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本編

32話 幸せなお裾分け その6

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翌日、

「これ可愛い、ちっさい、凄い、キレー」

エレイン邸の厨房で、ミナがはしゃぎ、

「そうじゃの、可愛いのう、ふむふむ、うん、大きさも指定通りじゃの、良く出来ておる」

レアンがその隣りで焼き菓子の型を手にしてこちらも満面の笑みである、

「良かったです、では、生地を作りましょう、そうですね、カスタードを作って・・・」

ケイランが段取りを組もうとすると、

「うむ、今日はの、どちらも実践するぞ、だから先にカスタードを作ってそれから生地じゃな、母上があんなだからの、まるで役に立たないと思うぞ」

レアンが珍しくユスティーナを悪く言うが、

「まぁ、それはあまり良い表現ではありませんよ、ユスティーナ様を貶すような言葉遣いは控えた方が宜しいかと思います」

ケイランも珍しくレアンを諭す、

「しかしの、昨日から妙に浮かれておってな、まったく」

ふんとレアンは鼻を鳴らした、

「それは仕方ありません、女性であれば誰しもがこれを見たら興味を惹かれます」

ケイランは自身の胸に視線を落とした、

「そうかもしれんがの、色気よりも食い気と言うだろうが」

「今回は、食い気よりも色気ですわね」

ケイランはニコリと微笑んだ、昨日エレインが領主邸へ型が完成した件と鏡の件を伝えるべく文を持参すると、待ち伏せしたかのようにライニールが出迎え、立ち話もなんだからとこれも丁度良く暇していたユスティーナと茶をする事になった、それだけであれば、どうという事もない世間話で終わったであろうが、やはりそこはユスティーナも女性である、エレインの変化に一目で気付き、その秘密をエレインから聞き出すと、ユスティーナは驚き領主邸は大騒ぎとなってしまったのである、そして、本日は早速と数人の側仕えと共にエレイン邸の事務室は裁縫教室へと三度その姿を変え、肝心の焼き菓子はレアンに丸投げされたのであった、

「まぁ、よいわ、あんなにはしゃいでいる母上を見るのは初めてじゃ、昨日の騒ぎ等また倒れられたかと本当に心配したのじゃぞ」

「そうでしたか、ふふ、お嬢様はやはりお優しいですね」

ケイランが優しく微笑み、レアンはむっとした顔になると、

「ええい、むず痒いわ、カスタードから作るぞ、こうなったら母上の度肝を抜いてやらんとな、ミナ、レイン、手伝うのじゃ」

レアンは鼻息を荒くして腕捲りをする、

「うん、分かった」

「カスタードは前回作ったあれか?」

「うむ、忘れないように手にも覚えさせねばのう」

「ほう、それは良い心がけじゃな」

「ミナも、ミナもやるー」

「勿論じゃ、まずは材料じゃな」

レアン指揮の下、焼き菓子作りが始まったようである。



「なるほど、しっかりと聞くと中々に深いですわね、昨日エレインさんの言っていた事がよく理解できましたわ」

事務室ではテラが黒板の前に立って下着の講義を終え、モデルとなったオリビアとエレインが席に着くとユスティーナは納得できたのか深く理解を示した、

「良かったです、昨日は私しかおりませんでしたから、実際に、テラさんとオリビアの実例を見せるのが最も良いかなと、口で説明しただけでは難しいですわね」

「そうですね、すると私の場合はどうなるのでしょう、年齢的にはケイランとそう変わらないのですが、病がありましたからね、すっかりと付いていた肉が落ちてしまっております、それと共に胸も寂しいのですよね」

ユスティーナは悲しい視線で自身の胸を見下ろす、

「はい、では、遠慮なく言わせて頂きますね」

エレインは前置きをして、ユスティーナのみならず側仕えの面々を見ながら、

「恐らくですが私と同じような形成下着が現時点では良いかと思います、こちらの品は外観を整える為と説明しておりますが、胸の形を維持する事も十分可能です、まずはこちらを作成しまして、将来的により健康になられたら・・・はっきり言いますか、肉が付いたらですね、そうしましたら矯正下着か一般下着に変更されるのが良いと思います」

「なるほど、そうですわね」

ユスティーナがうんうんと頷いた、

「はい、講義の中にもありました通り、見栄を張って苦しむような状態にならない事が大事です、ソフィアさんから何度も言われているのですが、盛る事も締め付けることも簡単なのですね、しかし、それで動きにくかったり、息苦しかったりしたら本末転倒なのです、健康的に美しい女性の姿こそが理想なのです、ただ・・・私のこれが健康的かと問われると少々疑問点はありますが・・・」

エレインは自嘲気味に微笑んだ、

「分かりましたわ、では、そうね、取り敢えず私は形成下着を目標に、それと皆さんも自身の身体に合った品を作りましょう」

ユスティーナはフンスと気合を入れ直し、側仕え達は自身の胸に視線を落とし、服の上から触ってみたりとそれぞれに悩んでいる様子である、

「はい、では、実際に作りましょう、テラさん、オリビア宜しくお願いします、私はレアン様の方も見に行きますね」

エレインが席を立ち、テラが、

「では、まずは革紐からですね」

と作成の指導を始めた。



「うわ、今日も満員御礼だねー」

ブノワトが納品に訪れた、

「お疲れ様です」

エレインがブノワトを出迎える、

「今日はどういう人達?」

玄関先で遠慮無く聞くブノワト、

「はい、ユスティーナ様とレアン様ですね」

「わ、そっか、そうだよね、うん、じゃ、鏡どうする?」

「領主様の分はこちらに、向こうの分は寮の倉庫へお願いします」

「了解」

「あ、そうだ、ブノワトさんはお二人に直接の面識ってありました?」

「うーん、直接は無いかなー、ほら、寮の食事の時とかにお会いした程度だよ、領主様とはギルドの会議とかでお会いしただけかな?」

「そうですわよね、どうします、挨拶されます?」

「うーん、どうだろう、エレインさんとしてはした方が良いと・・・思ってる顔だね」

ブノワトがエレインを見て渋い顔となる、

「そうですね、ですが、無理にとは、その内、正式な場でお会いする事もあるかと思いますし」

「あー、そうだねー、そのほら、あまり汚い格好では失礼かなとも思うしね」

ブノワトは自身の服装に視線を落とす、ここ数日の様々な出来事で身嗜みに関する価値観が若干変わったのであろう、以前であればそのような理由で遠慮する事は無かった筈である、尤もそれとは別の理由で遠慮していたのであろうが、

「そうですね、では、そのように、鏡は廊下に置いて下さい、すぐに運ばれると思います、倉庫の方はお願い出来ますか」

「はい、了解、あ、木簡に署名お願いね」

ブノワトは木簡をエレインへ渡し、サッと踵を返すと領主邸分の格子状の木材で囲われた大鏡と手鏡と合わせ鏡の入った箱を廊下の端に置くと、

「じゃ、明日また来るね、昼過ぎで良いんだよね」

エレインから署名済みの木簡を受け取り、

「はい、お待ちしてます、明日も忙しいですわ」

エレインの笑顔に、

「うん、まったくだ」

ブノワトも笑顔で答えるのであった。
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