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30話 雨を降らせた悪だくみ その10

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「ソフィアいるー?」

それから暫くして、食堂内には洗髪後の若者達がだらしない姿態を並べ、当然のように洗髪されてしまったミナとレインも楽しそうにその群れの中でおしゃべりに興じている、

「わ、先生、お疲れ様です」

階段から突然現れたユーリに、生徒の一人が気付いて慌てて腰を上げた、その声を聞いて生徒達の視線がユーリに集まり食堂内は一転静寂に包まれた、特筆すべきはその生徒達の視線である、ユーリに向けられたそれは恐れと畏怖と危険な物を発見した際のそれである、どうやら彼女達の深層にユーリはしっかりと恐怖の対象として刻み込まれてしまったらしい、

「何よ、そんな目で見ないでよ、ゾクゾクしちゃうじゃない」

ユーリはニヤーと口の端を上げて艶めかしく生徒達を睥睨した、

「ユーリだー、おかえりー、ユーリも野営したのー?」

食堂内の凍てついた空気を壊したのはやはりミナである、ミナはピョンと飛び上がるとユーリの元へ駆け寄った、

「もどったよー、ミナは変わらんのー」

足下にじゃれつくミナの頭を優しく撫でるユーリ、

「えへへ、ユーリは大丈夫?みんなヘロヘロなんだってー」

「あはは、ヘロヘロかー、うん、私もヘロヘロだぞー、4日寝てないからなー」

「そっかー、ヘロヘロかー」

楽し気な二人の様子を生徒達は信じられない顔で見詰めるばかりである、

「ソフィアはいる?お土産だぞー」

「いるよー、厨房ー、お土産ってなにー?」

「ソフィアの好きな山鳥と鹿肉だぞー」

手にした革袋をミナに見せる

「わ、お肉?お肉?」

「勿論、今日はお肉料理だぞー、ミナは鹿肉好き?」

「うん、お肉ならなんでも好きー、レインも好きなんだよー」

「そっか、そっか」

笑いながら厨房へ入った二人を見送って、生徒達はホッと溜息を吐き、居住まいを正す、

「そっか、ユーリ先生と一緒なんだよね、ジャネットもケイスも凄いね」

アニタが思わずそう呟くと、

「うん、別にほら普段は良い先生じゃない?・・・かなぁ?・・・」

ジャネットが疑問形でユーリを擁護する、

「そうね良い先生よね、あのね、さっきねソフィアさんがね・・・」

ケイスが先程ソフィアに言われた事を静かに口にした、

「うわ、ソフィアさんって・・・」

パウラが絶句し、

「うん、ユーリ先生が先生でソフィアさんが寮母で良かったかも・・・って思った」

「うん、私も・・・です」

ジャネットとケイスが頷き合い、食堂には再びの静寂が訪れるのであった。



「あら、お帰り」

厨房では夕飯の仕込みが始まっているらしい、ソフィアはソフィアで疲れて帰ってきた合宿参加者を労うつもりであろうか、若干気合の入った常とは異なる食材が並んで見える、

「戻ったわ、いや、しんどいわ、もう歳ね」

ユーリが革袋をズイッとソフィアの前に差し出した、ミナが何やらニヤニヤとユーリを見上げている、

「何?」

「肉、山鳥3羽と鹿肉の美味しい所、お土産」

「へー、それは嬉しいわ、ありがとう」

ニコニコとソフィアは受け取り早速と中身を確認する、

「わ、立派ね」

「そりゃね、雷撃で仕留めたから外傷もない綺麗な肉よ」

「自分で仕留めたの?」

「勿論、あれね、生徒達は駄目でも良いけど、講師達も駄目ね、実力が無いって分かってはいたけど実地経験が無いのは致命的だったわ、やっぱり学者肌の人と叩き上げの人を別けて雇用するべきだわ、まるで示しってものがつかなくて」

ユーリはやれやれと丸椅子に腰掛けた、

「そっか、前にもそんな事言ってたわね」

「そうよー、だからあんたを先生にしようと思ったのよね、冒険者上がりの先生も結局は学者肌の人が多くてさ、せめて野外の生存術程度は身につけておいて欲しいわよね、どいつもこいつも机上論ばかりでまったく、使えないったらありゃしない、そこまでは私達でも無理ですーって、いや、お前らの実力なんぞどうでもいいわ、必要な事を叩き込むのにグチグチグチグチうるせーってのよ、まったく、ルーツの所から何人か寄越してもらおうかしら、あー、でも、あれの事だから高くつきそうよねー、はー」

これ見よがしに溜息を吐くユーリ、

「ま、冒険者って言ってもピンキリでしょ、得手不得手ってものがあるでしょう」

ソフィアは嬉しそうに山鳥を取り出しつつ、適当に話しを合わせている様子である、ミナは興味深そうに革袋の中を覗き込んでいた、

「だけどさー、あの程度出来ないで冒険者だの上級兵士だの恥ずかしくなるわよ、せめて現場に放り込まれても何とかできる程度にまで教え込みたいじゃない、時間が無くてもさー、現場で教わるとしてもさー、それがさー」

取り留めのないユーリの愚痴は収まりそうにない、

「はいはい、取り合えず夕飯は豪華にするから機嫌直しなさい、早速新鮮なお肉を頂きましょう、愚痴はその後でもいいんじゃない?あ、お湯沸かしてあるからあんたも洗髪なさいな、カトカさんとサビナさんも呼んで」

「あー、それでか、食堂のやつらがやたら良い匂いしてたのは」

「そうよー、夕飯前に洗髪して、夕飯後に身体洗いなさい、そうすればゆっくり眠れるわよ、どうせ、あんたの事だから寝てないんでしょ、いくら寝なくてもいいとはいっても、寝た方がいいのはあんたも身に染みてるでしょ、ほら、今日はちょっとだけ贅沢させてあげるから」

優しく微笑むソフィアに、ユーリは口をへの字に曲げて不満を表明するが、その言葉には同意せざるを得ない様子である、

「ねーねー、こっちは?こっちが鹿?」

ミナは革袋に顔を突っ込んでいる、

「ん、そうね、そっちが鹿肉ね、これはモモ肉?」

「そうよ、あんたモモ肉好きでしょ?」

「あら、覚えてた?」

「そりゃね、私も好きだし」

「そうよねー」

「ねーねー、モモってなーにー」

ミナが純粋な疑問を口にしてソフィアを見上げた、

「んーモモかー、モモはねー、ここじゃー」

ユーリがバッとミナに掴みかかりその足を掴む、

「キャー、ユーリ、ヤメロー」

「ここじゃ、ここがモモ肉じゃー」

ミナの太ももを弄るユーリ、

「あはは、こそばいー、ユーリのスケベー」

「なんじゃと、ミナのくせにー、ここか?ここがスケベかー」

「あはは、ヤメロー、シツコイー」

ミナはキャッキャと悲鳴とも笑い声とも取れる嬌声を上げその声は食堂まで響いて来る、

「ミナちゃんてやっぱり凄いよね」

「うん、ミナっちがいてくれるだけで癒されるわ」

「そうね、ふー、ま、いっか、取り敢えず生きてるし」

「だね」

食堂の生徒達は安心して改めて脱力した、

「まったく、こいつらは」

死んだ獣のようにのたうつ生徒達の中で、レインは一人顔を顰めるのであった。
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