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本編

32話 幸せなお裾分け その5

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「だから、レインをいじめないでって言ってるでしょう」

「別にいじめてないでしょ、聞きたいことが山ほどあるだけで」

「それがいじめてるのよ」

「むー、そうだー、ユーリはレインをいじめるなー」

「なんだ、ミナ、仕返しかー」

「仕返しじゃないー、レインをいじめちゃダメなのー」

「なら、ミナをいじめようかなー」

「むー、ソフィー、ユーリがいじめるー」

「もー、こんな可愛いミナをいじめるなんて、やっぱり、ユーリは駄目ね」

「駄目ってなんだよ、いじめてないだろー」

「いじめたー、ユーリは駄目だー、駄目な奴だー」

「だ、駄目はいいけど、奴ってのはどうなのよ」

「じゃ、駄目なおばさん」

「ムキー、おばさん言うなー」

「やだー、ユーリは駄目なおばさんだー」

「なにをー」

やれやれと呆れるレインを尻目に三人はギャーギャーと騒ぎながら、放課後の人気の少ない学園内を闊歩する、一般の生徒達は帰宅し、教師は担当する研究室か自身の事務室へ引き籠っているか、こちらも既に帰宅した者が大半なのであろう、時折人影がよぎるが遠慮なく騒ぐ3人に驚きつつも積極的に近寄る者はいない、

「えっと、ここでいいんだっけ?」

ソフィアが重厚な扉の前で足を止めた、

「そうよ、失礼しまーす」

ユーリが扉を叩き呼び掛ける、やがて、どうぞーと小さい声が聞こえ、ユーリは扉を開いた、

「失礼します」

ユーリも立派な社会人である、どれだけはしゃいだ後でも最低限の礼儀は忘れないらしい、静かに頭を下げて入室する、

「おう、ユーリ先生、どうかしましたか?」

部屋の主は事務机に向かっていた、大量の木簡と羊皮紙が積み重ねられた中に埋もれている、

「お疲れ様です、えーと、ソフィアさんとミナとレインが御挨拶?に来てます」

ユーリは振り返りサッと避ける、

「失礼します」

ソフィアが明るく挨拶し、

「あ、ガクエンチョーセンセーだー、こんにちわー」

ミナがソフィアとユーリの足の間を潜って室内に駆け込んだ、

「あっ、こら」

ソフィアが止める間もない、

「おう、ミナちゃんか、レインちゃんもおるな、急にどうした」

学園長は笑顔で立ち上がり、嬉しそうにミナを出迎えた、

「えっとね、えっとね、お裾分けに来たのー、さっきね、ジムチョーセンセーにもあげたの、それとね、オジギソーのお礼なの」

「そうか、そうか、それは嬉しいのー」

学園長はニコニコとミナの頭を撫で回した、

「えっと、そういうわけなので、ほら、ミナ、レインも」

「うん、あのね、あのね」

ミナは革袋を床に置くと座り込んでメロンを取り出し、

「これがお裾分けのメロンなの」

「ほう、これは立派なメロンじゃのー」

「でしょ、でしょ、あのね、すんごい美味しいの、ミナとレインで育てたの、力作で自信作なの、幻の一品なのよ」

どうやらその文言がお気に入りとなった様子である、

「それは凄いな、流石、実践派のミナちゃんじゃのう、うん、良い香りじゃ、二つもか良いのか?」

「うん、勿論、あのね、リシア様も大絶賛なの、えっと、オーサマ?にも食べさせたいってすんごい褒めてたの」

「ほう、それは凄いのー、そんな良い品を頂けるとは光栄の至りじゃな」

「えへへ、でね、でね、よく冷やして食べるといいの、とっても甘いのよ」

ミナは満面の笑みで学園長に差し出し、学園長は、

「では、遠慮なく頂きますぞ」

とソフィアに目礼しつつ受け取った、

「おう、ズシリと重いのう、なるほど、これは美味しそうじゃ」

学園長の反応をミナは嬉しそうに見上げている、

「ミナ、もう一つあるでしょ」

「そうだ、あのね、干し茸が出来たと思うの、でも、まだ食べてないの、でね、オレーなの、えっと、あ、レイン、レイン」

ミナはワタワタとレインを探し、

「そう慌てるでない」

レインはソフィアの背後からノソリと表れ、

「これじゃな、出来具合を見てほしいのじゃが、どうだろうのう?」

手にした藁籠の蓋を開いて学園長に見せた、

「ほう、これも良いの、うん、うん、十分に乾燥しておるし独特の香りも出ている、嗅いでみたか?ん?」

学園長は干し茸の一つを取ってしげしげと観察し、鼻に押し当てると大きく香りを吸い込んだ、

「そんなに変わるかの?」

「うむ、やはり違うのじゃ、生の茸はあまり臭いはせんじゃろう、しかしの、乾燥させると独特の香りが立つのじゅな、芳醇で奥深い香りじゃぞ」

「へーへー、ミナもいい?」

「勿論じゃ」

学園長が干し茸をミナに渡し、ミナは学園長を真似て鼻に当てる、

「むー、ホントだ、なんか、良い匂いなのかな?埃っぽい感じがするー」

「ほっほっほ、埃っぽいか、かもしれんのう」

学園長は笑い、レインは籠に顔を突っ込んで臭いを嗅ぐ、

「うむ、確かに生とは違う香りだのう」

「そうじゃろう、これも良い出来じゃ」

「そうなの?良かったー」

ミナはピョンと飛び跳ねる、

「どうやって料理するのか伺っても宜しいですか?」

ソフィアがミナの肩を抑えて3人の会話に入った、

「おう、いいぞ、そうだのー、ほれ、座って話そうかの、おーい、茶菓子は・・・」

学園長が嬉しそうに奥に声をかけるが、

「そうじゃ、事務室に戻ったんじゃったな、ほれ、お客人は座っとれ、何か有ったはずじゃ」

学園長はメロンを机に置いてソフィア達を応接スペースに座らせると、奥の部屋に入り、

「何も無いのう、茶しか無かったわ、すまんのう」

「いえいえ、こちらこそ急にお邪魔しましたから」

ソフィアは遠慮し、

「じゃ、私が入れますよ、学園長は座っていてください」

ユーリがスッと腰を上げる、

「それはすまんの、慣れない事をするとまた茶器を割りそうじゃ」

「ええ、聞いてます、事務室では笑い話になってましたよ」

「そんなにか、まったく、茶器も割れないとは不自由じゃのう」

「いやいや、普通は割りません、それも3回も」

「むー、そういうでない」

学園長が苦笑いで席に着いた、

「あら、そんな事があったんですか?」

「む、そんな楽しそうに聞くもんじゃない、なに、たかがコップを3度割っただけじゃ、こう、考え事をしながらな、茶をいれていたらなテーブルから落ちたのじゃ」

「それを、不注意というのですよ、コップって、陶器でしょ、安いものではないでしょう」

「ソフィアさんまでそう言うかのう、形あるものいずれ壊れる、早いか遅いかの違いじゃ、それだけじゃ」

学園長は鼻息を荒くしてしかめっ面となる、

「はいはい、それで、茸の料理方法を教えて頂けます?」

ソフィアは苦笑いで問い、ミナとレインは応接テーブルの上に乱雑に積まれた本へと手を伸ばした、

「そうだったの、えっとな、基本的にはの干し茸は保存食なのじゃな」

学園長が嬉しそうにその知識を披露し、ソフィアはうんうんと傾聴する、茶を持ってきたユーリもその会話に加わり、ミナとレインは楽しそうに書物をとっかえひっかえしていた、

「ま、そういう風でな、で、あれだ、茸の栽培というものも出来るがどうだ興味はあるか?」

「栽培ですか?」

「茸の?」

「うむ、そうじゃのう、収穫できるようになるまで時間がかかるがの、茸が生えるようになれば安定して収穫できるようになるようでの、基本的には放っておけばよいだけじゃからな楽と言えば楽、しかし安定しないようでの、その点で忌避されとるが、うん、あの裏山なら可能かもしれんなぁ」

「へー、どう、レイン、やってみる?」

ソフィアがレインに問うと、レインはフイッと顔を上げ、

「興味深いが・・・ふむ、確か・・・」

レインが思い出したように口を開き、ユーリの視線に気付いて黙り込む、そして、

「うむ、資料があればやぶさかではないぞ、のう、ミナ」

誤魔化すようにミナへ話しを振った、

「ん、なに?なに?」

魔法陣の書かれた書物に夢中となっていたミナは、驚いてキョロキョロと大人達を見上げる、

「茸の栽培じゃ、興味あるじゃろ?」

学園長が優しくミナに問う、

「茸?サイバイって、育てるの?菜園みたいに?」

「そうじゃの、こう、短く切った木に傷をつけてな並べておくのじゃ、それだけなのじゃが、上手くいくと茸がモサモサ生えてくるぞ」

学園長が大袈裟な手振りで説明し、

「へーへー、茸かー、面白そう、出来るかな?」

ミナはソフィアを見上げ、レインを見る、

「そうね、木を切るのは難しそうだけど、何とかなるんじゃない?」

「そうだのう、確かに裏山なら可能かものう」

「そっか、うん、なら、やる」

ミナは元気に宣言し、

「ほっほっほ、ミナちゃんは気持ちがいいのう」

学園長は機嫌よく笑い声を上げた、それから学園長は書類の山の中から栽培手法をまとめた手記を掘り出してソフィアに手渡し、さらに、

「これも進呈しようかの、欲しがっておったじゃろ、博物学の続きじゃ、これが魚類、こっちが鉱物じゃ」

分厚く重厚な革表紙の本を2冊ミナとレインの前に置く、ミナは歓声をあげ、レインはほう、これがそうかと嬉しそうである、しかし、

「え、いや、学園長これは高価すぎますよ」

「そうですよ、玩具ではないのですから」

ソフィアは遠慮し、ユーリは非難する、学園長はそんな二人を冷ややかな視線で一瞥すると、

「人との出会いは縁と言うな、儂はの、書物との出会いも縁だと思っておる、ミナちゃんとレインちゃんの元に先の2冊があるのであれば、残りの2冊もいずれ近寄ってくるであろう、縁とはそういうものじゃよ、さらに、その後の風俗と文化・・・今、執筆しているがな、それもやがて手にするじゃろう、そういうものじゃし、そうであって欲しいと思っておる」

違うかの?と学園長はニヤリと笑い、

「その上で、書は読まれなければならない、そういう存在なのじゃ、であろう?壁に飾って富を自慢するものではないし、革の装丁を並べて楽しむものでもない、人の想いと経験とそれから知識を記した、読まれるべく生まれた品物じゃ、読まれなければいけないし、そうでなければ寂しいものじゃろう、二人はの、しっかりと読んでくれておるからな、著者としては嬉しい限りじゃよ、そうだのう、ユーリ先生は一度でもあの書を開いてくれたかのう?」

学園長はジロリとユーリを睨み、ユーリは乾いた笑いで誤魔化した、

「であろう、なに、ユーリ先生も忙しいからの、それは仕方が無いとも思うが、二人は楽しんでくれておるのだろう?それが何よりも嬉しい、であれば、手にする資格があるというものじゃ、じゃろう?」

訥々と話す学園長にユーリは押し黙り、ソフィアはそういうものなのかな等と考えている、

「ま、腐るものではないからの、大事にして欲しいのう」

学園長がミナに微笑むと、

「うん、勿論、大事にする、宝物にする」

「そうか、そうか、宝物か、嬉しいのう」

学園長は正に好々爺といった笑顔を浮かべ、ミナは魚類の本を胸に抱き、レインは鉱物の本をペラペラと捲って、

「ほう、加工技術も載っておるの、そうだ、錆びない鉄を知っておるかの?」

「錆びない鉄?」

学園長が驚いてレインを見る、

「うむ、タロウが言っておったのじゃが、錆びない鉄があるらしいのじゃ、聞いた事がないかのう?」

「いや、それは初耳だのう、錆びない鉄・・・金でも宝石でも無くてか?」

「うむ、あるらしいのじゃ、お、真珠をこちらに載せるとは難しい所じゃのう」

「そうなのじゃよ、真珠を宝石類としたのじゃが、あれは鉱物では無いと儂も思うのじゃ、何せ貝の中から穿り出すものじゃからな、しかし、その扱いはダイヤと比肩する品じゃからの、宝石類として扱わないとどうにも文化的側面から不適当と思うてな」

レインと学園長があーだこーだと学問的な話題に興じ始め、ユーリはその様を悪い笑みを浮かべながら観察する、ソフィアはどうしたものかしらと困った顔となり、ミナは嬉しそうに魚類の絵を眺めるのであった。
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