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本編
32話 幸せなお裾分け その4
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「お疲れさまー」
ユーリが事務室の受付で明るく声をかけると職員達は顔を上げ笑顔を向ける、
「ダナさんいるー?それか事務長かなー」
受付に両肘を置いてユーリが問うと、
「ダナー、御指名よー」
受付に座っていた女性事務員が振り向き、ダナが席を立って窓口へ歩み寄る、
「こちらに来るのは珍しいですね」
ダナがニコニコと微笑む、
「そうね、お客様よー」
ユーリは素っ気なく言い放ち廊下を指差した、廊下にはあっちこっちと走り回るミナを捕まえて来たソフィアと木戸から外を眺めるレインの姿がある、
「あら、早速ですね、ふふ」
ダナが嬉しそうに受付を回り込んでユーリの側に立った、
「あら、来るの知ってた?」
「午前中にお邪魔したんですよ、定期訪問ですね」
「そっか、そういう仕事もあったわねー」
「はい、そういう仕事が主な仕事なんですよ」
「こんにちわー」
ソフィアがミナの手を引いて事務室へ入ってきた、
「いらっしゃいませー」
ニコニコとダナが出迎える、
「来たよー」
ミナもニコニコと笑顔である、先程の落ち込んだ様子はどこへやらである、学園内を走り回ってすっかり機嫌は回復したようであった、
「ミナちゃんもいらっしゃい」
エヘヘとダナを見上げるミナ、
「話しの通りに忙しそうね」
「そうですよー、いらない嘘はつきません」
「あはは、それもそうか」
ソフィアとダナは笑い合い、
「じゃ、ミナ、お裾分けして学園長の所に行こうか、お仕事の邪魔しちゃ悪いしねー」
「うん、分かった、えっとね」
ミナは肩に下げた革袋を床に置き、
「メロンだよ、採れたてだよ、すんごい美味しいからみんなで食べて」
革袋からメロンを二つ取り出して両手でダナに差し出した、
「まぁ、ありがとうございます、わ、立派なメロンですね、香りが凄い」
ダナは嬉しそうにメロンを受け取る、
「でしょでしょ、あのね、ミナとレインで作ったの、自信作なの、幻の一品なの」
「えー、そんなに凄いのー?」
「そうだよ、あのね、みんながびっくりするくらい凄いの、冷やして食べるとサイコーなのよ」
「そうなんだー、嬉しー、ありがとうね」
ダナがミナの頭を撫で回し、ミナは嬉しそうに顔を揺らした、
「ついでだ、冷やしてあげるからボールとかある?」
ユーリが手持ち無沙汰なのか気を利かせる、
「あ、はい、手桶・・・は汚いか、えっと、持ってきますね」
ダナはバタバタと事務所内へ戻り、すぐに水差しとボールを持って来た、
「ん」
ユーリは受け取るとボールに水を注ぎ、指先を突っ込むと、モゴモゴと何事かを唱える、途端、指先を中心としてパキパキと音を立ててボール内の水が凍り始めた、
「わ、流石ですね、素早いです」
「まぁねー、この位でいいか」
ユーリは半分程度凍った所で指を抜くと、氷を取り出し両手で砕いてボールに戻し、水差しから水を追加してメロンを入れる、
「はい、暫くすれば食べ頃よ、そうね、めたくそに美味しいから喧嘩しないようにね」
「え、そんなにですか?」
「うん、昨日ね、とある偉い人が食べたんだけど、金貨に値する味だって言ってたわ」
「金貨ですか?それは凄い」
「うん、あのね、それとね、王様にも食べさせたいって言ってたー、ね」
ミナがソフィアを見上げる、
「そうね、ま、あの人達は大袈裟な所があるから」
ソフィアは笑い飛ばすが、ダナは真剣な瞳でボールに浮かぶメロンを見つめ、
「えっと、ソフィアさんとユーリ先生が絡むとそのへんの話しはその、冗談に聞こえないんですが」
「そうね、冗談ではないかな?ま、メロンはメロンだから、ミナとレインに感謝して頂きなさい」
ユーリがミナに目配せし、ミナはエヘヘと笑顔である、
「分かりました、では、そのように、すいません、なんか貴重な物を頂いたようで」
ダナが改めて恐縮したようである、ソフィアに対して真摯に頭を下げた、
「いいのいいの、美味しい物はみんなで食べるともっと美味しいのよ、ね、ミナ」
「うん、だからお裾分けなの、みんなで楽しむの」
「まぁ、うふふ、分かりました、みんなで楽しみますね」
ダナが笑顔になり、
「あ、そうだ、事務長が何か言ってました、ちょっとお待ちくださいね」
ボールを抱えて事務室へ入り奥の部屋に消えた。
暫くして事務長がバタバタと走って来た、数枚の木簡を手にしている、
「おう、これはこれは、ソフィアさん、わざわざありがとうございます、礼を言いますぞ」
「いえいえ、礼はこの娘に」
「ミナちゃんか、そうか、ミナちゃんとレインちゃんで育てたのでしたな」
「そうだよー、ジムチョーセンセーも食べてねー」
「うむ、有難く頂きますぞ、今日は店舗も休みと聞いておりましてな、少々寂しかった所です」
「あー、事務長、食べ過ぎじゃないですか?お腹周りとか大丈夫です?」
ユーリがやや呆れたように問う、
「む、摂生はしてるんだがな、そう言われれば・・・あ、いや、先にこっちですな」
事務長は受付に木簡を置くと、
「えーとですな、今日、文が届きましてな、ユーリ先生とソフィアさんの知り合いとの事なのだがわかりますかな?」
木簡の該当箇所を指差す、
「知り合いですか?」
ソフィアとユーリは揃って木簡を覗き込み、ミナも受付台を覗こうとつま先立ちとなる、
「ルル・ムーライン・サトナ?この子ですか?」
ソフィアは首を傾げ、
「聞いた事無いなー、ユーリは?」
「うーん、誰だろう、どっかで聞いた事あるような、ムーライン・・・サトナ・・・サトナ村?」
「えーとですな、後見人が叔父となっていますが、こちらの方で」
事務長が別の名前を指差す、
「あ、ゲインだ」
二人の声が綺麗にハモる、
「分かりますか?」
「分かります、分かります、はいはい、うん、そっかー、ゲインかー、ビックリしたー」
「そうだねー、え、娘さん?」
「いやいや、叔父って事はあれか姪御さん?」
「あ、そうか、姪っ子がいるって言ってたもんね」
「姪どころか甥もいっぱいいるって言ってたじゃん」
「そうだっけ?」
「うん、ゲインもだって5人兄弟だって聞いたよ」
「あー、田舎じゃそんなもんだよねー」
「そうだよー、え、でも、ゲインの姪って事?そりゃまたなんで?」
「なんでって、生徒でしょ」
「あっ、そうか、戦術科?あら、あんたの受け持ちになるの?」
「それは組み分け次第でしょ」
「それも、指定されましてな」
急におばさん口調で騒ぎ始めた二人の会話に事務長が割り込んだ、
「ユーリ先生に師事したいとの強い希望で、さらに、寮はソフィアさんの所へと」
事務長はポリポリと眉毛を掻いた、
「へー、そりゃまた怖い物知らずねー」
「いや、あんたに言われたくないわよ」
「いや、私は優しいわよー」
「じゃ、私だって」
「そう?ジャネットさん達が泣いてたわよ」
「そりゃそうでしょ、私の優しさは厳しさだから」
「それ、優しいって言わないらしいよ」
「世の中に出れば分かるでしょ」
「すぐわかる優しさを見せなさいよ」
「だからー」
ゴホンとやや大きめの咳払いが響き、ソフィアとユーリはあっと驚いて事務長を見る、
「そういうわけで、上からの指示なのです、ま、決まりですね」
事務長は素知らぬふりで言い放つ、
「えっと、上ですか?」
ソフィアが問い、
「上です」
「学園長?」
ユーリが問う、
「その上」
ニコリと事務長は微笑み、
「あ、そういう事か、はい、分かりました」
「そうね、うん、じゃ、そのうちに顔出すんじゃない?」
「あれー、でも姪っ子さんってそんなに大きい子いたんだー」
「ん、でも、ゲインの姪って魔法関係はどうなんだろう?」
「魔法適正は優良のようですよ、巡回試験の結果がこちらです」
巡回試験とは入学試験の一形態である、試験官が遠隔地を周り地方の入学希望者を募りつつ試験を行っている、広く平等に学問への門を開こうと学園開設時から行われている施策であり、成績優良者や有望な者には学費の免除等の優遇策も実施されている、それらの費用は主に王家または該当生徒が属する地方貴族から支出されていた、しかし、モニケンダムでの生活費及び渡航費等には原則的には支給されておらず、その点で就学を諦める者も多いのが実情である、
「結果、見せて貰ってもいいですか?」
「どうぞ」
ユーリが木簡を手に取るとじっくりと目を通し、
「ふーん、確かに優良だわ、魔法は優良、読み書きも優良、計算も優良、地理と歴史は難有り、体格は平均よりやや上、就学の意思有り、なるほどね」
「へー、頭良いんだねー」
「ゲインも真面目な上に固い人だからねー、魔法は教えられないとしても、読み書き計算は教えたんじゃない?地理と歴史はまぁ、地方とこっちじゃ求めれらる知識が違う場合があるからね、へーでもそっか、うん、へー」
ユーリは楽しそうに納得して木簡をソフィアに渡す、ソフィアは一瞥しただけで事務長へ返却した、
「としますと、こちらの生徒さんは上の指示通りに取り扱いますが宜しいですかな?」
「はい、了解致しました、喜んで・・・うーん、でも難しいのかー」
ユーリが突然悩みだす、
「なに?何かあるの?」
「いや、知り合いの姪でしょ、それもゲインのとなると何か責任重大だなー、私でいいのかなーって」
「は?今更何言ってるの」
「そうですぞ、合宿での武勇譚は聞いてますぞ、先生方が愚痴っておりましたな」
事務長は楽しそうに笑った、
「いや、それはだって、ほら、教師としては優秀な先生は他にもいらっしゃいますし、私が名指しされたのは始めてですし、それに正直まだまだ手探りな感じでして」
ユーリはユーリでそれなりに悩みつつ教職を熟していたらしい、急に弱気な事を口にする、
「それはそれは、では、この先が楽しみですな、どのような作業も業務も完璧等というものはありませんでしょう、それは我々事務屋とて同じこと」
なぁと事務長は振り返り、こちらをチラチラと見ていた事務員達は苦笑いとなった、
「まして、教職となれば、形があるようで無いですからな、教科書通り進めるだけの人もいれば、それ以上の物を与えようと四苦八苦している者もおります、皆それぞれに工夫しながら教鞭を取っておるのです、その結果がどのようになるかは分かる事もありますが分からない事の方が多い、教師とはそういう物なのかもしれませんぞ」
「はぁー」
ユーリは何とも困った顔で溜息を返答とした、
「ふむ、上を見ている者は更なる高みへ、上に至ったと笑う者は下を知っているに過ぎない」
いつの間にかユーリの背後に立っていたレインがボソリと呟く、
「わっ」
とユーリが驚いて振り返り、ソフィアもビクリと肩を震わせた、
「深淵の先、虚空の先を目指すものは幸いである、果てを見た者は不幸である、求める者には果ては無く、求めぬものには果てがある・・・じゃな」
「ほう、興味深いですな」
事務長が腕を組むと口元に右手をあてた、
「うむ、どっかで誰かがそう言っておったわ、結局のう、完璧や完成等というものは無いのかもしれんぞ、それは目標であってな、それを求める故に良い物が出来るのじゃ、あらゆる物事、あらゆる工作物がそうなのかもしれん」
「なるほど、事務仕事もしかり、教職もしかりですな」
「うむ、そういうもんじゃな」
レインがふふんと鼻で笑う、
「レーイーン、そうだった・・・あなたについてもとーーっても興味があるのよねー、それこそ、果てが無いくらいに」
ユーリがゆっくりと振り返り、ソフィアはジロリとレインを睨む、
「む、さて、学園長に会うのであろう、どうもこの干し茸が重くてかなわん」
レインはサッと踵を返すとスタスタと廊下へ去った、
「あ、待ちなさいレイン、今日こそ白状してもらうわよ」
ユーリが大股でレインを追うが、何故かその距離は開くばかりである、
「あ、ユーリ、ちょっと」
ソフィアはあたふたと慌てて、
「あ、えっと、この娘についてはお任せ下さい、このゲインというのが私とユーリの知り合いなので、ま、そういう事で」
「分かりました、では、そのように対応致しましょう」
事務長はニコリと微笑んだ、
「では、私達はこれで、学園長の所にもお邪魔致しますね、あ、メロンをどうぞ、美味しいですから、ほら、ミナ行くわよ」
珍しくも静かに様子を見ていたミナは、
「うん、分かった、じゃ、またねー」
事務長に小さく手を振る、
「うむ、メロンありがとう、みんなで頂きますよ」
「うん、絶対、美味しいから、みんなで仲良く食べてね、喧嘩しちゃだめだからね」
優しいミナの言葉に事務長のみならず事務員達も優しく微笑する、
「そうだね、仲良く頂くよ」
「ユーリー、あーもー」
ソフィアはバタバタと廊下へ駆け出し、
「じゃあねー、ソフィー待ってー」
ミナが大きく手を振ってソフィアを追って駆け出した、
「ふふ、子供は良いですな、さて、もう一仕事と」
事務長が手を振りつつ事務室を振り返ると、女性事務員達がニコニコと事務長を見ている、
「ほら、皆さんも、差し入れを頂きましたからね、一段落したら頂きましょう」
はーいと明るい声が響き、事務長はうむと満足そうに頷いた。
ユーリが事務室の受付で明るく声をかけると職員達は顔を上げ笑顔を向ける、
「ダナさんいるー?それか事務長かなー」
受付に両肘を置いてユーリが問うと、
「ダナー、御指名よー」
受付に座っていた女性事務員が振り向き、ダナが席を立って窓口へ歩み寄る、
「こちらに来るのは珍しいですね」
ダナがニコニコと微笑む、
「そうね、お客様よー」
ユーリは素っ気なく言い放ち廊下を指差した、廊下にはあっちこっちと走り回るミナを捕まえて来たソフィアと木戸から外を眺めるレインの姿がある、
「あら、早速ですね、ふふ」
ダナが嬉しそうに受付を回り込んでユーリの側に立った、
「あら、来るの知ってた?」
「午前中にお邪魔したんですよ、定期訪問ですね」
「そっか、そういう仕事もあったわねー」
「はい、そういう仕事が主な仕事なんですよ」
「こんにちわー」
ソフィアがミナの手を引いて事務室へ入ってきた、
「いらっしゃいませー」
ニコニコとダナが出迎える、
「来たよー」
ミナもニコニコと笑顔である、先程の落ち込んだ様子はどこへやらである、学園内を走り回ってすっかり機嫌は回復したようであった、
「ミナちゃんもいらっしゃい」
エヘヘとダナを見上げるミナ、
「話しの通りに忙しそうね」
「そうですよー、いらない嘘はつきません」
「あはは、それもそうか」
ソフィアとダナは笑い合い、
「じゃ、ミナ、お裾分けして学園長の所に行こうか、お仕事の邪魔しちゃ悪いしねー」
「うん、分かった、えっとね」
ミナは肩に下げた革袋を床に置き、
「メロンだよ、採れたてだよ、すんごい美味しいからみんなで食べて」
革袋からメロンを二つ取り出して両手でダナに差し出した、
「まぁ、ありがとうございます、わ、立派なメロンですね、香りが凄い」
ダナは嬉しそうにメロンを受け取る、
「でしょでしょ、あのね、ミナとレインで作ったの、自信作なの、幻の一品なの」
「えー、そんなに凄いのー?」
「そうだよ、あのね、みんながびっくりするくらい凄いの、冷やして食べるとサイコーなのよ」
「そうなんだー、嬉しー、ありがとうね」
ダナがミナの頭を撫で回し、ミナは嬉しそうに顔を揺らした、
「ついでだ、冷やしてあげるからボールとかある?」
ユーリが手持ち無沙汰なのか気を利かせる、
「あ、はい、手桶・・・は汚いか、えっと、持ってきますね」
ダナはバタバタと事務所内へ戻り、すぐに水差しとボールを持って来た、
「ん」
ユーリは受け取るとボールに水を注ぎ、指先を突っ込むと、モゴモゴと何事かを唱える、途端、指先を中心としてパキパキと音を立ててボール内の水が凍り始めた、
「わ、流石ですね、素早いです」
「まぁねー、この位でいいか」
ユーリは半分程度凍った所で指を抜くと、氷を取り出し両手で砕いてボールに戻し、水差しから水を追加してメロンを入れる、
「はい、暫くすれば食べ頃よ、そうね、めたくそに美味しいから喧嘩しないようにね」
「え、そんなにですか?」
「うん、昨日ね、とある偉い人が食べたんだけど、金貨に値する味だって言ってたわ」
「金貨ですか?それは凄い」
「うん、あのね、それとね、王様にも食べさせたいって言ってたー、ね」
ミナがソフィアを見上げる、
「そうね、ま、あの人達は大袈裟な所があるから」
ソフィアは笑い飛ばすが、ダナは真剣な瞳でボールに浮かぶメロンを見つめ、
「えっと、ソフィアさんとユーリ先生が絡むとそのへんの話しはその、冗談に聞こえないんですが」
「そうね、冗談ではないかな?ま、メロンはメロンだから、ミナとレインに感謝して頂きなさい」
ユーリがミナに目配せし、ミナはエヘヘと笑顔である、
「分かりました、では、そのように、すいません、なんか貴重な物を頂いたようで」
ダナが改めて恐縮したようである、ソフィアに対して真摯に頭を下げた、
「いいのいいの、美味しい物はみんなで食べるともっと美味しいのよ、ね、ミナ」
「うん、だからお裾分けなの、みんなで楽しむの」
「まぁ、うふふ、分かりました、みんなで楽しみますね」
ダナが笑顔になり、
「あ、そうだ、事務長が何か言ってました、ちょっとお待ちくださいね」
ボールを抱えて事務室へ入り奥の部屋に消えた。
暫くして事務長がバタバタと走って来た、数枚の木簡を手にしている、
「おう、これはこれは、ソフィアさん、わざわざありがとうございます、礼を言いますぞ」
「いえいえ、礼はこの娘に」
「ミナちゃんか、そうか、ミナちゃんとレインちゃんで育てたのでしたな」
「そうだよー、ジムチョーセンセーも食べてねー」
「うむ、有難く頂きますぞ、今日は店舗も休みと聞いておりましてな、少々寂しかった所です」
「あー、事務長、食べ過ぎじゃないですか?お腹周りとか大丈夫です?」
ユーリがやや呆れたように問う、
「む、摂生はしてるんだがな、そう言われれば・・・あ、いや、先にこっちですな」
事務長は受付に木簡を置くと、
「えーとですな、今日、文が届きましてな、ユーリ先生とソフィアさんの知り合いとの事なのだがわかりますかな?」
木簡の該当箇所を指差す、
「知り合いですか?」
ソフィアとユーリは揃って木簡を覗き込み、ミナも受付台を覗こうとつま先立ちとなる、
「ルル・ムーライン・サトナ?この子ですか?」
ソフィアは首を傾げ、
「聞いた事無いなー、ユーリは?」
「うーん、誰だろう、どっかで聞いた事あるような、ムーライン・・・サトナ・・・サトナ村?」
「えーとですな、後見人が叔父となっていますが、こちらの方で」
事務長が別の名前を指差す、
「あ、ゲインだ」
二人の声が綺麗にハモる、
「分かりますか?」
「分かります、分かります、はいはい、うん、そっかー、ゲインかー、ビックリしたー」
「そうだねー、え、娘さん?」
「いやいや、叔父って事はあれか姪御さん?」
「あ、そうか、姪っ子がいるって言ってたもんね」
「姪どころか甥もいっぱいいるって言ってたじゃん」
「そうだっけ?」
「うん、ゲインもだって5人兄弟だって聞いたよ」
「あー、田舎じゃそんなもんだよねー」
「そうだよー、え、でも、ゲインの姪って事?そりゃまたなんで?」
「なんでって、生徒でしょ」
「あっ、そうか、戦術科?あら、あんたの受け持ちになるの?」
「それは組み分け次第でしょ」
「それも、指定されましてな」
急におばさん口調で騒ぎ始めた二人の会話に事務長が割り込んだ、
「ユーリ先生に師事したいとの強い希望で、さらに、寮はソフィアさんの所へと」
事務長はポリポリと眉毛を掻いた、
「へー、そりゃまた怖い物知らずねー」
「いや、あんたに言われたくないわよ」
「いや、私は優しいわよー」
「じゃ、私だって」
「そう?ジャネットさん達が泣いてたわよ」
「そりゃそうでしょ、私の優しさは厳しさだから」
「それ、優しいって言わないらしいよ」
「世の中に出れば分かるでしょ」
「すぐわかる優しさを見せなさいよ」
「だからー」
ゴホンとやや大きめの咳払いが響き、ソフィアとユーリはあっと驚いて事務長を見る、
「そういうわけで、上からの指示なのです、ま、決まりですね」
事務長は素知らぬふりで言い放つ、
「えっと、上ですか?」
ソフィアが問い、
「上です」
「学園長?」
ユーリが問う、
「その上」
ニコリと事務長は微笑み、
「あ、そういう事か、はい、分かりました」
「そうね、うん、じゃ、そのうちに顔出すんじゃない?」
「あれー、でも姪っ子さんってそんなに大きい子いたんだー」
「ん、でも、ゲインの姪って魔法関係はどうなんだろう?」
「魔法適正は優良のようですよ、巡回試験の結果がこちらです」
巡回試験とは入学試験の一形態である、試験官が遠隔地を周り地方の入学希望者を募りつつ試験を行っている、広く平等に学問への門を開こうと学園開設時から行われている施策であり、成績優良者や有望な者には学費の免除等の優遇策も実施されている、それらの費用は主に王家または該当生徒が属する地方貴族から支出されていた、しかし、モニケンダムでの生活費及び渡航費等には原則的には支給されておらず、その点で就学を諦める者も多いのが実情である、
「結果、見せて貰ってもいいですか?」
「どうぞ」
ユーリが木簡を手に取るとじっくりと目を通し、
「ふーん、確かに優良だわ、魔法は優良、読み書きも優良、計算も優良、地理と歴史は難有り、体格は平均よりやや上、就学の意思有り、なるほどね」
「へー、頭良いんだねー」
「ゲインも真面目な上に固い人だからねー、魔法は教えられないとしても、読み書き計算は教えたんじゃない?地理と歴史はまぁ、地方とこっちじゃ求めれらる知識が違う場合があるからね、へーでもそっか、うん、へー」
ユーリは楽しそうに納得して木簡をソフィアに渡す、ソフィアは一瞥しただけで事務長へ返却した、
「としますと、こちらの生徒さんは上の指示通りに取り扱いますが宜しいですかな?」
「はい、了解致しました、喜んで・・・うーん、でも難しいのかー」
ユーリが突然悩みだす、
「なに?何かあるの?」
「いや、知り合いの姪でしょ、それもゲインのとなると何か責任重大だなー、私でいいのかなーって」
「は?今更何言ってるの」
「そうですぞ、合宿での武勇譚は聞いてますぞ、先生方が愚痴っておりましたな」
事務長は楽しそうに笑った、
「いや、それはだって、ほら、教師としては優秀な先生は他にもいらっしゃいますし、私が名指しされたのは始めてですし、それに正直まだまだ手探りな感じでして」
ユーリはユーリでそれなりに悩みつつ教職を熟していたらしい、急に弱気な事を口にする、
「それはそれは、では、この先が楽しみですな、どのような作業も業務も完璧等というものはありませんでしょう、それは我々事務屋とて同じこと」
なぁと事務長は振り返り、こちらをチラチラと見ていた事務員達は苦笑いとなった、
「まして、教職となれば、形があるようで無いですからな、教科書通り進めるだけの人もいれば、それ以上の物を与えようと四苦八苦している者もおります、皆それぞれに工夫しながら教鞭を取っておるのです、その結果がどのようになるかは分かる事もありますが分からない事の方が多い、教師とはそういう物なのかもしれませんぞ」
「はぁー」
ユーリは何とも困った顔で溜息を返答とした、
「ふむ、上を見ている者は更なる高みへ、上に至ったと笑う者は下を知っているに過ぎない」
いつの間にかユーリの背後に立っていたレインがボソリと呟く、
「わっ」
とユーリが驚いて振り返り、ソフィアもビクリと肩を震わせた、
「深淵の先、虚空の先を目指すものは幸いである、果てを見た者は不幸である、求める者には果ては無く、求めぬものには果てがある・・・じゃな」
「ほう、興味深いですな」
事務長が腕を組むと口元に右手をあてた、
「うむ、どっかで誰かがそう言っておったわ、結局のう、完璧や完成等というものは無いのかもしれんぞ、それは目標であってな、それを求める故に良い物が出来るのじゃ、あらゆる物事、あらゆる工作物がそうなのかもしれん」
「なるほど、事務仕事もしかり、教職もしかりですな」
「うむ、そういうもんじゃな」
レインがふふんと鼻で笑う、
「レーイーン、そうだった・・・あなたについてもとーーっても興味があるのよねー、それこそ、果てが無いくらいに」
ユーリがゆっくりと振り返り、ソフィアはジロリとレインを睨む、
「む、さて、学園長に会うのであろう、どうもこの干し茸が重くてかなわん」
レインはサッと踵を返すとスタスタと廊下へ去った、
「あ、待ちなさいレイン、今日こそ白状してもらうわよ」
ユーリが大股でレインを追うが、何故かその距離は開くばかりである、
「あ、ユーリ、ちょっと」
ソフィアはあたふたと慌てて、
「あ、えっと、この娘についてはお任せ下さい、このゲインというのが私とユーリの知り合いなので、ま、そういう事で」
「分かりました、では、そのように対応致しましょう」
事務長はニコリと微笑んだ、
「では、私達はこれで、学園長の所にもお邪魔致しますね、あ、メロンをどうぞ、美味しいですから、ほら、ミナ行くわよ」
珍しくも静かに様子を見ていたミナは、
「うん、分かった、じゃ、またねー」
事務長に小さく手を振る、
「うむ、メロンありがとう、みんなで頂きますよ」
「うん、絶対、美味しいから、みんなで仲良く食べてね、喧嘩しちゃだめだからね」
優しいミナの言葉に事務長のみならず事務員達も優しく微笑する、
「そうだね、仲良く頂くよ」
「ユーリー、あーもー」
ソフィアはバタバタと廊下へ駆け出し、
「じゃあねー、ソフィー待ってー」
ミナが大きく手を振ってソフィアを追って駆け出した、
「ふふ、子供は良いですな、さて、もう一仕事と」
事務長が手を振りつつ事務室を振り返ると、女性事務員達がニコニコと事務長を見ている、
「ほら、皆さんも、差し入れを頂きましたからね、一段落したら頂きましょう」
はーいと明るい声が響き、事務長はうむと満足そうに頷いた。
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それに対し、幼馴染のエレノアが適合したのは……長らく適合者がいなかった、七本の聖剣の一つ。『炎聖剣フェニキア』
ロイは、聖剣士になる夢をあきらめかけた。
そんなある日だった。
「狩りにでも行くか……」
生きるためでもあり、ロイの趣味でもあった『狩り』
弓で獲物を射る、なんてことの狩りなのだが……ロイが見せたのは、数キロ先から正確に獲物の急所を射抜く、神技級の『弓技』だった。
聖剣こそ至上の世界で、神技の如き弓を使う少年、ロイ。
聖剣士にはなれない。でも……それ以上になれる。
『お前しかいない』
「え?」
そんなロイを認め、『不殺の聖剣』と呼ばれた粗末な木刀が真の力を発揮する。
それは、人間を滅ぼしかけた四人の魔王たちが恐れた、『五番目の魔王』だった。
これは、聖剣士になりたかったけど弓矢に愛された少年と、四人の魔王に封じられた最強最悪の魔王が、世界を救う物語。
転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
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北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
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なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
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