心中を察し黙り込む、
「ねー、贈り物はー」
ミナが大人の会話に飽きたのか両足をバタつかせてソフィアを見上げた、
「あ、はいはい、これね」
ソフィアが手にしていた藁籠から木工細工を取り出してミナに渡した、ミナは笑顔で受け取ると、
「えっとね、えっとね、ヘイカとオウヒサマとオウジサマにこれあげるの、ゴリヤク?があるのよー」
楽しそうに一つ一つをクロノスの前に並べた、
「あー、これかー、あっはっは、何事かと思ったぞ、ミナらしいなー」
クロノスは一転悠揚な笑顔となる、
「えへへ、あのね、あのね、ヘイカのはこれで、オウヒサマとオウヒサマはこれ、で、オウジサマにはこの大きいのー」
「そうかそうか、なるほどな、うん、あれか、お前の友達は皆着けてるのか?」
「そうだよー、あー、クロノス着けてない、着けなきゃ駄目なのー」
「あっはっは、そうだな、でも、ほれ、あそこに飾ってあるぞ、大事なものだからな」
クロノスはニコリと微笑み、事務机を振り返る、そこには数本の羽ペンの入った壺とインク壺、そのインク壺に立てかけるように木工細工がチョコンと鎮座していた、
「むー、大事にしてるならいいよー」
ミナは若干不満そうな顔をしながらもしようがないとばかりに溜息を吐いた、
「なんだー、ミナのくせにー、偉そうだなー」
「なんだとー、クロノスのくせにー、ミナとレインに負けたくせにー」
「あっはっは、それもそうだ、ミナとレインは強いもんなー」
「そうだよ、最強なのよー」
ミナはフンスと胸を張り、レインは鼻で笑った様子である、そこへ、先程のメイドが茶を運んできた、手にした盆にはザクロとイチジクが見えている、
「おう、茶が来たな、ザクロは好きか?」
クロノスがミナに問う、
「ザクロってなーにー?」
「ほう、ザクロは好きじゃ、おっ、イチジクもあるの」
レインが突然目を輝かせる、
「おう、レインは好きか、お前さんはどうも老成してるなー」
「老成とは何じゃ、ザクロもイチジクも美味いじゃろ」
「そうだな、ほれ、好きなだけ食え、遠慮するな」
クロノスはメイドの給仕を待たずにザクロとイチジクの盛られた皿をレインとミナの前にドンと置く、
「わー、これがザクロ?」
「そうじゃぞ、で、こっちがイチジクじゃ、そうだの、もう採れる時期じゃのう」
「えっと、どうやって食べるの?」
「ザクロはこの赤いプチプチを食べるのじゃ、イチジクは、お、皮を剥いてあるの、そのまま食えるぞ」
レインが二つに割られたザクロと、四つ切にされたイチジクのそれぞれを指差しながら説明する、
「あ、ミナ、上品に食べるのよ、汚したら駄目だからね」
ソフィアが慌てて注意し、ミナはわかったーと大声を上げてザクロへと手を伸ばす、
「あー、これは分かってないわー」
「よいよい、ガキンチョはこういうもんだろ」
クロノスは嬉しそうにミナとレインを眺め、ソフィアは困った顔となる、
「ん、おいしいー、甘ーい」
「うん、これは、良いザクロじゃな、イチジクも良い加減じゃ、これは極上品じゃのう」
ソフィアの視線を意に介さずに二人は遠慮無く皿に手を伸ばしている、
「あ、そうだ、魔法石の報告書読んだぞ、あれは、お前も関わっているんだろ?」
クロノスはソフィアへ視線を移す、
「そうよ、どうかした?」
ソフィアもクロノスへと視線を戻し、
「うん、短期間で良くあれだけ調べ上げたものだと思ってな、カトカの方もだがお前さんの水の吸収だったか、あれはどういう発想でああなったのだ?」
「発想って言われると困るけど、そうね、やってみたら出来ただけよ、出来そうだなーって思って、それだけ」
ソフィアは当然の事のように答える、そこには何の思慮も無い、故に真実なのであろう、
「そうか、しかし、それは中々に難しい事とも思うがな、こっちの研究所の連中には出来なかった事だぞ」
「そう?じゃ、あれよ、暫くすれば気付いたんじゃない?若しくは真面目過ぎるのよ、研究者って、ほら、カトカさんもだけど、その物事を解明しようとするじゃない、でも、ほら、私みたいなのはどう使うかとか何に使えるかしか考えないからね、その違いよ、きっと」
「そういうものか・・・いや、しかし、その視点の違いは大きいな、なるほど」
クロノスは腕を組んで沈思する、
「何よ、そんなに考え込むことかしら」
「大事だぞ、研究者や学者連中はお前の言う通り研究やら解析やらはほっといてもやるのだが、活用に関しては今一つでな、こちらからこう使いたいと意見を出して、それに即して近いものを持って来るのだが、どうにも的外れでな、リンドともその点もう少し何とかならんかと悩んでおったのだ」
なぁリンドとクロノスは従者へ声をかけ、リンドは静かに頷いた、
「うーん、あれ?赤い魔法石とかの事?」
「うむ、ほら、お前が使ってるコンロな、あれと同じものを作らせたのだが、まるで使い物にならなくてな、しかし、連中の言い分を聞けば確かに理に叶っている品でな、その通りに使えば使える品なのだが、どうもそこにズレがあるようで・・・」
「あー、それはあれよ、研究者にやらせるからよ、表現が難しいけど、そうね・・・カトカさんとかサビナさんは頭もいいし知識もあるし器用な人達よね、探求するならああいう人なんじゃないかな、私やユーリはほら、こうしたいとかこうなったら便利とかそういう風に思考するからね、魔法石を例にあげれば、あれが何なのかは二の次なのよね、あれで何ができるかの方に興味があるかな・・・ま、そういう感じよ」
ソフィアも悩みながら言葉を紡いだ、
「ふむ、必要は発明の母というな、探求は発見の母であったかな」
レインがボソリと呟く、
「なに?」
クロノスが敏感に反応し、リンドもレインへ視線を向ける、
「あー、レイン・・って、何よあんたまで、もー、口の周りグチャグチャにしてー」
「む、美味いぞ、イチジク、のう?」
「うん、甘くて美味しいよ、初めて食べたかも」
「わ、ミナも、綺麗に食べなさいって言ったでしょ」
ソフィアは悲鳴を上げた、二人ともにイチジクの果汁で口の周りが真っ赤に染まっている、
「えー、でもでもー」
「ほら、口を拭きなさい、レインもよ、汚してないでしょうね」
ソフィアは慌てて手拭きを取り出し、ミナの口元を拭う、
「それは大丈夫じゃ」
「うん、大丈夫」
「あー、もー」
「あー、気にするな、うん、子供はそれくらいでないとな」
クロノスはうっすらと微笑むがその視線には懐疑の念が見て取れる、
「はい、お気になさらずに」
リンドも微笑むがレインを見下ろす視線は鋭いものである、
「もー、で、何だっけ?」
二人の口元を強引に拭ったソフィアが一息吐くと、
「ん?うん、まぁよいわ、引き続き発明の方頼むぞ、寮の改築も遠慮無くやっていいからな」
「それはそのつもり、それよりも、そうね・・・」
とソフィアはテーブル上の木工細工に視線を落とす、
「何だ?何かあるのか?」
「うーん、変な事聞くけど、あなた、王様になる気ある?」
ソフィアの唐突な質問に、
「は?」
「何ですと?」
クロノスは呆気にとられ、リンドは険悪な面相でソフィアを睨んだ。
クロノスが机に向かい、リンドがその側で木簡を手にして渋い顔をしていると、勢いよく執務室の扉が開き、遠慮のない子供の声が室内に反響した、
「なんだ?」
クロノスが顔を上げ、
「こら、ミナ、駄目でしょ」
「すいません、クロノス様」
「えー、だってー」
三者三葉の慌てふためいた声が続き、
「あー、お忙しい所ごめんねー」
ソフィアの馴れ馴れしい謝罪が戸口をポカンと見つめるクロノスとリンドに届く、
「いや、別に構わんが・・・どうした?今日はエレイン嬢は呼ぶと聞いていたが、お前らまで来たのか?」
クロノスは不思議そうにこの部屋では見慣れない珍客へ視線を走らせる、
「はい、私もそう聞いておりました」
リンドも何事かと呟いた、
「申し訳ありません、そのソフィア様がクロノス様にお渡ししたいものがあると、その・・・」
ソフィアの隣りに立つメイドが縮こまってそう告げる、その刹那、
「えへへー、遊びに来たのー」
ミナがソフィアの手をスルリと抜けて室内に駆け込み、
「あ、こら、ミナ」
ソフィアの声も届かずにミナは執務室の中央、巨大な黒色の机迄走り寄ると、
「すごーい、クロノスが仕事してるー、何?何してるのー」
「んー、書類仕事だ、俺は偉いからな、決裁書類が山のようにあるんだよ」
「ケッサイショルイ?」
「そうだ、別に俺の裁可等無くても上手いことやるんだろうがな、いちいち必要なんだとさ」
クロノスは手にした羽ペンを置くと、大きく伸びをする、
「ふぅ、少し休憩するかリンド、こいつがいると仕事にならん」
「・・・そうですね、さ、ミナさん、こちらへ、お茶を入れますよ」
リンドは手にした木簡を机の端に置くとミナを応接椅子へと誘う、
「分かったー」
ミナは素直にリンドに従い、
「邪魔して御免ね、すぐ帰るからー」
ソフィアとレインが静々と執務室へ入ってくる、
「あー、かまわん、かまわん、で、どうした、お前らがこっちに来るなんてそれこそ大事じゃないか」
クロノスはよいしょと立ち上がる、
「あー、あのね、ミナがお友達にあげたいものがあるって、ね?」
流石のソフィアも心苦しいのか恐る恐るといった感じである、
「お友達?」
クロノスは首を傾げ、
「うん、お友達ー、あのね、ヘイカとー、オウヒサマとー、オウジサマー」
「えっ、お友達って、お前なー」
苦笑いを浮かべてミナの頭を撫でつつ応接用の長椅子に座るクロノス、ミナはだらしない笑顔でその対面に座を占めた、
「ま、そういう事なのよ」
「そういう事って、ま、いいか、ってお前らせめて訪問着くらいは着て来いよ」
クロノスの指摘通りにソフィア一行は普段着である、
「えー、いやー、ほら、エレインさんが急に呼ばれたからね、ついでかなーって」
「ついでで城に来るってのも・・・ま、いいか、ほれ、座れ、リンド、菓子かなんかあったか?」
「はい、用意させます」
リンドが戸口に立って様子を伺っていたメイドの側へ向かい、何事かを告げる、メイドはやっと安心した顔となり一礼して姿を消した、
「エレイン嬢は?」
「リシア様と一緒、何か急にお呼ばれしたみたいだけどどうしたの?」
「ん、ほら、お披露目会の準備金返しただろう」
「・・・そうね、そんな事もあったわね、それがどうしたの?」
「うん、普通は返さんぞ」
「え、あー、やっぱり、そういうもの?」
「そういうというか、あれだ、例え余っても懐に入れるって意味だな、そういうものらしい」
「そっかー、そういう事なのか、ほら、あまりにも金額が大きくてね、これは返した方がいいんじゃないかって、私が言い出したのよ、迷惑だったかしら・・・」
ソフィアは眉根を寄せて難しい顔となる、
「迷惑ではないが、パトリシアは妙に喜んでな、エレイン嬢の清廉さこそ貴族に最も足りないものですなんて言ってはしゃいでいたぞ」
「なら、いいけど・・・」
「ま、あれだ、今日呼び出したのはそれが発端ではあるな、買い物の仕方を御存知ないのかしらって本気で心配しだしてな」
「エレインさんだって買い物くらいは出来るでしょ」
ソフィアは首を傾げる、
「あー・・・うん、パトリシアが王女様ってのは知ってるよな」
「何を今更・・・」
「うん、後でエレイン嬢に聞け、たまげるぞ」
クロノスは鼻息を荒くした、
「・・・あら、それは楽しそうね」
「いや、深刻だ・・・な、リンド」
「すいません、私からは何とも・・・」
リンドが真面目な顔で言葉を濁す、ソフィアはリンドを見上げて、これは大事なのかしらとその心中を察し黙り込む、
「ねー、贈り物はー」
ミナが大人の会話に飽きたのか両足をバタつかせてソフィアを見上げた、
「あ、はいはい、これね」
ソフィアが手にしていた藁籠から木工細工を取り出してミナに渡した、ミナは笑顔で受け取ると、
「えっとね、えっとね、ヘイカとオウヒサマとオウジサマにこれあげるの、ゴリヤク?があるのよー」
楽しそうに一つ一つをクロノスの前に並べた、
「あー、これかー、あっはっは、何事かと思ったぞ、ミナらしいなー」
クロノスは一転悠揚な笑顔となる、
「えへへ、あのね、あのね、ヘイカのはこれで、オウヒサマとオウヒサマはこれ、で、オウジサマにはこの大きいのー」
「そうかそうか、なるほどな、うん、あれか、お前の友達は皆着けてるのか?」
「そうだよー、あー、クロノス着けてない、着けなきゃ駄目なのー」
「あっはっは、そうだな、でも、ほれ、あそこに飾ってあるぞ、大事なものだからな」
クロノスはニコリと微笑み、事務机を振り返る、そこには数本の羽ペンの入った壺とインク壺、そのインク壺に立てかけるように木工細工がチョコンと鎮座していた、
「むー、大事にしてるならいいよー」
ミナは若干不満そうな顔をしながらもしようがないとばかりに溜息を吐いた、
「なんだー、ミナのくせにー、偉そうだなー」
「なんだとー、クロノスのくせにー、ミナとレインに負けたくせにー」
「あっはっは、それもそうだ、ミナとレインは強いもんなー」
「そうだよ、最強なのよー」
ミナはフンスと胸を張り、レインは鼻で笑った様子である、そこへ、先程のメイドが茶を運んできた、手にした盆にはザクロとイチジクが見えている、
「おう、茶が来たな、ザクロは好きか?」
クロノスがミナに問う、
「ザクロってなーにー?」
「ほう、ザクロは好きじゃ、おっ、イチジクもあるの」
レインが突然目を輝かせる、
「おう、レインは好きか、お前さんはどうも老成してるなー」
「老成とは何じゃ、ザクロもイチジクも美味いじゃろ」
「そうだな、ほれ、好きなだけ食え、遠慮するな」
クロノスはメイドの給仕を待たずにザクロとイチジクの盛られた皿をレインとミナの前にドンと置く、
「わー、これがザクロ?」
「そうじゃぞ、で、こっちがイチジクじゃ、そうだの、もう採れる時期じゃのう」
「えっと、どうやって食べるの?」
「ザクロはこの赤いプチプチを食べるのじゃ、イチジクは、お、皮を剥いてあるの、そのまま食えるぞ」
レインが二つに割られたザクロと、四つ切にされたイチジクのそれぞれを指差しながら説明する、
「あ、ミナ、上品に食べるのよ、汚したら駄目だからね」
ソフィアが慌てて注意し、ミナはわかったーと大声を上げてザクロへと手を伸ばす、
「あー、これは分かってないわー」
「よいよい、ガキンチョはこういうもんだろ」
クロノスは嬉しそうにミナとレインを眺め、ソフィアは困った顔となる、
「ん、おいしいー、甘ーい」
「うん、これは、良いザクロじゃな、イチジクも良い加減じゃ、これは極上品じゃのう」
ソフィアの視線を意に介さずに二人は遠慮無く皿に手を伸ばしている、
「あ、そうだ、魔法石の報告書読んだぞ、あれは、お前も関わっているんだろ?」
クロノスはソフィアへ視線を移す、
「そうよ、どうかした?」
ソフィアもクロノスへと視線を戻し、
「うん、短期間で良くあれだけ調べ上げたものだと思ってな、カトカの方もだがお前さんの水の吸収だったか、あれはどういう発想でああなったのだ?」
「発想って言われると困るけど、そうね、やってみたら出来ただけよ、出来そうだなーって思って、それだけ」
ソフィアは当然の事のように答える、そこには何の思慮も無い、故に真実なのであろう、
「そうか、しかし、それは中々に難しい事とも思うがな、こっちの研究所の連中には出来なかった事だぞ」
「そう?じゃ、あれよ、暫くすれば気付いたんじゃない?若しくは真面目過ぎるのよ、研究者って、ほら、カトカさんもだけど、その物事を解明しようとするじゃない、でも、ほら、私みたいなのはどう使うかとか何に使えるかしか考えないからね、その違いよ、きっと」
「そういうものか・・・いや、しかし、その視点の違いは大きいな、なるほど」
クロノスは腕を組んで沈思する、
「何よ、そんなに考え込むことかしら」
「大事だぞ、研究者や学者連中はお前の言う通り研究やら解析やらはほっといてもやるのだが、活用に関しては今一つでな、こちらからこう使いたいと意見を出して、それに即して近いものを持って来るのだが、どうにも的外れでな、リンドともその点もう少し何とかならんかと悩んでおったのだ」
なぁリンドとクロノスは従者へ声をかけ、リンドは静かに頷いた、
「うーん、あれ?赤い魔法石とかの事?」
「うむ、ほら、お前が使ってるコンロな、あれと同じものを作らせたのだが、まるで使い物にならなくてな、しかし、連中の言い分を聞けば確かに理に叶っている品でな、その通りに使えば使える品なのだが、どうもそこにズレがあるようで・・・」
「あー、それはあれよ、研究者にやらせるからよ、表現が難しいけど、そうね・・・カトカさんとかサビナさんは頭もいいし知識もあるし器用な人達よね、探求するならああいう人なんじゃないかな、私やユーリはほら、こうしたいとかこうなったら便利とかそういう風に思考するからね、魔法石を例にあげれば、あれが何なのかは二の次なのよね、あれで何ができるかの方に興味があるかな・・・ま、そういう感じよ」
ソフィアも悩みながら言葉を紡いだ、
「ふむ、必要は発明の母というな、探求は発見の母であったかな」
レインがボソリと呟く、
「なに?」
クロノスが敏感に反応し、リンドもレインへ視線を向ける、
「あー、レイン・・って、何よあんたまで、もー、口の周りグチャグチャにしてー」
「む、美味いぞ、イチジク、のう?」
「うん、甘くて美味しいよ、初めて食べたかも」
「わ、ミナも、綺麗に食べなさいって言ったでしょ」
ソフィアは悲鳴を上げた、二人ともにイチジクの果汁で口の周りが真っ赤に染まっている、
「えー、でもでもー」
「ほら、口を拭きなさい、レインもよ、汚してないでしょうね」
ソフィアは慌てて手拭きを取り出し、ミナの口元を拭う、
「それは大丈夫じゃ」
「うん、大丈夫」
「あー、もー」
「あー、気にするな、うん、子供はそれくらいでないとな」
クロノスはうっすらと微笑むがその視線には懐疑の念が見て取れる、
「はい、お気になさらずに」
リンドも微笑むがレインを見下ろす視線は鋭いものである、
「もー、で、何だっけ?」
二人の口元を強引に拭ったソフィアが一息吐くと、
「ん?うん、まぁよいわ、引き続き発明の方頼むぞ、寮の改築も遠慮無くやっていいからな」
「それはそのつもり、それよりも、そうね・・・」
とソフィアはテーブル上の木工細工に視線を落とす、
「何だ?何かあるのか?」
「うーん、変な事聞くけど、あなた、王様になる気ある?」
ソフィアの唐突な質問に、
「は?」
「何ですと?」
クロノスは呆気にとられ、リンドは険悪な面相でソフィアを睨んだ。
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神の気まぐれで異世界転移した荻野遼ことリョウ。
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現代日本の荒んだ社会に疲れたリョウは、この地で素材採取の仕事をしながら第二の人生をのんびりと歩もうと決めた。
スローライフ、1人の自由な暮らしに憧れていたリョウは目立たないように、優れた能力をひた隠しにしつつ、街から少し離れた森の中でひっそりと暮らしていた。
しかし、何故か飯時になるとやって来る者達がリョウにのんびりとした生活を許してくれないのだ。
これは地味に生きたいリョウと派手に生きている者達の異世界物語です。
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